《馬見原橋》から考える

青木淳(建築家)+浅子佳英(建築家、インテリアデザイナー)

ミュータントとしての馬見原橋

浅子──今の傷口の話はとてもよくわかります。たしかに建築を建てるときは、周囲の環境は残ったまま、設計する敷地だけが失われた状態でつくりますよね。
じゃあリノベーションはどうなるのか?という疑問が即座に出てきますが、リノベーションも既存の何かが一度失われて、それをまた他の何かで埋めるわけです。また、リノベーションには既存のものを減らすだけの引き算タイプのものもありますが、これもこう想像すれば当てはまる。リノベーションの前は、壁に撃ち込まれた銃弾があり、その弾が入っていたせいで使いにくくなっているから弾を抜く、と。何かを足すわけではありませんが、それもまた傷口を治すことに繋がります。つまりあらゆる建築行為は、何かしらの地球につけられた傷を修復する作業だと言えますね。

青木──そうですね。そしてその修復は、傷跡が消えてわからなくなるような意味での修復では必ずしもありません。浅子さんがおっしゃった例で言うなら、身体のなかに入ってしまった弾を抜いて元どおりに治すというのも確かにあるけれど、せっかくいったんは空洞ができたのだから、その空洞を利用して便利な機能を付加するとか、弾を残して、違う形に修復するという選択もありえるのではないか。人間の身体をイメージしてしまうと、気持ち悪くなってしまいますが(笑)。
もう少し抽象的に言うならば、その場所を変異させるということかもしれません。《馬見原橋》(1995)の場合は、全国、津々浦々まで繋がっている道が、五ヶ瀬川を跨ぐ場所に来て、変異を起こして上下にスプリットするというデザインです。そこを歩く、車で走るという交通の体験というひとつづきの「くくり」に逆らわず、しかしある特定の場所の特性を踏まえて、そこを変異させる。ミュータント化させる[fig.2]

[fig.2]《馬見原橋》(1995)

浅子──《馬見原橋》には残念ながらまだ行ったことがないのですが、これは傑作ですよね。上に車道、下に歩道があり、歩道のほうが少し幅が広いので、道でありながら屋根つきのテラスのようでもある。また歩道に穴があいているので川底が見えたりする。これは初期の作品ですよね。

青木──ほとんど処女作と言ってもいいですね。設計を始めたのは1994年でした。

浅子──そういえば、そもそもどういう経緯で来た仕事なのでしょうか。

青木──熊本アートポリスの仕事でした。当時はコミッショナーが磯崎新さんで、八束はじめさんが補佐していました。八束さんから94年の2月に電話がかかってきて、橋の設計をやって欲しいと言われて、磯崎さんが弟子に仕事を回すなんてことはありえないから、びっくりしました。だから、八束さんに本当にぼくでいいのでしょうかと尋ねたら、「1カ月の設計工期で終らせなければならないような設計を、他の建築家に頼めないでしょ」と言われました。3月には設計が終わらなくてならなかったのです。

浅子──えっ、1カ月ですか!

青木──それに、土木では予備設計という建築の基本設計にあたる段階があるのですが、もう単純桁や単純ラーメンなどのうち、どの形式が適切なのかという検討が済んでいて、その検討結果を踏まえなくはならない、と。
それでまず、敷地を見に行きたいと言ったのですが「時間がないのだから、敷地に行くときには案を持っていってね」と言われました。仕方なく3案ほどつくって持っていきました。そのうちのひとつが現在のデザインのものでした。

浅子──ということは当初からこのデザインだったのですね。

青木──ええ。予備設計では2番めに工費の安い、方杖ラーメン橋の形式が選ばれていました。デザインの予算は、コンクリートの表面テクスチュアのための特殊型枠代だけでした。つまり形はもう決まっていて、その表面を石模様にしますか、なまこ壁にしますか、というレベルの話だったのです。しかしそれではさすがにしようもないので、単純梁が一番安いことを突き止めた予備設計を「踏まえて」、一番安い単純梁に変更して、それで浮くお金で、こんなデザインをやりましょうと提案したのです。詭弁です。

浅子──とても青木さんらしい作品だと思います。それこそ「原っぱ」というキーワードに通じるし、先ほどの「くくり」でも説明できそうです。

青木──《馬見原橋》は今までの自分の仕事で一番好きです。
基本的に、土木の標準設計でできています。やったことは、土木の標準的な設計プロセスにウィルスのように入り込んで、こんな形を目指してください、とスケッチを渡しただけ。
一個一個のかたちをすべて独創的なものにしていくことにほとんど興味がありませんでした。もしもそのようにデザインしたら、九州中に繋がっている道のなかで、この部分だけが変形したオブジェクトになってしまうと思ったからです。

