新国立競技場の議論から東京を考える

槇文彦(建築家・槇総合計画事務所代表)
内藤廣(建築家・内藤廣建築設計事務所代表、東京大学名誉教授)
青井哲人(建築史家・明治大学准教授)
浅子佳英(建築家・インテリアデザイナー)

コメンテーター:五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)
モデレーター:松田達(建築家・東京大学助教)
左から、松田達氏、槇文彦氏、青井哲人氏、浅子佳英氏、内藤廣氏、五十嵐太郎氏

問題点の抽出──設計体制/景観/コスト/意思決定プロセス/時間

松田──建築文化週間2014 建築夜楽校「東京オリンピック2020から東京を考える」、今日は第1夜「新国立競技場の議論から東京を考える」です。多くの人に知っていただくために、Ustream中継しており、この中庭ではパブリックビューイングも行なわれています。また、Twitterでは「#yagakko2014」を公式ハッシュタグとしています。
新国立競技場は、国際デザイン・コンクールが2012年に開催され、ザハ・ハディド案が最優秀賞に選ばれ、多額の費用についてや、巨大過ぎるなどの議論が起きました。2014年7月に解体工事が始まるはずでしたが、入札不調や談合疑惑もあり、現段階でスタートされていたはずの解体工事は、依然としてはじまっていません。まだ現実的な方向性も揺れがある段階という意味で、今日のシンポジウムは重要なポイントでなされていると言えます。
今日は、コンペの審査員であった内藤廣先生、それから問題点を指摘されている槇文彦先生をお迎えしています。槇先生が異議申立てを行なったのは2013年10月11日で、奇しくも昨年の建築夜楽校の第2夜と同日でした。また歴史的には50年前の10月1日は、東京オリンピック9日前、東海道新幹線が開通した日でもありました。直前にさまざまなものが完成したのです。ひるがえって言えば、われわれは物事が進行しているさなかにおり、そこで何を考えられるかということです。なお、今日は都民の日でもありますが、市民参加のあり方についても考えたいと思っています。
建築博物館ギャラリーで同名の展覧会も行なっています。槇先生の対案や、伊東豊雄先生の応募案と改修案、また田根剛さんの応募案、それからJSC(JAPAN SPORT COUNCIL、日本スポーツ振興センター)から提供頂いているザハ・ハディド案と周辺模型を展示しており、議論の舞台が整ったと思います。
加えて、展示の内容などをベースにした冊子もつくりました。この中では、各登壇者に原稿を寄せていただいていますのでご参考にしてください。また、お手元にA4両面の資料がありますが、これは新国立競技場に関する2〜3年の出来事を読み込んで、私の方でまとめたものです。最初の1ページが抽出した論点で、それ以降の7ページは関連するさまざまな言説の要点になっています。今日は短い時間ですので、これらを参考に、既になされた議論はできるだけ避け、新たな議論の展開を行ないたいと思います。
論点は〈建築の問題〉と〈市民社会の問題〉の大きくふたつに分けています。建築としては、1.作者の問題、2.プログラムの問題、3.費用の問題、市民社会としては、4.都市計画の問題、5.コミュニケーションの問題、6.政治的な問題の6つです。
具体的に見てみます。1.作者の問題についてですが、著名な国際賞受賞者だけしかコンペに参加できなかったのか、というとそうではありません。事実、田根剛さんらは30代と若いですが、スタジアム設計経験のある事務所と組んで提出しています。また、なぜコンペでは実施設計者が選ばれなかったのか。これは日本では過去から続く問題です。後で青井先生からお話いただけると思います。そして、作品批評の不在です。建築デザインそのものの議論が少ないです。たとえば、森まゆみさんは建築家から作品批評の話をしてもらったほうが市民は理解しやすいと指摘されています。
2.プログラムの問題についてです。開閉式屋根については、C種幕の技術的な問題が、8万人規模の問題については、IAAF(国際陸連)やFIFAなど各競技団体からの要求を変えられるかどうか、というポイントがあります。スポーツ界と建築界の距離も問題のひとつです。またプログラムでは、最近のスタジアムは複合型ではなく専門スタジアムが主流になってきていますが、都心で複合型にすべきか専門型にすべきかは、議論のポイントです。
3.費用の問題についてです。3億円とも13億円とも言われる監修費は、国会でも有田芳生さんが質問されていました。建設費は、1,300億円が3,000億円になり、それが1,600億円台に下がってきています。建築界の見積もりの大きな変動は、一般的には知られていないと思います。また維持費も、建設費だけではく、LCC(ライフサイクルコスト)を含めた議論ができていません。50年で初期投資の4倍、100年で7〜8倍とも言われています。
4.都市計画の問題ですが、都の都市計画審議会で20mの高さを75mにする変更がされていますが、ほとんど議論がされていませんでした。新宿区都市計画審議会の意見は、都の都市計画審議会にほぼ届いていません。都は2013年1月21日から2月4日まで公告・縦覧を行なっていますが、意見を述べた人は誰もいません。また、東京都再開発等促進区運用基準の問題があり、私はこれが一番の根本だと思っています。高さは運用基準にしたがって決められており、コンペ時の要項もそれに則っています。都市計画決定から基本設計・実施設計という流れはルール通りだという言い方もできますが、本当にこれでよかったのでしょうか。歴史と景観の問題は、五十嵐先生らから後ほどお話あるかと思います。
5.コミュニケーションの問題です。合意形成の方法として、スイスのような市民投票の仕組みが日本にないことが問題です。審査委員会の問題は、審査委員は審査講評以外にどこまで対応するべきなのかということです。また、今回は賛成の意見があまり聞こえてきませんし、個人への中傷的発言もありました。今日は異なる立場の人が意見を言える場にしたいと思います。
6.政治的な問題です。オリンピックへの賛否の問題は、新国立競技場に反対するなら、オリンピックには何故反対しないのかということです。有識者会議については、最初の会議時に建築、文化、スポーツというワーキンググループに分かれ、コンサート利用や開閉屋根が前提となりましたが、こういった問題をどこまで遡ればいいのかということです。最後に未来の選択の問題です。日本は人口減少、高齢化社会に向かっています。その時に選ぶ道として、人口減少に対応したものだけであるのか、そうではない未来はあるのか。また、若い世代からの意見が少ないですが、未来を担う若者こそ議論に参加することが、大事だと思います。
ここからシンポジウムに入っていきますが、登壇者とコメンテーターの先生方をご紹介します。建築家の槇文彦先生です。プリツカー賞を受賞し、今回の新国立競技場に異議を唱えられています。建築家で東京大学名誉教授の内藤廣先生です。今回のデザインコンクールの審査員を務められています。それから建築史家で明治大学准教授の青井哲人先生です。『10+1』Webサイトや、ご自身のブログ等で特にコンペ史の観点から発言されています。インテリアデザイナーで建築家でもある浅子佳英先生です。浅子先生は、以前から他の方と違った立場から発言されています。それから建築批評家で東北大学大学院教授の五十嵐太郎先生です。この問題について既にさまざまなメディアで発言されています。
まず青井哲人さんからプレゼンテーションをお願いします。

