[フランス]Moreau Kusunoki Architectes

楠寛子(建築家、Moreau Kusunoki Architectes 主宰)

1. 沿革

モロー・クスノキ・アーキテクツは、2011年、ニコラ・モローと楠寛子がパリに立ち上げた設計事務所であり、現在《パリ高等裁判所広場》、《サヴォワ大学学生棟》、《ギアナ文化複合施設》(現代アートセンター、文化館、保育園、ドキュメントセンターなどのコンプレックス)の他、レストランやオフィスなどのプロジェクトが、フランスを中心に進行しています。

2015年6月には、「グッゲンハイム・ヘルシンキ・デザイン・コンペティション」最優秀賞を受賞しました。

Moreau Kusunoki Architectesオフィス(©Moreau Kusunoki)

2. 国・都市の建築状況

パリは、小さく、古い街です。街を形成する多くの建物が19世紀以前に建設されたもので、組積造の半永久的な建築が街の大多数を占めるため、基本的に新しいものはあまり建ちません。また、環状道路ペリフェリックによって周辺を囲まれているので、パリのテリトリーは外に向かって広がりづらく、歴史的、構造的、地理的、そして心理的な緊張が常在しています。

Clichy門付近、パリ市街の淵(筆者撮影)

また、パリで深刻な社会問題となっているのが住宅不足です。19世紀までに建てられた集合住宅や邸宅の多くが、投資目的でオフィスに改築されてしまったことが大きな原因のひとつで、なかにはそのまま使われずに放置されているものが随分あるようです。住戸数の不足に伴い、賃料が上がり、低中所得者層や家族層は、パリ市内に住み続けることがとても難しくなってきています。その一方でパリの郊外は開発がずいぶんと遅れており、交通や治安の面で問題を抱えているため、市内に住めなくなった場合には郊外に移り住むより地方都市に移り住むほうを好む人がほとんどでした。これらの問題への対応策として、「グラン・パリ」という国家プロジェクトが実質的に動き出したのは、比較的最近のことです。現在、パリのメトロの延長、駅舎の整備、電車車両の交換、教育・文化施設の充実といった政策が進みつつあり、郊外に移り住む人が徐々に増えつつあります。

環状道路ペリフェリックを潜り、パリ郊外へと続く通り。現在、整備が計画されている(筆者撮影)

「グラン・パリ」は、新設の駅舎だけでも68もあります。これはフランスでも群を抜いて規模が大きいプロジェクトですが、このような目立った再開発以外にも、地方、村、コミュニティの大小さまざまな公共プロジェクトが進行しています。フランスでは、このような情報が全国的に行き届いているので、その数が日本に比べて多いように感じます。一建築家の意見になりますが、公共建築のコンペの要綱が一斉にオープンになるため、チームのセットアップやリサーチも同時にスタートでき、とても対等にチャレンジすることができます。参加条件も日本程高くないので、若い事務所でもクリアできるプロジェクトが多数あります。

審査の際に、世代・国籍・性別等の多様性を重視するプロジェクトも増えてきており、経験が浅くともモチベーションの高い若い事務所や海外の事務所の挑戦を歓迎することで、フランスの建築がよりダイナミックに、国際的になっているように感じます。

また、コンペの参加費が設計にかかる費用をほぼ100%カバーするという点は、ヨーロッパでも珍しく、とても恵まれています。建築家の経済的負担が軽減されるため、競合する事務所間の経済格差が緩和され、思い切った作品をつくることができます。

このように一貫して公平性を貫く姿勢や、それを実現するための配慮は、建築家にとって素晴らしい挑戦の場を与えてくれていると言えます。

3. 「コンセプト」や「リサーチ活動」

私と共同主宰者であるニコラ・モローは、さまざまな点で異なる者どうしですが、同化するのではなく対話を繰り返すことで保たれるお互いの個性を大事にしています。

建築においても同じで、個々がありのままに生命的であるというのは、私たちにとって大切なことのひとつです。モノであっても、人であっても、例外的なシチュエーションで見せる表情よりも、その普段の佇まいにより興味があり、私たちはそれらを観察し、正面から向き合うように心がけています。

