明治大学 青井哲人研究室

青井哲人(建築史・都市史)

研究室の名称は「建築史・建築論研究室」(2008年発足)。歴史というのは過去の事実を覚えることじゃなく時間を構想したりデザインしたりすることだと学生には話している。しかし時間なんてものをどう議論したらよいのだろう。個別の研究指導ではなかなかカヴァーできないそうした基礎的な視点や理論については、サブゼミと称する読書ゼミで、学部4年生から博士後期の院生までが一緒に議論して共有することにしている。

明治大学 建築史・建築論(青井哲人)研究室 ウェブサイト内、サブゼミのページ
URL=http://www.meiji-aoilab.com/subsemi

E・T・ホール
『文化としての時間』
(TBSブリタニカ、1983)

真木悠介
『時間の比較社会学』
(岩波現代文庫、2003)

柄谷行人『世界史の構造』
(岩波現代文庫、2015)

G・ベイトソン
『精神と自然』
(新思索社、2006)

時間というものを、さしあたり、それぞれの社会が構成している世界認識やコミュニケーションの枠組みの一種であると考えよう。すると私たちが自明のものと思っている、無限で不可逆の直線的時間というのもそうした枠組みのひとつに過ぎず、世界には多様な時間があるということになる。この種のことを教えてくれるのは文化人類学だ。たとえば(1)E・T・ホール『文化としての時間』(宇波彰訳、TBSブリタニカ、1983)は時間のタイポロジーともいうべき試み。ホールは『かくれた次元』(日高敏隆+佐藤信行訳、みすず書房、1970)などの著作で知られるアメリカの文化人類学者で、いま読むとちょっと古臭く、ステロタイプに見えるところも多いが、私たち動物が、その外部(自然、都市、社会、他者......)で起こる複雑な変化や持続のパタンに対して、ほとんど無意識に自身の活動を同期(シンクロナイズ)させている事実は、ホールがいうとおりたしかに驚くべきことであるに違いない。私たちはさまざまな同期のモードを重ね合わせて生きている。
(2)真木悠介『時間の比較社会学』(岩波書店、1981/岩波現代文庫、2003)によれば、原始共同体において時間は、昼/夜、夏/冬のような異なる時間領域を行ったり来たりする振幅であって、これら領域を貫く抽象的な「時間」という言葉はない。時間はいわば宇宙論的に自然のリズムに同期されていた。真木は、そこからどのようにして自然の事物や現象から切り離された抽象的な「時間」概念がかたちづくられ(国家)、それがいかにして不可逆なものになり(一神教)、いかにして無限の直線になったのか(近代、資本主義)をみていく。時間が変形されていく歴史は、社会が変形されていく歴史でもある。少し背伸びして、(3)柄谷行人『世界史の構造』(岩波書店、2010/岩波現代文庫、2015)に挑戦してみると、こうした議論をより広い視野で見直せるだろう。
時間をめぐる問題の拡がりは、社会史や文化史の多彩な成果からも学べる。マイクロ・ヒストリーを提唱したC・ギンズブルグの『チーズとうじ虫──16世紀の一粉挽屋の世界像』(杉山光信訳、みすず書房、1984)は、16世紀北東イタリアのある粉挽屋の男が、どんな時間を生き、それがなぜ教会の時間と衝突したのかを描く作品ともいえる。S・カーン『時間と空間の文化:1880-1918年』(浅野敏夫訳、法政大学出版局、1993)はその上巻が文字通り「時間の文化史」と題され、科学技術の近代化や第一次世界大戦によって「時間」認識がどのように変化したかをたどる。昨年出たT・インゴルド『ラインズ──線の文化史』(工藤晋訳、左右社、2014)という魅力的な本も、大胆かつ精妙な時間論として読める。
建築や都市もまた、それが属している世界の時間的な組み立てを担っている──あるいは世界の変化や持続に、技術を介して、複雑かつ動的に同期されているはずだ。ではどのように? 建築の歴史・理論はまずこういった問題系の思考に寄与するものでありたいと筆者は考える。そのためには、世界をシステム論的に見る視点を学ぶことがまず不可欠だ。その意味での必読書は(4)G・ベイトソン『精神と自然──生きた世界の認識論』(佐藤良明訳、思索社、1982/新思索社、2006)。ある系を生き生きとしたものにする要素間の動的な相互関係の働き──ベイトソンはそれを「精神(マインド)」と呼ぶ。生きた世界はそうした系が階梯的に積み上がってかたちづくられ、自ら進化していく。

