《大宮前体育館》から考える

青木淳(建築家)+菊地敦己(グラフィックデザイナー)

大きなデザインとズレ・バラバラさ

青木淳氏
青木──《大宮前体育館》は、この10年のなかでも6年ほどかかった建物なので、振り返ってみると、はじめた頃とできあがった頃とでは考え方も違ってきているように思います。その変遷が、今回の本の核心かもしれませんね。
この建物の場合も、最初は大枠のアイデアが強いんだけれど、それが最後のほうに来ると、その大枠のアイデアが弱まってくる、そういう種類の建物です。大枠とは、この場合、具体的には、必要とされる大きなボリュームを地下に埋め、そのほんの一部を、水面ならぬ地上面に、氷山の一角がポツポツ突きだしているように出す、ということです。すると、敷地のなかに、ひとつの大きな建物ではなく、丸い平面の平屋の建物いくつかが散らばっているという景色になる。この大枠のことを、建築ではふつう「構成」と呼んでいますが、最初はこの大枠が強い。それが、設計が進み細部を決定するにつれ、大枠の統率力がだんだん弱まっていって、その大枠を「表現」する建築、ということから離れてくる。部分部分がばらばらに見えてくる。このことは、この建物だけでなく、ぼくの建築一般に共通することなのですけれど。
じつは体育館の設計だと、この傾向がどうしても強くなります。なぜかというと、体を速く、強く、動かす場所ですから、安全のための制約が大きいからです。しかもプールだと、ほとんど裸で、皮膚が水にふやけた状態で使うわけです。プールサイドは、滑って転ばないようにしなくてはいけないし、プール函体を塗装すると、塗料が刃物のようにごく薄く剥離しかねないので危険。プールの水は塩素を含んでいて、金属は錆びてしまう。湿気があるので天井裏に回り込むと天井下地も錆びてしまう。ガラスも割れて落ちたら危険だし、後始末が大変。体育室では、吸音板をブロックするためにエキスパンドメタルがよく使用されますが、ボールが当たる度に板を留めているネジが徐々に緩んで、落ちてくる可能性があるので、そうした素材は使いにくい。
こうした一つひとつの要求に実直に答えていくと、プールの方向、体育館の方向、武道場の方向、それぞれが異なってきてしまうんですね。デザインの最終形は、こういう実際的に必要なことを一つひとつ検討していくなかで、なかなか収束しないどころか、どんどん拡散していって、それはかなり不安なことなのですが、それでもいずれにせよできあがって使われだすと、設計者の意図なんて関係なく、必要なサインが溢れていくのが常なのだから、ばらばらさを許容して、それでいて、ある種のまとまりのようなものがどう達成できるか、ということを考えながらつくっていきました。

菊地──《大宮前体育館》は、杉並区の住宅地に建っています。そのため、ふつうに体育館をつくると周囲より背が高くなってしまいます。住宅地に大きな箱ができると周りの環境を壊してしまうので、この体育館は施設の大部分を地下に埋め、低層の体育館をつくるという設計プランですよね。かつ地上部分はプール棟と体育館棟の分棟型で、楕円形の建物の隙間を開放し、公園や通り道として住宅地と共有できるスペースがつくられています。この建物は地下から生えたキノコのようなかたちをしています。この大きな構図は、とても素直に納得がいくものです。
建築にかぎらずデザインは、大きなデザイン・コンセプトがよくわかるように、無駄な要素を省いてすっきりとつくっていくことを善しとすることが多いと思います。しかし、《大宮前体育館》には、その大きなデザイン・コンセプトをわかりにくくさせるようなばらばらのディテールが存在していて、大きなコンセプトだけでは読み解きづらいものになっています。そこがとても面白いと思いました。

青木──素直な大枠とその理解を邪魔するディテール。それは《青森県立美術館》も同じなんですね。《青森県立美術館》では、縄文遺跡の発掘現場にあったトレンチの風景を援用して、地面を縦横に大きく切ったランドスケープの上に白い構造体を被せ、そこに偶然の噛み合いを発生させる、というのが大枠なのですが、その大枠が際立つようにはつくられていないので、「わかりにくい」、「デザインを失敗したのだね」、「フラストレーションが溜まる」、とよく言われます。でも、ぼくにとっては、デザインの大枠、あるいはデザイン・コード、あるいは構成、あるいはデザイン・コンセプトと言い換えてもいいでしょうけれど、そういうものは建物をつくりはじめるきっかけとしては必要ですけれど、それをできた建物で表現することはデザインの目的ではなく、その大枠を使って何ができるかがデザインの肝だと思うのです。
映画にも筋がありますが、筋を説明するためにつくられた映画は面白くありませんよね。建物も映画と同じで、大枠はあっても大枠そのものがテーマにはなりえないのではないか?という意識を持っています。
ただ《青森県立美術館》では、そういう構成上での大枠こそ背後に後退していっていますが、ばらばらになったモノのあいだには、緊密な意味関係の束──それを「伏線のくくり」と呼んでもいいかもしれませんが──が張り巡らされています。構成上での大枠が背景化した代わりに、意味関係の大枠が前景化していると言えるかもしれません。しかし《大宮前体育館》には、そういう意味関係の大枠がないんです。結果的に構成が中和されて、全体がいろいろな方向に飛び散っている。意味は聞き取れず、ノイズだらけと言ってもいいかもしれません。
たとえば、地上にでている楕円形の建物の壁面のガラスですけれど、これは透明感があればあるほど楕円形の輪郭が意識されます。しかしこの建物では、なめらかな曲面ガラスではなく、平面のガラスがずれながら連なっているために、曲面であることが見えにくくなっています。しかも、サッシや無目も入っているのでさらにわかりづらい。そしてディテールでのそのわかりづらさが、どこまでいっても回収されない。ここが、同じく構成上での大枠の逸脱という点では《青森県立美術館》と同じではあっても、はっきりと違うところです。このことを、ガラスを開閉させる必要があったから、といくら機能的要請から説明しても、それはやっぱりアリバイのようにしか聞こえません。じっさい、機能的要請はそれぞれをばらばらにしていくきっかけになっているけれど、機能的要請を満たすことはデザインをするときの前提に過ぎず、デザインの目標ではないわけで。わかりにくいですねえ(笑)。

