〈地図〉──建築から世界地図へ

鳴川肇(建築家、構造家/慶應義塾大学政策・メディア研究科准教授)

私は45歳になって、大学卒業から23年ぶりに大学に戻りました。慶應義塾大学で自分の研究室を持つようになったからです。学生と接するうちに、自分が学生だった頃を振り返るようになりました。
私は今、新しい世界地図図法の開発という建築とは懸け離れた世界にいます。しかし、大学では建築を学びました。それからどのような経緯を経て世界地図をつくるに至ったかを振り返ってみようと思います。

幾何学と遠近法との出会い

大学では、建築史を学ぶ研究室に所属しながら、建築デザインを学んでいました。そこから、早速悩み始めます。設計する建物の構造がわからないようでは片手落ちではないのか? という疑問を持ち始めたからです。
そこで、構造計画の研究室に入り直しました。そこでは構造的に合理的な「かたち」があることを学びました。そして、こうした構造のかたちを探求するには、立体幾何学が大変役に立つことを知りました。嫌いだった代数幾何(サイン、コサインのこと)がじつは便利な道具だと気づきました。
この大学院での研究で、ほかにも発見がありました。絵の描き方である遠近法も、幾何学を駆使して大昔に考案され、そして遠近法の原理は写真やコンピュータ・グラフィックスにも応用されている、ということです。ここで再び疑問が生まれました。このように遠近法は便利なのですが、じつは画角に制限があったり、歪みなどの欠陥があるのです。
絵を描くのが好きだった私は、この遠近法の歪みを取り除き、全方位を平面に描ける図法を、歪みの少ない世界地図図法を用いることで開発できるはずだ、ということに思い当たりました。その際に活用した歪みの少ない地図というのがバックミンスター・フラーのダイマキシオンマップという世界地図です。ここで断っておきたいのは、いま「思い当たった」と書きましたが、これには出処があります。全方位の風景を円筒図法という地図を用いて描く興味深い図法を市川創太さんという同級生がすでに提案していました。そして彼の問題提起を提案したいと私は思いました。よって上記の考えは、市川さんの業績の礎に支えられています。
大学院を修了した私は、就職を考えていました。ところが修士論文を終えた直後に、この図法を追究するため、悩んだ末にオランダの大学院に進学しました。
オランダの大学院では、遠近法の研究に没頭しました。そして上記の図法を実践できるカメラが完成しました。当時(1998)はデジカメは高価だったので、ピンホールカメラという原始的な、しかし普通のカメラより正確に写真が撮れる技術を使って手作りし、撮影、現像を行ないました[fig.1]。もはや、そこで行なっていることは写真機の開発でしたが、指導いただいた先生は「空間を構築することが建築家の仕事なら、遠隔地で空間を再構築することも建築家の仕事である。」と、応援してくれました。そんな支えもあり無事にカメラが完成し論文発表を終えました。1999年の6月のことでした。

fig.1──ダイマキシオンマップを用いた全方位写真

ところが、これで終わりではありませんでした。この論文の直後から、自作の写真のかたちがギザギザなことに不満を感じはじめました。就職活動の傍ら考えているだけでしたが、その年の11月頃には、地図のギザギザを取り除く世界地図そのものの提案を思いつきました。

デザインとエンジニアリングの関係

一方この時私は30歳だったので、この案はお蔵入りさせて、いまは仕事に就こうと判断しました。こう書くと夢を諦めたように聞こえますが、設計の実務をやってみたいという想いがありました。
こうして、オランダで建築設計事務所に、さらに帰国後は佐々木睦朗構造計画研究所に勤めました。建築と構造の事務所に勤めることで、建築を二つの方向から学ぶことができました。また構造設計とは構造計算すること、と思っていたのですが、佐々木事務所では美しさが重要で、何度も審美眼を試されました。デザインとエンジニアリングは相補的な関係にあることを実感したのはこの頃です。
さて35歳になって私は独立しました。ですが駆け出しデザイナーに仕事があるわけでもなく、時間がありました。そこで、お蔵入りのアイデアを再び探求し始めました。誰に頼まれたわけでもないわけですし、私の場合、アイデアを探求する作業は奇妙な絵や模型を作る作業でしたので、はたから見るといい年した男が図画工作で遊んでるように見えたかもしれません。