人やモノ、それぞれの振る舞いや態度、周りに与える空気など、固有な事象が、固有なままでいる状態やバランスにも興味を持っています。記憶や経験といった、そのものを特有にしている要素が、新しい経験に組み込まれていくような状態にも個人的に心が動かされます。

「グッゲンハイム・ヘルシンキ・デザイン・コンペティション」のプロジェクトにおいて私たちが提案した案にも、そういった思いが反映されています。チーム内の対話から始まり、ステージが進むにつれて、ヘルシンキの人々やグッゲンハイムの人々、さらには、プロジェクトに反対する人々をも巻きこみながら、彼らとの対話を通してこのプロジェクトは充実していきました。多焦点的で、さまざまな人やモノから影響を受け、柔軟に変わっていく。そのような変化がこの1年余りのコンペ期間中に起こり、複数の人やモノに対してのバランスや態度こそがプロジェクトのコアであることが少し表現できたのではないかと思っています。

活動の場が少しずつ広がりつつある今、さまざまなスタンダードが混在するなかで、個人、社会、民族など多種多様のスケールを持った思考を充実させることは今後ますます大事な課題になってくるでしょう。

4. 実践と作品

「グッゲンハイム・ヘルシンキ・コンペティション」一等案
フィンランドの首都ヘルシンキの中心から南に歩いて10分ほど、港、青空市場、オールドマーケット、丘の公園、文化エリアに囲まれた海沿いの敷地に、9棟の低層パヴィリオンと1棟のタワーを提案しました。

複数のヴォリュームに分けたのは、現代アートと生活の関係に身近なスケールを与えたかったからです。大きなコレクションを持つ美術館は、何時間もかけてアートと向き合うようにつくられていることが多く、美術館を訪れるという行為が休日や週末をかけて訪れるイベントになってしまいやすい嫌いがあります。美術館のヴォリュームがもっと細かく分かれていて、全部を一遍に観る必要がなく、日常的にアートと自分の1対1の対話を楽しめる環境をつくりたいと考えました。

一つひとつのパヴィリオンはそれぞれの出入口を持っているので、パヴィリオン1つでSサイズのエキシビション、複数のパヴィリオンを組み合わせてM・Lサイズのエキシビションを設けることができます。また、例えば30分しか時間がないときは、1つだけパヴィリオンを覗いて、また今度続きを観る、というようなアレンジができます。美術館がもっと気楽にさっと寄れる場所になるといいと思っています。各々が各々のタイミングで持ちこむ生活風景がこのスペースに展開するのも楽しそうです。

パヴィリオンとパヴィリオンのあいだには低い屋根がかかっており、風雨にさらされることなく移動ができるようになっています。このスペースはチケット・フリーです。この屋内空間はとても透明でオープンにつくられています。ここからはいつも美しい北国の海やそこに浮かぶ島々を臨むことができ、このミュージアムが建っている場所の風景や訪れた季節が、アート体験に組み込まれていきます。

フィンランドの森資源を活用するため、木構造でファサードには焼杉を使用しています。焼杉はフィンランドの人々が離島に建てる週末用コテージに昔からよく使われている材料で、とても親しみのある材料です。ケミカルな処置を用いず、シンプルな工法で耐火、耐水、耐虫性能を出せること、木の表情やぬくもりが仕上げに残ることにとても魅力を感じています。現在はコテージに用いるスケール程度でしか開発されていない建材ですが、「グッゲンハイム〜」をきっかけにスケールアップさせていきたいと考えています。

ヘルシンキ港から眺める美術館全景(©Moreau Kusunoki)

《ギアナ文化複合施設》
ギアナがフランスの植民地だった頃、病院として使われていた建物群が、2mほどの高さの壁に囲まれた20ha程の敷地内に点在しています。この敷地全体を、ギアナで最初の文化複合施設とするプロジェクトです。約7棟ある既存建築は修復し、それぞれ文化民族センター、保育園、映画館、カフェなどに改装、さらに現代アートセンターとドキュメントセンターを新築します。

