〈展示空間〉──チューニング、アーカイブ、レイアウト

西澤徹夫(建築家)

近年、私の美術館にまつわる仕事のなかに、共用部分や展示室について、公共施設としてのホスピタリティや運営・運用のための設えを更新していくリニューアルデザインがあります。これは、建物の構造やプログラムを変えてしまうような大規模なものではありません。しかし、ここで考えていることは建築や都市に対するアプローチになりうるのではないかという予感を、チューニング、アーカイブ、レイアウト、といったキーワードを媒介にしながら示してみたいと思います。


小さなチューニングを積み重ねる

2012年に、東京国立近代美術館所蔵品ギャラリーのリニューアルデザインを行ないました[fig.1]。2001年にも展示室の拡張や耐震改修が行なわれていますが、そのたった10年のあいだにも、展示室の仕様やサイズが現代の美術を取り巻く環境や来館者のニーズに合わなくなってきたからです。キュレーターには、ここはこうしたい、ここはこう使いたい、という局所的な要望や使い方のイメージが蓄積されてきていました。全体を構成する要素が、個々のソリューションの集まりとなってしまう状況では、あらかじめ明確なゴールに向かって進んでいことは困難です。そこで、行ったり来たりを繰り返しながらだんだんできることを絞り込み、ひとまずこれが最適な状態ではないか、という点を探し出す、いわばラジオをチューニングするような小さな調整作業を積み重ねています。


fig.1──東京国立近代美術館所蔵品ギャラリーリニューアル
(撮影=富井雄太郎)

このチューニングは現在も続いています。不特定多数の来館者が訪れ、運営側にもさまざまな担当部署がある美術館のような公共施設では、トイレやロッカーといった方向指示や、催事案内、注意書き、展覧会案内などの各種サインは、来館者のクレームや運用に合わせて次から次へと増えてしまいます。ワードで書いたA4の紙、ハレパネ、シート印刷などが立て看板や既存の壁などにどんどん貼られていきます。ヒエラルキーを失ったメディウムのバラバラな情報はかえって混乱を招きます。そのため、オリンピックに向けて、サインなどの多言語化、チラシ台や受付カウンターの再配置など、エントランスホールまわりの情報や動線の整理について、試行錯誤しながら小さな改善を継続して行なっているのです。これらは、既存の方法や空間に対して完全に上書きをするような改修ではありません。長期的なマスタープランもありません。少しずつ、よりベターなあり方を探し出し続けていく作業です。それは、各部署の運営のスタッフを緩やかに巻き込みながら、サービスに対するそれぞれの意識をまとめていくというプロセスでもあります。結果、サインは、誰でも更新できるようなA4サイズのラミネートを用い、特殊なフォントを使わないようにすることで、日々の運営上の変更は簡単にできるシステムになっています。[fig.2]


fig.2──東京国立近代美術館エントランス立て看板(撮影=筆者)

ここで重要なのは、自分たちが現在行なっている作業が、将来また違った解釈で改変されることを許容する、ということです。社会のニーズは時代によって変わります。そのときはまた、誰かがチューニングをし直せばよいのだと思っています。つまり都度の改変は暫定的なもので、仮説でしかないという態度です。運用の持続可能性を考えるならば、つねに暫定的な空間である、ということが伝わる質や、必要に応じて要素を足したり引いたりができるような方法を痕跡として残しておくことがこれからの社会資本としての公共建築を考えるうえで必要なことだと思います。 だからこそ、現在はこういう解釈でこうした、という履歴=アーカイブをしっかり残しておくことが重要です。公共建築のデザインはこうした開かれた態度でしかつくれないプロジェクト、と言えると思います。


「余白」を含めたアーカイブ

私は2015年度から東京藝術大学の「アーカイブ概論」の授業を、アーキビストの上崎千さん、東京藝術大学総合藝術アーカイブセンターの嘉村哲郎さんとともに担当しています。アーカイブには、資料を分類し整理、活用するという側面と、次の世代に向けて保存するという側面がありますが、どちらもこれからのクリエイションにとって非常に重要な知見を含んでいると思っています。とりわけ、アーカイブにおける前者の側面の考え方は、現在進行形で運用されている美術館のような公共建築のリニューアルデザインと、とても親和性が高いことに気づきました。つまり、アーカイブにおける資料の分類・整理の考え方を「レイアウト」と「コンポジション」の違いに敷衍させることができるのではないかということです。


クレス・オルデンバーグの《The Ray Gun Wing》は、光線銃という架空の武器に似ているもの、これこそ光線銃だ、というものをひたすら集めてテーブルに並べていく作品です[fig.3]。最初はおもちゃの光線銃や水鉄砲が多いのですが、次第にL字に曲がった流木や金属片、蛇口など、ほとんどこじつけのようなものまでが光線銃として集められていきます。これらは、それ自体として何の意味も持たないガラクタばかりですが、『光線銃(らしきもの)』という(どうでもいいような)分類のもとに収集されることで群としての意味を持ち始め、そもそも正解も実在もない光線銃というものの全貌(らしきもの)がもっともらしく浮上してくるのです。そして、これらのガラクタは相互に何の関連性も持たないために、ここからいくつか間引いたり、新たに追加しても、『光線銃(らしきもの)』としていったん価値付けされたその集まりは、その並び方さえいつでも変更が可能でなのです。にもかかわらず、オルデンバーグによって並べられた、テーブル上のレイアウトは存在します。今後新たに書き加えられるかもしれない「余白」も含めて、いま「ある」ことと「ない」ことが等価にレイアウトされているのです。これと似た構造を持つプロジェクトとして、アンドレ・マルローの「空想美術館」[fig.4]や、「乾久美子+東京藝術大学乾久美子研究室展──小さな風景からの学び」展(TOTOギャラリー・間、2014)における展示とカタログ[fig.5]を挙げることができるでしょう。


fig.3── クレス・オルデンバーグの《The Ray Gun Wing》
引用出典=Darkly Euphoric(tumblr)

fig.4── アンドレ・マルロー 『空想美術館』
引用出典=BLOUIN ARTINFO BLOGS

fig.5──小さな風景からの学び展会場風景
(撮影=富井雄太郎)