浅子──それによって他の場所との繋がりが断たれてしまうということですね。

青木──ええ、この橋が特別なものになってしまいます。そのようにしないために、どこでも誰でも使っているディテールでやろうと思いました。
ディテールを描いたのは、下弦橋の手摺だけ。まるでデザインされていないように見えるデザインにしました。

浅子──『JUN AOKI COMPLETE WORKS|3| 2005-2014』のなかでも言及されている、「見てくれを気にしないデザイン」ですね。

青木──ええ、でもまったく評価されませんでした。『新建築』に掲載された翌月の月評で酷評されました。「見に行ったが、がっかりした。ディテールが雑すぎる」とか、構造家からは「もう少しまじめに構造を考えてほしい」とか。ぼくが考えていた「デザイン」がまったく伝わらなくて、悔しかったです。だから、普通「デザイン」と考えている「デザイン」のコードでつくることも必要かな、と思いました。

浅子──二重戦略を持たれたわけですね。その一方というのが先ほどのルイ・ヴィトンの仕事ということでしょうか。

青木──うーん、ルイ・ヴィトンは確かに、そういうコードでつくるべきジャンルではありますが、でも結局は同じことだと思うのですね。どちらも、従うべきコードの上をうまく渡っていかなければならない。
ルイ・ヴィトンでも、銀座や表参道という街の一部を変形するわけです。使う材料も、特別なものではありません。一般的なものを使って、しかし普段と異なる様相をつくろうとしています。それで、もののかたち、素材や貼り方などをコントロールするという、ある種の塩梅あんばいを築いている。その点では《馬見原橋》もルイ・ヴィトンも変わらない。ただし、塩梅の方向が違う。その塩梅の方向を下支えしているのが「くくり」です。

浅子──《馬見原橋》のほうはよくわかります。「世界を変える」ことと関係しているように見えるからです。
おそらく、「世界の変え方」にはいくつかの方法があるのではないでしょうか。一つめが見たことのないものをつくるという方法です。たとえばザハ・ハディドは、今まで世界に存在していなかったようなオブジェをつくることで、世界を変えようとした人でした。とはいえ彼女も、道路や地形などの周辺環境の持つコンテクストをもとにつくる人だったので、青木さん的な側面もあるのですが、少なくともかたちが重要な作家であることは間違いない。
これに対して青木さんの「世界を変える」やり方は、見たことのあるものにわずかに手を加え、少しだけ違う世界を見せるというものです。
見たことのないものをつくってしまうと、そこだけにしかない特異なものとなり、結局ほかのところでは使えない。しかし青木さんのように少しだけ違う世界を見せる「平行世界」的なつくり方は他の場所でも通用する方法論になりうる。それがけっこう大事なことなのかな、と思います。

青木──なるほど。オブジェのような建築をつくってしまうと、そこだけが特別な場所になり、モニュメントにもなるわけですが、そうしたことをすべての場所でやっていくのは、難しい。
《馬見原橋》にはごく普通の橋をつくるお金でできている。その一方で、オブジェのような建築は、お金がかかる贅沢品としてつくる場合や、観光客を呼ぶために、見てくれを気にしたかっこいいものをつくるなど、特別な理由がないと成立しない。そういう理由でしか成立しないデザインは、「世界を変える」うえでは弱いんじゃないか。ごく普通のもののつくられ方のなかに反映できなければ、世界は変えられないですよね。

浅子──まさにその通りだと思います。そもそも現実的には、世界中を同時にまったく違うものにつくり変えることは不可能ですよね。仮に、SF映画のように、明日、革新的な技術でまったく違う世界に変われるとしても、それを誰もが望むのかというとそうではない。今ある現実世界と繋がった未来を描けなければ、けっきょく世界は変わらない。
だから、まったく見たことのないようなオブジェをつくるのは、未来的な世界を「見せる」ことで一見世界を変えているように見えるけれど、実は撤退戦略であり、その方法では世界は変わらないだろう、というのが今のところのぼくの結論なんです。ぼくが「平行世界」と言ったのは、ほんの少しだけ改変するというやり方でしか世界は変えられないと思っているからで、それは《大宮前体育館》にも通じるように感じています。

201606

特集 青木淳 かたちってなんだろう


《大宮前体育館》から考える
《馬見原橋》から考える
建築が町にできること
市民社会の建築家・青木淳
論理場としての建築の開放性について
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