第三世代美術館のその先へ

五十嵐太郎(建築史家、建築評論家)+村田麻里子( メディア論、ミュージアム研究)
「収蔵/展示/教育」を主軸に活動してきた近代美術館から、「アーカイヴ/インスタレーション/ワークショップ」を行なうインタラクティヴな装置へ。美術館の機能が変わりつつある現在、その器である建築空間はどのように呼応しているのでしょうか。「3.11以後の建築」展や「戦後日本住宅伝説」展のキュレーション、「あいちトリエンナーレ 2013」の芸術監督を務め、建築や美術の展示に関わる五十嵐太郎氏と『思想としてのミュージアム──ものと空間のメディア論』(人文書院、2014)を上梓しメディア論の観点から新しいミュージアムのありかたを考究する村田麻里子氏にお話しいただきました。



五十嵐太郎氏(左)、村田麻里子氏(右)

開かれた美術館

五十嵐太郎──磯崎新さんが第一世代美術館・第二世代美術館・第三世代美術館をテーゼとして出したのは、1990年代に奈義町現代美術館を設計されていたころでした。今日は20年前の磯崎さんのテーゼからずいぶん変わってきたように見える美術館と建築の現在について、芸術祭やアーカイヴ施設の話なども交えながらお話しできればと思います。
まず簡単にですが、磯崎さんの提示した3つの美術館のありかたを振り返っておきます。第一世代美術館とは、祭壇画や彫像を台座ごと持ち込む、近世のコレクションで、宮殿を転用したルーブル美術館などがその代表ですね。第二世代美術館は、近代美術を展示するためのいわゆるホワイトキューブで、作品の交換可能な場として均質で抽象化された空間。例えば、MoMAです。そして第三世代美術館は、奈義町現代美術館のように、固有な場所と作品が密着したサイトスペシフィックな建築です。つまり3つの形式は段階的に登場し、それ以前の美術館に対する乗り越えとして提示されているので、第三世代美術館にはそれまでのホワイトキューブvs. 新しいサイトスペシフィックという構造がありました。
しかし2008年につくられた西沢立衛さんの十和田市現代美術館は、一見するとニュートラルなホワイトキューブの集合ですが、直方体のプロポーションや開口の位置によって、それぞれのホワイトキューブがアートと固有の関係性を結び、置き換えを前提としていません。またマイケル・リンがカフェの床に描いた花柄のパターンは、カーペットのようで、アートがインテリアとしても機能し、総合芸術としての空間になっている。つまり、クセのあるホワイトキューブで、新しい美術館タイプだと感じました。
そして建物の外から半分以上の作品が見える開放的な構成も興味深いものでした。町に開かれたアートの家の集まりのように見える十和田市現代美術館は、第四世代の美術館なのかもしれません。かつての美術館は丘の上のありがたい神殿のような存在でしたが、今日では開放的で透明で町なかに設計されることが増えつつあります。その流れはSANAA設計の金沢21世紀美術館をはじめとして、2000年以降ずっと続いていて、今年開館した坂茂さんの大分県立美術館も道路に対し、巨大なガラスの空間をもちます。こうした明るく開放的な美術館の姿は21世紀初頭の美術館タイプとして後世に残るのではないでしょうか。
2014年開館のアーツ前橋も百貨店をリノベーションしていて、町の中心部につくられています。アーツ前橋と連動した小さな動きが町で起きているのを見るととても現代的だと感じます。

奈義町現代美術館(cc)Phronimoi
十和田市現代美術館(撮影=五十嵐太郎)
金沢21世紀美術館(撮影=五十嵐太郎)

村田麻里子──おそらくそうした建築的な変化は、美術館の存在そのものを開いていく要請からきているのではないでしょうか。日本では美術館が開かれる必要性が論じられるようになって、ミュージアム研究者ダンカン・キャメロンが1970年代に提唱した「テンプル」から「フォーラム」へという表現が使われたりします。テンプル、すなわち神殿のように権威的で人々がありがたがるような空間から、より対話や議論のあるコミュニカティヴな空間に変わるべきだという意味です。しかし、美術館を「開く」ことが実際何を意味するかは難しい問題です。美術館という「制度」が外部から閉じることによってこそ成立している側面も大きいので、美術館はもう一方では開くことを感覚的に恐れているようにも思います。建築などの物理的なしつらえがより開放的になることと、美術館の組織が開かれていくことの関係性についても、今日は是非考えてみたいと思います。

