フランク・ゲーリーという多様体
──われわれはその空間になにを見ているのか

浅子佳英(建築家、インテリアデザイナー)+門脇耕三(建築家、明治大学専任講師)

《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》が成し遂げたこと、アイコン建築を受容する姿勢

《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》(1997)(撮影=門脇耕三)

浅子──近年は日本でもポジティヴに評価されつつあるゲーリーですが、90年代後半まではネガティヴな印象のほうが強かったと思います。「よくわからないオブジェをつくっているよくわからないおっさん」というか(笑)。再評価の要因はやはり《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》での成功でしょう。
実際に行くととにかく圧倒されるんですよね。今までになかったタイプの建築であることは事実で、頭で考えるだけでは出てこない、こんなにおもしろい建築の可能性があるのだと気付かされました。

門脇──たしかに《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》でつくられている空間はすごい。それまでのゲーリーは奇抜な外観ばかりが取り沙汰されていたのですが、《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》はむしろ内観が話題になった。のびやかな曲線や圧倒的な空間のヴォリューム、唐突なスケールの切り換えが体験として気持よくできています。形態や素材ではなく、そうした空間的な見方でゲーリーが再発見されることになるのが90年代終わりから2000年代ですね。《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》はプログラムが美術館だったこともおそらく大きく影響していて、内部が白く塗り込められて抽象的なので、純粋に「空間」だけを見ることができた。壁面の空調スリットの部分では、プラスターボードが切断されて下地のスタッドがむき出しになっているなど、細かく見れば《自邸》に通ずるようなディテールもあるけれど、基本的には白くダイナミックな空間をつくっていて、非常にわかりやすい。

浅子──観光客もみんな上を見上げて、空間を堪能していますよね。衰退するビルバオ市が再活性化する起爆剤となったという社会的なインパクトもありました。グローバル化が進みどこへでも飛行機で行けるようになったからこそ、地方にコンテンツを置いても機能するということが証明された。
空間的には内観の建築であるということには同意しますが、僕はすでにある都市景観との対比をつくり出したことの方により衝撃をうけました。ある意味周囲にはまったく馴染んでおらず異物そのものなのですが、それでいてビルバオの街を愛しながらつくっているようにも見える。要はゲーリー建築を対比的に置くことで、ビルバオ全体の環境を変えてしまっている。 古い煉瓦づくりの町並みの奥にギラギラとしたチタンが見えるあの景色は本当にかっこいい。僕は夜遅い時間にバスでビルバオに入ったのですが、橋をわたると魚の尻尾のようなオブジェが川へ向かって伸びていて、それを見てどうしようもなく気分が高揚したことをよく覚えています。あの体験はそうそう出会えるものではなく、かつ単体の建築だけでは不可能で、ビルバオという都市を通して得た体験でした。

《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》旧市街からの眺め(撮影=門脇耕三)

門脇──日本人がよく行っているものだと、パリの《アメリカン・センター》(1994)もありますが、規模が小さいためか、そこまでのインパクトは感じませんでした。外装・内装ともに石のパネルを使っていますが、目地の納まりがうまくいってない部分があることも気になりました。全体をぬるっと納められるチタンパネルが本格的に活躍しだすのはこれ以降ですね。

浅子──チタンパネルであればオール・オーヴァーに屋根も壁も同じ素材を使えますから、ゲーリーの造形によく合っているのでしょう。しかし改めて考えてみると、初期からオール・オーヴァーに適した素材を試していますね。屋根もアスファルトを用いたり、金属シートで納めたりといったことを試みていますが、一時期、《ヴィトラ社美術館》(1989)や《アメリカン・センター》の頃は鳴りを潜めています。おそらくバジェットが徐々に増えるにつれて、クライアントから高級感のある納まりを求められたからではないかと想像します。

門脇──《ウォルト・ディズニー・コンサートホール》(2003)が美しくできているのは、コンピューター・テクノロジーがゲーリーの造形に追いついたこともあるのでしょう。技術的な素地が整ったことは、2000年代以降のゲーリー評価の高まりに関係しているはずです。これは同じくアンビルトの建築家と言われたザハ・ハディドとも共通していますね。 しかしそれ以前から、絶え間なく納まりや施工方法の研究を繰り返していただろうことは、作品を見るとよくわかります。