陣内秀信『都市を読む』
(法政大学出版局、1988)

こうした考え方に立って都市-建築の物的な系を捉えていくとき基本となるのが、イタリア育ちの都市組織論と建物類型学である。その体系は(5)陣内秀信『都市を読む──イタリア』(法政大学出版局、1988)で学べる。都市組織(urban tissue)を分解すると、たとえばN・J・ハブラーケンのようにinfil - support - tissueという階層的な組み立てを取り出せる(ハブラーケンの『サポート』1972年は未訳)。support(建物躯体)は、一方ではより短期間に入れ替わるinfilを支え、他方では集ってtissueの安定的な構成をつくる。それぞれが独立した振る舞いのモードを持ちつつ、階層的に組み合わされてひとつの動的な全体をなすわけで、それはベイトソン的な生きた世界の一例だし、また、その階層的組み立てはヨーロッパの都市社会(たとえば不動産のしくみ)に同期された時間モードそのものなのだ。K・フランプトンのいうテクトニクス(結構的)/ステレオトミクス(切石積的)もまた、構造物になんらかの時間モードに沿った分節を与える二種類の技術=表現とみることができる(『テクトニック・カルチャー』松畑強+山本想太郎訳、TOTO出版、2002)。言い換えれば、環境の物的な組成はその場を動かしている時間の表現なのである。だが、この段落で述べてきた世界の組み立てそのものは、あくまでヨーロッパの都市-建築の話だ。日本の、はるかに流動的な「柔らかい都市」の時間は、それではどう記述すればよいのか。これが当研究室の課題のひとつだ。
よりマクロな議論をする場合も、重要なのはやはり系の動的性質をつかむ方法だ。生物学者H・マトゥラーナが提唱した「オートポイエーシス」、つまり自己(再)組織化や、サイバネティクスでいう動的平衡なども含めて、この種の議論は、たとえば神経系、免疫系、コミュニケーションと精神病理、昆虫や動物の群れ、組織経営、そして都市にも拡張的に応用されている。実際、都市は誰かがトップダウンで中央制御しているわけではないのに、無数のプレイヤーの相互作用が(不思議なことに)一定のパタンをもつ全体をつくりあげたり、維持したりするし、強力なインプットに反応して異なる形態に進化することもある。都市を考えるならこのあたりの議論には通じておくとよい。J・ジェイコブス『アメリカ大都市の死と生』(黒川紀章訳、SD選書、1977年/山形浩生訳、鹿島出版会、2010)も、こういった広範な知的運動とつながっている。

C・ギアーツ
『インボリューション』
(NTT出版、2001)

もっとも、現実の都市現象を考えるには、経済や政治が都市にどんな作用を及ぼすのかについても、それなりの見方を学んでおきたい。この方面ではD・ハーヴェイ『反乱する都市──資本のアーバナイゼーションと都市の再創造』(森田成也訳、作品社、2013)やM・デイヴィス『スラムの惑星──都市貧困のグローバル化』(酒井隆史監訳、篠原雅武+丸山里美訳、明石書店、2010)をあげておく。個人的にはハーヴェイを読んだあとで経験した、2014年1月のプノンペンのデモや同年3月の台湾学生による国会占拠運動が印象深いが、今年のサブゼミでは(6)C・ギアーツ『インボリューション──内に向かう発展』(池本幸生訳、NTT出版、2001)を読むことにした。ギアーツはオランダの文化人類学者で、インドネシアにおける焼畑と稲作の文化生態学的な比較研究から、系の革新や進化を伴わない、内向きの発展ともいうべき社会変容パタンを取り出している。インボリューションという語は、もとは後期ゴシックのように全体的な様式形成が終わってもその内部での細部の複雑化だけが進行するといった文化変容パタン(これもひとつの時間のモードである)に関する議論から借用されたもので、ギアーツ以降はスラムの形成を説明するのにも応用されている(アーバン・インボリューション)。

