[イギリス]Caruso St John Architects

川島奈々未(東京大学大学院工学系研究科建築学専攻、Caruso St John Architects インターンシップ生)

1. 沿革

1990年、Adam CarusoとPeter St Johnによってロンドンにて設立。2000年に竣工した《ニュー・アート・ギャラリー・ワルサール》(英国)で国際的な評価を受け、以後、公共・民間ともに幅広い分野において設計活動を行ない、現在ではヨーロッパ各地で都市スケールのプロジェクトも数多く手がけている。2010年、チューリッヒ事務所設立。現在のクライアントに、テート・ブリテン、フランス・リール市、ブレマー・ランデスバンク(ドイツ)、SBB(スイス連邦鉄道)などがある。

Caruso St John Architects オフィス(提供=Caruso St John Architects)

2. 国・都市の建築状況

ロンドンの街並みは、東京に比べて統一感があるように思える。しかし、整然と立ち並ぶ歴史的ファサードのイメージよりもう一層深いところへ踏み入ってみれば、じつはこの街が意外に個々の建築の無造作な集合体であることに気づくだろう。近年の活発な建設シーンにおいて大規模開発が進む一方で、より小さいスケールにおいても既存の建物の改築や増築、部分的な再建によってロンドンは更新され続けている。しかし特筆すべきは、都市のいたるところで過去と未来が共存し、日本のスクラップ・アンド・ビルドの文化に所以する乱雑さには感じることのできない、時間の積層が存在している点だ。

新旧が共存するシティ・オブ・ロンドンの街並み(筆者撮影)

歴史上、戦後の復興期など、ロンドンの都市計画を立て直す機会はあったものの、それらは結局不完全に終わり、全体的なプランニングが実施されることはなかった。そのため、この都市にはグリッドなどの基本的ロジックが存在しない。幾何学的な軸により構成されるのではなく、都市のイメージは街路や広場のシークエンスによって印象づけられる。その背景には、1950年代まで施行されていた歴史的建造物に関する法律によって、建物の区画が小さく、高さも30m前後に抑えられてきたという事実もあるだろう。結果的に、現在のロンドンは、大規模開発と伝統が混在した様相を呈していると言えよう。例えば、シティ・オブ・ロンドンの金融街では、年々新しいタワーが出現し、スカイラインが描き変えられながらも、中世の街路パターンがいまだに保たれている。概して、大規模再開発はどれも都市全体の計画に基づくものではなく、市場原理に従う傾向にあるようだ。シティの北にある広大な鉄道跡地に計画された「ブロードゲート」やドックランドの再開発エリアである「カナリー・ワーフ」もその好例である。住宅に関していえば、ここ数十年のあいだ不動産ブームが続いており、現在はテムズ川南岸中心に新しい集合住宅の開発が盛んである。この開発もまた投資目的という市場原理によるものであり、価格高騰による深刻な住宅危機の緩和には貢献していない。

ブロードゲートの大規模開発(筆者撮影)

これらの開発プロジェクトには、共通したヴィジョンというものが存在せず、ロンドンは個々のアイディアの集合体として存在していると言えるだろう。それぞれの開発プロジェクトはどれもスケールが大ききすぎて街並みのシークエンスを大きく変えてしまう。また、デザイン的にも個性があるとは言い難い。こういった現状において、これからの建築活動がロンドンという都市が積み重ねてきた歴史や伝統の総体をどのように読み取り、新旧の対話をつくりだし、今後の都市計画や建築設計に取り込んでいくのかに注目したい。

3. 「コンセプト」や「リサーチ活動」

Caruso St John Architectsの主な関心は、建築が人間の感情に与える影響(emotional potential)と、物理的な質感(physical qualities)にある。事務所の設立以来、マテリアルへのたゆまぬ探究と、職場や教育現場でのリサーチを一貫して続けている。彼らはパターン化した設計に甘んじることなく、ひとつひとつのプロジェクトに固有な文化的、社会的そして物理的なコンテクストや要求条件を吟味し、それらの条件との対話を繰り返し、じっくり向き合って設計を行なっている。また、敷地をあるがままに受容し、できる限りその背景を読み取ろうという姿勢を取っている。

展示会から都市スケールまで、どの規模のプロジェクトにおいても設計のプロセスではレファレンスが重要な役割を果たしている。Caruso St John Architectsのレファレンスの対象となるのは、彼らがこれまで目にしてきたものや、よく知るものばかりだ。例えば、過去の建築家の作品や芸術作品であったり、なにげない都市景観や、アノニマスな建築のディテールであったりする。この参照作業を介することで、過去の蓄積を継承しながらも、彼らの作品は特定の形態やイデオロギーからある程度の距離を置くことができる。その時代の様式や手法に縛られてきた過去の建築家たちとは異なり、彼らはレファレンスの対象を選択する段階ですでに、時代や場所の制約を受けていないのだ。