浅子──それから、ゲーリーはアイコン的建築をつくることを受け入れていますよね。アイコン建築と呼ばれる《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》ができてからの17年を振り返ってみると、結局のところアイコンをなくして良い社会が生まれるのかと言われると疑問だし、建築家のエゴだけでアイコン建築が建てられているわけでもない。状況によってはアイコニックであることを求められる。それは人間の普遍的な欲望だと思います。それは新国立競技場にも当てはまり、オリンピックのメイン・スタジアムをつくるときにアイコン建築を否定して、どれほどの意味があるのか、真剣に考えなくてはいけない問題です。
だからある社会の状況を一度は受け入れたうえで、自分が考えるよりよい社会を実現するための建築をどうつくればいいのかというプロセスは、とても自然で現実的です。ゲーリーはそういう姿勢で設計にあたっていることが、今日の展覧会でもよくわかります。一方、コールハースはまったくそうではなくて、もともと社会が悪いのでそれをあばく必要があるし、それそのものを解くために動くべきだという発想をしますから、コールハースとは根本が大きく違います。

門脇──コールハースは属人的な人格を備えた建築家像をむしろ否定している節がありますからね。だから建築論にコミットするし、『錯乱のニューヨーク』(1978)では「都市のゴーストライター」として振る舞い、事務所名は「Office for Metropolitan Architecture」と個人格を含まず、徹底的にアノニマス。システムに人格で対抗するのではなく、システムそのものに潜り込んでいくような姿勢を取っている。そこには英雄的な建築家像への批判も込められているでしょうし、署名付きのアイコンをつくり続けることによって奉られる建築家への警鐘も含んでいた。そうしたコールハース的な目から見れば、ゲーリーは前時代的な建築家に映るでしょう。しかしゲーリー自身は、ひとりの人間としての建築家が都市にまでコミットしていくことに関して、すごく肯定的に捉えているはずです。今回の展覧会でも「都市に人間性が発露する」というキーワードが掲げられていましたが、ここでいう「人間性」は個人的な属性を含まざるを得ない。ゲーリーは、そうした「人間性」を発露し続ける「個人」であることに、非常に強い信念を持っているはずです。
《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》は、「魚」という個人的なモチーフを持つ建物ですが、それが道路を横断し、橋梁に横断されることで、都市と絡まり合っています。そして橋梁と絡まり合う魚の尾の部分は、下地が露出し、何の機能も持たないハリボテであることが露わにされている。つまり個人的な着想以外に根拠を持たない魚の尾が、都市と親密な関係性を結ぶための重要なエレメントと位置付けられているわけですが、僕はそこから、ゲーリーがいかに「人間」を重要視しているかを感じ取らざるをえない。もし機能というエビデンスが与えられてしまっていたら、「都市に人間性が発露する」という主張は瓦解してしまったことでしょう。近代都市が失ってしまった「人間性」を、最先端のテクノロジーを用いて現代に回復させる──このゲーリーの姿勢は、やはりとても古典的な建築家の姿だといえるでしょう。

浅子──たしかにそう見えますが、そういう美談であるとすれば、なんだかつまらないような気もするんですよ(笑)。よくゲーリーは「現在建っている99パーセントの建築はクソだ」と発言しますが、その態度が僕はとても正直だと思う。彼は自らの名が記された建物を作家的に建てることに自覚的ですし、それをヒロイックで古典的な建築家だと断罪してしまうのは早計ではないでしょうか。

門脇──旧来的だと断罪しているのではなく、僕はむしろ良い意味での古典的な建築家像をゲーリーに見ているのです。むろんこの解釈が正しい保証はありませんが、「正しく」理解するのは未来の歴史家が行なえばいい仕事であって、僕としてはゲーリーが何を主張しているのかを作品を通じて考えてみたい。建築家としては、いかにゲーリーを曲解して新しい創作へつなげていくかが大事なのではないでしょうか。

浅子──確かにそうですね。学ぶべきはゲーリーの人間性ではなく、当然建築のほうですから。先に《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》については話してしまったので、いくつか気になるゲーリー建築を取り上げながら、曲解していくことにしましょう(笑)。