青井哲人


青井哲人氏

青井──私の報告のタイトルは「いま議論すべきは『何を議論すべきか』である」としました。これについて、私なりの考えを示したいと思います。先ほどご紹介いただいたように、昨年コンペ史という観点から歴史的な位置づけと見解を求められる機会があって(10+1 website 2013年12月号特集「東京オリンピックからの問い:2020年の都市計画は可能か」)、その後も多少発言をしてきましたが、今日はもう少し包括的に話をしたいと思います。
新国立をめぐる議論を通覧してみると、ウェブマガジンも含めて雑誌等で活字になっている文章については、事実関係を踏まえずに感情的な反応や政治的な立場だけを露骨に示すといった、極端なものは思ったより少ない。けれども、反対派の党派性がくっきりしているのが特徴的です。他方でSNS上の議論は相当に混乱している。なにせ膨大な情報と膨大な議論が行なわれており、全貌をつかむのがほとんど不可能な状態になっています。そこでまず重要になるのは、この事業がどう進められているのか、主に意思決定がどのような場で行なわれてきたのか、という当然押さえるべき諸関係を整理しておくことだと思います。
まず、今回の新国立競技場の建設プロジェクトの施主はJSCです。単純にいえば、JSCの保有・管理する資産をJSCが更新する事業ですが、もちろん競技場は国立ですし、プロジェクトには国費が投入されます。設計者としてJSCと契約しているのは日建設計を中心とする組織設計のJVですが、JSCはザハ・ハディドの事務所ともデザイン監修業務の契約をしている。ザハ事務所はこれまでも日建らの設計を監修しており、今後も監修する。今回の一連の騒動を、ザハ・ハディドの案をめぐる議論だと捉える人が今も意外に多いように思いますが、「コンクール」という名前ではあるもののコンペが行なわれており、ザハが自身の考えに従って応募案を提出するのは当然であり、それを選んだのは審査委員会なのですから、ザハ・ハディドを攻撃するのは明らかに筋違いです。
では、コンペの審査委員会が悪いのかといえば、審査委員会は規程に沿って審査結果を出したまでだといわれればそのとおりです。審査報告が遅きに失したことなど問題はあるけれども、審査委員会は彼らの合議によって施主が求めるものを選ぶ判断をした。では彼らの判断の基準となるコンペ要項はといえば、それは「国立競技場の将来構想に関する有識者会議」というところでつくられており、メンバー構成に偏りがあったとか一部議事録が公開されていないことなど指摘できるけれども、いちおう委員会制をとっている。そして、そこでの意思決定、つまり現競技場を取り壊し、「8万人+常設+屋根付き」で建て替えるといった舵取りの背後には、大きな政治意思がある。2011年2月、ラグビーのワールドカップ開催に向けて施設を整備しようという超党派の議員連盟の決議があり、その年の12月にオリンピック招致に向けて施設整備を含む全面的支援を進める旨の衆参両院の決議があった。反対は共産党と社民党だけ。こうした政治意思の背後にも複雑なしがらみがあるでしょう。
いずれにせよ、こうした集合的意思が固められていく過程で、多くの建築関係者はそれが具体的にどんな建物や環境を目指すものであるか、また結果的にもたらすものであるか、検証するどころかほとんど気にも留めなかった。なお、「8万人+常設+屋根付き」というのは、オリンピックやラグビーワールドカップの施設基準ではなく、FIFAワールドカップの開幕・決勝戦のスタジアム基準(現行)を満たそうとするもので、要するに国際的スポーツイベントが要求するスペックのうち最大級の水準を国立競技場が備えようとする意思です。
さて、こうしてみると、当然ながらJSCの資産更新をめぐる諸条件は大きな政治意思として固められ、有識者会議以降のすべての機関は、簡単にいえばこの政治意思を実現していくためにつくられ、動いてきた(いる)といえます。
なぜこんなことを最初に確認したかというと、ここは建築学会の場ですから、建築が担うべき責任、問われるべき問題は何かということを見極めて話をすべきだと思うからです。無用な拡散は避けるべきです。誤解を招くかもしれませんが、私は建築関係者に責任はない、ということを主張したいわけではありません。むしろ、常に建築の責任は限定的であることを引き受けたうえで、何をなすべきか考えなければならないと言いたいのです。建築はすべてを変えられるわけではないが、具現化に向かう過程での意思決定の多くに触れることはできる。そのなかで建築に何ができた可能性があるのか、また今後何をなしうるのかを考えること。また、コンペから設計に至る過程を外側から見てきたわれわれは、どういう射程を意識してどういう発言をすることが可能だったのか、あるいはこれから可能なのかを考えること。こうした点を曖昧にして、設計者の意思次第で何でも変えられるかのように考えるのは幻想ですし、結局は建築に閉じた話になる。現在の、党派的に分裂した言論状況はどこかでその種の幻想を助長するかたちで進んでいるように見えます。誰もが当事者であると考えれば、できることの限定性を踏まえざるをえず、そのことを共有した議論の土台ができるはずですが、そうなっていない。もちろん、党派性を先鋭化させることが必要な場合もあるでしょう。でも、今回の議論についていえば、党派的な分裂によって何か社会にとって望ましい成果を獲得できるとはとても思えません。
話を戻します。私たち市民は、公共財をめぐるさまざまな場や段階での意思決定を、それぞれを担う当該の機関に付託していると考える必要があります。新国立の場合でいえば、政府、議会、有識者会議、コンペの審査委員会、設計者、デザイン監修者、施主であるJSCなどに委ねている。そうしたかたちをとらざるをえないのは、当然のことですが、決して一枚岩でない市民とか国民の意思をある仕組みで代表させざるをえないこと、そして、高度な建物の実現には専門性を媒介させざるをえないこと、といった理由がある。
ここで、都市計画への付託、という点を思い出したい。都市計画は、個別の建築プロジェクトを動かす意思に対して、それとは独立した論理に基づく枠組みとして緊張関係を持つのが普通です。ところが実際には、都市計画は今度のプロジェクトをきわめてスムーズに後押ししている。正確には、外苑地区の都市計画はコンペ後に審議会で変更されており、この変更がなければ、コンペ要項が想定する施設はできなかった。しかしこれとて、都市計画に適合しない要項で「デザイン」を募ること、それによって「デザイン監修者」を選ぶことに、法的な問題があるわけではないし、松田さんも指摘されたように、都市計画の変更について市民は意見を述べる機会があったにもかかわらずすんなり変更を許した。こうした事実を受け止めたうえで発言すべきです。
以上のようなことを考えると、都市計画は重要だけれども、都市計画の制度や審議会に現状では大きな期待はできないですし、外苑地区を国際的スポーツイベントが招致可能なハイスペックな複合地区にすることがよいのか悪いのかということについても私たちはちゃんと議論していない。結局は、松田さんのメモにある未来の選択の問題、つまりどういう東京を目指すか、そのなかでどういう公共財をつくっていくのか、ということですね。景観、歴史性、維持コスト、といったどんな論点でも、その理解や評価は、どんな未来を選ぶかによって左にも右にも簡単に振れてしまう。東京は、現在は開発主義的な路線を打ち出していますし、その中で新国立競技場も位置づけられている。それはひとつの方向ですが、仮にそれに「否」を打ち出すのならその場合の都市像が描かれなければならない。
もうひとつ、ここで議論すべきは、建築家の職能論にかかわることです。これがほとんど議論されていないという印象がある。今回は、「デザイン監修者+設計者」という体制がとられています。監修者はアイコンを提供し、その具現化をチェックする役割を担いますが、法的には設計者としての責任はないはずです。建築基準法には監修という業務は定められていません。一方で、法的な設計者である日建設計らは具現化の過程は担っているが元来のアイデアは自分たちのものではないし、監修者からのチェックを受ける立場にある。この「デザイン監修者+設計者」という体制は、世界中の大都市のマンション建設や、民間デベの巨大開発などで増えてきたもので、それほど珍しくなくなってきました。しかし、それを公共財の設計体制に使ってよいのか。この点は議論しておくべきだと思います。
さきほどの政治意志の形成にはじまるプロセスの全体像を想像すると、要するにこの種の超大型の建築プロジェクトというのは意思決定が重層的かつ分散的なのだけれども、おそらく設計過程でも膨大かつ複雑な調整や変更が繰り返されているでしょう。今回の体制では、そうしたプロセスについて責任を集約する主体がはっきりしないまま、それでも全体としては業務が進んでゆく、というようなことになっているのではないか。結局、極度に政治的なプロジェクトであることは当然のこととして、しかしそのなかで建築はその独自の論理をこのように組み立てたのだ、というようなことがいえない。現在の私たちにも後世の人にもそれが見えない、ということになるのではないか。
1950〜60年代であれば、このような設計体制を前提としたコンペが行なわれれば、その募集が公表された時点で建築家は大声を上げて反対し、キャンペーンを張ったはずです。しかし、今回は槇文彦さんが声を上げるまでは何も起こらなかった。あらためて、建築家とは何かという問題なのです。
都市像も、建築家像も、なんとなく当事者意識の及ばないところに放り出されている感じがします。いずれも歴史的な問題です。今日は、目の前のプロジェクトを止めるかどうかというではなく、長いスパンを意識した議論をすべきです。