熱帯雨林気候のこの国では、強烈な暑さや突然の激しい雨から身を守る屋根がとても大事です。Carbetとは、この気候地帯に住む民族に共通した建築の原型で、大きな屋根が特徴です。私たちはこの「大きな屋根」を継承し、他民族どうしが集い、互いの文化を発見する「家」を提案しています。

プロジェクト全景。西(写真左側)にドキュメントセンター、東(写真右側)に現代アートセンターを配置している
(©Moreau Kusunoki)

《パリ高等裁判所広場》
パリ北西部のClichy Batignollesは、パリで最も活発に再開発が進んでいるエリアです。そのランドマークとなる高さ160mの高層ビルが、新しい高等裁判所としてレンゾ・ピアノによって建設されています。私たちはその正面の広場約9,000m²と街灯をデザインしています。

三角形の広場は、それぞれのコーナーや辺がそれぞれにまったく違う風景とつながっています。私たちは、既にたくさんの異なる要素が混沌と共存している広場一帯に、更に要素を加えるよりも、むしろ減らすことでその個性をつくりだすことを考えました。と同時に、裁判所がもつシンボル性、公平性、透明性といった社会に対するメッセージを、この広場でも表現できないかと考えました。

広場に来るすべての人にとって、平等に障害のない快適な地面、そして、裁判所のシンボル性をタワーの鉛直性から継承し、高さ33m(裁判所の基壇の高さ)のライティングポール(街灯)を提案しています。

《パリ高等裁判所広場》の全景(©Moreau Kusunoki, ArtefactoryLab)

現在の敷地の様子(筆者撮影)

《ボーヴェ新劇場》
パリから北に70kmほどのところにあるボーヴェという街に、800席の大ホールと250席の小ホールを含む劇場を計画しています。

劇場は、舞台の条件や消防・避難など、技術的なハードルが高いので、ヴォリュームや構成にバリエーションを持たせるのが難しく、劇場っぽい形や存在感というのをつくってしまいがちであること、また、街の風景や空気はそれぞれ色々であるにもかかわらず、劇場の佇まいが固定化していることに疑問を持っていました。

私たちは、劇場も劇場以外の機能も箱化し、施設全体を高さや長さの異なる箱の集合体のように考えてみました。箱と箱がフラットな佇まいをしているので、劇場部分が少し特定されにくくなります。その佇まいは、外観だけでなく、内部も完全に動線がコントロールされた劇場の様子とは少し異なります。チケットコントロールを鑑賞ホールのぎりぎりに設けることで、コントロール外エリアが増え、箱の内外をふらっと巡ることができます。

また、それぞれの箱が独立した機能と入口を持たせることにより、カフェやオフィスを劇場から切り離して運営できるようにしています。練習用ホールも、演目のないときは地元の高校生によって、よりカジュアルにデザインした別入口から、独立したかたちで利用してもらうことができるようになっています。

ボーヴェは、ホフマン窯という古いレンガ窯を持つレンガ工場が街に未だに残っている、レンガ文化を残す街でもあります。新劇場の外壁には、白い粘土を使ったライトグレーのレンガを用いています。

シェバリエ通りからの劇場全景(©Moreau Kusunoki, ArtefactoryLab)



楠寛子(くすのき・ひろこ)
2005年芝浦工業大学院卒業。2004年パリベルヴィル建築大学交換留学。坂茂建築設計勤務を経て、2011年よりニコラ・モローとともにモロー・クスノキ・アーキテクツを設立。主な作品=《ボーヴェ新劇場》(2012-)、《パリ高等裁判所広場》(2013-)、《ギアナ文化複合施設》(2013-)、《グッゲンハイム ヘルシンキ》(2015-)など。事務所web site=www.moreaukusunoki.com


201509

特集 いまだから知りたい海外建築の実践 2015


いまだから知りたい海外建築の実践 2015
[イギリス]Caruso St John Architects
[スイス]Hosoya Schaefer Architects
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