ブロックとスキン──2つの手法が示す可能性

浅子──まず触れておきたいのは《ウィントン・ゲストハウス》(1987)です。これは、リビングの機能を持つタワーの周りに、ひとつひとつキャラクターを持った小屋が独立した彫刻のように建っている住宅です。一部屋の規模は小さく自己完結的な形をしているのですが、それが1カ所に集合することで不思議なまとまりが生まれている。かつ中心のリビングはほとんど外部に面さないわけですから、狭苦しい部屋になりそうなところをタワー状にし、かつ他の部屋へとうまくつなげることでそれを回避している。特徴的な形がばらばらとあるこの住宅は、西沢立衛さんの《森山邸》(2005)のような白いハコがポコポコと並ぶ分棟型住宅の別の可能性のようにも見えます。
もうひとつは、不遇の90年代にずっと設計していたと言われる「ルイス邸」です。前提条件が次々に変わる施主で、1カ月に一度ぐらいの頻度でプラン変更を余儀なくされていたそうです。あまりに施主が無理難題を出したらしく、途中から施主の息子とやり取りするようになるのですが、彼もまた無茶な要求を出す人で、なんでも音響にものすごくこだわりのある人だったとか。それで結局は実現せずに止まってしまうのですが、スタディやスケッチを見ているとその後のデザインの源がうかがえておもしろいのです。例えば《DG銀行》(2001)のホース・ヘッドといわれる馬のモチーフが、「ルイス邸」のスタディ模型にすでに見て取れます。実はOMAが住宅プロジェクト「Y2K」でのアイデアを公共建築である《カサ・ダ・ムジカ》(2005)に転用するよりも早い段階で、同じことをやっているんですよね。ゲーリー本人も重要プロジェクトとして「ルイス邸」を挙げていますが、無茶苦茶な施主につきあって究極の住宅をつくろうとしたこのプロジェクトのスタディがなければ、最初期のバラバラとしたバラック建築の域を抜け出ることは不可能だったのではないかとさえ思います。

門脇──いま浅子さんが挙げた2つのプロジェクトからは、ゲーリーの造形手法がよくわかりますね。ゲーリーには機能を持ったブロックで形態を構成する手法と、機能を持たないスキンを用いて特徴的な形態をつくる2種類の設計手法が見られます。《ウィントン・ゲストハウス》はブロックの建築、「ルイス邸」はスキンの建築です。しかし最近はスキン・シリーズのほうが増えてきていますね。

浅子──プロジェクトの規模が大きくなってきているため、ブロックのコンポジションだけで設計を行なうのがだんだんと困難になっているかもしれません。ブロック建築は平屋から3階建てぐらいまでであれば可能ですが、それ以上の大きさ・高さになってくるとあまり複雑な操作ができなくなっていきます。特にタワーは難しい。現在でもプロジェクト初期のスタディ模型をみると、ブロックを積んで検討していることがわかりますが、そのまま竣工までつなげるのはなかなか厳しそうです。

門脇──住宅はそもそもたくさんの機能に分解するのが容易なので、ブロック型に適したプログラムなのかもしれません。いろいろなヴォリュームでハコをつくり、それを並べていく手法は興味深いのですが、基本的に平屋にあったつくり方ですね。

浅子──2階以上の設計になると、階段をどこに設けるかでずいぶんと印象が変わってきてしまいます。1部屋ずつに階段を付けてもうまく解いているようには見えませんし、とはいえ真ん中に吹き抜けをつくって縦動線を納める手法は一番オーソドックスですが、すでに《ビルバオ》で採用されている。なかなか次の展開が難しいのですが、個人的には興味がある手法ですね。バラバラな状態なものが重なりあって、また別のおもしろさを生みだしている。それぞれの部屋が混ざっているようで混ざっていない状態で設計を行なっていく手法は、非常に現代的だと思います。

門脇──ブロック型の設計では、それぞれのブロックの機能的なキャラクターが際立っている必要があるため、住宅がもっとも適したプログラムではないかと思っていたのですが、《ビルバオ》はそれぞれの展示室にプロポーションやヴォリュームでキャラクターを与えているというわけですね。
ブロック型では閉じたハコが担保されるのも設計者としてやりやすい。スキン型の場合、雨仕舞いや空調計画がすごく大変そうです。それこそゲーリー・テクノロジーがなければ実現は難しい。
またゲーリーのスキンは単なる皮膜ではなく、その骨組みが表現上の重要な役割を果たすことも多い。スキンがつくる一体的な空間のもとで骨組みが変奏し、地面に突如柱が落ちてきたり、頭の上を横架材が自在に舞ったりする。こういう方法は、動線計画や面積が厳格に決まっている空間にはなかなか使えません。

浅子──昔からゲーリーはオール・オーヴァーで壁と屋根を同じ素材でつくることを試みていましたが、ブロック型にスキンを重ね、テクノロジーを駆使することで実現しています。特に《ノバルティス・キャンパス・ゲーリー棟》や《ルイ・ヴィトン財団》では、本当にうまくつくっています。

門脇──ブロックとスキンがうまく融合している例としては《MITステイタ・センター》(2004)にも触れておきたい。あの造形と大学の研究施設というプログラムがうまくマッチして、内部が魅力的な空間になっているんですよね。

《MITステイタ・センター》(2004)(撮影=門脇耕三)