浅子佳英


浅子佳英氏

浅子──初めまして、浅子です。建築家の方々は反対の立場の人が多いのですが、僕は違う立場です。今日は現実の話と未来の話をしたいと思っています。そして最後にどうにかこのふたつを結びつける形で終われればと思います。 槇さんの文章「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」(『JIA MAGAZINE』、295 AUGUST 2013)を初めて読んだ時は、非常に意義があると思いましたし、確かにわれわれにさまざまな問題を気付かせてくれました。ただ、その後、建築家がコンペで選んだはずの建築を反対し続けるというのはどういうことなのでしょうか。これでは未来にコンペが行なわれにくくなる。コンペで選んだ建築家に同業者が反対運動するということはとても問題がある行為だと思います。
また、景観を理由に反対することにも反対です。新国立競技場がつくられるであろう敷地は、北側には新宿御苑があり、南側には話題になっている絵画館があって確かに都内でも有数の緑に囲まれた場所ではあります。ただ、俯瞰ではわかりませんが、実際に現地へ行くと、国立競技場の北には首都高速とJR中央線の巨大な高架があるため、南北は完全に分断されています。これは、1964年のオリンピックの直前につくられた「フォト」という冊子です。ちょうど現国立競技場が完成間近の写真がありますが、そもそも現国立競技場自体が絵画館に対して非常に暴力的なボリュームで建っている。なので、オリンピックに合わせて暴力的な国立競技場がつくられたにもかかわらず、景観の観点から反対するのはおかしいと言わざるを得ません。
また、当時道路も整備されましたが、この写真のように木造住宅の集落を壊してつくっています。守らなければいけない景観として、外苑西通りからの眺めについても言われていますが、外苑西通りもオリンピックの時につくられたものです。元々のグリッド状の敷地割に無理矢理に道路を通したため、外苑西通りの周囲には三角形の土地が沢山できています。ですから、元々暴力的な外苑西通りの景観を守れというのにも違和感があります。
さらに、「東京体育館」も千駄ヶ谷駅と外苑西通りには大きな高低差があるために、外苑西通り側、つまり今回景観を守らなければいけないと主張されている側には完全に背を向けたかたちで建っている。非常に狭い敷地に配された体育館とプールなので、やむを得ませんが、背を向けていることは確かです。付け加えると、雑誌に発表された東京体育館のプレゼンテーションは、都市の中に異物を挿入するという形になっており、ある意味で今回のザハ・ハディド氏と変わりません。
そういうこともあり、コンペで選ばれた案を建築家が否定するということにも、景観を理由に否定することにも反対なのですが、とは言え、ザハ・ハディド氏の案をそのまま建てらればいいという訳でもありません。鳥の巣として有名なヘルツォーク&ド・ムーロンによる「北京国家体育場」は8万人収容、実際には9万1千人が入り、建設費は464億円でした。また、最近できた「シンガポール・ナショナルスタジアム」は5万5千人収容で、1,090億円です。なぜ規模が小さく、スター建築家を使っている訳でもないにも関わらず倍以上の値段になっているのか。このふたつのスタジアムの大きな違いは、周辺施設と開閉式屋根があるかどうかです。要するに開閉式屋根によって負担が大きくなっている。新国立競技場は当初の1,300億円の予算から1,700億円になろうとしています。現在は3.11があり、震災の復興は終わっておらず、原発も収束していない状況です。1,700億円のうち、人件費はその大半であり、復興のための人材も新国立競技場の建設のために割かれることになるでしょう。3.11から数年しか経っていない中で本当にこれが必要なのか、オリンピックには必要のない開閉式屋根がいるのか。
そういう訳で、選ばれたザハ・ハディド案は建てなければならないと思いますが、1,700億円はさすがに厳しいので、僕はスタジアムをふたつ建てるという提案をしたいと思います。かつて、日韓サッカーワールドカップの時に荒木信雄さんという建築家が、穴を掘っただけのクレーターのようなスタジアムを提案しました。穴の側面の斜面がスタンド、底の部分が競技する場所で、屋根も椅子もありません。確かにオリンピックの基準では屋根も椅子もなくては要項は満たせませんし、快適とは言えませんが、3.11の後にわれわれは世界へオリンピックスタジアムを発表するわけです。屋根や椅子がないならカッパやシートを持って観に行けばいい。もちろんIOCなどは反対するでしょうが、震災のすぐ後ですから、海外には納得してくれる人も多いのではないかと思っています。
まとめると、神宮外苑には規模を縮小したクローズドなコンサートホールおよびイベントホールをつくり、それに加えて、湾岸地域の地盤が固まっていないところにクレーターをみんなで掘って安価なスタジアムをつくれば良いのではないかという提案です。
松田──続いて槇先生お願いします。

槇文彦


槇文彦氏

──今日はJSCが発表した新国立競技場の何が問題かということに限定してお話したいと思います。私と一緒に問題を考えてきてくれたチームで、これまで起きてきた問題を整理しました。
ご承知のように、2013年9月に2020年のオリンピックが決定されましたが、その前の2012年11月にザハ・ハディドが国際デザイン・コンクールで最優秀賞に選ばれました。その後、3,000億円という試算がありましたが、日本チームと協力し、5月には1,625億円になりました。ザハ・ハディドだけでは具体的なコストのことはできないだろうということで、一緒にやったのだと思います。しかし、あくまで子どもの母親はザハ・ハディドで、日本チームはそのあとの養父だと言えると思います。つまり一緒に子どもをつくっていません。もうひとつ問題になのは、今年の8月から大手ゼネコン7社が問題を考えてくれないかと諮問を受けていて、10月10日にそのプロポーザルが出てきます。おかしいのは、ザハ・ハディドと日本チームの他に、ゼネコンの設計施工チームが入ってくるかもしれないということです。これはもはや誰の作品かわかりません。そこで技術的なさまざまな問題に対して適切な答えが得られなかったときはどうするのかという話になります。結局、基本設計チームには責任がありません。提案がうまくいかなかったときにはその提案者に責任が掛かってきて、設計チームには責任がないという仕組みを誰かが考えたのかもしれません。これは非常に大きな問題です。
現在の進行を見ると、監修者だけを定めたことによるツケが日本チームに来て、今それがお手上げになり、さらに問題をゼネコンチームに回そうとしています。基本設計チームが責任を持たなければいけないはずです。そうでなければ、大手7社からまた設計者を選び、デザインビルドという方式でやればいいのです。設計および施工の人たちにいい考えを出してくれませんかと聞くという、前代未聞のやり方で進行しています。
たとえばきれいで繊細なワイヤーによる屋根の開閉システムがコンペの時に提案されていましたが、実際はそれでは不可能なのです。ゼネコンに対して良い考えがありませんか、と聞くことになった大きな原因は可動式の屋根です。これはわれわれのチームでも考えてみましたが、なかなか解けません。今、これをどうやったらできるのか、一生懸命施工会社が悩んでいると思います。曲面が多く、複雑な形状で、1万数千平米の広さを持ったものが簡単に作動できるはずがありません。たとえば選択された可動装置を多摩川のどこかで同じものを一部つくってみるとします。その時にまたうまくいかなかった時はどうするのか。また、1万数千平米の天膜の取り替えが本当にできるのでしょうか。高い位置にあり、相当重いのに、耐用年数の10年ごとに、どういう形で仮設足場をつくって新しい膜を持ち上げるのか。そういったことについて、ゼネコンが責任を持たせられてやっているのかは私は知りません。他にも、膜構造の開閉は強い風や、突発的な雨のときなどにうまく作動するのかなど、疑問が集積しています。
「大分銀行ドーム」は、新国立競技場の屋根面積170m×100mよりも大きいですが、天然芝のための十分な日照を確保できませんでした。2001年から10回もの事故があり、一時開蓋のまま放置しているという状況があります。JSCはそういった前例から学ぼうとしてきたのでしょうか。
2020年のオリンピックでは、この高温多湿の日本で、理想的な競技環境が提供されるのでしょうか。選手が0.01秒、1cmを争うための調整が行なわれるのでしょうか。これが一番大事な問題です。観客が心地よくそれを見ることができるのでしょうか。IOCのおもてなしなどは次元の低い話です。選手から文句が出ないか、そういったスタディが一切なされていないのも問題です。
また、上から米粒のような選手を見ることも好ましくありません。8万人も入るのはせいぜいオープニングくらいだろうと思います。花火もどこから上げるかよく知りませんが、あまり見えないはずです。そういうことまで考えて、この案を強行しなければいけないのか疑問です。
清掃のメンテナンスも大変です。南面する1万平米のガラスの膜のすぐ下は暑くてしょうがない。内側からも暗膜をつくらなくてはいけないということも起きてきて、大変です。これは、フランク・ゲーリー設計のそれほど大きくないガラスの建物には、新国立競技場よりも派手に屈折がありますが、こういった複雑な可動装置がなければ暗幕を降ろすこともできません。清掃の問題としても、1年のうち300日空いてますから、単に外側だけではなく、内側にもどんどんゴミが累積されていきます。
屋根を閉じてイベントホールで稼ぎましょうと言っていますが、C種幕ですから、おそらく遮音性はダメです。また、残響時間が8秒以上ですし。観客のジャンピングもあり、これらは対策がありません。どこの競技場でもこの問題があり、周辺から文句が出て、止めている事例が非常に多いのです。商売にならないようです。
また、総工費が1,625億円と出ていますが、今の物価上昇を考えて2,100億円くらいだと思います。その他に免震装置や天蓋など、さまざまな付加的なものを入れると2,500億円くらいになるのではないかと思います。また、長期修繕費用は、普通の建物だと0.8%で、50年間で総工費の40%になります。ここでは650億円と出ていますが、非常に疑問です。工費2,500億円で考えると、1,250億円です。また、望ましい修繕や保全を考えると3,750億円で、予算とはまったく合いません。結局われわれの税金をつかみ取りしていくという姿勢がはっきりとわかります。しかもコストを計算したときに驚くべきことが起きています。2014年5月28日の資料ですが、収入が50億円、支出が46億円と出ていますが、3カ月後には収入を38億円に縮小しています。それに合わせて、数字の遊びかもしれませんが、支出を33億円にしています。10億円の修繕費を6億円に下げていますが、これでは到底足りません。内外を掃除する必要があるようなものに対して、修繕費を最低の40%よりもさらに低く20%にするというのはダメですね。このようにつじつま合わせのために数字をもてあそんでいる組織はまったく信用できません。誰を信用すればいいのかと言えば、結局はわれわれを信用してくださいとしか言えません。修繕費を20%しか見ていないなどの数字を信用して、十分な収入を持ちながら次の50年をやっていけるのでしょうか。
つい先日の『読売新聞』の記事ですが、全国の自治体の公共施設の解体費用も不足しています。そうすると廃墟になっていきます。新国立競技場は廃墟になるかもしれません。それはやはり避けたい。今お話したのはごく一部の問題ですが、山のように問題があるのが新国立競技場です。
対策としては、単に屋根をなくすだけではなく、この巨大な断面が80平米のアパートが入るようなアーチも大変です。アーチと天蓋を除けばいいということではなく、現国立競技場の改修案も考える必要があります。また、一部仮設にする案や、500人収容のテントを40くらいつくり、2万人収容することもIOCと駆け引きする必要があります。私の対案では穏やかな4〜5万人の競技場と、その下に新国際子どもスポーツセンターを設けています。2050年の日本は生産年齢人口が10%以上減るかもしれない、GDPも世界14位まで下がるかもしれないことも考えると、1万人規模のスポーツセンターは年間を通して子どもも大人も使えます。それは平成の都民からみらいの子どもたちへの贈り物になるのではないでしょうか。
財政的にもバランスが取れない今の案のクリティシズムから入り、ひとつのオプションとして、われわれの知識や将来への展望を含めた提案を申し上げました。以上です。

