エレメントとエデュケーション──型と道からなる日本の建築デザイン:《Mozilla Factory Space》

太刀川英輔(NOSIGNER)

日本民家という厳格なエレメント

僕はいま小さな古民家の平屋に住んでいる。横浜のはずれに建つ築90年の家だ。 そんなに広い家ではないが、古いなりの雰囲気もあってそこそこ気に入っているので「草荘(SOSO=そこそこ)」と名づけた。玄関は2畳の土間。その横に4畳半の畳の附室があり、8畳の居間、6畳の寝室、キッチンは4畳、その周りを縁側が周り......と、きわめて一般的な日本家屋の体をなしている。こうして私たちが日本の古建築の説明をするとき、つねに畳という極めて厳格なエレメント、つまり型(かた)を基準に話をすることになる。すべての建築が同じルールでできていた。これはよく考えると、ものすごいことなのではないか。ここでは日本建築の基礎となってきた型とその思想についての話をしたい。

さて実際に日本家屋に住むと、床のみならずあらゆるものが畳を基準に設計されていることに気づく。縁側の板間の幅やトイレ、キッチンに至るまで建築のすべての平面図、そしてふすまや障子、窓などの立面図の大半を含めて、910×1820mmのモジュールを基準として徹底的に統一したモジュールで構成されている。古建築の場合、このモジュールと組立方法は、たとえ建物が違っても日本建築でつねに共通であり、仕口や部品の大工仕事などの建設技術は汎用性のあるルールとして、世代を超えて脈々と受け継がれてきた。つまり、ただ型があるわけではなく、世代の継承がなければ絶対に不可能な、壮大な建築計画があまねく日本の建築に宿っていたわけである。

考えてみれば、われわれの祖先が建設技術の知の継承に掛けてきた情熱は生半可なものではない。日本の宗廟とされる伊勢神宮では、構法の継承を式年遷宮として儀式化し、20年に一度建物を新築しながら技術継承するプロセス自体を、神への祈りの一部として祀っている。つまり、建築構法を継承することを祀っているのだ。そこまでに、建築の型と継承に重きを置いてきた民族なのである。大工の養成は、棟梁に入門し、暖簾分けするというかたちをとっている。それによって、教育システムが途絶えず適切に就労システムが受け継がれている。このように、世代の継承のためのラーニングプログラム、すなわち道(みち)をつくることで、日本の型を残してきたのである。このおかげで日本の民家は、ある程度熟達した職人であれば移築・解体・再利用ができる、住むレゴブロック的な柔軟性を持っている。現代でも盛んに古民家の移築や改修が行なわれているのは、まさに先人の知恵の賜だ。型と道。つまり、方法と教育。空手・茶道・料理と枚挙にいとまがないが、日本のあらゆる芸事において、型と道は対のものなのである。

型と道が育んできた、柔軟性に富んだ日本の建築構法のあり方は、災害が多く森の自然に恵まれたこの国に適したものだった。実際に、わずか100年ほど前までは街を構成する「ほぼすべての」建築が同じデザインコンセプトで統一されていたのだから、日本建築の徹底には驚くものがある。当時の日本の街の写真を見ると、エレメントの繰り返しが奏でる街の全体の調和はじつに美しく、首尾一貫した道の追求の結果を見て取れる。それに比べるといまの日本の街は、部分最適を追いつづけることで、型を失い、道を失って、全体の調和をなくしてしまっている。


《Mozilla Factory Space》©NOSIGNER

型と道が導く未来の建築

これを読んでいるあなたはきっと、ここまで書いたことは重々承知かもしれない。それでも僕はこの話を続けたい。なぜなら、このように日本古来の建築が当たり前に行なっていた「型を共通化して」「構法を教育・継承して」「デザインを共有して」「再利用や転用を許容する」という建築の姿は、未来の建築のあり方そのものだからである。

日本建築から学べることの逆説として、現代の建築はたった100年のあいだに「型を持たずバラバラで」「デザインは知財で守り」「教育する代わりに簡便な新建材を作り」「他者による再利用や転用は徹底的に糾弾する」というまったく違う方針に変化してしまった。建築の変化ばかりを嘆くのはフェアではないだろう。建築のみならず、あらゆる分野のデザインがこの100年で同じように変質してしまったのだから。その最大の理由は、大量生産と大量消費を前提とした資本主義社会のルールが、全体の最適化ではなく個の利益を最大化することだったためである。そしてメディアは発行部数のため、表層的なスペクタクルとして写真映えする事象ばかりを評価してきたのだから、かたなしと言われる再生産性や必然性のないものに評価が集まってしまったのも無理はない。

型と道を再考すること。これは21世紀のデザインにとって切迫したテーマであり、またいま盛んにデザインの世界で語られ始めている「オープンソースデザイン(モジュール公開型のデザイン開発)=型」と「デザイン思考(デザイン教育をはじめとしたクリエイティブ思考法)=道」という2つのコンセプトに直接的に繋がっている。この2つを対として働かせられれば、技術の継承から型を学び、技術を高めて次の型を生み出し、また技術を継承するという文化の循環が生まれ、かつての日本建築のように、設計が文化として拡散する未来が見えるかもしれない。