浅子──分棟型で一つひとつは独立したタワーですが、それをつなぐ地下空間がとても素晴らしいですよね。建物同士が隣接する部分がガラス天井になっているため、地下からは複数の建物の素材やかたちが一度に目に入ってくる、異様な風景です。機能はブロックで完全に担保しながら新しい空間を生み出している。

門脇──大学施設ということもあって、部屋の種類も多様ですし、使用者の活動もさまざまで、モノと人間がうまくバランスしています。そのため実際に行ってみると突飛な空間に見えず、建物がむしろ意識されない。僕が行った時は雨の日で、どんよりとした空から淡い光が差し込み、そのなかでフリークライミングの練習をしている大学の先生らしき人がいたりして(笑)、建物の自由なあり方と人間の力強い活動が拮抗する、素晴らしい光景でした。
これは常々思っていることなのですが、僕たちが日常的に利用している駅舎も、まじまじと見ればかなり異様です。特に古い駅舎では、改修に改修が重ねられた結果、モノが場あたり的に配列されていて、ありうべきエレメントどうしの順序関係が滅茶苦茶にかき乱されている。そこではモノが力学的な秩序や機能的な秩序からやすやすと抜け出して、とても自由に振る舞っている。建築的な素養を身につけた目から見れば、その光景は異常ともいえるものなのですが、そんな駅舎で一番すごいと思うのは、その異常な光景を誰ひとり意識しないところです。《MITステイタ・センター》にも、そんな駅舎の光景と通ずるものを感じたのですが、ゲーリーの空間はエレメントの表現をギリギリで意識させない程度にブロー・アップされている感じがあって、あの異常さをうるさく感じないような効果が生まれているのだと思います。はるか頭上に異様なものがあっても、電線と同じで意識されず、むしろエレメントが勝手に振る舞っているからこそ、人間も好き勝手に振る舞うことができる。

浅子──ひとつのルールで空間がつくられているように見えないのもその要因のひとつかもしれません。

門脇──おそらくそれはコンポジションが重要視されているからではないでしょうか。どこかが突出して見えないように、何か目立つものを配置したら異なる場所で空間的にバランスをとる、その感覚は徹底していると思います。だから一箇所に焦点が定まらず、ばらけて見える。

浅子──先ほどブロー・アップされた空間であれば異様さが意識されないというお話が出ましたが、ニューヨークにゲーリーが手がけたインテリアがあります(《トライベッカ イッセイ・ミヤケ》(2001))。実際に見に行きましたが、既存の空間にチタンパネルを貼り付けただけにしか見えず、空間的ではありませんでした。小規模なインテリアだけのデザインはあまり得意ではないのかもしれません。

門脇──なるほど、ゲーリーの設計はストラクチャーがあるからこそ活きるのかもしれませんね。《サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン》(2008)はストラクチャーから力の流れが見えますが、それが要所要所でうまくはずされていて、構造を崩した場所どうしで、あるコンポジションが形成されている。よくゲーリーはアーティスティックだと言われますが、インテリアでは力を発揮できないという今の話を踏まえると、やはり力学を前提とした建築家なのだと思います。

《サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン》(2008)(撮影=門脇耕三)

「曲げ木の椅子」(1992)
(「建築家フランク・ゲーリー展 
"I Have an Idea"」より)
浅子──そうですね。ゲーリーはスケッチだけを書いてその実現は他人任せと思われがちですが、実際はそうではありません。ファーストイメージだけではなく、最終形をどうやって実現するか、「どうやってつくるのか」ということも彼の発想にとってとても重要な部分ですよね。
「曲げ木の椅子」(1992)のデザインをクライアントであるノール社から頼まれた際、つくり方も含めてデザインするために、専用の工房をつくることを条件に引き受けたそうです。工房で曲げ木の実験を繰り返しながら70種類ほどの椅子をスタディし、そのうちの数種類がようやく製品化された。この姿勢は、BIMを駆使しながら設計を行なう現在のゲーリー・パートナーズにもつながるのではないでしょうか。

  1. アイデアとテクノロジー
  2. 《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》が成し遂げたこと、アイコン建築を受容する姿勢
  3. 《ルイ・ヴィトン財団》と《ゲーリー自邸》──断片的な論理をつなぎとめる

201511

特集 フランク・ゲーリーを再考する──ポスト・モダン? ポスト・ポスト・モダン?


"I Have an Idea"──新しい建築の言語を探すために
フランク・ゲーリーという多様体──われわれはその空間になにを見ているのか
フランク・ゲーリー、纏う建築
「建築家 フランク・ゲーリー展」を観て──不敵な精神とささやかなものへの愛情
「必要」と「象徴」の一体性
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