松田──ありがとうございました。次に内藤先生からのプレゼンテーションをお願いします。

内藤廣


内藤廣氏

内藤──敵役が出てきました。本来ならば、安藤忠雄さんが話すのが良いだろうと思っていますが、安藤さんは出ないということなので、私が考えていることと、知っている多少の事情についてお話し、後のディスカッションにつなげたいと思います。スライドはありません。
まず、私自身は審査に加わったわけですから、結果には責任があると思っています。私の立ち位置については、冊子に文章を書いたので、それを見ていただければと思います。槇先生がご指摘になったような問題や懸念、そして先週自民党に呼ばれて中村勉さんが指摘した細かい話は解決して乗り越えていかなければいけないと考えています。
もうひとつ申し上げたいのは、そもそも審査のあり方がどうたったのかと言えば、おそらく拙速であったとしてもしかたがないと思います。非常に時間がない中で、早急にと言われながら審査内容が決まりました。私たちが意見を言っても受け入れられなかったところが多々あり、本来こんなふうにやるべきではないなと思いながらも、やはり巻き込まれた責任はあります。
応募者の資格について私は、JIA新人賞あるいは日本建築学会の作品選奨くらいまで広げるべきではないかと主張しました。最終的にはご存知のようにそうはなりませんでした。それから情報公開のしかたについては、一部の新聞に誰でも応募ができると思わせるような、大きな広告が出ましたが、それを見て、私は腰を抜かすほどびっくりしました。完全にミスリードでした。そこで誤解が生じました。安藤委員長も審査や設計プロセスも公開するということを書かれていますが、そうなっていないことが多くの誤解を生む結果になったと思います。当然のことながらすべて公開できるという類のものではありません。設計プロセスではいろんな問題が起きてきます。解決する途中の問題があり、まだわかっていないこともあると思います。今日は建築設計者が沢山いらっしゃっているので皆さんおわかりだとは思いますが、それをオープンにできていないじゃないかという話はいかがなものかと思います。ただ、然るべき時期に情報を公開して、市民の方々と共有したり、意見を取り入れるということがもっとあっても良かったと思います。建築諸団体とのコミュニケーションも随分遅きに失したという気がしています。ただ、私はまだこのプロジェクトは船出していないと思っています。こんな時期にまだ港を出ていなくていいのかという気もしますが、これからの部分も沢山あります。その困難さをJSCが受け止められるかどうかだろうと理解しています。
今日申し上げたいことは、この時間のなさをどう考えるかです。いつまでも港にいるわけにはいきません。極端な話ですが、この時間次第で、建築として成り立つかどうかやでき上がるものの密度が決まり、あるいは施工の時間で良いクオリティを獲得できるかどうか、懸念されている問題を解決しきっているかどうかが決まるわけです。建築の質にまつわる問題を誰も議論してきませんでしたが、本当はそれが非常に大事だと思います。これを潰して完全につくらないという選択肢であれば別ですが、もしつくるのであれば、槇先生が言われたようないろいろな問題を未来の国民に対してちゃんと落とし前をつけられるような内容に仕上げるというのは至難の業です。私も全貌を把握はしていません。設計内容に関してはザハ・ハディドの事務所やJSCが説明するのが良いと思いますが、ざっと見た限りでもハードルは極めて高いと思います。私の解釈は槇先生と少し違っていて、挑戦的なものであるということから生じている問題だと思います。構造、開閉膜、設備、メンテナンス、当然のことながらコストの問題なども極めて挑戦的で、おそらく世界初の内容がいくつも出てくるものだと認識しています。
今までは委員長が前面に出るべきだと思って傍観していたこともありますが、私自身が思っていることとして、巨大な二流の建物は要らないということです。それは最大の無駄遣いです。やるのであれば、世界に誇れるものにすべきだと思っています。大きいだけで中身のない建築は世の中に山のようにありますが、これにちゃんとした建築的なクオリティを与え、かつコストや性能も収めるというプロセスをたどるとすると、時間がないと思っています。
以上です。ご質問やご批判は次の時間帯に回したいと思います。

ディスカッション──複合施設というプログラムと設計体制の問題

五十嵐太郎氏

松田──前半は皆さんからかなり掘り下げたプレゼンテーションをしていただきました。ディスカッションでは、まずコメンテーターの五十嵐太郎さんからコメントをいただきたいと思います。

五十嵐──今回の新国立競技場に関してコメントを求められることがありますが、おそらく過去最多で、建設前からこれだけ注目されたプロジェクトは日本ではなかなかなかったと思います。普段あまり建築自体が社会的な話題にならないことを考えると、奇しくも、今みんなで考えようという状態になっていて、そのことは悪くはないと思っています。一方で、その結果が建築家に依頼すると面倒なことになるというかたちで、デザインの未来の首を絞めるような形になるようでは悲しいと思います。
青井さんからは意思決定のお話がありましたが、いわゆる市町村や都道府県のレベルであれば、知事選や市町村選などの選挙によって民意を反映できることもありますが、今回改めて思ったのは国のプロジェクトだと、さすがに国政選挙の争点になることが想像しづらいわけで、プログラムを変えたり、中止にする仕組みがないということです。そういう意味で、プログラム自体を変えたり、本当に案が変わるのであれば、これは戦後初のオリンピックになるという気がします。1964年の東京オリンピックは、戦後というよりは、国家主導で決めてそれを遂行するものだったと思います。ちなみに、2005年の愛知万博の時は、途中で計画がひっくり返り、国家総動員だった大阪万博と比べると、戦後初の万博だなと思いました。もっとも、そのこと自体によって、建築的に優れたものをもたらせるかどうかはまだわからないところがありますが。
浅子さんの景観論については、僕もほとんど同意見です。現状の国立競技場は1958年にできた後、オリンピックの際になし崩し的に増築されているので、あの建物自体がすでに景観を尊重しているとはとても思えません。その後もまわりに高層ビルが出現したとき、反対の声が上がっていない。あと、3.11以降の文脈のなかで、ソフト面、人間がどういう態度表明をするかという意味で、浅子さんの挑発的な穴を掘るというアイデアは興味深いと思いました。
槇先生は、最初からずっと発言されていて、僕も関心を持ってきました。『見え隠れする都市』(鹿島出版会、1980年)の東京に対する意識から連続するもので、一貫していると思います。今日は特にコストや実現可能性について具体的に問題を示されました。景観論ではない部分での批判は重要だと思います。個人的にはそれでもオリンピックをやるのであれば、ザハ案という可能性はなくはないと思いますが、そこに立ちはだかってくる問題を明快にご指摘されました。
内藤先生は審査員の立場からの発言でしたが、最後の「巨大な二流は要らない」という締めの言葉は一番共感するところです。オリンピックはなかなかない機会です。1964年にはいろいろな試みがなされたし、そのことは日本の戦後建築史において大きな意味を持ったと思いますが、今度のオリンピックでは新国立競技場が話題になっているあいだに、気付いたら他の施設がどうなっているんだろうという心配もあります。もしつくるのであれば、リノベーションもあり得るかもしれませんが、未来に向かって指針を示す建築ができれば良いと思います。

松田──全体に対する明快なコメント、ありがとうございました。さて、先ほど最後に審査員の内藤先生にお話をいただきましたので、槇先生、そちらについてはいかがでしょうか。

──先ほどの内藤さんの発言には全面的に反対です。お話を伺い、確かにいろいろな問題があるけれど、時間もないから担当者が一生懸命汗水を流してて、立派なものをつくれば良いという解釈をしましたがそれでよろしいでしょうか。

内藤──はい。

──私は、この新国立競技場ができても、いいものができたと思う人は絶対に世界中誰もいないと思います。なぜならば、これは審査員の責任ではありませんが、複合施設をあの狭い敷地につくって、理想的な競技場でもなく、理想的なサッカー場でもなく、ましてや理想的なホールにもなりません。機能を一緒にして、みんながうらやましがるかと言えば、絶対にそうではありません。むしろ、なぜこんなプログラムをこんな敷地につくったのか、冷笑されると思います。50年前に新幹線ができ、今でもそのソフトとハードのアイデアをやりたいという国がいくらでもあります。それは世界に共通する技術であり、実現したものだと言えます。汗水流して、コストを掛けて理想的ではないものをつくって何が素晴らしいんでしょうか。それぞれ別につくればいいのです。ちょっとでも土地があれば、今やサッカー場と陸上競技場は別々につくります。ましてや、8万人入る劇場まで無理矢理押し込めて、採算も合わず、恥ずかしいものができると思います。以上です。