新しい世界地図の発明

こうして2007年頃には、幾つものバリエーションを持った体系立てたアイデアをまとめるに至りました。
考案した地図の仕組みはこうです。まず地球を細かい三角形に96等分します。等分された三角形の面積比を保ったまま、おにぎりのような形に書き写します。そのあいだ、各三角形の面積比を保つように配慮します。出っ張ったおにぎりのお腹をへこまして、底面が三角形のピラミッド、つまり正四面体に再び描き写します。正四面体は、三角形の牛乳パックを想像してもらうとわかりやすいのですが、この「牛乳パック」を切り開くと、長方形になる、ということに気づきました[fig.2]。気づいたのは私が初めてではないのですが、あらゆる立体のなかで、正四面体が唯一長方形の展開図が得られる性質を利用して、面積比の正しい四角い世界地図をつくることができるというアイデアに至りました。こう解説すると単純なアイデアです。なあーんだ、と思われるかもしれませんが、考えつくには大変なことなのです。

fig.2──オーサグラフの展開過程

こうしてできた新しい図法による世界地図《オーサグラフ》をICC(NTTインターコミュニケーションセンター)で公開しました[fig.3,4]。そして美術館の学芸員の方や、建築家の先輩と話しているうちに、毛利衛さんと出会いました。毛利さんは日本科学未来館の館長をされていますが、宇宙飛行士として宇宙から本物の地球を見渡したことのある数少ない方でもあります。日本の科学技術に光をあてることに尽力されていらっしゃる方でもあり、私のような無名の若者の話も聞いてくださいました。2009年の夏のことです。

fig.3──オーサグラフ地図

fig.4──オーサグラフ地図を並べたもの

それからは未来館の方々にも協力いただき、この地図で何が視覚化できるのかを試す期間に入りました。これまで幾何学と図画工作にたわむれて、部屋に引きこもって作業する日々でしたが、この頃からさまざまな分野の専門家に相談しつついろいろなテーマの地図をつくる生活が始まりました。国際宇宙ステーションの軌跡を追跡するためにポーランドやアメリカの専門家に相談したり、世界史の地図をつくるために、歴史の先生や教育関係の出版社に協力してもらいながらひとつずつ、われわれの地球の姿を地図化していきました。
そんな活動をいまも継続しています。今は鳴川研の学生達とその世界史地図を英訳している真っ最中です。2週間後にポーランドで展覧会があるからです。

道具やエンジニアリングまでさかのぼる

さて、学生時代から今日に至るまでを、できるだけ正直に書きました。
上記の曲がり角の多い道筋は、「道具やエンジニアリングにまでさかのぼって、デザインを探求してきた道だった。その探求で身につけた幾何学を用いて建築以外のデザイン分野にも進出できるようになったんだ」と振り返って考えるようになりました。
また上記の世界地図投影を用いてどんな世界観を描けるか、という仕事から、思いがけず分野横断型の研究を実践する研究者になりました。
このようなごった煮の活動、肩書きを絞れない私にぴったりな職場などなさそうにみえますが、世の中は広いものです。慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)のx-Designという、これまでのカテゴリーには当てはまらない分野のデザイン、エンジニアリングを扱う研究領域にて、研究室を構えることになりました。ようやく環境が整った感じがします[fig.5]

fig.5──構造の研究で取り上げたテンセグリティ

これから大学で建築を学ぼうとしている皆さんに伝えたいことは、大学を卒業したら企業に入らず自分で活路を見出せ、ということではありません。就職先で実践的な技術を身につけるのは大変効率の良いことだと思います。ただ大学生活4年間を終えると夢もないが、迷いもない安定した大人の社会人になれる、というのは誤解だということです。30代になっても自分が何をしたいか悩みます。悩むくらいならばやったことのない新しい仕事に挑戦するべきです。40歳になるといままで挑戦してきたさまざまな仕事が繋がってゆくと思います。そしてやっと自分の道が見えてくると思います。その礎を築くのがこれからの大学時代の学びだと思ってください。


