首都大学東京 饗庭伸研究室

饗庭伸(都市計画)

ボストンにバークリー音楽院とニューイングランド音楽院という二つの音楽院があり、その両方に通った藤井郷子というジャズピアニストがいる。何かのインタビューでその二つの音楽院の違いを問われた彼女は、前者を「教師と同じようにピアノを弾けるようになる人を育てるところ」、後者を「教師と同じようにピアノを弾かない人を育てるところ」というような言い方で説明をしていた(うろ覚えの記憶であるので、少し間違えているかもしれない)。建築学科には、この二つのタイプの指針をもつ研究室が存在し、その拮抗が建築学をこれまで発展させてきたのだが、私の研究室は極端に後者に偏った方針で運営されている。
いろいろな人やモノが渦巻く都市やまちの「調子を整える」のが都市計画やまちづくりである。かつての、人口が急増し、急激に拡大していた頃の日本の都市には、「いかにうまく成長を遂げるか」という統合された単純で強力なモチベーションしかなかったので、そこでの都市計画やまちづくりは、その単純で強力なモチベーションの力を、くっきりとした空間像とともにさばいて、調子を整えていればよかった。ニュータウン然り、グリーンベルト然り、建売り住宅然り、高層マンション然りである。ざっくりとモノをつくっておけば調子は整ったのである。
しかしここ10年ほど、太陽が沈むようにモチベーションを統合する力が弱まり、そこから単純さと強力さがなくなってしまった。ディベロッパーの開発は深く、個別的になっているし、人々は自分の周りのちょっとしたモチベーションをかき集めて空間をつくれるようになったし、NPOやNGOはクラウドから多くの人々の小さなモチベーションをゲームのようにかき集めて空間をつくっている。かたや空き地や空き家はどこにいっても目立つようになり、中心市街地であろうが郊外であろうが、モチベーションを失った空間があっという間に消滅することもしばしば目撃されることである。
つまりは、現在の都市計画やまちづくりにおいて、どういうモチベーションを前提とするのか、散在するモチベーションをどういうふうに編集するのか、こうした、都市の成長期では共通の前提条件となっていたことの調査やデザインが必要になっており、専門家は、他者のさまざまなモチベーションの形や強さにあわせて都市やまちの「調子を整える」技術、つまり開発の技術を身につけていなくては生き延びていけない。10億円の開発からゼロ円の開発までの技術である。
他者のモチベーションを計る作業は個別的である。どうモチベーションを発見し、それをどう編集し、都市やまちの空間に調整していくかということに唯一の解はない。「まだない」のか、「永遠にない」のか、見極めはまだついていないが、現在の私の研究室は、こうした都市やまちの空間を動かしているモチベーションや、それがつくり出した制度、そのモチベーションにあわせた開発の技術を集め続けている。「実験まちづくり」と称して、開発をサポートするワークショップを企画したり、時に実際に小さく制度や空間をつくってみることもある。こういった作業の先には、人々のモチベーションに基づく制度として、近代都市計画や近代まちづくりはどう再構成されうるのか、という大きな問いがある。
研究室の学生たちは、彼らの土地、家族、集団、民族に規定された、都市に関わろうとする固有のモチベーションを持っている。彼らのモチベーションを物差しにして、都市やまちのなかから、見たこともないモチベーションと制度と空間を集め実験をすること、このことが「教師と同じようにピアノを弾かない人を育てる」ための具体的な方法である。
このような指針であるから、私はこれまで、私とそれぞれの学生の間にある、たくさんの本を乱雑に紹介し続けてきた。そのうち、結果的に繰り返し紹介されてきた本を必読書として紹介しておきたい。

首都大学東京 饗庭伸研究室(2007年10月設立)ウェブサイト
URL=http://www.aibalab.com/ http://www.comp.tmu.ac.jp/shinaiba/frame2.htm

1. 都市像はどうあるべきか

トマス・ジーバーツ『都市田園計画の展望──「間にある都市」の思想』
(学芸出版社、2006、原著=2000)


