社会がスタジアムを必要としているとき

日埜直彦(建築家)

社会がスタジアムを必要としているときに、それに対して建築の専門家たちが答えを出せていない。ここで建築の専門家と言っているのは、建築設計だけでなく施工や発注に渡る広い意味での建築を扱う専門家集団のことだ。建築を扱う専門家集団は、いわば社会から建築に関するものごとに対処する責任を負っているが、その責任を新国立競技場の建替えにあたって果たせていない。その経緯を事細かに追いかけてみれば事態は複雑なのだが、しかし結局のところ要するに、これではダメだと「白紙撤回」された。事態は明白である。責任を果たせず、今後の見通しも定かでない中で、この専門家集団に対する社会の視線が厳しくなるのも不思議はない。
それに対して専門家集団の中で聞こえてくるのは、こうなった原因をめぐる悪者探しと、突然プロジェクトから蹴り出されたザハ・ハディドへの同情の声、今だからこそ言えるといった調子でささやかれる「実はあんなのダメだと思ってた」。そんな後ろ向きのおしゃべりのかたわら、それでどんなスタジアムができるのかと言えば、どうせ某スーパーゼネコンが順当に決まるんでしょと匙を投げて、結局まずまず妥当な絵の一枚さえ社会に提示されてはいない。そんなこんなで、広い意味で建築とかかわる専門家全体に対して、無能ではないかという不信の目が向けられる。この厳しい視線をここで意識しておきたい。
そもそも多少誰かの働きが悪くともなんとかカバーしてまとめ上げることが専門家には期待される。少なくとも社会から見れば、関係者の誰が悪いというような議論は内輪の問題であり、頓挫したプロジェクトから来る不信を解くことに繋がるわけもない。
結局、さまざまな案が出ているが、必要条件を満たす穏当な案は一つも存在しない。あまり楽しい話ではないが、この現実をこれまでに出た案を振り返って確認してみよう。

国立霞ヶ丘競技場陸上競技場耐震改修基本計画(久米設計)

2011年に行われたこの検討の目的は定かでないが、JSC内部で国立競技場建替えの必要性を確認するためのエヴィデンスを作ることが目的と想像される。したがって国立競技場建て替えに向けての動きが公になってからのものではないが、これを枕として以後の動きは始まった。この資料は2014年4月に情報公開請求によって明らかにされた。検討は現状改修(維持保全+耐震補強)、小規模改修(部分屋根付き)、大規模改修(スタンド部全体に屋根付き)の三種類のケーススタディーとなっている。なお時期的にオリンピック・パラリンピック開催を前提とした計画ではない。
http://2020-tokyo.sakura.ne.jp/_src/sc803/89FC8FC92B28DB88Bv95C48AT97vHi.pdf
大規模改修のケーススタディーにおいては、以下の改修工事が必要とされている。
 ・外苑西通り側のメインスタンド部分について全面的な建替え
 ・耐震補強
    すべての既存柱梁に耐震補強のため巻立て増打ち補強を要する。
    躯体コンクリートの中性化は通常より早く進行しており、耐用年数に注意が必要。
 ・施設スペック
    現代的なスタジアムとしての必要な設備の整備。
 ・バリアフリー
    観客経路各所にスロープなしの階段があり、また身障者便所の設置数が足りない。

fig_1:大規模改修 外観イメージ
(出典=久米設計「国立霞ヶ丘競技陸上競技場耐震改修基本計画(抜粋案)2011年3月15日」)

この計画は改修した場合に必要になる工事内容を列記しているが、その報告書内で、改修にとどまらず施設全体の建て替えを視野に入れることが必要と明記されている。50年以上前に建設された旧スタジアムは、設計仕様上も現代の要求水準からかけ離れており、また耐用年数的にも限界が見えていた。旧国立競技場を改修すれば良かったとの声も多数あったが、実況調査を踏まえたこの検討結果を見れば、その現実性と妥当性ははなはだ疑問と言わざるを得ない。とりわけザハ・ハディド案による建て替えが決定した後、相当後まで旧競技場の改修を軸とした提案が相次いで出てきたことを考えれば、こうした既存躯体の現状が早期に情報公開され周知されていれば、より建設的な方向に議論がなされたのではないだろうか。

ザハ・ハディド案(コンペ最優秀賞)