松田──ありがとうございました。内藤先生からコメントがありますか。

内藤──別にありません。

松田──槇先生の話のなかで、理想的な建築という話が出ましたが、今回の新国立競技場の理想とはどういうことでしょうか。

──やはり、土地を選んだことが大きいです。神宮外苑を選んだ後に、どうしたらそこにふさわしいものができるかという議論が有識者会議のなかでまったくなかった。それは非常に大きな問題です。その結果、出てきた案です。
私は今まで世界中で14カ国で国際コンペの審査員をやりましたが、「じゃああなたの選んだもので本当に良いものがありますか」と聞かれれば、非常に少ないと言えます。かつてニューデリーのインディラ・ガンディー・アートセンターの審査員をジェームス・スターリングやバルクリシュナ・ドーシらとやりました。つい先日実際に初めてそれを見る機会がありましたが、ヒドいものでした(笑)。ですから、審査員に責任があるかというとそういうことではありません。今回審査員をやられた内藤さんもご存知かもしれませんが、こんなふうになると思っていなかったということは十分に理解できます。プログラムがひどく、そのツケが建築家に回されたのです。その時の建築家はザハ・ハディドであるし、日建設計を中心とする日本チームです。そこで、潔くそんなものはできません、お金をかけても恥ずかしい、決して高い志を持ったものはできないと早めに言っても良かったと思います。内藤さんはもう遅いとおっしゃられていますが、皆さんもご存知のように今の日本にはすぐれた事務所があります。日建設計も含めたチームは、かつての母親に患されることなく、今の段階からでもお金の問題も含めて、東京にふさわしいものをつくれるだけの実力を持っていると私は思います。

内藤──そうかもしれません。(会場笑)ただ、離婚調停はなかなか苦労するとも思いました。確かに、ひょっとしたら1年前であればそういうこともあったかもしれません。

──いや、今でもできるんじゃないですか。

内藤──なかなか厳しいですね。できるかもしれないということで離婚するわけにはいきませんから。

──森喜朗元首相も3000億円という概算値が2013年の11月に講評されたときはあんな建築は止めさせろと言ってしまったわけですし。私ができるかもしれないと言っているのは、今決心すれば、世界に誇れるかどうかはわかりませんが、普通の競技場ができて、(会場笑)それが一番われわれ都民、国民にとって幸せじゃないかと申し上げています。

浅子──僕は当事者ではないので、内藤さんと槇さんが話されるのが一番良いと思いますが、槇さんの、いいものができたと思う人は絶対に世界中誰もいない、という話は流石にないんじゃないでしょうか。未来は予測できません。ザハ案ができた後に良いと思う人が絶対にいないとは言い切れないでしょう。

──そういう話しているのではなく、あくまで目的を充足しない欠陥物によって元気が出るのかもしれませんが(会場笑)、そういうものはつくるべきではないと言っているのです。未来の話を飾り付けて、論点を難しくすることには賛同しません。

浅子──実際の所は分かりませんが、今回コンペをやらずに進めようとしたところを無理矢理国際コンペにしたという話も聞こえてきています。仮にそうだとすると、コンペになったことそのものは、クローズドに決められるよりは民主的であり、少しは前進したのではないでしょうか。

──しかしたとえば、1964年の丹下先生の代々木の競技場はですが、コンペで決められたデザインではありません。まず監修者を選び、その後設計者に近いものをまた別のかたちで選考したというプロセスは非常に不思議です。どうしてこのようなことが起きたのかと言えば、もしこれを国内コンペでやれば組織事務所中心になってしまうので、国際コンペにしたのだと思います。しかし、当局者は誰が最優秀賞になろうと信用しなかったということです。これだけ複雑なプログラムがあり、地震がある国で、やはりちゃんとした日本の設計事務所がつかないとできないのではないかという懸念から、監修者+設計者という母親と養父の組み合わせができてしまったのです。私自身、言い出しっぺでしたので、この1年間で膨大な情報が入ってきました。やはりいろんな人の思惑や心配はこの不思議な体制からつくられたものです。監修者にどれほど権限があるかもはっきりしないままに、まあ皆さんで話し合えばいいんじゃないですか、というかたちで物事が進んできて、問題が起きたというのが私の認識です。だから、未来の話はどこにも入っていません。

浅子──僕が最初に言ったのは、ザハの建築が未来にどう評価されるかはわからないですよねということなんですが。

──ザハ・ハディドにとって新国立競技場は"one of them"だったのです。ご存知かどうかわかりませんが、新国立競技場のコンペと同時期に、カタールの2022年のワールドカップ競技場の改装デザイン案がありますが、そっくりですし、同じ構造です。だから、平気で敷地が狭いから少しはみ出してもいいじゃないかという提案をしたのです。ただ、ザハ・ハディドの建築の良し悪しは、今後の日本の建築界の話をしたいときには重要な論点ではないと思います。ザハ建築の話をしたってしょうがないのです。

松田──監修者や国際コンペの話が出てきましたので、コンペ決定時からの経緯を多少整理したいと思います。実は国際デザイン・コンクールの要項作成以前に、さまざまなことが決まっていました。2010年11月にラグビーワールドカップ2019日本大会成功議員連盟が設立され、国会ラグビークラブと共に2011年2月に8万人規模の霞ヶ丘競技場(神宮外苑)を再整備しようという決議がありました。2012年3月6日に第1回目の有識者会議があり、そこで大枠が決まっています。数カ月後の7月13日には第2回目有識者会議があり、その時に基本設計の与条件がほぼできました。私が調べたところでは、有識者会議の第1回と第2回の間に、施設建築ワーキンググループが4回開かれ、そこで監修者としての起用など、詳細が決まったはずです。そのワーキンググループのメンバーには、内藤先生がいらっしゃったので、多少事情をご存知だと思います。ただ、第1回有識者会議までにで大前提が決まっていたので、2012年の時点では、ひっくり返すことが難しかったのかもしれません。このあたり、内藤先生がご存知の経緯はありますでしょうか。

内藤──どれくらいまで記憶を遡ればいいのかわかりませんが、私のところへ文科省から電話が入ったのは、東日本大震災後、半年くらい経った頃だったと思います。その後、安藤さんからも電話が入って、よろしく頼むということでした。その時に私は1千億超のプロジェクトをこの時期にやっていいのかと言いました。ただ、事態はもう決まっているということでしたから、少しでもお役に立てればというつもりで参加をしました。確かに、委員会に臨んでみると、与件のほとんどが決まっていましたが、当初国際コンペという話ではありませんでした。私個人の考えですが、ナショナルプロジェクトであり、日本の建築界は世界に冠たる人材が揃っているので国内でやるべきだろうという発言は確かしたはずです。けれども世界から案を募るべきだという話になり、決まった経緯があったと理解しています。

松田──普通に考えると、国際コンペは全世界からいい案を選ぶということですよね。

内藤──その時に申し上げたのは、国際コンペにすると大変だということです。広島の平和大橋の横に歩道橋をつくるというプロジェクトは、当時の市長の意向もあって国際コンペになりましたが(平和大橋歩道橋デザイン提案競技)、著作権の問題、デザインに対する権利意識が海外の方は強いので、そのあたりを整理しなければ無理なのではないかという話をしました。応募要項をつくる際も、国内コンペであればJIAなどに既にひな形がありますので参考にできますが、国際コンペだとそうはいかないという話を委員会でした覚えがあります。

松田──コンペで設計者ではなく、監修者として建築家を選ぶことも、日本では繰り返されてきた形式でもあります。青井先生はその経緯もよくご存知だと思いますが、いかがでしょうか。

青井──今この壇上での議論の構図や流れのなかで、歴史を振り返ることにどれほど意味があるのかはやや疑問ですが、お話しします。戦前の1930〜40年代、戦後1950〜60年代に公共施設のコンペが相当数行なわれました。戦前だと日本建築士会、戦後は日本建築家協会が、プロフェッション(職能)としての建築家の自律性を社会的に確立するための運動を展開しました。コンペは、そうした運動の主な舞台のひとつでした。たとえば、かつては当選者を実施設計者としないコンペはいくらもあり、実際、設計者ではなく設計「案」を選び、それをベースとしつつも官庁営繕の設計機構が設計実務を進めてしまうことが多かった。これは応募者の著作権の観点からいっておかしいだけでなく、そもそも公共財の設計を、コンペの審査委員会と、当選者の主体的な責任に委ねることで良質な環境を創出していこうとする社会的な合意の観点からいってもおかしい。そういうコンペを建築家協会は「擬似コンペ」と呼んで批判した。今回の新国立競技場コンペも、「建築家」から設計「案」を取り、後はリスクの小さい技術者機構に具現化を委ねるというような古い因習が再び頭をもたげたものと見ることができると同時に、グローバルな都市間競争においていかにアイコンを選ぶかという問題のなかで、世界中の民間事業で行なわれている方式を選んだと見ることもできます。歴史的にはそういう二面性がある。
本来「アーキテクチャ」は表層のアイコンと深層の技術的内容などというように分離できるものではありません。もっとも、今回はあまりに時間がなかったということが理由としてあったでしょうし、日本のライセンスを持たない海外の建築家を起用するにあたって保証付きの体制をとりたかったということもあるでしょう。世界的に著名な建築家のデザインをアイコンとして買うけれども、技術的にも法規的にも具現化するところではリスクを避けたい。建築生産のなかの「設計」部分を「デザイン監修者+設計者」の2階建にする判断は、こういう判断で採用されたのだと思います。けれども、やはり槇さんが指摘された問題には、アイコンを選べばいいというコンペの姿勢がかなり尾を引いていると思います。

