「必要」と「象徴」の一体性

増田信吾(建築家、増田信吾+大坪克亘共同主宰)

わかりやすい価値

fig.1──《エイト・スプルース・ストリート》
(2010)
東京の事務所から今期スタジオを持っているコーネル大学に戻る途中、ちょうどニューヨークに立ち寄る機会を得たので、《エイト・スプルース・ストリート》(2010)[fig.1]と《IAC本社屋》(2007)[fig.2]を観てまわった。
《エイト・スプルース・ストリート》のようなマンハッタンの超高層において、意匠にかけられる予算はあまりないのだろうと容易に想像できる。しかしそこにそびえ立つ建物はそんなことを微塵も感じさせず、おおらかな余裕に満ちていた。超高層の生活において自由を担保するものは、強風にさらされて使えないバルコニーではなく出窓である、というとても素直で現実的なアイデアなのだろうか。その縦にずれながら連続する出窓によってできた凹凸のある金属ファサードが、キラキラと光ってマンハッタンの頭上の風景にほんの少しの上品さと優雅さを分け与えていた。とはいえ、コストの面から考えて、出窓をつくることは住宅設計であっても難しいところだが、さらにシビアなコスト管理が求められる超高層において実現している。とある記事によると、この建物はゲーリー・テクノロジーズが設計・製作・施工を総合し、合理的にコントロールすることで可能にしているらしく、外壁金属パーツは基本的に4種類のピースの組み合わせからできているとのことだった。その後、ワールド・トレード・センター駅から地下鉄に乗り、4駅離れた14ストリート駅から《IAC本社屋》へ向かった。メイン・ファサードが北西面でしか接道しない《IAC本社屋》はファサードには影響しない上階のオフィス・スペースを少しでも太陽の方向へ向かせようと建物の全体をしなやかに変形させていた。両方の建築に感じたのは、建物が持つ素直でわかりやすい必要性と計画された無理のなさゆえに獲得している、心地よい佇まいの優雅さであった。

fig.2──《IAC本社屋》(2007)

When I started out, I was purist a little bit, but I felt I could't live that way, so why would I lay that to somebody else.

建築設計を始めた当初、私は純粋主義的側面があったが、私は私自身がそのなかで生活ができないと感じた。
であれば、私がなぜそれをほかの誰かにさせるのか。

"Architect Frank Gehry in Conversation"


《自邸》(1979)は、1920年代に建てられたダッチ・コロニアル様式の古い2階建ての住宅を、それと認識できるように残しながら手狭な分を増改築している。少ない改修予算ゆえ、主に安価な素材を使用し、追加で必要な面積を確保するために、台所、食堂、テラスなどを既存住宅の周りへ増築し、そこへ向かう壁面や開口部を操作することで各スペースに光を取り込んでいる。既存のコンポジションの存在と価値を認め、ここにもやはり切実な必要性が存在する。アップデートしながらも30年以上の時間をゲーリーの家族がこの家に住んでいる事実が、この家の快適性を示している。

関係の循環

話は変わるが、アジア諸国の建築家協会をまとめるARCASIAという組織が、2015年の初めにタイ、インド、シンガポール、中国、日本の若手事務所に、各国の「Future of the Past(過去の未来)」というテーマでのリサーチ・レポートの作成を依頼し、日本からはわれわれの事務所が選ばれ、発表することとなった(提出と発表は2015年11月中旬)。テーマを簡単に説明すると、「伝統」が現代社会から切り離され衰退する、もしくは保存されてしまうことで利用する対象でなくなり、発展しない状況にある今日、"Past"を見直し"Future"を再考する、といった内容だ。

われわれがリサーチした対象は「磐座(いわくら)」である[fig.3]。磐座とは神の鎮座する所であり、多くの場合は自然の岩石をさす。外来宗教の影響を受ける以前の日本に存在していた宗教の原初的形態とされる古神道における自然崇拝(アニミズム)では、太陽、山河、森林、海を神域とし、石や木などは神霊が依り憑く対象物である「依り代」=神体となり、磐座信仰や神籬(ひもろぎ)信仰が始まったとされる。その後に建った社(やしろ)はあくまでその場所を示すサインであり、岩と周辺環境が生んだ場所性そのものを重要としている。伊勢神宮正殿の床下中央にも依り代があるとされている。われわれが可能性を見出したのは、神聖な場の必要性から象徴性がつくられる縦列的な関係ではなく、岩や木が及ぼす影響がその周辺を特別な場所性とすること、また、そこに人が必要に応じて見出していく関係性、言い換えれば、磐座が周辺環境と人の間を取り持っている振る舞いとその佇まいである。

fig.3──丹倉神社(三重県熊野市)の磐座

昨年、われわれが設計してきた2つの仕事が終わった。ひとつは《躯体の窓》(2014)[fig.4]。施主のインテリアへのイメージがはっきりとしていたため、相談に乗りながら、基本的な内装デザインは施主が行なったといえる。それよりも、広い庭とのつながりを考え直したい、暗い庭を緑いっぱいにしたい、といった敷地全体の前提となりうる課題があったため、それらのことを設計の中心とし、既存の建物より大きな窓を設計した。もうひとつは戸建て住宅のリノベーション(《リビングプール》[fig.5])。施主は依頼時にはっきりと必要としている平面プランを持っていた。一方で、敷地が雪国にあるため寒さへの懸念や、既存の基礎の高さと軒の深さで室内がとても暗く、周辺の山や自然を家のなかから感じられない、といった悩みを抱えていたため、そのことを設計の中心として、生活で満たされる椀状の基礎を設計した。
われわれの思考は、まず依頼主や利用者の声に耳をすませ、エスキスと議論を重ねさまざまな必要性の中心を見出すことから始まる。そこを立ち位置と定め、要求や条件をさまざまな観点から関係させながらひとつの循環した状態を設計していく。現在進行中のプロジェクトにおいても、そのようにして設計価値の最大化を試みている。