コンペの応募資格の厳しさ、最優秀とされた建築家がデザイン監修者としてのみプロジェクトに関わることになるスキーム、過大な施設規模、目安とされた予算設定の妥当性など、問題点がなかったとは言えないが、コンペ自体は手続き的にまったく正当なかたちで行われた。最優秀賞となったザハ・ハディド案は、比較的シンプルな観客席にザハ・ハディド流の三次元曲面の屋根が付く形式の提案だが、コンペ時点案の特徴は来場者動線を導く長く伸びたペデストリアンデッキだろう。広州オペラハウスや香港工科大ジョッキー・クラブ・イノベーション・タワーなどにも似たような要素はあり、いつものやり口といった感じはある。敷地北部の別敷地をまたぎ、さらに高速道路および鉄道路線敷を越えて伸びるデッキが、今ひとつどこからの人の流れを意識しているのか不明ではあるが、これがデザイン上のインパクトを大きく引っ張っていたのは間違いない。審査記録においてコストへの懸念が注記されているが、これが後の問題に繋がった。


fig_2-3:ザハ・ハディド案
出典=新国立競技場基本構想国際デザイン競技報告書「入選作品」
http://www.jpnsport.go.jp/newstadium/home//tabid/430/Default.aspx
(以下のコンペ案も上記リンクから参照できる)

Cox案(優秀賞)

三段の観客席にジオデシックドームをかぶせた提案。プレゼンテーションのパースのような透明度を得ることは現実には困難だろうが、逆にドームさえ出来れば内部がどうなろうと全体のイメージは維持される点で、設計過程でのさまざまな変更に耐え得る案と言えるだろう。連続曲面で逆バンクになっていく透明な外皮をどうやってメンテナンスするのか懸念が残るが、この案がデベロップされたとしたらどうなっただろうか。

fig_4:Cox Architecture案
出典=新国立競技場基本構想国際デザイン競技報告書「入選作品」

SANAA案(入選)

非対称で不定形な丘陵地のランドスケープを思わせるかなり大胆な形態の観客席に、やはり不定形な雲のような屋根が掛けられる提案。観客席と屋根の間に大きく開口があり、風が抜けることが相当意識されているようだ。これはフィールドの芝生養生にも効果があったかもしれない。屋根の開閉形式は提案からは不明で、構造的な解決は未消化な印象は拭えない。競技者から不定形なかたちが競技に影響を与えるのではないかとの意見が出たが、実際はどうだったのだろうか。

fig_5=SANAA事務所案

その他(二次審査対象)

POPULOUS案は屋根面も含めて立体公園化した案で、詳細な平面図が公表されていないため詳細は不明だがイメージとしては面白い。おそらくスケール的にコンペ敷地内に限定されるには無理がある提案で、神宮外苑全体をスポーツ・パーク化していくような展開を考える場合であればこのイメージも意味をなしたろう。
SANAA案にいくらか似たアイディアを含むのがUNStudio案で、新宿の高層ビル街に向けて全体が傾けられた非対称な観客席で、都市のスカイラインとともにオリンピック・ゲームを展開しようとするもの。構造的にも穏当で、入選案以外の案としては比較的現実性があったように思う。
スタジアム全体を緑で覆われた山とすることを提案したDorell. Ghotmeh. Tane案は目を惹くが、実際のスケールを考えるととてもまともな斜度には納まらないはずだ。イメージはわかるがどれほど現実味があっただろうか。
伊東豊雄案はかなりコンパクトにスタジアム地上部をまとめつつ、敷地内の傾斜を生かして相当大規模に地下を利用する案である。さほど特別なデザインには見えないが、コスト面ではほとんど総掘りとなることがどのように効いただろうか。
その他の4案は、平面図・断面図が公表された情報では示されておらず、構造的な形式、開閉屋根の機構などがよくわからない部分が多い。単なるPhotoshop Workに見えるものもないではない。