──アイコンを選んで、それをIOCに見せれば東京に来る可能性が高くなるというような考え方は、建築家ではなくコンペの立案者のなかにあったのかもしれません。しかし、「シドニー・オペラハウス」や「ポンピドー・センター」は、誰も既に確立されたアイコンだとは誰も思っていませんでした。最終的にアイコニックな建築になるということが大事であり、アイコニックなものをつくってきたキャリアや、名の通った建築家から選ぶことがより大事であるというメンタリティは当時の建築界にはなかった思います。

オリンピックそのもの/東京という都市そのものを問う

松田達氏

松田──IOCへの招致運動との関連で言えば、神宮外苑という場所の選択も問題だったと思います。東京は2016年のオリンピック招致の際、湾岸にスタジアムをつくろうという計画がありました。しかし招致に失敗したため、今回は湾岸を選択しにくく、外苑を選んだという事情があります。今回の問題は複雑ですが、反対の立場の方に単刀直入にお聞きしたいのは、なぜオリンピックそのものには反対しないのかということです。歴史的にはオリンピックが返上された例はあります。東京は1940年に、デンバーは1976年に冬季オリンピックを返上しています。無駄遣いを減らすことが目的なら、オリンピック返上の方がより効果が大きいわけです。

五十嵐──あまりそもそも論をしてもどうかと思いますが、しかし今回はコンペが終わった後に、そもそもという話になっています。やはりオリンピックは、東北の復興にブレーキをかけるようなタイミングで、なぜまた東京なのか?とは個人的に思います。またオリンピック自体も商業化したロサンゼルス以降、いろいろ変質してきていて、IOCの基準も含め、純粋なスポーツの祭典ではなくなっているものに、振りまわされるのも、どうかと思います。2016年の招致計画では、湾岸地区で立候補して落選しましたが、会場の変更は、1940年の幻の東京オリンピックでもやられていますし、元々のプログラムも含めて考え直すことができないだろうかとは思っています。

松田──新国立競技場への反対とオリンピックへの反対はどれくらい差があるのか。施設整備で1兆程度、インフラ整備で数兆規模と考えれば、新国立競技場とオーダーが一桁違う程度です。本来、経済波及効果の議論も必要ですが、新国立競技場建設に反対して、オリンピックに反対しないという立場は、筋が通っていないようにも見えます。人口減少社会に向かう日本を反対の根拠に出すなら、東京でのオリンピックそのものに無理があるように思えるからです。東京オリンピック開催に賛成ということであれば、新国立競技場についても積極的な可能性を考えるべきではないでしょうか。

浅子──確かにオリンピック自体を止めるというのはあり得る決断だとは思います。先ほども言いましたが、3.11以後数年で復興も進めながらオリンピックをやらなくてはいけないという厳しい状況がある。一方で、オリンピックで日本を盛り上げるという意味もあるといえばある。ただ、オリンピックの場合、海外の目が否応なく入ってくるのだから、やはり原発の問題は無視できないんじゃないでしょうか。確かに今回の事故によって死傷者は出なかったかもしれませんが、非常に大規模の土地が数十年単位で住めなくなるというのは事実です。そして日本の場合、自然災害が数十年単位でやってくるということも国土の決定事項だと言える。となると、普通に考えれば、オリンピック開催時に福島は復興しているのか?原発は収束しているのか?また、他の地域の原発はどうなっているのか?というのは2020年の時点で国としてプレゼンテーションが求められる。
そのように海外から見た目を前提に、どういうふうにすればよりよく見せることが出来るのか、ということも真剣に考えたほうがいい。たとえ国内では忘却していても海外の目がある以上なかったことにはできないですから。

松田──多少話を戻しますが、最初に挙げた論点では、特に〈市民社会の問題〉の議論がまだ足りないのではないかと思います。都市計画決定に関しては、市民参加のチャンスがあったにもかかわらず、誰も現実的にはそれが出来なかったという仕組み自体を問うべきではないかと思います。そうしない限りは、また新国立競技場と同じようなことが起こります。槇先生は、スイスの事例でザハのプロジェクトが一旦ストップされ、キャンセルされたことを書かれていました。ところが、日本にはその仕組みがあっても難しく、特に今回は自治体ではなく独立行政法人の事業なので、ストップする手立てがありません。一方で、賛成の立場の人が反対の立場の人の意見を理解できていない点もおそらくあり、それは人口減少社会に突入している点への認識の強さの違いから来ている気もします。人口に関しては、未来は予測できる部分もあります。

浅子──でもたとえば移民を受け入れれば大きく変わったりしませんか。

松田──確かにそうです。政治的アクションを除き、人口統計学的な観点に絞っていえば、ある程度の誤差の範囲には収まるかと思います。2060年に東京の人口は今より2割減るそうですが、その時、建築のつくり方が根本的にどう変わるべきか、そこに対する槇先生らの異議があったことを認識することは大事だと思います。私自身もその考え方を理解するのに時間が掛かりました。

質疑応答──市民社会と建築/都市計画と建築

大橋智子──大橋智子建築事務所の大橋と申します。日本建築学会の会員で、市民運動の「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」の共同代表でもあります。松田さんが、東京都の都市計画審議会が問題だとおっしゃっていましたが、私たちももちろんそのことを言い続けてきています。メンバーに都市計画や建築の専門家がいないという問題もあります。けれど、その審議会を変えていくことから始めるのではなく、今具体的に新国立競技場問題があり、その案を変えることから問題をはっきりさせることもあり得ると思います。

松田──新国立競技場はひとつのシンボルですが、現状のままでは結局他にも問題が起こりえます。

大橋智子──私たちも東京都の都市整備局にもヒアリングをしましたが、「私たちの手続きは間違っていないけれど、JSC(日本スポーツ振興センター)がその通りにやるかどうかは勝手ですから」とおっしゃっていました。都市計画変更は戻らないと思いますが、その中でこれが実行されるかどうかは、市民の意見を汲んでいってもらえれば良いと思います。

松田──それを遡及していくと、やはり高さを変更する根拠となった再開発等促進区運用基準などに行き着くと思います。

蓑原敬──蓑原計画事務所の蓑原です。今日の議論では、今のやり方で日本の都市や建築をつくっていくとどうなるのかという基本的な問題が提起されていると思います。
ひとつは日本では建築の設計というものが本当にあるのか。槇さんは一体誰が建築を設計しているのかとおっしゃっていて、それに答えずに、とにかく時間がないから急ごう、なんとか収めようという話はまったくく間違っているし、未来に対しての責任を放棄していると思います。かつてエミリオ・アンバースが「アクロス福岡」の原案を作成したが、名前も残さずお金だけ取って去ってしまったとか、リカルド・ボフィルが「東京銀座資生堂ビル」を設計したけれど結果的には名前も残さず立ち去ったとか、日本の建築文化のいい加減な体質が今ここに噴出しているわけで、そういったことを日本建築学会や建築設計者がどう考えるのかということが世界に向かって丸見えになってきているのです。
われわれはそれに対して答える義務があり、学会にはその議論をしてほしいと思っています。
それから、都市計画の問題を手続きの問題にするのは矮小化です。日本には歴史や文脈を考えた都市デザイン、都市計画がないために、曖昧な手続きの中で何の議論もされないまま物事が決まっていくのです。オリンピックは都市セールスですから、東京都が世界にどう売るか、都市をどうするかが基本問題ですが、そういった構想なしに計画がつくられています。最近、都知事も代わり、慌てて基本ビジョン、長期ビジョンをつくって10月12日から26日まで意見を求めるとネットに出ていましたが、非常に問題のあるビジョンであるし、真面目に専門家の意見を問うているとは到底思えません。
東京をどうするのか、神宮周辺やプログラムについても歴史的文脈のなかでどうするのかということです。たとえば、1940年の計画の時には、岸田日出刀さんはメイン会場を神宮前にするべきではない、駒沢に置くべきだとおっしゃっていました。結果的には、1964年には主会場になってしまいました。そういった歴史を踏まえて現在の状況を考え将来の計画を立てるべきでしょう。これからの東京の都市構造のうえで、明治神宮周辺の優れた遺産をどう考えるのか。建築分野では槇先生が孤軍奮闘されていますが、残念ながら都市計画や公園緑地の分野からは声が上がっていません。私はこれをとても恥ずかしいことだと思っています。
長期ビジョンについての意見をここでは話せませんが、松田さんが言われたように、この問題も長期を見据えた専門家として、責任ある立場で対応していかなくてはいけないと思っています。

浅子──前半の話はその通りだと思いました。また後半の都市のビジョンの話についても、オリンピックを考えた場合、この新国立だけに限らずとても重要な論点だと思います。メインの競技場が話題になっていますが、それ以外の施設は新国立のようにコンペもなく、話題になることもなく進んでいます。ですから僕は隣の会場で選手村計画案の代替案を提案しました。既に大枠は決まっていますが、このオリンピックという場は都市のビジョンを描くことができそれを世界に発信できる数少ない場です。やはり自分たちでビジョンを持って、それを出すべきです。
ただ一点、外苑については、歴史的にも今回の手続き的にもいろいろあったかもしれませんが、冷静な目で見ると今は美しい景観と言える状態ではないし、信濃町の方へ歩いている人があまりいないという現実がある。なので今の景観を守るという方向ではなく、よりよい景観につくり変えるという議論をすべきだと思います。

