生成力を設計せよ──1968年のC・アレグザンダーへ

連勇太朗(建築家/NPO法人モクチン企画代表理事)

アレグザンダーが辿ることのできた別の経路

本稿は、C・アレグザンダーの仕事のなかでも1960年代後半に行なわれたある限定された範囲に着目し、そこから「パタン・ランゲージ」が辿ることのできた別の展開可能性を導きだすことを目的としている。新たな想像力をパタン・ランゲージに重ねることで、デザインを「資源」として捉えるまったく新しい方法論を構想することができる。この一連の作業を通して設計における「集団」や「集合」を扱うことの課題も同時に明らかになるだろう。
あらゆる言説は繰り返し同じ経路をたどることで固定化されていく。一般的に考えられている「『ノート』★1から『パタン・ランゲージ』へ」という認識も何度も反復されてきた思考の流れだろう。しかし、アレグザンダーの手法の変化はそう簡単にまとめられるほど単純なものではなく、むしろその変化の過程にこそ着目するべきポイントがある。アレグザンダー再考の流れは現われてはまた消える波のようなものだ。故に「ノート」から「パタン・ランゲージ」に至るまでのアレグザンダーの辿った思考の痕跡を固定化させないために、いくつかの可能性のパスを示しておきたい。そうすることで、私たちは現在のアレグザンダーとは違った可能性を追求することができるはずだ。

1964年:BARTプロジェクト

この年、「形の合成に関するノート」が出版され、重要な転換点となったサンフランシスコでのベイ・エリア高速交通システム(BART)のプロジェクトが進められる。BARTのプロジェクトを通して、アレグザンダーたちは二つの重要な気付きを得る。ひとつは、毎回ゼロから「ノート」における手法を適用することは、作業量が膨大になってしまうため実践的ではないということ。もうひとつは、(そのような課題を解決する発想として)生成されるダイアグラムが一般解としての特性を備えていれば、汎用性のあるダイアグラムをストックし組み合わせることでデザインを実践できるのではないかということ★2。この一般解としての「ダイアグラム」がのちに「パタン」とよばれるものに繋がる。「ノート」において示された手法と「パタン」という発想は地続きで連続しているのだ。一般的にはここで1977年に出版される「パタン・ランゲージ」に議論を一気に接続させてしまいがちだが、それではあまりにも短絡的すぎる。

1977年のパタン・ランゲージ

A Pattern Language:
Towns, Buildings, Construction
,
Oxford Univ Pr., 1977.

「ノート」から「パタン・ランゲージ」への「移行期」を見ていく前に、1977年に出版された「パタン・ランゲージ」について最低限の確認をしておきたい★3。世界中に知られることとなった「パタン・ランゲージ」という概念は、この1977年の書籍がそのイメージを決定づけている。どのようなイメージか。それは「パタン・ランゲージは豊かな環境を誰もがデザインし生み出すための道具であり、普遍的な253のパタンによって構成されたメディアである」というものである。一つひとつのパタンは汎用性が極めて高く、「8. モザイク状のサブカルチャー」「141. 自分だけの部屋」「179.アルコーブ」などの代表的なパタン(コンテンツ)がパタン・ランゲージをイメージするものとして認識されるようになる。

しかし、1977年以前に発表されたパタン・ランゲージに関する論評や解説書を紐解くと、この1977年の「パタン・ランゲージ」とは異なる質を持った複数の「パタン・ランゲージ」の姿が浮かび上がってくる。アレグザンダーの研究や実践をリアルタイムで接してきた世代と、書籍としてパッケージ化した「パタン・ランゲージ」を受容してきた世代では、アレグザンダーに対する印象は決定的に異なる。これは、アレグザンダーおよび環境構造センターが発表してきた成果のなかで絶版になってしまっている書籍がいくつかあり、さらに日本においては未邦訳であることに原因があるのかもしれない。またそもそも絶版になってしまっている書籍はパタン・ランゲージの理論が完成するまでの過渡期のものとして捉えられおり、その重要性が議論されることはほとんどない。

1968年:二冊の未翻訳書

A Pattern language
which generates
multi-service centers
,
Center for Environmental
Structure, 1968.

Houses Generated by Patterns,
Center for Environmental
Structure, 1969.