レイアウトとコンポジション

アーカイブにはそもそも全体というものがありません。終わりがないものです。そしてそれが収納されるテーブルとしての「レイアウト」は、有限な構成要素間の差異を援用しながら全体の仕組みや骨格や調和をつくり出す「コンポジション」とは似て非なるものです。厳密に分節された全体(コンポジション)と、そもそも全体というものが宙吊りにされた暫定的な全体(レイアウト)では、通時的な可塑性や柔軟性が異なるのだと思います。いつか書き込まれるかもしれない余白を措定しつつ、都度チューニングを積み重ねることを許容するレイアウト、あるいはアーカイブ的な世界の捉え方から、建築や都市を計画することの可能性について考えています。

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ブックガイド

佐々木正人『レイアウトの法則──アートとアフォーダンス』(春秋社、2003)

本書で定義されている「レイアウト」は、本稿で用いているところの「レイアウト」とはかなり違う。しかし、「レイアウトには輪郭がない」、ということや、「他に例のない仕方で世界を繋げている」という有り様には、どこか部分と全体、あるいはもはや単純にそのようにだけでは捉えきれない世界への眼差しについて共通するものがあるように思われる。実践だけがこれら二つを架橋する方法なのかもしれない。


ミシェル・フーコー「序文」『言葉と物──人文科学の考古学』(新潮社、1974)

「動物は次のごとく分けられる(a)皇帝に属するもの、(b)香の匂いを放つもの、......(n)とおくから蝿のように見えるもの」と分類されている、この分類を成立させている枠組みには正解はなく、また、時代や文化によっても変わる。にもかかわらず、「動物」のすべてはこれらに分類されうる。わたしたちは分類なしに世界を理解することができないが、分類を成立させる共通の地盤=テーブル、分類と分類のあいだの余白は不可能なのだ、とフーコーは言う。


『Re: play 1972/2015--「映像表現 '72」展、再演(東京国立近代美術館、2015) 展覧会カタログ』

京都市美術館で1972年に開催された展覧会についての、展覧会、そのカタログ。ここでは、個々の作品のみならず、作品群としてそれらがある空間を占めたそのイベント、現象、経験、を再演する。展覧会はそれ自体としてメディアなのである。そのアーカイブの方法はこれまで写真やテクストといったドキュメンテーションしかなかった。アーカイブとしての展覧会、展覧会としてのアーカイブ、その記録。


ゲルハルト・リヒター『ATLAS』(Thames & Hudson Ltd 、2007)

数千枚に及ぶリヒターが収集した写真やスケッチはそれぞれが創作の契機であり、作品であり、また全体としても歴史であり作品である。そして今なお収集物は増え続け、「アトラス=世界地図」に終わりはない。膨大なイメージの一つひとつが相対的に無意味化されることのないまま、「全体」だけが更新されつづけていく。アーカイブは成長するにしたがって、彼の世界をより強固なものにしていく。




映像作品:ペーター・フィッシュリ、ダヴィッド・ヴァイス《事の次第(DER LAUF DER DINGE/THE WAY THINGS GO)》(1987)

一つひとつのオブジェクトは、簡単な物理や化学の法則にしたがって隣接するオブジェクトへ運動を伝播していく。隣接関係だけがあり、配列としてしか説明できず、全体としての目的も機能もなく、運動は永遠に連鎖していく。映画は突然終わるが、これは終わりのない完璧な映画の形式を持つ。オブジェクト単体としては存在しえないというあり方についてと終わりのない全体についての記録=アーカイブ。






西澤徹夫(にしざわ・てつお)
1974年生まれ。建築家。西澤徹夫建築事務所主宰。作品=《東京国立近代美術館所蔵品ギャラリーリニューアル》《「建築がうまれるとき:ペーター・メルクリと青木淳」展》《「パウル・クレー|おわらないアトリエ」展》《「映画をめぐる美術 ----マルセル・ブロータースから始める」展》《「Re: play 1972/2015--「映像表現 '72」展、再演」展》(以上会場構成)、京都市美術館再整備工事基本設計(青木淳建築計画事務所と設計JV)、ほか。



201605

特集 圏外から学ぶ都市/建築学入門


圏外から再構築される建築
〈インフォグラフィックス〉──都市と情報を可視化する
〈タクティカル・アーバニズム〉──XSからの戦術
〈マテリアル〉──物質的想像力について、あるいはシームレス化する世界の先
〈写真アーカイブズ〉────歴史を振り返り、再発見する手段
〈展示空間〉──チューニング、アーカイブ、レイアウト
〈地図〉──建築から世界地図へ
〈ファッションデザイン〉──システムをデザインすること
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