日本版CCRCの要点──その背景と取り組み

山崎亮(株式会社studio-L代表、東北芸術工科大学教授、京都造形芸術大学教授)

CCRCとは

地方創生戦略の一環として、「まち・ひと・しごと創生基本方針2015」(http://www.kantei.go.jp/jp/headline/chihou_sousei/#c015)に「日本版CCRC」が盛り込まれた。今後は日本版CCRCの実現に向けて各地でさまざまな試みが展開されることになるだろう。

CCRCは「Continuing Care Retirement Community」の略だという。「継続的なケアが付いた退職者コミュニティ」というほどの意味であろう。退職した人たちはおおむね高齢者である。高齢者は身体のどこかが悪くなりやすいから、継続的なケアがあるまちに移り住んだほうが安心である。そのまちは、医療や介護が充実しているだけでなく、健康づくりや介護予防にも熱心に取り組めるほうがいい。特にアメリカは医療や介護の保険が充実していないため、医療や介護のお世話になると恐ろしく金がかかることになってしまう危険性が高い。だからこそ、健康に長生きできるまちへと移住することを検討する。CCRCは、そんなアメリカ人たちが生み出した「高齢者のためのまち」だ。

一方で、AARC(Active Adults Retirement Community)という考え方もある。CCRCのように最初からケアのことばかり考えるのではなく、「アクティブな大人が集まる退職者コミュニティを考えようぜ」という発想だ。さまざまな活動に参加しているうちに持続的な健康を手に入れることになるし、そのほうが毎日楽しく過ごせるような気がする。CCRCよりはAARCのほうが少しポジティブな印象だ。

日本版CCRCは、CCRCと名乗っているがむしろAARCに近い考え方である。政府も日本版CCRCのことを「生涯活躍のまち」と呼んでいる。米国版CCRCが高齢者の集まるまちという印象であるのに比べて、日本版CCRCは地域の若者と移住してきた高齢者が交流しながら生活するまちという印象だ。東京などの大都市部で働いてきた人が、退職後のまだ元気なうちに地方へ移住して、新たな仕事を見つけたり、趣味に没頭したり、地域の社会活動に参加したりする生活を想定している。

日本版CCRCの背景

こうした発想が生まれる背景には、来るべき日本の超長寿社会がある。とりわけ「2025年問題」は深刻だ。2025年には、日本の総人口の30%が高齢者になる(65歳以上が約3600万人になる)。なかでも団塊の世代が全員75歳以上になる(75歳以上が約2200万人になる)。その頃には5人に1人が認知症を発症すると予測されている。

しかもこの問題は、すでに超高齢社会を経験している地方ではなく、東京などの大都市圏でその深刻さを増すことになる。エスカレーターの降り口でつまずく人が増え、コンビニのレジでは支払いがうまくできない人の後ろに列ができるだろう。認知症の高齢者が知り合いの少ない都市空間をさまよい、自宅に戻れなくなる事件が多発するだろう。老老介護や認認介護が増大し、あちこちに孤立した高齢者世帯が発生することだろう。

そうなる前に大都市圏から地方に移住する退職者を支援しよう、というのが日本版CCRCの狙いである。これに対しては、「現代の姥捨て山だ」「高齢者ばかりが集まって住むまちなどつくってほしくない」「地方が受け入れるわけない」「政府は補助金を使って地方に受け入れさせるに違いない」といった否定的な意見が出ている。私としては、日本版CCRCを単純に否定するのではなく、うまく使いこなしてみたいと考えている。

「都市への集中」と「地方への分散」

これまで、日本の総人口に占める都市人口の比率は年々高まってきた。戦前までは、日本の総人口の2割程度が都市人口であった。残りの8割は地方に住んでいたのである。それが現在では逆転し、8割が都市に住むことになった。地方に住むのは2割である。わずか70年で都市と地方の人口比率が逆転してしまったのである。そう考えると、いま大都市圏に住んでいる高齢者の多くが地方出身者であることがわかる。この人たちが大都市圏でますます厳しくなる高齢社会を生きるのか、それともふるさとに戻って活躍の場を見つけるのかを考えたとき、日本版CCRCのことを「現代の姥捨て山」とは呼べなくなる。山で生まれ育った姥が山に戻るというのである。誰がそれを否定できようか。

「高齢者ばかりが集まって住むまちなどつくってほしくない」という批判については、日本版CCRCもそんなことは目指していないといえよう。前述のとおり、米国版CCRCとは違い、日本版CCRCでは地域社会に溶け込んだまちをつくるというのが前提である。そのとき、既存住民と移住高齢者との交流を促進する仕組みや、開放的な敷地計画が重要になる。なによりも、計画の策定段階から地域住民とともに対話を重ねながら事業を進めることが肝要である。そうでなければ、移住してくる高齢者が「招かれざる客」になってしまい、地域で活躍しにくい状況が生まれてしまう。「地方が受け入れるわけがない」という批判は、事業の進め方によるところが大きいだろう。コミュニティデザインの手法を使って丁寧に進める必要がある。