未邦訳の書籍のなかで、1968年のA Pattern language which generates multi-service centersや、1969年のHouses Generated by Patternsは注目するべき特質を備えている。前者は、マルチサービスセンターという当時アメリカで普及しつつあったビルディングタイプのための60個のパタンをまとめたブックレットであり、後者はペルーにおける住宅建設のプロジェクトのために制作された67のパタンがまとめられたものである。ここで掲載されているパタンは、1977年のもののように出来事と空間の関係性を表わした「普遍的」なパタンではなく、プロジェクトベースで算出されるアイディアの「蓄積」としてのパタンであった。
また、このころ開発されたパタン・ランゲージの記述形式IF-THEN構文は、外部からのフィードバックを受け、改良がしやすいように意図して設計されていることが強調されている。パタンがクリティシズムによって更新されることを歓迎しているのだ。1977年のパタン・ランゲージが普遍性を求め、高いレベルでの精度を担保したものとして固定化されているのに比べ、2冊のブックレットに掲載されているパタンは更新されることを前提につくられている。アイディアを「スタック」し、変更や修正点があれば編集し更新するという仕組みはwikiのシステムに非常に近い。1977年のパタン・ランゲージが辞書のような体裁になっており(これは一連のシリーズを通した装幀の問題であるが)更新を前提としたメディアになっていないのに比べると、この時期のパタン・ランゲージこそwiki的と言える★4
また、マルチサービスセンターは「ビルディングタイプ」にフォーカスしたパタンであり(本のなかでは八つのマルチサービスセンターがケーススタディとして設計されている)、ペルーの住宅建設プロジェクトも1,500棟という圧倒的な数の建物群に対して制作されたパタンであるという点も強調しておきたい。1970年代以降の環境構造センタープロジェクトにおいて、はっきりしたクライアントが存在し、一対一のコミュニケーションの道具としてパタン・ランゲージが使われるのに対して、この時期のパタン・ランゲージはパタンが不特定多数の主体のあいだで流通することで(制作者から手放されることで)建築が自生的に生み出されていく社会システムが描き出されている。

W・カニンガムによるHyperCardを用いて制作された「パタン・ブラウザ」の画面。パタン・ブラウザはWikiのシステムの前身となったものであり、パタン・ランゲージから強い影響を受けている

「システム」と「コンテンツ」

1968年における初期のパタン・ランゲージは「システム」としての特性が強く、そのなかに格納されるパタンは更新されることを前提とした「コンテンツ」であり、システムそのものとは分けて考えられていた。しかし、70年代を通して「システム」と「コンテンツ」が一体化し書籍としてパッケージ化されることで、「パタン・ランゲージ=1977年に出版された書籍」として、コンテンツとシステムが一対一対応のものとして認識されるようになる。これは自明のことであるが、じつはあまり指摘されていない。アレグザンダーに対する批評はこのことに対して自覚的であるべきだ★5
もうひとつ指摘しておきたい点がある。「ノート」で示されている「ダイアグラム」は数学的手順によってクリアに記述されていたが、「パタン・ランゲージ」における「パタン」は自然言語で記述されることで曖昧な表現に変化している★6。この変化を「都市はツリーではない」(1965)で提示されたセミ・ラティスを実現するために、数学的手段を捨て自然言語を選択したと理解することも可能だが、じつは「パタン/ダイアグラム」の内部構造が問われなくなったことで、C・アレグザンダーという人間のパーソナリティがパタンに直接反映される仕組みに変わったことも同時に意味している。この点で、パタン・ランゲージは(「ノート」のように純粋な意味での)課題を解決するフォームではなく、ある特定の人間の価値観や世界観を反映し表現したメディアだとみることもできる。このこと自体は原理的には問題ではない、むしろ後述するようにポジティブに活かされるべきことである。重要な点は、パタン・ランゲージに格納される「コンテンツ」と、パタン・ランゲージという「システム」そのものを切り分けて考えなければ、「システム」を設計したアレグザンダーを批判しているのか、「コンテンツ」を制作したアレグザンダーを批判しているのか区別できなくなってしまうという点にある。そして、私の考えでは現在批判されている多くの点は、後者のアレグザンダーに対して向けられているものだ。
さらに付け加えると、後期に提出される重要な概念である「無名の質」「参加の原則」「漸進的成長」などの建築界において評判の悪いプレモダン的な価値観に依った原則やルールは当初からパタン・ランゲージというアイディアに備わっていたものではない。これらの概念は、オレゴン大学による実験の成果から本格的に出現したものであり、1970年代後半以降のパタン・ランゲージの「運営・使用方法」として提案された概念である。アイディアを「ストック」しデータベース化していくというパタン・ランゲージの初期の非常にシンプルなシステムとしての特性は、後期になるほど「使い方のルール」が増えていき野暮ったいものになっていく。