松田──蓑原さんがかつて『10+1』Webサイトに書かれていた論考「オリンピックは時代遅れの東京都市計画を変える好機」を思い出しました。オリンピックには賛成で、それをうまく利用して東京を21世紀以降の都市に改変していくべきだという話でした。日本に欧米的な都市ビジョンがないことは確かに問題で、建築至上主義的な考えを一旦ストップして、都市全体を考えることは重要だと思います。

森まゆみ──私たち市民の立場から考えると、与件の1,300億円の建設費自体大きすぎると思いますし、3,000億円かかると出た時点で止めにしたらよかった。また、コンクールのザハ案はJRを跨いで敷地を逸脱していましたし、第2次案でも本当はしてはいけない変更をしています。浅子さんがおっしゃったように、確かに今の国立競技場ですら暴力的ですが、これより大きなものをつくることには私たちは反対したいと思います。あの周辺を何度も歩いていますが、本当に沢山の人が憩っていたり、本を読んだり、ご飯を食べたり、赤ちゃんを連れて遊んだりしています。その人たちにとって、壁のようにそそり立つ新国立競技場は居心地のいい空間を失わせることになります。今ある緑も失われますし、住人に何の相談もなく都営住宅を潰して敷地に組み入れるということをどう考えるのでしょうか。あの場所は避難地になっていますが、施設防災という観点も足りないし、交通計画としても年間300日使われない場所を通り抜けができなくなります。環境アセスメントもされていないし、ヒートアイランドの問題も含め、日本建築学会が専門家であるならば早く委員会をつくり、考えを提示し、政権に媚びることなく信念で知見を示してほしいと思っています。

浅子──新国立のあたりは、他の外苑西通りの場所、たとえば外苑前駅の辺りと比べると極端に人が少ないのは事実ですし、やはりあの信濃町に抜けるトンネルをくぐるという行為は都市空間の中で快適なものとは言えないと思います。また、今の森さんの発言だと、ザハ案に反対なのか、そもそもあの敷地に何かをつくることそのものに反対なのかがよくわかりませんでした。ザハ案でなくてもおっしゃられた問題は起きると思います。

松隈洋──京都工芸繊維大学の松隈です。少しずつこの問題について発言をしてきたひとりですが、こういった会の主催である日本建築学会が何を求めているのかが重要です。これまで日本建築家協会も日本建築士会連合会などの関係諸団体もそれぞれ発言していますが、学会はどうするかが見えません。これは学会にとって最大の試練です。環境や歴史など、山ほどある問題について市民に何も説明していません。建築文化週間で取り上げているのはありがたいことですが、これだけで済ませてしまえば、社会から二度と建築家は信用されないと思います。機関紙『建築雑誌』があり、3万5千人の団体ですから、是非プロジェクトチームを立ち上げて、学会としての見解を求めたいと思います。

松田──私は学会を代弁するわけではありませんが、今回は複数の立場の人が同席して議論する場です。ここですべての問題が解決されるわけではなく、むしろ対話のきっかけになればと思っています。また森さんからお話があった霞ヶ丘アパートの件で言えば、事前に説明会はあったはずです。問題は、その説明の仕方です。

森まゆみ──全住民対象の説明会は行なわれませんでした。住民の人たちには「ここは新国立競技場の敷地になりましたから、あなたたちにはどいてもらいます」という日付のないビラが配られただけです。それは手続きとして圧倒的におかしいと思いませんか。

松田──そうだったらおかしいと思います。私もそこまで存じ上げていませんでした。

横河健──日本大学理工学部の横河です。いろんな方の意見が錯綜していますが、まず最初にこういったシンポジウムに内藤さんが出てこられたということに敬意を評したいと思います。難しい立場ながら真摯に答えられているのだろうと思います。ただ、内藤さんがおっしゃられた、「時間がないから今決定されていることをできるだけ良い建築にしていく」という主旨の発言は問題が大きすぎると思います。まず敷地として設定されている明治神宮外苑は日本の近代の都市計画の中では稀有な場所だと思います。そもそも我が国でランドスケープデザインとして計画された場所は天皇の回りにしかないのですが、明治神宮の外苑・内苑がつくられていった経緯や歴史的事実を知り、そして回遊する道路といくつかの方向にわかれていく景観は近代の都市計画の中ではほかに例を見ることなくちゃんと計画されたものだと思います。われわれに残されたこれからの選択肢としては、ザハ案ありきで考えるなら湾岸に持っていく可能性もありますし、神宮の景観をできるだけ守ろうとするならば、現国立競技場の改修、つまり仮設で8万人のための施設をつくることもあるでしょう。そしてオリンピック後にはまた別の選択肢もあると思います。今回の計画は事前に法規制を変えるなど周到に準備されていて、手続き上は今のところ何も間違いがなく、また市民が問題を問うための制度もないわけですが、制度そのものは別の場で議論するべきであって、ここでは新国立競技場をどう考えるかの議論をすべきだろうと思います。

内藤──蓑原先生からも怒られましたが、時間がない、諦めろという話をしたつもりはありません。ここ1カ月ほど、いろいろとサーベイしてみましたが、本当に時間がないという事実を申し上げただけです。もし、本当に案を変えるとか、議論を巻き戻すのであれば、短い時間で建築界が一致団結する必要があるかもしれません。半年後ではあり得ないと思います。
選択肢は、槇先生のような代替案、それから改修案もあるかもしれません。オリンピック反対という人もいるかもしれませんし、僕もあれほど商業化されたイベントはどうかとも思いますが、やるのであればうまく利用すべきだと思います。オリンピックの開催までは議論を巻き戻さないとすれば、諸々の行政手続きやオリンピックのための組織のハードルを超えなければいけません。その状況を把握せずに、いろいろなことを進めても、建築界は無責任だという話になります。建築家という存在がどのように社会から信頼されるかは大きな話なので、それはまた別のところでやるべきだと思います。今われわれが目前にしているのは新国立競技場の問題です。
もうひとつ、市民とは誰なのかは常に問われます。今、「市民」と自称されている人たちは本当の市民なのでしょうか。もし市民と言われるのであれば、大多数である必要があり、そうであるならば事態を動かすと思います。

──私は非常にリアリスティックな面があり、どういう風にしたら今の案がボツになり得るかと考えています。まず10月31日頃に各ゼネコンから出てくる結果が左右すると思います。技術的に、あるいはお金的にできないということであれば考え直さなければいけません。もうひとつは、部分のモックアップをつくってみて失敗するということもあり得ます。その時に当事者、JSCは他の案を持っていないと太平洋戦争の呪縛のようになり、それこそ世界的にみっともないことになります。やはり、技術的に問題が多過ぎるということを世論としてつくっていくことは大事です。それに対して、現在のメディアはあまり役に立っていません。意見は出てきますが、多くの人が起きている事態を認識をしなければいけないと思います。おっしゃるように、市民の声や学会の体制も重要で、それはわれわれが今回学んだことです。そういったことを同時に考えていかなくてはいけません。

青井──今回の問題をめぐる歴史的な脈絡については、沢山お話したいことがあります。たとえば明治神宮外苑をつくろうとしたのは東京の財界人たちであり、外苑は、第一次世界大戦後の不況のなかで明治天皇の死という契機をいかに生かして経済を刺戟するか、という強い欲望の現われでもあったということは押さえておくべきです。そうした欲望を集約しつつ、なんとか統合された像に収斂させたところに、都市デザイン上の稀有な事例と評価されるものができた。ですから、必ずしも後ろ向きの保存だけの議論にならないよう、今回の契機をどう活用し、どういう公共財に結晶化させ、どんな都市をつくるのか、という前向きの議論をすべきだと思っています。
また、今日は会場に学生がほとんどいませんが、今回の言論状況が学生たちの目にどう映っているのか、気になります。僕の研究室の学生たちは関連記事データベースをつくる大変な作業を進んで担ってくれたのですが、おそらく他の多くの学生さんたちは、東京という都市はこうやって否定しがたい経済の力によって何となく進んでいくものだと諦観しているというか、あまり関心を持てないでいると思いますし、今日お話したような建築家の職能像や設計体制の問題も、そもそも問題だということにピンとこないだろうと思います。以前、設計の授業中に建築は基本的に政治的なものなんだよと学生たちに話したら、「えー、先生そんな悲しいこと言わないでくださいよ」と答えた人がいました。政治という言葉の理解も狭いし、政治は汚いものだから触れない方がよいという通念があるらしい。これはたぶん、1970年代以降、私たちが議論をさぼってきた部分です。今回の硬直した言論状況は、教育のありようにも直結している。

浅子──今日はさまざまな議論がありましたが、良かったのは開閉式屋根が問題だということに収束してきたことです。北京のスタジアムは元々あった開閉式屋根がボツになっています。また、1976年のモントリオールオリンピックの際には予算を6倍超過してもなお開閉式屋根は完成しなかったのですが、さらに悲惨なのは15倍の予算を掛けてつくった屋根は雨漏りし十分に使われたとは言えないまま、30年間税金が払われ続けました。開閉式の屋根については、北京でもモントリオールでも完成していませんし、すでに予算が超過している以上、その問題については槇さんに賛成です。その上で、改めて強調しておきたいのですが、先ほどお話したクレーターのような提案はとても重要だと思っています。夢みたいな話で、通るわけがないと思われるかもしれませんが、3.11の後に復興もままならないまま数千億をかけてスタジアムをつくるというのも外から見ればある意味で狂気にうつるでしょう。いま僕たちがオリンピックをやるのであれば案外良いと思っています。冗談ではありません。