現代の建築業界は経済に依存し、形の奇抜さや広告塔としての機能など、市場が要求するものを追求する傾向にあるが、Caruso St John Architectsは、むしろ過去の建築設計に残る伝統に寄り添ったアプローチに共感を持っている。彼らの建築は現代と過去の両者との対話を絶やさぬことによって成立している。両者を結びつけることにより、都市の人々の集合的記憶に呼びかけようとする。言い換えれば、その場所の持つ「フィーリング」を読み取り、そこからどんなイメージを引きだすべきか、あるいはつくりだすべきかという判断を下し、物質的な建築表現を介してそのイメージを具体化することを目指しているといえる。そして、その建築を現実のコンテクストにつなぎとめ空間の質を実現する際に、彼らのマテリアルへの鋭い感性と細やかな施工管理が重要な役割を担う。 実際の建築プロジェクトでは必ず敷地が実在するため、コンテクストを無視したタブラ・ラサの状態で設計するという状況は考えられない。しかし、与条件を単に実験の場と捉え、過剰な抽象化あるいは過剰な複雑化によって"新しい"建築を試みる現代の流れに、彼らは疑問を呈している。そして、そのような状況にあって、建築がなお社会的な立場を失わないためには、過去をよく理解し制作に反映させることは不可欠であると彼らは考える。

4. 実践と作品

Caruso St John Architectsは、ヨーロッパ各地の現場も多く手がけているが、ここでは英国内の敷地に限定して3つのギャラリーおよびミュージアムのプロジェクトを紹介する。

まず、《ヴィクトリア・アンド・アルバート子供博物館》(イギリス、ロンドン、2006)の改修プロジェクトでは、既存のレンガ造りの展示施設に正面エントランスが新たに加えられた。象嵌細工のように2種類の石材がはめ込まれたファサードの多角形模様は、19世紀の装飾図版集をレファレンスしたものだ。サーフェスの均質な滑らかさは、角にアールがかけられ、ジョイントには斜め継ぎを採用するといった技巧的な工夫を施すことで実現され、石材の厚みが一切感じられることのないよう細心の注意が払われた。フィレンツェの《サンタ・マリア・ノヴェッラ教会》を思わせるファサードのパターンは、切れ目のない表面に映し込まれたようなイメージを与える。

《ヴィクトリア・アンド・アルバート子供博物館》のファサード
(提供=Caruso St John Architects)

アルベルティ設計の《サンタ・マリア・ノヴェッラ教会》のファサード
(提供=Caruso St John Architects)

2つめの《ノッティンガム現代美術館》(イギリス、ノッティンガム、2009)は、市街地中心のレース・マーケット内に新築されたアート・ギャラリーである。その自由な造形はその場所の与条件から形成されており、ニューヨークのキャスト・アイアン地区のように、敷地とのゆるやかな文化的連続性が感じられる。新築であるにもかかわらず、まるで既存の工場や倉庫のような雰囲気を持つギャラリー・スペースは、ゴードン・マッタ=クラークやトリシャ・ブラウンといったアーティストの活動に大きく影響されたものだ。また、緑色のプレキャスト・コンクリート製の波形ファサードには、19世紀の伝統的なレース模様の装飾が施されており、かつてノッティンガムで栄えたレース産業の歴史を汲んでいる。

《ノッティンガム現代美術館》(提供=Caruso St John Architects)

3つめの《テート・ブリテン、ミルバンク・プロジェクト》(イギリス、ロンドン、2013)では、ミルバンク・エントランスのロトンダを囲む公共部分が3つのフロアにわたって改修された。改修計画は動線の再編から設備の更新まで広範囲に及び、床や壁、天井、窓、照明、家具それぞれが慎重に検討された。ロトンダの床のテラッゾのパターンは、1899年当時のデザインをレファレンスして設計され、また、色合いや造作もすべて1892年のシドニー・スミスの当初の設計に基づいている。新たな介入をなるべくさりげなく施すことで、異なる時代背景を持つパーツの境界を曖昧にし、ひとつの建築として全体をより豊かなものにすることが意図された。

《テート・ブリテン》ミルバンク・プロジェクト (提供=Caruso St John Architects)

また、現在進行中のプロジェクトを取ってみても、アスプルンドの《ストックホルム市立図書館》の改築や、歴史的に重要な工場地帯の既存建築を再利用したフランスの《リール・ホテル専門学校》など、どれも現代と過去との対話のプロセスが建築に現れている。歴史や伝統が持つ複雑性や曖昧さを受け継がない限り、新規性を失ってしまった現代建築は、都市のコンテクストに馴染むために必要な深みや普遍性を有することができない。Caruso St John Architectsは、いかにして現代の建築が空間的な力強さを持ちうるかを過去から学び取り、都市空間において繊細な時間的連続性を具体化することを目指している。



川島奈々未(かわしま・ななみ)
1991年ロンドン生まれ。2014年東京大学工学部建築学科卒業。同年4月より東京大学大学院建築学専攻隈研究室修士課程在籍。2015年5月よりCaruso St John Architects(ロンドン)にてインターンとして勤務。事務所web site=www.carusostjohn.com


