東京電機大学 横手義洋研究室

横手義洋(建築史)

私の研究室に所属し巣立っていく学生の大半は、高校までに理数系科目が得意という理由で建築を志望し、やがて設計事務所や建設会社に就職していく。こうした理系一直線の途上に歴史研究があること自体、大学に入りたての学生や父兄(ときには他学科の先生)にはかなりの衝撃らしい。世間的に見れば、工学の一ジャンルに建築があるのだから無理もない。だが、私はこうした違和感こそ、自身の分野を売り込む格好の機会としている。「建築って実はものすごく幅の広い、懐の深い分野ですよ」とか、「建築史ほど柔軟でしなやかなディシプリンはないのですよ」などと営業展開する。そもそも人間の生存に関わる分野に理系も文系もないのであり、建築に関わる人間(広義の建築家)はいろいろなことを知り、また考えなければならない。そうした思考の現場として、建築史研究室がある。
学生には常々、「歴史研究の対象は人類が築き上げてきた環境のすべてです」と語りかけるようにしているが、それによって彼らが近い将来携わる建築実務との関連を少しでも意識できればと思う。建築のプロジェクトとは、われわれにとって馴染みある環境の一部を更新することだから、プロジェクトとその周辺には、さまざまなレベルで過去との接点がある。過去とのつながりは、建築保存やリノベーションのような直接の対話だけではない。いまや新規の開発であっても、近接する既存の環境にまったく目を向けないことはありえない。そうした既存の環境は、かつて誰かが手がけたという意味で、もれなく歴史的存在である。だから、プロジェクトという行為には、歴史的知見が求められるのである。
時間の経過を捉える意識さえあれば、学生が取り組む論文テーマに制限はない。有名建築家の作品から、無名の建造物まで。室内装飾から、建築意匠、街並み、都市まで。文化財の保存から、復元、建物のリノベーションまで。極端に言えば、竣工したての建物さえ、問題の設定次第で、じゅうぶん歴史研究の対象になりうる。学生には、「学問や専門分野のあり方を案ずるより、とにかく自身が面白いと思って取り組むことのできる主題を見つけましょう」と言っている(できることなら、指導する側も学生の見つけた「面白い」を共有したい)。どんな興味や関心であっても、時間的問題が絡みさえすれば、建築史研究の体を成すのだから、あまり既成概念にとらわれる必要はない。トライ・アンド・エラーの繰り返し、思考の継続にこそ意味がある。
研究スタイルに関して言えば(必ずしも自分がそうしてきたわけではないのだが)、観察・記録・評価、いわば「足で稼ぐ」現場主義を推奨している。このアプローチは、近い将来、建築実践に分け入っていく学生にとって、実践のトレーニングになるだろう。結果、研究主題の多くが、比較的新しい時代、東京あるいは首都圏に現存する建造物など、身近な存在に偏ってしまうけれど、地の利を考えれば致し方ない。とくに学部生にとっては、現物・現場へのアクセシビリティが、ある程度、論文のオリジナリティ(独自の情報収集と分析)を担保することにもなる。
さて、必読書についてだが、以上の方針に従い、論文を進めていくうえで理論的示唆を与えるものを挙げてみた。おおまかにジャンル分けすれば、東京論、場所論、近代建築論、現代建築論、建築保存論に関する5冊である。

東京電機大学 横手義洋研究室(2011年4月設立)ウェブサイト
URL=http://www.a.dendai.ac.jp/labs/yokote/index.html

1. 陣内秀信『東京の空間人類学』

筑摩書房、1985、文庫版=1992



身近な研究フィールドである東京、どこをターゲットにするにしても、読んでおくとよい本の筆頭。東京の成り立ちだけでなく、建築を都市の一部として理解する視点、地形や立地の読み方、水辺空間の魅力など、実務にも資する情報が豊富。イタリアをはじめ世界各地でフィールドワークをこなしてきた著者だけに、物的環境としての都市にどのようにアプローチすればよいか、どこに注目すればよいかがきわめて明快だ。書名からして歴史書の枠を超えており、とりわけ建築設計に携わろうとする学生に、歴史や場所の持つ意味を理解させるのに役立つ。 フィールドワークを実際にどう進めるか、という手法のレベルでは、『実測術──サーベイで都市を読む・建築を学ぶ』(陣内秀信、中山繁信編、学芸出版社、2001)も参考になる。建物調査のテクニックについては、文化庁歴史的建造物調査研究会の『建物の見方・しらべ方』シリーズ(ぎょうせい社)が懇切丁寧、非常にわかりやすい指南書だが、いまや入手しづらいのが難点。