C・アレグザンダーという「署名」を漂白する

いままでみてきたように、C・アレグザンダーの評価に対する混乱は、パタン・ランゲージにおいて「システム」と「コンテンツ」を混同して考察してしまっているということに問題のすべてを集約することができる。そこで、パタン・ランゲージという思想から「コンテンツ」を消去し、「システム」のみを再利用することを提案したい。「パタン・ランゲージ」というアイディアにはアレグザンダーという作家のパーソナリティがあまりにも濃密に染み付いてしまっている。「パタン・ランゲージ」の思想を換骨奪胎し、「システム」としてのパタン・ランゲージをまったく違った文脈へと再接続する。そうすることでシステムとしてのパタン・ランゲージを現代的なコンテクストのなかで再定義可能になる。これはアレグザンダーにとっては悪夢だろう。彼が設定している「研究の目的」、すなわち「美しい環境」を構築するという夢からは離れるからだ。しかし、そのことを承知で私たちはこの作業を前進させなければいけない。

アーキコモンズへ

システムとしてのパタン・ランゲージを継承し、新たな方法を構想する。そのために「アーキコモンズ」という方法論を示したい。アーキコモンズは「建築デザインを共有資源化」するための方法論であり、筆者が2009年から活動のフレームワークにしている概念である。パタン・ランゲージの「パタン」をモノ、すなわち即物的な「資源(リソース)」として解釈し、資源をスタックし複数の他者と共有するためのデータベースを構築することで、多様な主体による分散型の環境づくりが可能になるという仮説をたてることができる。アーキコモンズは、パタン・ランゲージの「記述形式」や「一般解・汎用解の蓄積」という側面を継承する。共有可能性を極限的に高める情報環境やテクノロジーが進化した時代において、圧倒的にひらかれた関係性のなかでどのような建築を生み出すことができるのだろうか。
2012年にリリースした「モクチンレシピ」★7は、アーキコモンズの具体的な実践例のひとつである。「モクチンレシピ」とは、木造賃貸アパートを改修するためのアイディアを公開したウェブサービスであり誰もが使うことのできるデザインツールである。2012年に「モクチンレシピ」の制作・運営・管理を行なう主体としてNPO法人モクチン企画★8を設立し、「モクチンレシピ」を媒介に地元密着型の不動産会社や工務店のネットワークを構築し活動してきた。具体的な紹介はいくつかの媒体ですでに書いているのでそちらを参考にしていただきたい★9。ここでは、モクチンレシピのシステムとしての可能性を考察することに集中する。

コミュニケートし続けるデータベース

モクチンレシピは一対一のコミュニケーションではなく具体的な「資源」を媒介としたコミュニケーションのプラットフォームだ。この状態をつくり出すことによって、モクチン企画のメンバーは都市で起こるさまざまな事象・問題・主体とコミュニケートすることができる。たとえば、モクチンレシピの利用頻度が集計されることでつねにアイディアの強度がマーケットのなかで試されることになる。利用頻度の低いレシピは改善され、利用頻度の高いレシピは相乗効果でより多くの主体に使われるようになる。また、既存のアイディアを改変していくこともあれば、収集される情報をもとに新たなアイディアが開発されることもある。施工上の問題点、改善点、入居者の反応などがユーザーからつねにフィードバックされることで、モクチンレシピのコンテンツは編集され更新され続ける。
過去へと遡行することで集合知や集合的無意識を扱おうとしたパタン・ランゲージと違い、モクチンレシピは関係する現在の状況と対話しながら発展していくデータベースである。ユーザーの動向がサービスに反映されるということはA/Bテスト★10のように一般的なウェブサービスの現場ですでに実践されていることかもしれないが、モクチンレシピはただ単にインターフェースの改良が行なわれるだけではなく、それに付随してコンテンツそのものが(インターフェースを媒介にして)実環境とのあいだでフィードバックシステムを形成することに特徴がある。