201509

特集 いまだから知りたい海外建築の実践 2015


いまだから知りたい海外建築の実践 2015
[イギリス]Caruso St John Architects
[スイス]Hosoya Schaefer Architects
[中国]MAD Architects
[フランス]Moreau Kusunoki Architectes
[チリ]Smiljhan Radic Arquitecto
[ヴェトナム]Vo Trong Nghia Architects
このエントリーをはてなブックマークに追加
INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引

PROJECT

  • パブリック・トイレのゆくえ
  • TOKYOインテリアツアー
  • 建築系ラジオ r4
  • Shelter Studies
  • 再訪『日本の民家』 瀝青会
  • TRAVEL-BOOK: GREECE
  • 4 DUTCH CITIES
  • [pics]──語りかける素材
  • 東京グラウンド
  • 地下設計製図資料集成
  • リノベーションフォーラム
『10+1』DATABASE

INFORMATIONRSS

戦後空間シンポジウム03「市民・まちづくり・広場──1960-70年代の革新自治体と都市・建築のレガシー」(港区・6/29)

1960〜70年代にかけて、東京都や横浜市など革新系首長が率いる自治体が全国に登場した。これらは高...

刊行記念イベント「建築のそれからにまつわるArchitects」乾久美子×中山英之(渋谷区・6/3)

乾久美子さん、中山英之さんの建築作品集が、それぞれLIXIL出版とTOTO出版から刊行されます。同じ...

「新しい時代のはじまり」展(神奈川県・4/20-5/6)

「旧神奈川県立近代美術館 鎌倉」が「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」として生まれ変わります。 鶴岡八...

「ある編集者のユートピア──小野二郎:ウィリアム・モリス、晶文社、高山建築学校」(世田谷区・4/27-6/23)

編集者にしてウィリアム・モリス研究家の小野二郎(1929-1982)が生涯を通して追い求めたテーマ...

連続講義「建築とアーカイブズを巡る論点」(武蔵野市・5/11-)

近年、開催される大規模な建築展も多く、建築や建築に関する資料への関心が高まっているように感じられま...

シンポジウム「日本の近代建築を支えた構造家たち」(新宿区・5/18)

我が国の近現代建築の発展を技術的側面から支えた構造設計手法や施工法などに関する構造資料は、これまで...

「ル・コルビュジエ 絵と家具と」(渋谷区・3/29-5/18)

20世紀に最も影響を与えた建築家、ル・コルビュジエ。建築と都市計画においてのパイオニアであり紛れな...

「わたしはどこにいる? 道標(サイン)をめぐるアートとデザイン」(富山県・3/9-5/19)

「サイン」とは、人を目的地に導く目印のこと。普段意識することは少なくても、駅や空港、商業施設、美術...

「宮本隆司 いまだ見えざるところ」(目黒区・5/14-7/15)

東京都写真美術館では、現在も国内外の美術展などで発表を続ける宮本隆司の個展を開催します。宮本隆司は...

豊田市美術館リニューアル記念イベント「谷口吉生──美術館を語る」(6/15・愛知県)

豊田市美術館のリニューアルを記念して、同美術館を設計した谷口吉生のトークイベントが開催されます。 ...

日本橋高島屋と村野藤吾(中央区・3/5-5/26)

高島屋史料館TOKYOは、1970年に創設した高島屋史料館(大阪)の分館として、重要文化財である日...

NPO建築とアートの道場 2019春レクチャーシリーズ「これからの建築を考える──表現者と建築家による対話実験」(文京区・4/27-)

これからの建築を考えてみたいと思います 確固たるビジョンがあるわけではありません ただ葛藤や矛盾は...

シンポジウム「感性×知性=建築の新たなる可能性を求めて」 (港区・5/7)

21世紀も2020年代が近づき、AI、生命科学、宇宙といった新たなイノベーションが進行し人類のサス...

建築学生ワークショップ出雲2019開催説明会、講演会(東京・5/9、京都・5/16)

2019年夏、古代より現代に受け継がれてきた、わが国を代表する神聖な場所、出雲大社周辺区域にて、小...

杉戸洋「cut and restrain」(港区・3/16-4/13)

杉戸洋による展覧会が「cut and restrain」4月16日まで小山登美夫ギャラリーで開催し...

鏡と天秤─ミクスト・マテリアル・インスタレーション─(中央区・3/12-5/11)

私たちは非日常(ハレ)と日常(ケ)の境界が曖昧な社会におり、個々が非日常(ハレ)と日常(ケ)のバラ...

- Green, Green and Tropical - 木質時代の東南アジア建築展(品川区・2/6-5/6)

建築倉庫ミュージアムでは、2月6日より「- Green, Green and Tropical -...
建築インフォメーション
Twitter Feed
ページTOPヘ戻る