fig_6=POPULOUS案

fig_7=伊東豊雄建築設計事務所案
出典=新国立競技場基本構想国際デザイン競技報告書「入選作品・入賞作品」

ザハ・ハディド案

コンペにより選定されたザハ・ハディド案をベースとして、ザハ・ハディドをデザイン監修者とし、日建設計その他の設計JVが設計を進めた。コンペ案にあった長く伸びた動線は2013年4月の最優秀賞受賞の表彰式におけるプレゼンテーションで既に敷地の外に伸びていない。
https://youtu.be/1Lzk2GeVRrA
いずれにせよ、長辺方向のスケールを切り詰め、全体の高さを調整して、伸びやかに進展する三次元曲面の流れが妙にこじんまりまとまった、というのが初見時の印象であった。それでも公共歩廊として利用されるスタジアム外周を巡るスカイウォークが維持されることで内向きの異物になりがちなスタジアムを周囲の公園と関係づける意図は伺える。スケールレスな形態があの場所のなかでどのようにおさまるかがポイントになったはずで、そこを行き来する人が見えることは面白い効果を持ったかもしれない。
同年8月に槇文彦氏の「異議申し立て」が公表され、それとほぼ前後して新聞上でも新国立競技場建て替えの建設費試算が大幅に予算を超過していることが報じられはじめる。2014年5月に基本設計がまとめられ、おおむね「最終案」に近い姿の案が取りまとめられた(http://www.jpnsport.go.jp/newstadium//tabid/411/Default.aspx 第六回資料)。その後の計画の推移はほとんど公表されないままだったが、今年7月に有識者会議で一旦了承される「最終案」まで継続的に案は変化していったのだろう(http://www.jpnsport.go.jp/newstadium//tabid/411/Default.aspx 第五回資料)。

fig_8:最終案
出典=「新国立競技場 基本設計(案)説明書」(概要版)平成26年(2014年)5月

「当初のダイナミズムが失せ、まるで列島の水没を待つ亀のような鈍重な姿」と磯崎新氏は2014年11月に公表した「新国立競技場 ザハ・ハディド案の取り扱いについて」で評した。たしかにこの案をコンペ案からのポジティブなデベロップとして受け取るものはいないだろう。たびたびコスト問題の懸念がメディアを賑わすなかで、コスト・コントロールに焦点を合わせ、非現実的なコストを妥当な水準に収斂させるために苦心して案が調整されていったことは、その後公表された関係者聞き取りでも跡づけられる。震災後の建設物価の上昇トレンドと相まって調整は順調には行かず、また設計案のイメージを大きく変えるような大ナタを振るう大胆な判断が出来る決断者もいないままで、問題は先送りされた。周知の通り「最終案」は主に2520億というそのコストの膨大さによって大きな批判の的となり、ついに「白紙撤回」されることとなった。

槇文彦提言

先述の「異議申し立て」は異論をいくつかの論点をもって提示したもので、具体的なあるべきスタジアムの姿を提示したものではない。だが根本的な見直しを求める提言のなかで指摘されている懸念のポイントは後に浮上した問題点をかなり的確に突いている。
槇文彦提言を発端として、以下いくつかの代替案が提案され賛同者も少なくなかった。

伊東豊雄案

伊東豊雄氏はコンペ提出案の他に、バックスタンドを残してメインスタンドを建替え改修する案を2014年5月に提示している。
久米設計による大規模改修のケーススタディにスキームとしては似ているが、屋根はスタジアム全面を覆うものとはせず、メインスタンドのみを覆っている。二段の観客席案と三段の観客席案があり、断面を見る限りいずれの場合も観客席最奥部からのフィールドの視認性が懸念される。メインスタンド部のみに屋根を掛ける選択の意図は定かではないが、残されるバックスタンドの耐震補強などを含めた大規模な改修はやはり必要となり、改修である限り当該部分の耐用年数への懸念は残る。

fig_9:伊東豊雄改修案
出典=「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」
http://2020-tokyo.sakura.ne.jp/_src/556/89fc8fc82c982e682e990v8d9197a78ba38bz8fea8cv89e688c4.pdf

大野秀敏案

大野秀敏氏は2014年6月に独自の改修案を提案した。既存観客席を残しながら重ねるように常設のスタジアム席を設けることを基本とし、その上でいくつかのシナリオの検討を行っている。
シナリオAは既存観客席の短辺側1/4を解体し、ひょうたん型に変形したスタジアムを作る案(7.3万人収容)。シナリオBは既存観客席はそのままで、全周新規の観客席を設ける案(6.2万人収容)。シナリオCは同様の方式で観客席をメインスタンド側に拡張して8万人収容する案である。詳細な図面がないため不明な点が多いが、シナリオAは陸上競技を行う上で支障が指摘されており、シナリオBは収容人数に限界がある。シナリオCは観客席の奥行きが過大になる点に問題があるだろう。

fig_10:大野秀敏改修案 出典=「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」
http://2020-tokyo.sakura.ne.jp/_src/600/8d9197a78ba38bz8fea91e596ec88c40619c.pdf