「モクチンレシピ」の画面

システムに作家性は宿るか

モクチンレシピは、誰でも編集に参加したりアイディアを追加したりできるわけではない。その点で純粋にオープンソースなシステムであるとはいえない。一部のコンテンツを除いてほとんどのものはモクチン企画というチーム内で編集され管理されている。そのため、一つひとつのアイディアにはモクチン企画のメンバーのデザインに対する価値観や志向が反映されている。これはパタン・ランゲージのコンテンツにアレグザンダーという人格がつねにまとわりついているのと同じ構造である。
たとえば「減築デッキ」というレシピがある。このレシピは建物の下屋部分を減築し基礎部分を再利用しデッキをつくるというシンプルなものだが、このアイディアは、ある時期に建設された木造在来家屋において下屋がついていることが多く、かつそういった下屋部分の空間が周辺の環境の密度をあげ風や光の経路を妨害しているケースが多いというリサーチから考え出された。「減築デッキ」を使用することにより、密集エリアのなかに空地が生み出されていき周辺の建物に光や風の通り道ができる。また、延焼から建物を守ることにも貢献し、レシピが流通し広まることで密集エリアにおいて防災性能を少しずつ向上していくという都市デザイン的な視点が含まれている。このようにレシピはユーザーの満足度を直接あげるようなアイディアだけではなく、建築家や都市デザイナーとしてのメタレベルの視点にたったアイディアによって構成されている。多様な主体の意見が反映され多様な主体によって利用されるデザインのデータベースでありながらも、最終的な価値付けはモクチン企画という主体によってコントロールされている。集団創作の場において作家性はシステムを通してさまざまなかたちで現象する可能性がある。集合的クリエイションと作家性は必ずしも相反するわけではない。

「057. 減築デッキ」の「考え方」ページのレシピ画面

「減築デッキ」が実際に使われている工事現場

生成システムを求めて

設計における「統合」の問題★11は初期アレグザンダーでは「合成」という言葉で分析され、パタン・ランゲージの研究を通して「生成力」★12という言葉が用いられるようになる。システムそのものは情報的体系にすぎないので、ゆえに、情報的体系を物理的実体に変換する「統合」の論理が必要となる。システムそのものに生成力がなければ、なにも実現しない。そういった意味で(いくら「イセ」や「民家」といった過去の伝統的な建設システムとの類似性を強調したところで)システムそのものに「生成力」がないプロジェクトは無意味だ。アイディアをオープンにするだけでは(単発的な結果は生まれるかもしれないが)本質的なレベルで社会を動かす運動にはならない。パタン・ランゲージは言語としての特性をシステムに付与することで「生成力」を高めようという試みであるが、「モクチンレシピ」を通して明らかになったことは、この「生成力」の問題をデザインにおける論理モデルの問題として回収するのではなく、システムそのものを使うインセンティブ、使い勝手、利用コストまでを含めた「コンテクスト」そのものを「生成力」の問題として取り扱わなければならないということである。「生成力」は持続的なエネルギーの循環によって効力が発揮される。いま求められているものは、そのような持続的な生成力の発現から現われる都市や建築の新しい思考の地平なのではないだろうか。
この「生成力」に関する理論はモクチンレシピにおいていまだ実験中である。モクチンレシピは、利用されればされるほど精度が高くなり価値が向上する類の資源であるため、「生成力=利用頻度やその精度」を高めるためにウェブインターフェースの改良、サービスの充実、会員プログラムの拡充などさまざまなことに取り組んでいる。モクチンレシピの個々のアイディアを表現するフォーマット(記述形式あるいはもっと平たくインターフェースと言い換えてもいい)の変遷をみただけでも、生成力を高めるためにいかに細かな改善が繰り返されているかがわかるだろう。初期はパタン・ランゲージの記述形式をそのまま継承していたこともありIF-THEN構文にかなり近いかたちで記述されていたが、いまではだいぶ異なる形式が採用されている。

「モクチンレシピ」のインターフェース改良の変遷

アレグザンダーもある時期から「生成力」の定義を拡大しパタン・ランゲージが置かれる社会的コンテクスト(生産体制やコストマネージメントなど)を重視するようになったが、アレグザンダーの場合、それは直接的な「社会改良」を意味してしまった★13。アレグザンダーにとって現代社会が生み出したシステムはことごとく否定されるべき対象であったが、しかし私はそこまで原理的にはなれない。それよりも、既存の文脈を引き受け再編集していくような創作の方法に現代的な可能性を感じる。木賃アパートはもちろんのこと、市場の原理、不動産の仕組み、既存の都市組成などあらゆるコンテクストをシステムの生成力を高める力に転換できないだろうか。既存の都市システムあるいは社会システムに「モクチンレシピ」という独自のシステムを接続することで都市がどのように反応し変化していくのかをみてみたい。生成力は肯定する力によって生み出される。