「3.11以後の建築」展
五十嵐──確かにアート・ワールドにおける美術館の影響を考えると、開くことを危機と考えるむきもわかります。その一方で、入場者数を増やさなくてはいけないという切実な問題もありますよね。税金を使って社会に貢献していることを示すためには、気軽に訪れることのできる美術館が求められています。その評価軸はアート・ワールドの批評ではなく、来場者数です。これは美術館だけでなく国内の芸術祭の多くにも言えることです。芸術祭では会場を増やしてカウントする場所を増やせば、基本的にその合算になるので、多いほうが水増しできる(笑)。金沢21世紀美術館はあちこちに出入口があり、通り抜けもできるので、来館者としてカウントされる数は多くなるでしょう。また、金沢市の中心にあり兼六園からすぐという立地で旅行ガイドにも紹介されているので、観光客の訪れるスポットにもなっている。
金沢21世紀美術館ができた当初、コンビニのような建物だなと感じたことをよく覚えています。訪れる人を緊張させる神殿とは違い、ガラス張りの空間で気軽に入ることができるという点でコンビニ的と言えるのかもしれません。
海外では、ルーブル美術館やポンピドゥ・センター、MoMAといった美術館は観光スポットとして必ず紹介されているので、普段は国内の美術館へ行かないような日本人でも訪れますよね。同じことは日本ではなかなか起きないだろうと思っていたら、金沢ではそれが成立しているので驚きました。ただ、ひとつ違っているのは、海外の美術館は圧倒的な常設コレクションの豊かさが人を惹きつける要因になっているのに対し、金沢21世紀美術館はそうした量の展示を持っているわけではないにも関わらず、人が訪れている。今回関わらせてもらった「3.11以後の建築」展(2014-15)でも、様子を見ると、建築のファンでも美術のファンでもない人がたくさん訪れていました。担当キュレーターである鷲田めるろさんに聞いたところ、最終的に入場者数は19万5千人だったそうです。印象派の展覧会ならともかく、美術館における建築展なら、2万人もいけば、十分な数だと思うので、すごい集客です。これは一般の人も来ないと叩きだせない。もちろん、美術館の1番の目玉である中庭の恒久展示、レアンドロ・エルリッヒの「スイミング・プール」は、お金を払わなければ下には入れませんから、チケット代を払ってでもアトラクション感覚で入る人もいるでしょう。

観賞から体験する美術館へ

村田──金沢21世紀美術館が集客に成功した理由のひとつは、町を歩く身体のまま美術館のなかに入り、そのまま作品を鑑賞、というか「体験」できることではないかと思います。いわゆる第一世代、第二世代の美術館といわれるタイプのものは、町とは切り離された神聖な内部空間になっていて、なかに入るのはひとつの「儀礼」だった。この儀礼というのは、キャロル・ダンカンという美術史家が人類学から援用した概念ですが、要は美術館という空間のなかへ入ると、私たちは自ずと美術館の要請するような身体や思考になっていくということなんです。美術館の建築や展示室のしつらえ、絵の配置などすべてが来館者に儀礼を演じさせて、その結果、来館者はおのずと静かに歩き、ひそひそ声でしゃべり、じっくり作品に集中し、その美に感動する身体や思考になる。それは美術館の空間を神聖化するけれど、同時に多くの人をその扉の前で敬遠させもします。金沢21世紀美術館がここまで集客に成功したのは、体験型の展示を常設のメインにしたことによって、そうした儀礼をなるべく要請しない空間をつくったということだと思います。この春、五十嵐さんの展示を観にいったときも館内は人で溢れかえっていましたが、五十嵐さんから見て、来場者のうち展示をきちんと見ていた方はどれくらいいらっしゃったと思いますか。

五十嵐──19万5千人もいれば、きちんと見ている人はむしろ少数派かもしれない(笑)。観光ガイドにのっているし、新鮮な空間を体験できれば、十分に楽しい場所です。ただ、建築の展示は美術に比べると感覚的にわかりづらいく、理解するのは難しい。美術は作品そのものが人や風景を描いた具象であるケースも少なくないですが、建築は抽象的な幾何学の造形物だし、オリジナルが展示室にはなく、その代替品として模型やドローイングを見せるしかない。そのなかで今回は、体感もできる展示を心がけ、大型のインスタレーションを入れるといった工夫はしていたので、ある程度の人には届いているといいのですが。
現在ではあたりまえのように展覧会の成否が入場者数で計られるようになっていますが、こうした状況はいつごろから起きているのでしょうか。

村田麻里子『思想としてのミュージアム』
(人文書院、2014)
村田──おそらくバブルが崩壊し、公的な金がどのように使われているか、特に公共施設のありかたが問われるようになってきた頃だと思います。拙著(『思想としてのミュージアム』人文書院、2014)でもその変化の意味について少し書きましたが、こうした姿勢がより鮮明になったのは、独立行政法人制度や指定管理者制度ができた頃です。その締めつけは徐々に強くなってきていて、いまや「常識」になってしまいました。