内藤──最後に申し上げたいのは、都市計画審議会に建築家が呼ばれないということにも関連しますが、建築家は信頼されていないということです。今のところ、ザハ案をいかにしてつぶすかというデータがプレゼンテーションされています。槇先生のグループには敬意を表しますが、学会が何かやるのであれば客観性を持って、ニュートラルであるべきだと思います。ニュートラルな意見を提示することが社会的信頼を得ます。今の状態は公平性を保っているとは思えません。

五十嵐──建築界を超えて一般のレベルで関心が持たれているので、重要な試練だと思います。メディアは、表層的なデザインだけでおもしろおかしく報道するというよりは、今日の議論にあったような背後の意思決定のところまで踏み込んで広がりをつくってほしいと思います。やはり、プログラムや意思決定に問題があるとは僕も思いますし、そのレベルまで戻せるのであれば、愛知万博と同様、上からの計画を一方的に押し付けられるのではなく、本当の意味で戦後初の民主主義のオリンピックになり、社会的な意味を持つでしょう。
現状の神宮の景観を絶対視する考えには同意できないのですが、一方であそこに建てる必然性もないと思います。空から舞い降りたようなザハ案はどこでも成立すると思うので、先ほど横河さんがおっしゃられていたように、湾岸など、他の場所を変えることがあっても良いと思います。また東京は1960年代とは違って、都市としてすでに成熟しているので、建築的なテーマとしてリノベーションや増改築を検討することも意味があると思います。

──可動装置や天然芝の育成について、当事者がゼネコンのプロポーザルの結果を待っているというやり方が間違っています。本来、第三者である学会の有識者が徹底的にチェックする必要があります。つまり、今の設計チームはそれだけの知識を持っていないことを告白しているわけですから。ゼネコンのプロポーザル方式に頼ったということは、やはり何とかなるんじゃないかという意識を持っているということです。そういう問題を考え直す文化をつくっていくことが必要です。私自身も学ばせていただいたことが沢山あります。
この案を阻止するためには、多くの人に問題を知っていただく必要がありますが、やはり新聞は限界があります。学会誌や建築メディアはもう少ししっかりしてほしかったです。そのなかで『日経アーキテクチュア』だけは評価して良いと思います。答えまでは出さないですが、必要な情報を出してみんなに考えさせてくれた唯一のメディアでした。

松田──ありがとうございました。もちろん結論は出ませんが、今日の議論で明確になったことは、やはり建築は社会からその責任を問われており、一方で建築からもその在り方を決めている社会の仕組みをより積極的に問いかけるべきだということだと思います。このシンポジウムが、建築と市民社会が向き合うきっかけのひとつになればと思います。

[2014年10月1日 建築会館にて、建築文化週間2014の記念シンポジウムとして開催]

付記
上記シンポジウムの発言者である槇文彦氏より、当日の発言の補足として、以下の文書を付していただきたい旨要請がありましたので、以下に公開させていただきます。


10月1日のシンポジウム、御苦労様でした。いずれその要約が建築学会誌に掲載されると思いますが、その際私の第一部、第二部での発言の要旨をもう一度申し上げますので、特に私が重要だったと考えていたことは、はっきりと伝えていただきたいと思います。要旨の後にimplicationとしたところは必ずしも10月1日の発言にはなかったかもしれませんが、発言の背後にあった気持ち、考えを述べてあります。
この文は今後編集に関係される方には是非お見せして下さい。尚主要要旨は槇チーム、放送関係の方にも伝えてあります。

1. これは誰の設計なのか
添付した第一の表にありますように、2011年に国際コンペの結果発表された案はザハ・ハディドが建築家でした。しかし2012年10月に2020年オリンピックが東京に決定した後、急遽調査されたコストが原案では3,000億円に達する事がわかり、既に決定されていた設計者、日本チームの主導のもとに1,300億円削減された2014年5月29日案は明らかにザハ+日本チームの合同案です。しかし更に注目すべきは2014年8月に日本のゼネコン7社に対し、デザインビルド方式で最終的に10月10日までに彼等の責任において、どのような技術・施工方式であれば適切なコスト、スケジュールで5月29日案を前提とした案が可能かが求められ、その結果を第3者も含めた前述の設計チームが選定し、それに基づき今後の実施設計を行なっていくという考えです。そこではザハ+日本設計チームに更に選定されたゼネコンが設計・施行者に加わるという方式であり、主体不明確な設計組織が実施設計にあたるというものです。

写真提供=JSC(日本スポーツ振興センター)

Implication: もっとも不可解なのは普通、デザインビルドとは白紙の前提条件のもとで、選ばれた設計チームと施工会社が協同で行なうものであるのが、そのどちらでもない方式であることです。察するにザハ+日本チームはこのまま実施設計をおこなった場合、後述するさまざまな技術的は問題(可動式屋根、完全な天然芝の育成、妥当なコストへの収斂等)への自信が全くない為に考えたDB方式であり、自分は選定者側にまわり、ツケを全面的にゼネコンに押付けようと意図しているといえます。従って国際コンペにおいて決定されたのであるから、その原案を出来るだけ尊重しなければいけない、或いはそれに近いものを実現すべきだという論旨はナンセンスだということになります。尚、ザハのホームページには原案は記載されていましたが、5月29日案になったところで新国立競技場案は消去されているということを付記しておきます。

2. 技術上の諸問題
a. 最大の問題は本当にザハの曲線を主体としたフレームの中で、一万数千平米の伸縮性のある膜を常時作動し、しかも今後予想される突然の豪雨の集水、止水、流水に対応し得るか、或いは耐用年限の低いC種膜(?)の取換えが高所において可能なのか、こうした一連の諸問題に対して解決の自信がない為にデザインビルド方式を急遽採用せざるを得なかったと思われる。

b. 厖大な8万人収容のボリュームに対して開口面積の少ない(例えば大分銀行ドームに比較しても)この新国立競技場で果たして、さまざまな制約を受けながらスポーツ各種競技に満足し得る天然芝の育成と保持が可能か(可動天蓋と異なり、モックアップで試行することは出来ない)その為南面を1万㎡以上高透過ガラス面で対応しようとしたが、必要な暗幕機構もフレームの曲面体に対応する複雑なものにならざるを得ない。

c. 一方利益を生むと称するイベントホールは遮音性、ジャンピングがつくり出す振動に対する対応案もなく、極めて市場性に劣るものでしかない。

3. 既に破綻している有蓋施設の収支計画
JSCより公表されている今年2回に亘る収支計画(別表参照)から明らかになっていることは、初めの収支計画は収入50億、支出46億であった。しかし収入50億の半分を占めるパートナーシップその他の高額収入は到底望めないという判断から次の修正収支計画では収入38億に対し利益5億を確保する為に支出は33億というかたちで帳尻をあわせている。その時特に注目すべきは、初回年間14億であった修繕費を年間6億にしていることである。しかし別表のライフサイクルコストの表でわかるように年間6億とは公共施設に於いて最低必要と考えられている50年間の費用が建設費の最低40%に対しその半分の20%にしかならない。しかも建設費は恐らく2,000億〜2,500億に達すると考えられていることから考えても、到底見合う数字ではない。しかも委託費に想定されている年間20億も、既に述べたように確実にコストが上昇することが想定されている清掃費、そして暗幕、可動天蓋装置、可動観客装置、さまざまな天然芝育成装置を含む厖大な管理修繕 コストを考えた時、既に最新の収支計画も維持費の点からみただけでも完全に破綻していることは明らかである。


しかし興業収入(スポーツ+文化)の中のイベント収入は6億前後であるから、無蓋では収支があわない為にイベントが必要であり、その為に有蓋にしたという説明は有蓋の建設費、維持費の高騰を考えた時全く成立しないことは明らかである。

4. 結論
このような施設を無理に実現しても、不完全な陸上競技施設(常設のサブトラックがない)不完全なサッカー、ラグビー施設(天然芝育成、維持の保証がない)不完全なイベントホール(可動有蓋装置の非信頼性、ジャンピング無対策)更にはポストオリンピックにおいて全く市場性のない過大な8万人収客の規模のこの複合施設は国内外からも嘲笑の目でしかみられない世紀の愚挙であるとしかいいようがない。
しかし多くの人々はあまりにもこうした事実を知らされていないところに問題がある。或いは新聞も含めメディア各紙への寄稿によってさまざま意見は述べ得ても、情報提供機関としては限界がある。但し新聞では東京新聞と毎日新聞が善戦している。その点、唯一情報提供機関として建築メディアで機能してきたのは、日経アーキテクチュアを含めた日経グループだけであると思う。


201411

特集 コミュニティ拠点と地域振興──関係性と公共性を問いなおす


「参加型アート」「アール・ブリュット」──コミュニケーションのためのアートと、これからの美術館のかたち
まちづくりと「地域アート」──「関係性の美学」の日本的文脈
岐路に立つ公共図書館──集客施設か、知的インフラか
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