アーキテクトはサービス業に近づいていく

このように「生成力」のあるシステムを構築するためには、持続的にサービスの質を改善していくことが可能な組織体制が必要となる。「資源」を共有するための仕組みそのものが持続的なコミュニケーションの「場」として機能するからだ。また、背後に実装されるアルゴリズムやデータベースも情報のインプットが多くなればなるほど精度が上がっていく。高度なテクノロジーとアルゴリズムを武器にした強度と柔軟性のある生成システムがこれからの時代の都市デザインの主役かもしれない。その意味で、集合知を扱った都市や建築の設計はサービス(産)業に近づいていくという仮説も立てられるだろう。少なくとも従来型の請負型の設計事務所のビジネスモデルのみでは「生成力」のあるシステムを生み出すことは構造的に難しい。アレグザンダーの環境構造センターがパタン・ランゲージというまったく新たな設計プロセス論を発明したのにもかかわらず、実際のプロジェクトの実施は請負型のモデルとあまり変わらなかったというのはじつに皮肉なことだ★14

都市のマルチエージェントシステム

アレグザンダーのなにが私たちを惹きつけるのか。それはあらゆる「計画」に対する企図が挫折に終わることが明らかな時代に、それでも建築や都市を生み出すシステムを自らの力で生み出そうとする「建築への意志」★15にある。それは主観的なクリエイションの殻の中に閉じこもるような開きなおりの精神でもなく、個人のクリエイティビティの力を放棄して闇雲に他者を巻き込むボトムアップへの回帰でもない、アーキテクトの存在意義を根本的に変えようとするラディカルな知性のあり方だ。
持続可能な建築や都市を実現したい。そのために、既存のあらゆる文脈を引き受けつつ、場の変化を誘導していく状況を構築できないか。あらゆる人、モノ、コトが環境の構成に参加し相互刺激しあうような都市のマルチエージェントシステムが求められている★16。その循環のなかに埋没することは容易であるが、少しでもアーキテクトというメタレベルの職能の可能性を信じるのであれば、なんらかの仕組みをつくるべきではないだろうか。計画概念は半世紀も前にすでに破綻していることが証明された。また、生の身体や直接的なコミュニケーションの連鎖だけでは社会は大して変わらないということも明らかになってしまった。
仕組みが必要だ、生成力のあるサステイナブルな仕組みが必要だ。