五十嵐──コレクションの購入費も、地方の美術館では軒並み減らされ続けていますが、それと同じぐらいのタイミングでしょうか。

村田──おそらくそうだと思います。経費削減で一番の標的となるのがコレクションの購入費です。

五十嵐──一度コレクション購入費がゼロになってしまうと、簡単には元に戻らないという話もよく聞きます。コレクションと常設展示は、美術館の重要な役目のひとつだとは思いますが、予算が厳しくなっているなかで、全国で一斉に同ジャンル、同時代の似たような作品を収集するのは効果的ではないかもしれない。まずは近代美術のマスターピース、その次は現代アートをコレクションする、というやり方では全国に似たような美術館ができることになってしまいます。
ぼくは地域ごとに収集する時代なり分野なりを分散させるべきではないかと考えています。例えばフランスでは地方ごとにどの分野を収集するかを決めています。オルレアンにある建築博物館もそうして成立しています。日本も限られた予算をうまく配分して、絵画、デザイン、建築、工芸それぞれを充実させて、各館の個性をひきだす方法を考えていくべきでしょうね。

村田──美術館の再編ですね。日本全国にある美術館の数や状況を具体的に考えてみると、それには2つのアプローチがあるのかなと思います。ひとつは、収益を上げるのは大都市の有名美術館に任せて、地方の小さなミュージアムはひたすら存続させるという方法を採れないかということです。フランス的な考え方ですね。すでに各地にある公立の美術館をつぶさないことを選択するのであれば、規模や立地の異なる美術館に対して等しく同じことを要請するのではなく、ある程度の役割分担を考える必要があると思います。来館者が少なくても、赤字でも、意義のある美術館であれば支える、という考え方が必要です。今の行政区分では不可能ですが、それくらい大胆な再編をしないといけないのではないかと。もうひとつは、各館のアイデンティティの見直しと、そのための横の連携が必要だと思います。日本の美術館の多くは同じような時期につくられたこともあって、どこの地方へ行ってもモネやルノワールやシャガールがある。せっかく地方に行って美術館を訪れても、どこも同じようなコレクションなので、おもしろくない。郷土資料館や歴史博物館や文学館などと違って、その土地のカラーを出しにくいんですよね。地元のコミュニティとつながることも難しい。ですから、美術館が各地域で存続していくためには各館のアイデンティティの見直しやメッセージの明確化など、他館との差別化が今や必須だと思います。
ちなみに、日本には土地ゆかりの作家の個人名を冠した小さな文学館がたくさんあるのに、個人名のついた美術館はほとんどありません。観光で地域を活性化することが一般的になってきた今、なぜここに建っているのかという場所性が重視されるはずで、土地柄や場所を活かしたコレクションが増えていくのが本来は理想的ですよね。

五十嵐──郷土の作家のコレクションは、それぞれの美術館が持っていますが、それ以上の差別化は見えにくい。
現在、すでにある美術館のハードのメインテナンスだけでも相当なお金がかかっている状況があります。つまり、一度ハコをつくってしまえばその維持費がかかり続ける。逆に、最近これだけ芸術祭が増えているのは、そうした心配がないという理由も大きい。芸術祭は新しい美術館をつくらないし、コレクションを抱え込む必要もないし、開催しなくなった時点で、すべてを簡単にリセットできる。行政が将来負債を負うリスクを回避しながら、都市に対して派手なイベントができる、今の日本にあった現代的なシステムだと思います。
しかしながら、芸術祭の作品をその地域の美術館がまったくコレクションしていない状況は気になります。定期的に開催していても、美術館は貸会場として機能しているだけで、蓄積されるメリットはありません。オーストラリアのクイーンズランド州立美術館は「アジア・パシフィック・トリエンナーレ」と連動していて、トリエンナーレに出展された作品を買い上げています。トリエンナーレが継続することで、美術館にはアジア・パシフィックの作家の有数のコレクションができ、このエリアの現代アートを総覧できる美術館としてのアイデンティティが強化されます。これは芸術祭を町おこしの起爆剤としてだけでなく、コレクションの厚みにもつなげていて、うまい連動だと感じます。
以前から寺社仏閣の仏像や襖絵を巡るツアーはもちろんあったはずですが、現代アートも観光資源になることが、「大地の芸術祭──越後妻有アートトリエンナーレ」や「瀬戸内国際芸術祭」であきらかになりました。それ以降全国で芸術祭が開かれるようになり、現在は飽和状態にあるのかもしれません。
その一方、近年増えているアーティストや建築家によるワークショップは、他所から観光客を呼ぶ装置としての現代アートではなく、地域への還元という理屈から要請されているのではないかと思います。

201506

特集 「収蔵・展示・教育」から「アーカイヴ・インスタレーション・ワークショップ」へ
──美術館と建築家の新しい位相


第三世代美術館のその先へ
生の形式としての建築展示
記録の政治と倫理の終わり
制度としての美術館と破壊者としてのアーカイヴの可能性
アーカイヴの経験と美術館
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