2. 鈴木博之『都市へ』

中央公論新社、1999、文庫版=2012



都市・建築の歴史書として守備範囲がもっと広いのがこちら。幕末から現代までを編年で追う近代日本史で、都市建築をめぐる物語として、人物、時代、場所のつながりがわかりやすく描かれている。同時に、和風や伝統といった持続的要素の掘り起こし、土地や場所に付随する物語性といった研究視点が盛り込まれている。建築を手がかりにして、社会や文化の問題を論じようという姿勢は学生にとってひとつのお手本となる。この歴史書に著者が込めたメッセージ、「都市は単なる経済空間ではない。人が住み、文化の成熟する場所だ」についても、プロジェクトに関わっていく若者にこそ、じっくりと噛み締めてほしい。
同著者の場所論としては『東京の地霊』(文芸春秋、1990、文庫版=2009)もある。文芸書の趣がかなり強いが、先のフィールド・ワークとの関連で言えば、取り上げられる場所の物語(地霊)は、もはや目に見えない都市の痕跡としてやはり看過できない。

3. 藤森照信『日本の近代建築』上・下

岩波書店、1993



日本近代建築の通史としては、わかりやすさ、読みやすさにおいて一番ではないだろうか。自分が学生だった頃は、冒頭二章の印象があまりに強すぎて、続く通史記述の内容にまであまり注意が及ばなかったのだが、その後、さまざまな機会に日本近代建築のレファレンス・ブックとして参照するにつけ、取り上げられる建築家、作品、その評価において、著者の目配りのよさを痛感するようになった。作品評価において、著者の主観が顔を覗かせることもあるが、そもそも客観的な通史記述というのはありえないし、全体のストーリーを面白くするのは、建築作品に対して著者がどのくらい踏み込んだ評価をしているかによる。学生にとっては、著者の建築評価のポイントを理解することが、おそらく建築作品をどう見ていくかの訓練になるだろう。目利きに倣う、これも鉄則。

4. ケネス・フランプトン『現代建築史』

青土社、2003、原著=1992



これまでの三書に比べると、ややハードな内容、ボリュームもある。海外の情報を扱った翻訳書だけに、学生には理解しにくいところがあると思うが、なんとか喰らいついてもらいたい。とりわけポスト・モダニズム以降は、日本の建築文化に対しても突っ込んだ分析があるので選出。著者は批判的地域主義を掲げた理論家としても知られ、新しい時代の考察はその理論をベースに記述される。大きく言えば、かつて近代運動が否定した地域的な特色や伝統が、近代主義の延長線上にいかに意味を持ちうるかという主題の探求にほかならない。歴史的知見の応用をグローバルな視点で問い直すのによい教材である。
視点は少し異なるが、ほぼ同時代の問題を扱った書として、チャールズ・ジェンクスの『ポスト・モダニズムの建築言語』(エー・アンド・ユー、1978、原著=1977)もあわせて読むべき。本書もいまや古典的名著のひとつだが、バブル期以降、現代日本を考察するきっかけにもなろう。

5. ユッカ・ヨキレット
『建築遺産の保存──その歴史と現在』

すずさわ書店、2005、原著=1990



今回取り上げた書のなかで、もっともハードな内容。建築の修復や保存に関する問題は、昨今日本でも重要な社会的関心事となり、学生の注目度も高い。ただ、時間と存在にまつわる議論は、本来的に哲学や美学の領域へつながる。本書は、保存をめぐる西洋的な思考のあり方、その大きな流れを整理するのに便利である。ただ、それらを追随するだけでは意味がない。概念や思考のあり方が特定の文化圏固有の産物だとしたら、やはり本書が描く西洋的な思考をある程度突き放し、相対的に眺めるべきだろう。学生にとっては、確かにハードだ。要求し過ぎなのかもしれない。けれども、身近な建築の問題、日本や東京で話題になっている保存や修復の問題を、本書に照らして考えることが第一歩。歴史的知見の応用という点では、もっとも実践に近いようで、もっとも結論を導くのが難しい主題、それが建築保存である。そのことを自覚するだけでも取り組む意義はあると思う。


以上5冊は、私自身にとっても大きな道標となった文献である。近年はこうした古典的業績をさらに先鋭化させ、建築史研究のさらなる柔軟性と可能性を示唆するような著作が多い。すべてを列挙する余裕はないが、例えば、五十嵐太郎の『新編 新宗教と巨大建築』(筑摩書房、2007)は近代建築史の欠落を補うとともに、社会学的な視野の広さを感じさせるし、貝島桃代、黒田潤三、塚本由晴の『メイド・イン・トーキョー』(鹿島出版会、2001)は現代東京を対象にした(「ダメ建築」をも含む)観察の成果で、既成概念を打破するという点で刺激的だ。建築史が扱う対象はますます拡大している。だから、ますます面白い。そして、やはり思う。「建築史ほど柔軟でしなやかなディシプリンはない」と。

横手義洋(よこて・よしひろ)
建築史家。東京電機大学建築学科准教授。東京大学建築学科卒業。ミラノ工科大学留学。東京大学助教、イェール大学研究員を経て現職。


201505

特集 研究室の現在
──なにを学び、なにを読んでいるか


経験としての建築研究室──学んだこと学ばなかったこと、そして考えたいこと
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