東洋大学 藤村龍至研究室

藤村龍至(建築家)

2010年に東洋大学で研究室を持ってから5年が過ぎた。建築学科のある川越キャンパスは、私の出身地でもある埼玉県西部にあり、着任当初は自分の研究室が持てるという嬉しさと裏腹に、均質な郊外のダルさを思い出して、なんとも気の進まない気持ちも感じていた。しかし、そんな私の気分に反して最初に集まってきた5人の学生は、なんと全員が埼玉県の郊外育ちであった。そこに私は何か逃れられないような運命のようなものを感じ、自分たちの拠って立つこの場所(郊外)、この時代(1995年以後)、その未来を研究室の追うべきテーマとすることを決意した。ここではその後の5年間のプロセスを振り返って研究室の現在、そして未来を描きたい。

編集

発足当初のゼミは、郊外化、情報化、1980年代の神戸や列島改造論などを含む都市・国土開発史など、関心の思いつくままにテーマを設定した。学生たちに関連する情報を手当たり次第集めてレジュメを作成してもらい、徐々に情報をバージョンアップしながら目次立てを行ない、学期ごとに1冊のブックレットとして編集するスタイルであった。その作業は、私が学生だった2000年頃の東工大や2002年頃のベルラーヘ・インスティテュートで盛んに行なわれていた都市リサーチの手法でもあり、もとを辿れば、OMA、MVRDVなどオランダの設計事務所で盛んに行なわれていた、定番の手法でもあった。

2010年度は「1995年以後の都市設計理論」を主題とし、その内容は「THE 2.0 CITY」というタイトルで『アーキテクチャとクラウド』誌上にて発表した。それはその後2010年夏にhiromiyoshiiで開催された「Architects from HYPER VILLAGE」展、2010年秋にGYREで開催された「CITY 2.0」展などの展覧会へと発展し、都市リサーチで得られたコンセプトを、展覧会というメディアに転換する流れが生まれてきた。ここで議論された内容はやがて2014年に発刊された書籍『批判的工学主義の建築』『プロトタイピング』へと結実する。

旅行

2011年度後半、研究室に所属する人数が20人近くになって来ると、ブックレットの編集や展覧会への再構成というメディア的な手法が手狭に感じられるようになる。そこで次第に研究室の活動はブックレットの編集からフィールドワークへと移行することになる。開発や政治について学生と共有しようと思ったら、現地に一緒に行って見ることである。フェンスの真ん中でたった1軒の小屋が守られている様子をみれば、成田闘争というものがいかなるものであったかがわかるし、沖縄の基地問題も、辺野古のフェンスを見れば一発で理解できる。

2012年度から秋のゼミ旅行が定番化し、神戸と淡路島へ。プランナーの小林郁雄さんにご案内いただき、ポートアイランドやハーバーランドを訪ねた後、真野地区や浜山地区などまちづくり事例を見て歩き、「都市計画からまちづくりへ」という、神戸が1995年の転換を経て先取りしていると考えられる都市開発の歴史的経緯を理解しようとした。2013年秋は沖縄へ行き、基地問題や観光開発の様子を体験した。私たちが「希望の軸」と呼んでいる、フクシマからアジアへ向かう軸線を体験する狙いもあった。

研究室での議論の対象が都市問題や開発史に少し偏ってしまったという反省から、2014年度の秋は建築視察を主題とし、熊本に出かけた。1990年代の伊東豊雄、妹島和世の建築作品などくまもとアートポリス関連の建築を集中的に視察して回り、1995年以前の、80年代のコンセプトを少し残した建築のあり方は研究室の共通関心のひとつとなった。2015年春に長野オリンピック会場施設の見学に出かけた際も、長谷川逸子や新居千秋らの建築を訪ね、解釈を深めた。

2014年度あたりから、研究室ではよくプロ野球やJリーグ等のスポーツ観戦や「ニコニコ超会議」などのイベントにしばしば出かけるようになり、それを「動員ゼミ」と呼ぶようになった。巨大イベントが都市に与える影響や、動員装置としての建築への関心が背景にある。そして出かけた先では集合写真を撮り、SNSで発信するように。集合写真は、気を抜くと集合しているように見えないことから、人物の配列や背景などに拘ることにしている。しっかり人を配列し、タイミングを合わせて一枚の写真を撮り、情報発信することは、建築の基礎であると考える。

そして提案へ

旅行は研究室のメンバーで集中して議論するいい機会でもある。2012年度より卒業式の直前に「藤村研から学んだこと」という総括ゼミを行なうようになった。2014年の総括ゼミで「もっと学年を超えて総合的なプロジェクトに取り組みたい」という声が上がった。そこで2014年度は新しい作品制作に取り組むこととし、ちょうど声を掛けていただいた「マテリアライジングII」展や「500m美術館」展へ出展することとした。google画像検索結果からかたちを紡いで行く手法は2010年以来の関心である。情報技術を設計に応用する手法を具体化する機会となった。