鳴川肇(なるかわ・はじめ)
1971年生まれ。建築家、構造家。慶應義塾大学大学院・政策・メディア研究科准教授。オーサグラフ株式会社代表取締役。日本科学未来館アドバイザー。作品=《AuthaGraph World Map》、《世界史地図、クロノマップ4700》(東京都写真美術館「映像をめぐる冒険 vol.4」)、《平行カメラトランス・スケール02 比率の部屋》(ICCオープンスペース2011)ほか
http://www.authagraph.com/



201605

特集 圏外から学ぶ都市/建築学入門


圏外から再構築される建築
〈インフォグラフィックス〉──都市と情報を可視化する
〈タクティカル・アーバニズム〉──XSからの戦術
〈マテリアル〉──物質的想像力について、あるいはシームレス化する世界の先
〈写真アーカイブズ〉────歴史を振り返り、再発見する手段
〈展示空間〉──チューニング、アーカイブ、レイアウト
〈地図〉──建築から世界地図へ
〈ファッションデザイン〉──システムをデザインすること
このエントリーをはてなブックマークに追加
INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引

PROJECT

  • パブリック・トイレのゆくえ
  • TOKYOインテリアツアー
  • 建築系ラジオ r4
  • Shelter Studies
  • 再訪『日本の民家』 瀝青会
  • TRAVEL-BOOK: GREECE
  • 4 DUTCH CITIES
  • [pics]──語りかける素材
  • 東京グラウンド
  • 地下設計製図資料集成
  • リノベーションフォーラム
『10+1』DATABASE

INFORMATIONRSS

東京プロジェクトスタディ(千代田区ほか・募集 -7/21)

"東京で何かを「つくる」としたら"という投げかけのもと、3組のナビゲーターそれぞれが、チームをつく...

トークイベント・写真展「TOKYO ARCHITECTURE」(千代田区・8/2-4)

高度成長、国際競技大会、日本万国博覧会を経て2020年。私たちは何を更新してきたのでしょうか。その...

レクチャー&ディスカッション「《静かなレトリック》と『建築におけるフィクションについての12章』」立石遼太郎(台東区・7/13)

10+1 website 2018年4月号の論考「建築の修辞学──装飾としてのレトリック」の著者、...

日仏対談シリーズ「ル・ラボ」vol.28「デザインと自己」(新宿区・8/30)

アンスティチュ・フランセ東京が2015年春より開始した対談シリーズ「ル・ラボ」は、日本とフランスの...

「神社」建築の始まりと多様性(愛知県・7/20)

「遺構として残る神社建築はせいぜい平安時代であるから、いわゆる「神社建築史」の最初の記述に疑問を抱く...

新南蛮文化シリーズ講演会「建築家・内藤廣が見たスペインの激動の時代」(千代田区・7/8)

マドリードの建築家フェルナンド・イゲーラスのアトリエで70年代中頃に勤務していた著名な建築家内藤廣...

展覧会「ブルーインフラがつくる都市 -東京港湾倉庫論-」(港区・7/5-27)

Logistics Architecture(ロジスティクス・アーキテクチャ)研究会は、展覧会「ブ...

建築家フォーラム第180回「建築という物語による都市の編纂(キュレーション)」(墨田区・7/16)

7月の建築家フォーラムの講演者は、多方面に天才的能力を持つ建築家・入江経一さんです。 近年、日本の...

早稲田まちづくりシンポジウム 2019 アーバニズムの現在と未来(新宿区・7/21)

アーバンデザインの手法として住民参加型の「まちづくり」が日本各地で行われるようになり、多くの経験が...

建築レクチュアシリーズ217 長谷川豪、田根剛(大阪・6/14, 7/19)

大阪を拠点に活動を行う2人の建築家、芦澤竜一氏と平沼孝啓氏が1組のゲスト建築家をお呼びして、年に7...

「宮本隆司 いまだ見えざるところ」(目黒区・5/14-7/15)

東京都写真美術館では、現在も国内外の美術展などで発表を続ける宮本隆司の個展を開催します。宮本隆司は...
建築インフォメーション
Twitter Feed
ページTOPヘ戻る