人々のモチベーションの総量が減り、散在することが、日本の都市の形をゆっくりと変えてゆくだろう。本書はドイツの都市計画家であるジーバーツが2000年に発表した「Zwischenstadt」の邦訳である。「間にある都市」という訳語のとおり、これは中心に空間を集約していく「コンパクトシティ」の対抗軸となる都市像であり、「田園地域の海のなかに群島のように存在する都市的ネットワーク」と定義されている。モチベーションのありようが異なる日本の都市に「間にある都市」や「コンパクトシティ」のどちらかがピタリと当てはまるわけではない。これから必要なのは、やや難解な本書を読み砕きつつ、人々のモチベーションの具体的なありようを考量し、あちこちの都市地域で都市像を組み立てていく作業である。

2. 都市が都市であり続けるためには

平山洋介『都市の条件』(エヌティティ出版、2011)


ジーバーツと同じくらいの強度をもって、都市とは何かということを考え、新しい地平を切り開こうとする日本の都市計画学者はあまり居ないが、平山は「居住」を物差しにして、そのことを考え続けている。本書で平山は「都市はなぜ都市なのか」という問いの答えを「都市の空間・社会が開かれ、ライフチャンスを準備し、多数の人々を受け入れる」と定義し、住まいの確保と安定、人生の軌道、社会の持続の3つの視点から都市が持続するために必要な条件を析出していく。
本書で示されているのは、セーフティネットとしての都市の条件である。これらの条件だけを組み合わせてよい都市がつくられるかは、議論の余地がたくさんあるが、豊かなモチベーションを下支えする環境形成に欠かせない条件であると言える。

3. 制度や空間理解の羅針盤

ジェイン・ジェイコブス『市場の倫理 統治の倫理』
(日本経済新聞社、1998、文庫版=2003、原著=1992)


『市場の倫理 統治の倫理』
(1998)

都市がどうあるべきかという議論に折り目をひとつだけつけるとすれば、それは紛れもなくジェイコブスによる「アメリカ大都市の死と生(The Death and Life of Great American Cities, 1961)」であろう。あまりにも名著なので、ここでは紹介しないとして、同書にて近代都市計画の転換を迫ったジェイコブスが、その後に思索を重ね1992年に発表したのが本書である。なぜ市場と計画の関係はうまくいかないのか、そもそも倫理が違うからである、倫理が異なるシステムを、わからないまま混合してはいけない、ということが本書の主張である。市場の本質である「交換」と、統治の本質である「分配」の倫理が異なり、時に相反するということである。
さまざまなモチベーションやそれがつくり出す制度や空間の違いを理解する時に、そこにある倫理が「市場の倫理」なのか「統治の倫理」なのか、という羅針盤はとても使いやすい。そのため私は、たくさんの制度のケーススタディを集めすぎて途方に暮れている学生に、そっとこの本を差し出すことにしている。

4. モチベーションを理解する

スタッズ・ターケル『仕事!』(晶文社、1983、原著=1974)


社会にはいろいろな人がいて、それぞれがさまざまなモチベーションを組み合わせて生きている。しかし、私たちはひとつの人生しか生きることができないので、できるだけ多くの他者のモチベーションとその組み合わせを、フィールドワークによって理解しなくてはいけない。それは、2ちゃんねるの掲示板をあちこちつまみ食いすることでも可能なのだが、野外調査の名手──社会学者であったり、人類学者であったり、ジャーナリストであったりさまざまである──の仕事を読み込むことが役に立つ。最近読んだものでは中村かれんによる「クレイジー・イン・ジャパン」が面白かったが、もう少し古典的な作業として、ターケルのインタビュー集を挙げておこう。ターケルは学者ではなくひたすら話を聞き出しているだけなので、そこに結論や総括めいたものがあるわけではないが、パラパラとめくると、当時のアメリカ社会を構成していた多様なモチベーションを生き生きと読み取ることができる。オリンピック前夜の東京において、こうした作業をしてみたいもんだ、と時々考えることがある。

5. モチベーションの触媒としての「かたち」

丸山欣也『かたちの劇場』(建築資料研究社、2010)