菊地──みなさん、こういう話、面白いですかね(笑)? ぼくは青木さんといつもこういう話ばかりしているんですが、すごく面白い。
《大宮前体育館》には構成ももちろんあって、建築家が設計した建物だということはよくわかるのですが、ふつうデザイナーが嫌うような矛盾を受け入れていて、違う考え方が同居している。この感覚にすごく共感しました。ぼくはグラフィックデザイナーですが、ひとつの考え方だけでつくられたグラフィックは、わかりやすくてもとても退屈だと感じてしまいます。それより複数の対立する考え方が同居しているほうが面白い。自分が仕事をしていて対立する考え方が無いときは無理やりそれを入れてしまうことがあるくらいです(笑)。

青木──菊地さんがどうやって対立するものを入れるかというと、これは逆説的なんですけれど、きっちりとデザイン・ルールを立てることによってなんですね。ルールはとっても形式的で、それに律儀に従っていくと、ときどき、うまくいかないことにぶち当たる。そこで3つの道があって、ひとつめはスルーするという道。つまり、うまくいかないことに目をつむる。たとえば、そのルールだと字が読めなくなってしまうけれど、読めなくてもいいわ、「デザイン」を優先しちゃおう、と(笑)。じつは、この方法をとっているデザイナーが多い。問題に答えるのではなく、答えられるように問題を歪めるという道ですね。菊地さんはこの道を行きません。2つめの道は、うまく答えられるようにルールを変えるという道。これは、ルールが複雑化するという問題があるのですけれど、ぼくはたいていこの道を行きます。しかし、菊地さんはこの道も行きません。菊地さんが行くのは3つめの道で、悩むという道。字として読めなくなってしまわないように、またルールから外れないように、そのかわり、デザイン的にはあまりまっとうでない、これでいいのかなあというデザインを選ぶ。このとき対立するのは、自分の美意識です。自分の美意識を、一瞬、裏切るので、面白いのですね。
《大宮前体育館》のサイン計画[fig.2, 3]では、「方向を示すこと」を最初のルールにすることを話し合いました。体育のための施設では、どこにどの機能が収まっているかということを頭で理解するのではなく、あっちへ行くと何があるかが身体的にわかればそれで十分ではないかと考えたからです。

[fig.2, 3]《大宮前体育館》サイン計画、提供:菊地敦己事務所

また、体育館のサイン計画で最初に浮かんだのは、丹下健三の《代々木第一体育館》(1964)の亀倉雄策のサインでした。優れたデザインですが、60年代と現代ではサインのあり方は変わってきていますから、それでは現代のサインのあり方とは何か、というのがテーマになりました。
それから、こうした公共施設では利用者からの意見があれば、それに対応して、後からいろいろなサインが足されていくことになります。男子トイレのサインがあっても、それがわかりづらければ、職員がつくった「男子トイレ」というラミネート加工の貼り紙がでかでかと貼られる。この建物では、貼り紙だらけの建物になっても成立するサインとはどのようなものかを考えました。「貼り紙をやめてください」というのは楽ですが、環境がどんどんアップデートされていく状況を認め、こちらが想定しなかった出来事も起きてほしいという思いがありました。そうしたアップデートも考えたうえで、ベースをどうやってつくるか。こんなことを考えながらサイン計画をはじめました。
菊地さんは大きな赤い矢印[fig.4, 5]をつくってくれました。矢印が一番目立ち、室名はそのキャプションとして付いているようなデザインです。字体も一般的な書体からつくられています。字間のスペースのとり方は独特なのですが誰でもつくることができます。また、すべてのサインは壁から少しだけ浮かせてつけられています。後から貼り紙が貼られることを想定して、貼り紙よりも前にでてくるための工夫です(笑)。
という具合に、菊地さんのデザインは論理的にできている。しかし、それでもルール通りにいかないところがでてきます。

[fig.4, 5]《大宮前体育館》サイン計画、提供:菊地敦己事務所

菊地──想像しにくいと思うので、ルールが適応しづらい例をあげておきますね。
サインを付ける位置を床からの高さを基準に決めたとします。ところが、事前に想定していたよりも天井高の低い場所が出てくることがあります。通例だと空間のサイズに合わせて基準よりも低い位置にサインを配置するかもしれません。しかし、天井高とサインには別のルールがあると捉えると、サインの位置を変更しないほうが正しい。そうすると、ひとつの空間を見ると納まりが悪く感じたとしても、全体の仕組みは自立している。
もちろん最初のルールは、極力全体がまとまるように考えますが、それでもでてきてしまうズレはそのまま受け入れます。なぜなら、すべてがまとまること自体が不自然な状態だと考えているからです。建築物と文字情報はそもそも異なった性質のものですから、それがずれているのは当たり前のことです。とはいえ、全部がずれてしまっていては機能しませんから、それぞれが自立しながら、ズレを許容できる接点、妥協点を探るのが面白い。そして、そういったズレが結果的に空間におおらかさを生むとも思っています。

201606

特集 青木淳 かたちってなんだろう


《大宮前体育館》から考える
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建築が町にできること
市民社会の建築家・青木淳
論理場としての建築の開放性について
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