高齢者が移住することについては、そのうち医療費や介護費が必要になるため、結果的に地方の社会保険費を食い潰すことになるのではないかという懸念がある。たしかに医療保険や介護保険の制度は、自己負担を除く社会保険費の半分を地方自治体が負担することになっている。しかし、最近では医療や介護において「住所地特例」★1が適用される施設が増えており、高齢になってから移住しても元の住所地の自治体が社会保険費を負担するようになっている。つまり、都市から地方に高齢者が移住すればするほど、社会保険費が都市から地方へと移されることになり、地方では医療や福祉に関連する雇用を生み出すことが可能になるというわけだ。

杉並区と南伊豆町の取り組み

各地で日本版CCRC実現に向けた検討が始まった。これに先駆けて、東京都杉並区と静岡県南伊豆町が特別養護老人ホームの建設や「お試し移住制度」などで協働している。両自治体の交流の歴史は古く、1970年代に杉並区の交通公害によって喘息に苦しむ児童のため、杉並区が南伊豆町に全寮制の南伊豆健康学園を設立した頃に始まる。2012年に健康学園は閉園するが、杉並区の新たな課題として顕在化した介護施設の建設問題について両自治体で協議を進めた。

fig.1──南伊豆町にある健康学園の跡地。

fig.2──跡地に隣接する旧湊海軍病院。大正12年に建設されたという。保存活用が望まれる。

fig.3──旧湊海軍病院の廊下。天井高や木製サッシが特徴的だ。
写真はいずれも筆者提供

さらに、杉並区の健康な高齢者を対象として、南伊豆町へのお試し移住を呼びかけるという。最長5年のお試し移住は、あくまでも一時的なものであり、いずれは杉並区に戻るということが前提である。しかし、移住生活が気に入って本格的に移住を決意した場合は、それを引き止める法はない。こうした動きは南伊豆町における日本版CCRCの実現の機運を高めることになるだろう。

懸念点は住民参加の進捗である。両自治体の職員たちだけで協議して決めてしまうのではなく、なるべく早い段階から南伊豆町の住民と話し合いながらプロジェクトを進める必要がある。また、時期を見て杉並区からのお試し移住者も対話の場に加わり、都市居住者と地方居住者との意見交換を実現させるべきだろう。相互の理解が進まなければ、お互いに相手のことを不安視してしまうことになる。まずは限られた人数からでもいい。「東京から来る人たちは悪い人じゃなさそうだ」「南伊豆の人たちはわれわれを受け入れてくれそうだ」と参加者が知人に語ってくれるだけでも、相互理解は少しずつ進む。

対話は時間のかかる、効率の悪い方法のように感じられるかもしれない。しかし「移住者が地域住民と交流しながら健康で活躍し続けることができるまち」をつくるためには、結果的にこうした丁寧な事業の進め方が効果を生み出すことになるはずだ。

アフリカの古いことわざに「早く行きたいなら1人で行きなさい。遠くまで行きたいならみんなで行きなさい」というものがあるらしい。「日本版CCRCを素早く整備しよう」という考え方は、その目的に照らし合わせると矛盾が明確になる。「生涯活躍のまち」は、これから続く長い道のりである。着実に遠くまで歩いて行くためには、ゆっくりでもいいから地域のみんなと進むべきだろう。



★1──社会保険制度において、被保険者が住所地以外の市区町村に所在する介護保険施設等に入所等をした場合、住所を移す前の市区町村が引き続き保険者となる特例措置である。施設等を多く抱える市区町村の負担が過大にならないようにするための措置であり、国民健康保険・介護保険・後期高齢者医療制度に設けられている。(Wikipediaより)


山崎亮(やまざき・りょう)
1973年生まれ。コミュニティデザイナー。株式会社studio-L代表。東北芸術工科大学教授、京都造形芸術大学教授。主なコミュニティデザイン=兵庫県立有馬富士公園、島根県隠岐郡海士町、鹿児島県鹿児島市「マルヤガーデンズ」ほか。主な著書=『コミュニティデザイン』(学芸出版、2011)、『ソーシャルデザイン・アトラス』(鹿島出版会、2012)、『山崎亮とstudio-Lが作った問題解決ノート』(アスコム、2015)、『ふるさとを元気にする仕事』(ちくまプリマー新書、2015)ほか。


201601

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