C・アレグザンダー
『形の合成に関するノート
/都市はツリーではない』
(SD選書、 2013)

V・スカーリー『近代建築』
(SD選書、1972)

R・バンハム『第一機械
時代の理論とデザイン』
(鹿島出版会、1976)

稲垣栄三『日本の近代建築』
(SD選書、1979)

都市-建築系の動態の記述という課題についてここまでに述べてきたわけだが、実はそれと抜き差しならぬ関係で結びついているのが、「建築家とは何か」という問いである。(7)C・アレグザンダー『形の合成に関するノート』(稲葉武司訳、鹿島出版会、1978/『形の合成に関するノート/都市はツリーではない』稲葉武司+押野見邦英訳、SD選書、2013)で示唆されるように、近代以降の建築家こそが、無名な事物と人がつくる世界を総体として理解するという課題に向き合わざるをえなくなったのである。「都市はツリーではない」では、人とモノとが、とるに足らない小さな出来事の連鎖によってかたちづくる動的な相互関係の系(生態系)が例示されていた。アレグザンダーにかぎらず、1960年代以降の多くの建築家たちはこうした世界観を広く共有しつつ、では建築家とは何かと問うてきた。
研究室ではこの「建築家」への問いは必ずしも前面に出してはこなかったが、ここ2〜3年のあいだに発言の機会が増え、展覧会・シンポジウム・ウェブサイト作成・アーカイブ整備など、研究室メンバーとの共同作業も特別なことではなくなってきた。しかし、近現代建築史の基礎的な知識と諸課題を学生たちと共有することは、上に述べてきたような都市-建築史の場合とは比べることのできない別種の困難がある。簡単にいえば時間がかかる。それでもなんとかしてみようと、今年からサブゼミに近代建築史の本を加えることにした。
考えてみると、建築物のフォルムを見る=読む方法の蓄積も、理論やイデオロギーを議論するときの構え方も、欧米と日本ではかなり違うように思われるが、その違いを考えるためにも、ひとまず(8)V・スカーリー『近代建築』(長尾重武訳、SD選書、1972)と、(9)R・バンハム『第一機械時代の理論とデザイン』(原広司校閲、石原達二+増成隆士訳、鹿島出版会、1976)を読んでみようと思う。前者は社会的背景にも建築家の言説にもほとんどまったく触れずに、建築のフォルムがどう変形されていくかだけで歴史を組み立てている。後者は逆に言説に重きを置き、建築の理論的編成の変形過程として近代建築の成立を探求する。そして日本の近代建築史については、いまもって(10)稲垣栄三『日本の近代建築──その成立過程』(丸善、1959/SD選書、1979/中央公論美術出版、2009)が最重要著作だと筆者は思うのだが、これはむしろ経済や政策を含む広い意味での建築生産構造を描きながら、その土俵に建築家の倫理をのせるような構えをとる。やはり歴史の書き方自体が違う。

今日の社会がいつまで持つかはわからないけれど、破綻したときには一挙に1970年前後以降の歴史化が進むだろう。でもそれを待っているわけにもいかないから、私たちはそれぞれのやり方で歴史を書き、ありうべき時間を構想するべきだろう。冒頭で紹介した真木悠介の『時間の比較社会学』は、直線・等質で不可逆の直線的時間がもたらす近代的ニヒリズム(虚無感)をどう超えていけるかを考える本であり、その意味では「時間の倫理学」であった。ベイトソンの『精神と自然』も、柄谷行人『世界史の構造』も、インゴルドの『ラインズ』も、豊かで平和な生のありようを力強く支持する。


あおい・あきひと
1970年生まれ。建築史・都市史。明治大学准教授。著書=『彰化一九〇六年──市区改正が都市を動かす』『植民地神社と帝国日本』ほか。http://d.hatena.ne.jp/a_aoi/


201505

特集 研究室の現在
──なにを学び、なにを読んでいるか


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