オープンソースな空間設計

ここで例に上げたオープンソースについて、もう少し補足しよう。オープンソースとは、ソースコード(プログラムの設計図)を公開・共有して、世界のプログラミングの発展のために活かす思想のことで、プログラミングの世界では当たり前に見られる概念である。またオープンソースのコミュニティは、積極的に参加者を募るための教育コミュニティの整備を通して発展した。こうしてみると、ここでも型(オープンソースな方法論)と道(エデュケーション)は対で働いているのだ。

Mozilla Japanのオフィス《Mozilla Factory Space》(2014)の設計において考えたことは、型と道の追求だった。インターネットのブラウザFirefoxを開発するMozillaは、世界最大級のオープンソースコミュニティである。彼らのコンセプトをそのままに作ると、設計も当然のごとく、オープンソースであるべきだという答えに行き着く。つまり、かつての日本建築がそうだったように、空間や家具の設計図を無償で公開して勝手にコピーしてもらうという小さな実験をしたのである。

できる限りコピーしてもらいやすいように、設計そのものはあえて身近な素材で作ることができるような簡便なものとし、それらの組立方法を丁寧な教本として作り上げ、これをインターネット上から誰でもダウンロードできるようにした(http://nosigner.com/data/Opensourcefurniture.zip)。またMozilla Moduleという簡便なモジュールを開発し、このモジュールを机や棚や照明に応用することで、さまざまなデザインが自作できるように工夫した。シンプルな構成ではあるが、ここで言う設計図やモジュールが「型」であり、教本が「道」である。かくしてこの空間は「型」と「道」を兼ね備えた設計として世の中に現われた。

MOZAILA FACTORY OPEN SOURCE FURNITURE ©NOSIGNER

エレメントから全体へのクリティカルパス

誰でもコピーしてよいデザインとして公開された《Mozilla Factory Space》の反響は思いのほか大きかった。国際的なITメディアやデザインメディアを通して、瞬く間にこの設計のコピーが世界各地に広がっていった。国内でも磯崎新設計の山口情報芸術センター(YCAM)が新設したワークショップルームの内装として採用されたり、フランスや日本の家具メーカー数社がコピーした家具を販売したり、アメリカのシリコンバレーなど世界各国のオフィスにコピーが増殖している。日本の建築思想にあった「型」と「道」のコンセプトを再生産する試みは、近年の建築設計には見られなかった拡散と動員を生んでいる。

小さなエレメントの哲学が全体の哲学を構成する。そういう純粋さがかつての日本建築にはあった。美しいコンセプトはフラクタルのように、細部から全体まで首尾一貫した思想が貫かれるものだ。スケールを超えたコンセプトの統合は、エレメントの設計と全体構想を接続する。その接続作業は、全体を構想しながらエレメントを設計する人だけが味わえる、甘美なクリティカルパスである。

歴史を見ると建築家は、空間を設計し、システムを発明し、家具を作り、グラフィックを描き、教育プログラムをつくり、人を陽動し、自身でメディアを作って拡散するような統合知を体現していた。日本古来の建築には、そのなかでも燦然と輝くような圧倒的な全体構想力があった。近年デザインの界隈では専門分化が進み、それぞれの分野で全体的な構想力が失われてしまったため、職能の統合や領域の横断の重要性が唱えられて久しい。 インターネットがあまねく普及し、あらゆるクリエイティブの学びに同時に触れられるようになった2015年の現在こそは、かつての建築家のような、細部から調和を見出し続ける全体構想の建築家像を取り戻す好期ではないだろうか。そうして建築が新しい「道」になるとき、改めて建築の細部や構法の新しい「型」が問われることになるだろう。


《Mozilla Factory Space》 フロアプラン(クリックで拡大) ©NOSIGNER




《Mozilla Factory Space》クレジット
ART DIRECTION: EISUKE TACHIKAWA (NOSIGNER)
SPACE DESIGN: EISUKE TACHIKAWA, KUNIHIKO SATO (NOSIGNER)
GRAPHIC DESIGN: TOSHIYUKI NAKAIE (NOSIGNER)
CLIENT: MOZILLA JAPAN
PHOTO:HATTA
YEAR: 2013



太刀川英輔(NOSIGNER)
NOSIGNER株式会社代表取締役。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。複数の技術を相乗的に使った総合的なデザイン戦略を手がけるデザインストラテジスト。Design for Asia Award大賞、IFデザイン賞、PENTAWARDS PLATINUM、SDA 最優秀賞など受賞。http://nosigner.com/ja/


201502

特集 空間からエレメントへ──ニュー・マテリアリズムの現在


反-空間としてのエレメント
エレメントと時間:《調布の家》
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建築におけるアクター・ネットワークとはなにか:《高岡のゲストハウス》
新しい哲学と「オブジェクトa」
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