磯崎新案

磯崎新は2014年11月の上述の意見書において既に、旧国立競技場敷地でのオリンピック開閉会式の開催をとりやめ、そこには標準的な競技場をつくるとともに、二重橋前の皇居前広場で開閉会式を行うことを提案していた。この案がその後検討が進められSANAAなどが協力した皇居前広場での仮設施設の提案が2015年8月刊行の『atプラス25』で発表されている。したがってこれはスタジアムそのものの提案ではない。磯崎新が大阪万博の「お祭り広場」以来関心を抱きつづけてきたページェント空間の構想である。

これらの案が、結局どれひとつとして問題の解決にいたらなかったということは、このプロジェクトの条件が本質的に極度に複雑で相当な試行錯誤を経ることなしに有効な解決を得ることは難しいということを意味しているのだろう。とりわけザハ・ハディド案に対する代替案として検討された改修案は、「異議申し立て」の中心にあった神宮外苑の景観問題を前提としており、スタジアムの高さを抑制することが至上命題となってさらに問題解決を難しくしているように見える。旧国立競技場の躯体を再利用することも計画の足かせとなり、その結果としてより良い競技場案に繋がらなかったのではないだろうか。その結果として、いずれの提案も観客席の設定にかなり無理を強いることとなり、とりわけスタジアムの高さと観客席の機能の相反する条件の折り合いを意識するなかでどちらの面から見ても中途半端に見える。日本でも指折りの建築家が取り組んでもこのような結果なのだから、この先さらに五月雨式の提案がぽつりぽつり出てきたとしても、これで進むべきだと決断出来るような提案が出てくると期待するのも無理があった。代替案は新しい国立競技場の説得力のあるヴィジョンを示すには至らなかったが、しかしそれら断続的に提示された提案はゼロからやり直せばよりローコストのスタジアム建設が可能だろうとの期待を社会に抱かせたかもしれない。そして社会的合意形成の仕組みとしてのコンペによって選ばれオーソライズされた案に対して、とどのつまり私的意見に過ぎない異議申し立てをどう位置付け、建設的な議論とよりよい設計に結びつけていくかということについて重い課題を残したことも指摘出来るだろう。当然のことながらここで意見表明そのものを否定しているわけではなく、むしろ当初のそれには積極的な意味があったことを認めた上で、その後の動きは次第に論点を硬直化させ、ミスリードな主張さえ厭わない強引な姿勢へと変質してしまったのではないだろうか。これは妥当な案がないということともまた違う水準の問題である。コンペを適正なかたちで社会に定着させるために苦闘してきたこの国のいわゆる「コンペ問題」を意識した時、そのことはなおさら重大な意味を持ってくる。結局のところ、建築家がコンペをリスペクトしない限り、社会はコンペをリスペクトしないだろう。このプロジェクトが「白紙撤回」に至った本質的な原因はコスト調整の不調にあったとは言え、結果として残ったのがコンペという仕組みへの不信であったとすれば、国会議事堂設計競技以来のこの歴史的な問題に大きな禍根を残したように思われる。
他方で、実施設計を進めていた発注者と設計者のあいだでは当初予算に強引に合わせた場合のさまざまなケーススタディが行われていたと伝えられている。それが本当に妥当な選択肢となったかどうかは具体的な内容が公表されていないため不明だが、そうした柔軟な検討の過程が公に示されていたら異なる展開もあったのではないかと想像される。とりわけ国家プロジェクト規模の今回のような公共プロジェクトにおいて、事業主体がまったく情報公開に対して消極的な姿勢に終始したことが事態を閉塞させ、問題の先送りとその末の破綻に追いやった。異議申し立ての硬直化も元はと言えばこうした姿勢への不満が引き起こしたものだったのではないだろうか。先日公開された新国立競技場整備計画経緯検証委員会の検証報告書を読めば、コストコントロールの不調に苦心し、なかなか経過報告がしづらい状態にあったことは想像に難くない。しかしだからこそ問題をなんらかのかたちで公に示しつつ、過去の予算設定の妥当性に執着することなく、妥当なコストはいかなるものか公論に付すことも出来たのではないかと思わざるを得ない。これもコンペの問題というわけではなく、公共工事における事業者の意識の問題であって、そうすぐに変わっていくものでもないとしたら、建築家・設計者は今後もそれに従属するのみなのか、それともなんらかのかたちで主体的な役割を果たす方法を生み出せるのか、考えていかねばならないだろう。