空間の「かたち」を媒介にして、人々がどこまでコミュニケーションを豊かにできるか、ということの実験の書である。手で考えるデザイン思考法が前半に、その思考法を他者と交換して身体で空間をつくり上げていくワークショップの方法と成果が後半にまとめられている。
私が実践している実験まちづくりの意味は、第一に私や学生が手や足を使って考える、ということであるし、第二にそこでつくり上げた空間や精度において人々が手や足を使って都市やまちにどう関わり、モチベーションを発展させるかを見極めるということである。都市やまちの空間をつくる過程を媒介にして、人々のモチベーションが発展し、方向づけられることはたびたび起きるが、その「良質な変化」を生む方法を見出すことが実験まちづくりの狙いである。その時の変化の触媒として「かたち」にはまだまだ多くの可能性があるのではないかと思い、本書を時々読み返しているのである。

6. 来るべき空間と経済を構想する

栗本慎一郎『経済人類学』(東洋経済新報社、1979、文庫版=講談社、2013)
カール・ポランニー『経済の文明史』
(日本経済新聞社、1983、文庫版=筑摩書房、2003、原著=1957)


左=『経済人類学』(講談社)

建築学科では経済学をほとんど教えないが、社会に出ると、都市計画や建築の専門家は、たいていの場合は経済の専門家から口撃を受けることになる。それに対抗するために経済の専門家になる必要はないが、せめて言い返せるくらいにはなりたいものである。現実的な経済、つまり開発の採算性や収益性といった金勘定は仕事をしながら理解していけばよいが、より本質的な「空間と経済」の関係を理解し、より本質的に制度を設計するためには、経済の仕組みの本質に迫る作業を読み込んでおく必要がある。マルクス経済学を空間に置き換えて展開されるデヴィッド・ハーヴェイの議論も刺激的だが、マルクス経済学はなんだか窮屈な感じがして、日本の都市には合わないように思うので、近代をさらに遡って本質に迫る、栗本慎一郎やカール・ポランニーの作業をここでは紹介しておきたい。

7. 都市計画制度の全体像

石田頼房『日本近現代都市計画の展開 1868-2003』(自治体研究社、2004)


経路依存性という言葉がある。人々や組織が下す現在の決断は、必ず過去の制約を受ける、という意味の言葉である。日本の都市計画制度は完成された体系を持っているように見えるが、人々の本能や、人々が生活のなかでつくり出した制度に照らし合わせて見ると、ぴったりと合わないことが多くある。そのズレは、結局のところ都市計画制度が経路依存性をもって発達してきたことによるものであることが多いのだが、それを理解するための通史となるのが本書である。石田は本書で近代都市計画のスタートを1888年とし、その前夜の明治維新後の歴史を加えた通史を示す。
1988年(近代都市計画100年)につくられたこの通史はひとつの定説になっているが、現在の制度が経路依存性の結果であることを前提にしなくてはならない。江戸以前の都市計画的な取り組みが、どういうモチベーションと制度と空間を持っていたのかを明らかにするということ、明治維新後に「成長」というモチベーションに動かされた近代都市計画の陰で、密かに自生した野生の都市計画を明らかにすることがこれからの作業である。これらの作業を通じて石田史観を検証し、近代都市計画や近代まちづくりを人々のモチベーションに基づく制度として再構成したいと考えているのである。

饗庭伸(あいば・しん)
首都大学東京都市環境学部建築都市コース・都市システム科学域准教授。
1971年兵庫県生まれ。専門は都市計画とまちづくり。主なフィールドは、山形県鶴岡市(中心商店街の再生や都市計画のマスタープランの作成)、東京都国立市谷保(空き家の再生)、岩手県大船渡市綾里(復興計画作成の支援)など。共著書に『東京の制度地層』(公人社、2015)、『白熱講義 これからの日本に都市計画は必要ですか』(学芸出版社、2014)、『住民主体の都市計画』(学芸出版社、2009)、『初めて学ぶ都市計画』(市ケ谷出版社、2008)、『まちづくりの方法(まちづくり教科書 第1巻)』(丸善、2004)など。


201505

特集 研究室の現在
──なにを学び、なにを読んでいるか


経験としての建築研究室──学んだこと学ばなかったこと、そして考えたいこと
東京大学 村松伸研究室
明治大学 青井哲人研究室
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首都大学東京 饗庭伸研究室
東京藝術大学 中山英之研究室
慶應義塾大学SFC 松川昌平研究室
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