5年間にわたる編集と旅行の経験を通じて、テーマの設定と「動員」というキーワードを獲得した現在、研究室はこれらを集大成し、提案へと発展させる時期を迎えたと考えている。初期の頃は「アーキテクチャとは何か」という、表層から深層へ向かうことがおもな関心としてあったが、これからは「ファブリケーションとは何か」という、深層から表層へ向かうベクトルがテーマとなるだろう。そしてどちらにも「ソーシャル」の接頭語がつく。「ソーシャル・アーキテクチャ」と「ソーシャル・ファブリケーション」をキーワードとして、研究室が発足した当初に掲げたテーマ「開発」「郊外」「情報」について、提案を示して行きたい。

具体的には研究対象として引き取った「鶴ヶ島プロジェクト」と、「マテリアライジングII」展への出展をきっかけに制作された「グーグル・チェアー」をおもなモチーフとして、研究室として実践と理論化を行なうことが当面の主たる目標となるだろう。その成果物は自分たちの拠って立つこの場所、この時代、その未来を描く研究室としての中間的な総括となるはずだ。

東洋大学藤村龍至研究室Facebook URL=https://www.facebook.com/toyo.fujimura.lab


書籍──上書きする対象としての

研究室での研究の延長には書籍を制作することが目標として位置づけられている。以下の書籍は研究室必読書の一部であるが、ただ読むというよりは、これらの議論をどのように現代にパラフレーズし、アップデートするべきかという観点で対象化され、いずれ「上書きする」ために読むことが推奨される。

ル・コルビュジエ
『建築をめざして』
(鹿島出版会、1967)

C・アレグザンダー
『形の合成に関するノート
/都市はツリーではない』
(鹿島出版会、2013)

田中角栄『日本列島改造論』
(日刊工業新聞社、1972)

ル・コルビュジエ『建築をめざして』
(吉阪隆正訳、鹿島出版会、1967/原著1923)

1923年、ル・コルビュジエは本書を出版し、産業革命に端を発する工業化と、それにともなう社会の近代化という大きな変化のインパクトを独自の建築的観察によって捉え、工業化時代の新しい建築家像を捉えようとした。約100年が経ったいま、ネットワーク技術に新しい建築の原理を探し、巨大化するグローバルシティを眺め、今日の「新しい精神」を見極めたいと考える。

クリストファー・アレグザンダー
『形の合成に関するノート』
(『形の合成に関するノート/都市はツリーではない』[鹿島出版会、2013]に収録/原著1964)

模型を用いた履歴保存型の設計方法論「超線形設計プロセス論」はどのように集団設計に応用可能か、そしてそれはどのようにビッグデータと関わり、コンピューテーションやデジタルファブリケーションと接続可能かを議論している。それらの議論の基礎にはクリストファー・アレグザンダーの一連の議論があり、とくにその始点のひとつとして本書を対象化している。

田中角栄『日本列島改造論』(日刊工業新聞社、1972)

1972年に田中角栄が『日本列島改造論』を発表してベストセラーになったことは知っていたが、いまこそ読み直すべきだと感じた。発刊からおよそ半世紀。新幹線が九州や北陸に達し、さらに北海道に到達しようとしているいま、当時構想された国土設計のヴィジョンは概ね完成したものの、人口は逆流はおろかむしろ集中の流れを加速させている。『日本列島改造論』はなぜ失敗したのか。『日本列島改造論2.0』はどうあるべきか。列島改造のビジョンのなかで育ってきた世代ならではのリアリティを込めた提言をまとめたいと考えている。


ふじむら・りゅうじ
1976年生まれ。建築家。東洋大学理工学部建築学科専任講師。藤村龍至建築設計事務所代表。作品=《BUILDING K》《東京郊外の家》《倉庫の家》《小屋の家》《鶴ヶ島太陽光発電所・環境教育施設》ほか。著書=『批判的工学主義の建築──ソーシャル・アーキテクチャをめざして』『プロトタイピング──模型とつぶやき』。http://ryujifujimura.jp/


201505

特集 研究室の現在
──なにを学び、なにを読んでいるか


経験としての建築研究室──学んだこと学ばなかったこと、そして考えたいこと
東京大学 村松伸研究室
明治大学 青井哲人研究室
東京電機大学 横手義洋研究室
首都大学東京 饗庭伸研究室
東京藝術大学 中山英之研究室
慶應義塾大学SFC 松川昌平研究室
横浜国立大学Y-GSA 藤原徹平スタジオ
東洋大学 藤村龍至研究室
明治大学 南後由和ゼミナール
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