近代建築と文化から読み解く都市のコード

中川理(建築史家、京都工芸繊維大学教授)+山盛英司(朝日新聞大阪本社生活文化部長)

景観の形成

中川──それほど巨大な街でないためか、通りを隔てると雰囲気ががらっと変わります。先ほどお話した地下街とも通じる話ですが。上町台の高級住宅地から谷を降りて行くと飛田新地へ着くというような。あのギャップはすごいですね。私は横浜出身ですが、大阪へはじめて行った時に一番驚いたのはそのギャップでした。空間の重層性に圧倒されました。東京や横浜はどの街も気兼ねなく散歩できるんですが、大阪には散歩も許されぬ危険な場所が点在しているという......(笑)。

山盛──飛田の前近代的な雰囲気の風俗街から遥かに見上げる、《あべのハルカス》の300メールの威容もすごいですよ。2世紀ほど時間が歪んでいる(笑)。

中川──大阪出身の学生が言っていましたが、この通りから先は行ってはいけないということを子供の頃に親から教えられるとか。

山盛──平らな大阪平野に整備された筋(南北の通り)と水路によって格子状に都市ができているという構造がいまでも活きていますよね。外国人が東京に来て一番驚くのは、中心部に大きな川がないということです。ロンドンでもパリでも歴史的な大都市の中心には大きな川が流れています。大阪も大きな河川は、北を流れる淀川だけですが、多くの水路が残っています。

中川──大阪は生産都市としてではなく、商業都市としてスタートしたことが重要なのではないでしょうか。雑多にたくさんの人間が集まる場所が基盤になっていることが、いまの状況につながっている。城下町でもあるし、「大大阪」以降は生産都市としての側面も持ちますが、それ以前から続いてきた商業都市としての重層性が都市の基盤になっているのだと思います。

山盛──《あべのハルカス》から議論が起きにくいのはなぜなのかと考えた場合、同時期にできた《虎ノ門ヒルズ》(2014)との対比を思います。さっそく行ってみましたが、《虎ノ門ヒルズ》にはビルのなかで街を完結させようという強い意図を感じるのですが、《あべのハルカス》からはそうした強い物語性が付与されている感覚が伝わってこないですね。だから議論さえも起こらないのかと。

中川──東京では物語が描けますが、大阪では描きにくいわけですね。というか、それぞれの場所に、あえてそれぞれのストーリーを作る必要ないと。

山盛──実は、《あべのハルカス》の展望台にある2つの柱の隙間から、大阪湾の方向に沈む太陽を眺めることができるといった隠された工夫はあることはあります。ただ、ディベロッパーでもある近鉄(近畿日本鉄道)の大阪阿部野橋駅から鉄道一本で奈良とつながっていることなどを、いかに共有されやすいストーリーとして紡げるかが大切だと思うのですが、そのような言説がほとんど広がっていないですし、広げる人がいないということなのでしょうか?

《あべのハルカス》Original Update by Kyoto-Picture

中川──そうなんですよね。ストーリーを無理にでも組み立てなければいけないという切迫感がないのです。そのようなものが、集客につながるという感覚もないとも言えます。東京はストーリーを作って都市空間を繋げて演出していくことをしないといけないけど、大阪は個々の風景が完結しているので、人工的に新しいストーリーを付与する必要がないと言うことですね。

山盛──バブルの頃に設計された《梅田スカイビル》は、「空中」がコンセプトになっていました。しかし《スカイビル》もまた、いまだに孤高の存在のようにそびえていて、地域を巻き込んでいくという感覚は伝わってきませんね。

中川──そうした完結される世界が増殖し再編されていって《あべのハルカス》まで続くというのが「大阪らしさ」の本質なのかもしれません。

山盛──京都や神戸は、定型化しすぎるほどに都市景観についてのストーリーがありますが、これから大阪は探していくのでしょうか?

中川──しかし、それにより建築のコードが強要されるようなストーリーならいらないのではとも思ってしまいます。たとえば、いま京都で建物を新築する際の最も大きな足かせとなっているのは新しい景観条例です。これは、日本で初めてヨーロッパ型の厳しい都市保存の方法が実現できるのではないかとして評価されているものです。それが経済界も含めて共通した意思として示された。それはその通りなのですが、一方でどうしても町家を中心とする歴史都市イメージからの規制という側面が強くなってしまっている。日本の場合には、制度による規制という形を取らざるをえないのでしょうがないのですが、都市建築の自律的側面が抑制されてしまうということも指摘できます。

山盛──そういう意味では、大阪はむき出しの都市ですね。経済的な欲望が生々しくむき出しになってしまうので、それを制御するものが必要ではないかと思いますが。

中川──しかし、経済的な勢いがそれほど強くないいま、自然とリミッターがかかっているということもあるかと思います。かつてのバブルの頃のように本当のむき出しにはならない。隈研吾さんが言っているように建築家が大きな物語から開放されなければならないというような文脈から考えると、《グランフロント大阪》や《あべのハルカス》から先ほどの新世界のハリボテまでも含めて、無理に大きな物語を背負わずにさまざまな建築行為が積み重なってきている、というのが大阪なのではないでしょうか。 ただし、建築を設計する際の根拠をどこに置くかということは考えなければならない。大阪には意欲的なオーナーをはじめとして、まちづくりに取り組んでいる人たちがたくさんいます。そういう人々との議論の中に根拠を見つけることが大事だと思います。

山盛──中小企業のオーナーの皆さんと話していると、大阪の街に対して一家言持っているといいますか、どのビルがいい、悪いということをはっきり言いますよね。その代わりに学術的な都市学といいますか、輪郭のある大阪論を見つけることがなかなか難しいということは今回中川さんとお話をしていて実感しました。