★1──クリストファー・アレグザンダー『形に合成に関するノート』(鹿島出版会、1978)のこと。
★2──スティーブン・グラボー『クリストファー・アレグザンダー──建築の新しいパラダイムを求めて』(工作舎、1989)参照。
★3──クリストファー・アレグザンダー『パタン・ランゲージ──環境設計の手引』(鹿島出版会、1984)のこと。
★4──江渡浩一郎『パターン、Wiki、XP──時を越えた創造の原則』(技術評論社、2009)で詳しくパタン・ランゲージとwikiの関係について整理されている。本論が説明するような1960年代後半の移行期に関する言及はとくにないが、コンピュータ・ソフトウェアやプログラミングの領域はそもそも分野が違うので、wikiの開発者ウォード・カニンガムは、ある種直感的に「コンテンツ=建築」の部分を抜き取り、システムの部分を形式的に採用できたと考えられる。
★5──『パタン・ランゲージ』の出版後まもなくまとめられた1981年の日本建築学会設計方法小委員会による「設計方法IV 設計方法論」ではパタン・ランゲージを初期状態から理論として完成していくまでを段階的に解説しており、1975年の磯崎新による「建築の解体」でもマルチサービスセンターのプロジェクトを紹介しつつシステムとしてパタン・ランゲージの特徴がよく説明されている。リアルタイムで生産されたテキストはパタン・ランゲージのシステムとしての側面が着目されていたことがよくわかる。しかし、たとえば『まちづくりの新しい理論』の翻訳書のために1989年に書かれた難波和彦氏のまえがきでは、テクノロジーに関する批評や「パタン・ランゲージ以前」というくくり方などからも伺えるようにシステムとコンテンツを混同して議論を組み立てている部分をいくつか指摘することができる(内容そのものには強く共感するが)。さらに、同氏による2007年のテキスト『クリストファー・アレグザンダー再考』では「ノート」から「パタン・ランゲージ」への説明が単純化されており、パタン・ランゲージの内容を『時を越えた建設への道』『パタン・ランゲージ』『オレゴン大学の実験』の三部作で書かれたものとして紹介するなど、パタン・ランゲージの印象を大きく限定してしまう解説・批評を展開している。また、中谷礼仁氏による『セヴェラルネス』に収められているテキストではパタン・ランゲージを1977年に出版されたものと完全に同一視しており、コンテンツとシステムの区別はまったく行なわれていない。これらは著者の問題というよりも、前述した未翻訳・絶版本の存在が議論されたなくなったことや単純な時間的経過によるところが大きいと思われる。アレグザンダー本人ですらこの区別は明確にしていないため、比較的新しい時代の言説がすべてを代表してしまっているように受容されているのだろう。
★6──日本語版の『まちづくりの新しい理論』(鹿島出版会、1989)に収められている難波和彦氏による「アンビバレントなオマージュ」というテキストのなかで、自然言語によってパタン・ランゲージがどのような特性を得たのか明瞭な説明がなされている。
★7──モクチンレシピ URL=http://mokuchin-recipe.jp/
★8──特定非営利活動法人モクチン企画 URL=http://www.mokuchin.jp/
★9──「10+1 website」2014年6月号(特集=「シェア」の思想/または愛と制度と空間の関係)の「建築デザインの資源化にむけて──共有可能性の網目のなかに建築を消去する」参照 URL=https://www.10plus1.jp/monthly/2014/06/issue-4.php
★10──A/Bテストとは、ウェブページのインターフェースを最適化するための手法のひとつであり、バナーやコンテンツなど2通りのものを用意しておきランダムにユーザー側に表示しそのアクセス数の結果をみることによって、より効果の高い方を採用しウェブページの機能を最適化していくというものである。
★11──1960年以降、設計システム論が建築の分野だけでなくエンジニアリングの領域まで含めて幅広く展開した。そのなかで部分的な工程やアイディアが最終的に一体的なものとしてどのように「統合」されるのか論理的に解明することが重要な研究課題であった。いまでもコンピュータアルゴリズミックなどを用いたデザイン理論のなかでは中心的な課題のひとつである。
★12──1967年のアスペンデザイン会議でのパネル展示「システムを生成するシステム」では、システム論的な研究成果が示され、文章などの複雑な構造を持つアウトプットを生み出すためには、ものを生み出す生成力のあるシステムを部分と全体の関係性において作り出さなければいけないというメッセージが提示された。「ノート」がものごとを分析するシステムであったのに対してこの時期からものごとを生み出すシステムに興味の対象が移る。
★13──2012年に出版された盈進学園東野高校のプロジェクトをまとめた書籍のタイトルもずばりThe Battle for the Life and Beauty of the Earth?: A Struggle Between Two World-Systemsである。
★14──メキシカリの住宅建設のプロジェクトで、アーキテクト・ビルダーといった新たな職能を提案しているが、これも工務店と建築家を重ねあわせたようなもので、本質的には請負型の事業モデルとかわらない。
★15──柄谷行人『隠喩としての建築』(講談社、1989)参照。近代における計画者、建築家、作家などあらゆる創作者が逃れることのできない形式化への欲求と思考の構造が指摘されている。
★16──このような問題意識を『新建築』2014年8月号の「再び都市と向き合うための建築的実践──ネットワーキングアーバニズム試論」でまとめたので興味があれば参考にしていただきたい。


むらじ・ゆうたろう
1987年生まれ。建築家。現在、特定非営利活動法人モクチン企画代表理事、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程在籍。


201503

特集 再考・集団設計の思想
──集合的クリエイションの実践とその源流


パタン・ランゲージの今日的意義──新たなコラボレーションのかたち
インサイド/アウトサイド──レファレンスから《Dragon Court Village》へ
生成力を設計せよ──1968年のC・アレグザンダーへ
サステイナブルな芸術の共同体──山口文象ノンポリ説からみたRIAの原点
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