fig.4──《躯体の窓》(2014)

fig. 5──《リビングプール》(2014)
写真はすべて提供=増田信吾+大坪克亘

ここで、フランク・ゲーリーの思考プロセスに注目したい。例えば《ウォルト・ディズニー・コンサートホール》(2003)の設計では、まずコンサートホールは映画館のように外が明るい間も暗いため、もっと自然光がたくさん入る場所にするべきだ、そしてオーディエンスを満足させるには、演奏者が気持ちのよい状態で演奏できる空間である必要がある、そうであればシリンダーのような均一な曲面では複雑な反響音をつくりだせず、錐形でなければならないなど、一問一答式ではなく、必要な要素同士の循環を考えながら全体性へと昇華させている。その教えはわかりやすい。また自身のスケッチについてこう述べている。

If you look at the sketches carefully, you'll see that the proportion of the elements are very close to the base models.
I'm thinking the interior.
It's not that I'm designing from the outside in, I'm designing from the very complete knowledge of the program, how I want the things to fit together, how they must fit together.

気をつけてスケッチを見てもらうとわかるように、要素同士のプロポーションが基本モデルにとても近い。
それは私がインテリアを考えているからである。
外側から内側を設計しているのではなくて、プログラムの細部まで知り尽くし、それらをどのように一体化したいか、どのような一体にしなければいけないかということから設計しているのだ。

"AIF 09: In Conversation with Frank Gehry"

ティッピング・ポイント

《グッゲンハイム・ビルバオ美術館》(1997)でも、建物の必要プログラム、重要条件、周辺環境から感じたこと、街の人とのバーでの会話など、それらすべてを包括し立面スケッチに描いているという。すべての物件に通底しているのは、そのようなスケッチや膨大な模型による確認を通して全体を設計し、街までも一変させてしまうほどの影響を与える建物を実現していることである。
ここで強調したいのは、わかりやすい必要性を中心として場所全体が相転移する転換点(ティッピング・ポイント)を探す行為の重要性である。転換点とは、必要な要素同士の関係が循環することで、象徴性を伴った場所全体の一体感が現われ始める瞬間のことである。その転換点はおそらく、一見結びつかないさまざまな要件を整理や俯瞰することによってではなく、ゲーリーのスケッチに見ることができる目と手の協調関係、つまり混沌のなか、瞬時に結節点を見逃さず探り当てていく行為でしか、精度よく捉えることができない。通常、他人の事となると想像力は弱まり、自分の事であると趣味性が強くなる。しかし、他人の問題を自分の問題として取り組み、主体的な設計アプローチを客体の立場で行なうことで、献身的かつ創造的な製作が多くの人に受け入れられるのだ。そしてその意識は彼のレクチャーでの言葉からも読み取れる。

I've always thought that the architecture was a service business.
You're hired by a client to provide a service.
A lot of my colleagues go pompous on me and wanna make it something else.

私は建築がサービス業であるといつも思っていた。
施主に雇われサービスを提供するのだ。
たくさんの同僚は私を大げさに扱い、ほかのなにかにしたがる。

"Architect Frank Gehry in Conversation"


この言葉通りであるならば、それは壮大な設計が遂行されている証拠である。つまり、彼にしかできないアプローチで詳細に突き詰められた建物は、建築によって提供できるサービスと同時にアートにも似た鮮烈な象徴性を放ち、物議を醸し、周辺の人々のみならず、世界中の人が訪れるような場所となっているのだ。
一問一答式に不足する部分を解消していけば十分とされる現代において、一方で、設計で提供できる価値は今後さらに求められる。極端を言えば、サービスやアートを超越したいままでにないスーパーソリューションを提示できなければ、創造的な制作行為とは容認されず、趣味性の範囲にとどまってしまう。
われわれは設計計画において「必要」と「象徴」の表裏一体化を目指している。それは、磐座の話に立ち戻れば、そのどちらにも偏らず相転移した転換点が、いままでになかった場所性を提供できる手がかりとなり、そこにこそ主体を超えた創造的制作の可能性があるからである。


増田信吾(ますだ・しんご)
1982年生まれ。2007年、武蔵野美術大学卒業。同年、増田信吾+大坪克亘を共同主宰。武蔵野美術大学非常勤講師、コーネル大学Baird Visiting Critic。主な作品=《躯体の窓》(2014)、《リビングプール》(2014)、《ウチミチニワマチ》(2009)web site=http://salad-net.jp


201511

特集 フランク・ゲーリーを再考する──ポスト・モダン? ポスト・ポスト・モダン?


"I Have an Idea"──新しい建築の言語を探すために
フランク・ゲーリーという多様体──われわれはその空間になにを見ているのか
フランク・ゲーリー、纏う建築
「建築家 フランク・ゲーリー展」を観て──不敵な精神とささやかなものへの愛情
「必要」と「象徴」の一体性
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