中川──大阪がむき出しの都市だとして、そのなかで起きた御堂筋の高さ規制の緩和をめぐる議論は、大阪にとって数少ない景観を再考する機会になったのではないかと思います。

山盛──御堂筋の高さ規制は、關の時代、「大大阪」時代のひとつの名残ですが、なんとなくみんな覚えていないというか、それを財産として共有していない印象があります。いずれにしても御堂筋が大阪の表玄関であるという感覚が皆に共有されておらず、《グランフロント大阪》と心斎橋の間をつなぐ御堂筋について──地元の方は意識されているのかもしれませんが──少なくとも大阪以外の人が共有していない感じはありますよね。私も仕事で大阪に来るまで意識していませんでした。もっと言えば、パリのような歴史的景観を徹底的に活用する街を目指すのであれば、規制は効果を発揮しますが、規制緩和反対にしても規制緩和歓迎にしても、その先の未来がよく見えていないというような。

中川──御堂筋の百尺(約30.303m)規制は、1919年の市街地建築物法に基づいたもので、御堂筋だけの規制ではなかったのです。それが、戦後になっても御堂筋だけが百尺規制を踏襲しようということになったわけです。それがなぜなのかということははっきりとしないのですが、御堂筋の開発に掛けた大阪人の思いが、記憶のなかに強烈にあったのだろうと思います。御堂筋や大阪城など、關が仕掛けた仕組みは未だに大阪の核心部分にあるのだろうと思います。市営地下鉄御堂筋線駅構内のあの空間のかっこよさは、やはり大阪の街の顔になっているはずなのです。

山盛──それはたしかにそうですね。そうした複数の歴史的記憶が大阪をひとつの規範、コードに束ねるのを許さないのかもしれませんね。そこが面白いところです。

中川──ええ、御堂筋の百尺規制を評価しようとするのは、その制度の有効性を言っているのではなく、御堂筋そのものを記念物として捉えているということではないでしょうか。戦後、御堂筋にのみ百尺規制を残した時点ですでにそうした認識があったのだと考えるべきかもしれません。
大阪の街は、京都の場合のように、神社仏閣や町家が残されているわけではないので、都市の歴史性を言う場合には、唯一意識されるのが、關一の時代に形成されたものになるのかもしれませんね。

山盛──關の時代につくられた大阪城も不思議な建物ですね。当時は大阪城の壁が黒かったか白かったかも定かではなく、建てられた後に大阪城図屏風が発見され、壁が黒かったらしいことがわかったわけですから。当時の知識と技術力を集めた造営だったわけですが、その後の学術的な進展もあって、ツッコミ満載になったわけです。

中川──現在の大阪城は、豊臣時代のものと徳川時代の城の両方の要素が折衷されています。その折衷がいかがなものかという意見もあるのですが、いずれにしても、こうした近代になって復興した建物をどう評価するのかはこれから各地で問題になっていくと思われます。名古屋でも、現在の名古屋城の天守閣を、本来の木造で再建するという動きがでてきています。要するに現在のコンクリートは本物ではないという主張ですが、一方でいまある天守閣もすでに歴史的文化財であるという主張も成り立ちます。

中川理『偽装するニッポン──公共施設の
ディズニーランダゼイション』
(彰国社、1996)
山盛──東京都でも2020年のオリンピックまでに江戸城の天守閣を再現しようという動きが出てきていますね。そういうことが起こり始めていることをみると、やはり中川さんが書かれた『偽装するニッポン──公共施設のディズニーランダゼイション』は予言の書だったのではないかという気になります。鈴木博之さんが「形態だけがレプリカによって再現されれば建物の記憶が残ったと考える発想は、都市のディズニーランド化しか生み出さない」(『現代の建築保存論』)と書かれているように、レプリカは、街のディズニーランド化を引き起こすんですよね。かつてあった建築のレプリカができると、レプリカとオーセンティシティ(鈴木さんの言葉では「由緒正しさ」)の境界がわからなくなってしまいます。むしろその意味では、富山県小矢部市が世界の歴史的名建築のデザインを公共建築に借用した一群の「メルヘン建築」のほうがまじめにやっていたのではないかと思ってしまいます(笑)。

中川──城郭再建の動きは地方都市、特に城下町を起源とする都市において、「なにかシンボルになるものを」という市民の期待に応えるものとして広まっていきました。そして、もともと天守閣などなかったところにまで「ニセ城郭」がつくられたりしています。ここで私が注目したいのは、その天守閣の意匠です。天守閣だけではないのですが、歴史に範を置いた建築物というのがあえて作られるケースが増えていますが、その際には何らかの形で歴史の顕彰が行なわれている。そこに着目したい。
たとえば、京都では戦前に安土桃山文化の顕彰が進んだ。明治維新後には幕藩体制の打倒から近世的なものはすべて排除するという意思が示されていたのですが、そのうち幕藩体制の前にあたる安土桃山が再評価されていく。それは、京大人文研の高木博志さんが指摘していることなのですが、私が調べたなかでも、鴨川にかかる橋梁のデザインに京都府があえて桃山風という意匠を採用していたりします。同じ時期に京都市が築造した橋梁は、アール・デコ風のコンクリート橋だったのですけどね。
残念なのは、現在起きている復興建築やレプリカ建築には、そうした時代や文化を読み込もうという姿勢が感じられないことです。単純な歴史性一般の顕彰でしかない。だからディズニーランダゼイションなのですね。

201409

特集 大阪、その歴史と都市構想 ──法善寺横丁、ヴォーリズから《あべのハルカス》まで


近代建築と文化から読み解く都市のコード
(ポスト)モダン大阪の「路地」と「横丁」
大阪の近現代建築と商業空間──「近代建築」と「現代建築」の対立を超えて
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