しかし今回のプロジェクトに関しては、そうした可能性も含めて、既に一切が葬られた。膨大な労力とさまざまな意見が無駄になり、計画と施工に費やされるべき貴重な時間は失われた。荒涼とした光景、としか言いようがない。こうなるに至ったそれぞれの振る舞いは理解できないわけではないが、しかしこの惨状は誰にとって喜ばしい結果だろうか?
設計の進行状況の経過報告もなく、世論は蚊帳の外に置かれ、ただ時折漏れ聞こえるコスト問題に不信感を募らせていった。設計プロセスの困難な課題をいちいち報告するなどということは、日本だけでなくどんな社会においてもなかなかないことではある。しかしそれでもコスト問題がある振れ幅の中に収まっていれば進行したであろう本来の調整プロセスが、震災後の不運な巡り合わせで舵取りの難しい状況に立ち至り破綻に至ったことは、今後の公共建築プロジェクトのあり方に影響することは避けられないだろう。
建築家に任せていると危ない、最後に頼れるのはゼネコンだ、というような見方も今回の影響として出てくるだろう。どうにも愚痴めくが、本来両者は協働すべきパートナーであって、それぞれにこの経緯においてどうあるべきだったか反芻しつつ、とりあえずは腐らずより良い建築を生み出すべく各々の仕事に向かうほかないのだが。
デザインの良し悪しを二の次とすれば、単に要求性能を満たしたスタジアムを設計するだけならさして難しいことではないはず、と多くの人は漠然と想定しているのではないだろうか。にも関わらず、そういう提案はどこにもない。可能性の重なりのどまんなかにある提案は今のところ誰も描いておらず、いずれもすこしずつスイートスポットを逸れて、だからこそ我々は「白紙」を目の前にしているのだ。おそらくザハ・ハディド案に賭けた関係者においても、あるいはそれに違和感を覚えた側にも、ある種の逃避があったのではないか。なにかが起こるのではないかという期待が丹下健三の代々木体育館に似た"奇跡"を求め、あるいはそのような"奇跡"とは異なるクオリティを追い求めてきた自負がこれではないはずだと確信させた。その中心にあるはずの建築に直接向かわず、なぜそれぞれに硬直してしまったのか。未だ釈然としないところがある。

建築設計コンペティションは、案を出来るだけ広く募り、公正な審査によって最良の案を選ぶ社会的な仕組みである。実際にコンペに集められた提案は多様なアプローチを見せており、リアリティの濃淡はあるがそれぞれに明確なイメージを打ち出している。代替案として現れた提案と見比べたとき、コンペという仕組みが良い案を得るために有効であることが図らずも実証されているように思われる。検討に費やされた時間や労力の量の絶対的な違いもさることながら、複雑な条件を解決しながらそこで明快で一貫したイメージを提示しなければコンペに勝つことは期待出来ない。単なる可能性の例示である以上にヴィジョンがそこで求められる。それこそが良い建築を支える根本だろう。
現在進行中の公募型プロポーザルの行方はどうなるだろうか。これまでに出てきた提案、とりわけ膨大な検討がおこなわれたザハ・ハディド案の知見が間接的にであれ生かされて、より良い提案が生まれて来ることを期待するほかないだろう。

日埜直彦(ひの・なおひこ)
1971年生まれ。建築家。作品=《ギャラリー小柳ビューイングルーム》《セン トラルビル》《横浜トリエンナーレ会場構成(BankART Studio NYK)》ほか。「Struggling Cities」展企画監修。


201510

特集 新国立競技場問題スタディ──「白紙撤回」への経緯と争点


新国立競技場問題の日本的背景を考える ──日本のコンペティションは、なぜ設計者の顔を隠そうとするのか?
新国立競技場問題をめぐる議論はなぜ空転したか
社会がスタジアムを必要としているとき
『日本の思想』としての新国立競技場コンペ
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