モノ作りムーヴメント:その現状と新たな可能性
──田中浩也編著『FABに何が可能か「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考』

山形浩生(批評家・翻訳家)

『FABに何が可能か「つくりながら生きる」
21世紀の野生の思考』
(フィルムアート社、2013.8)
本書に採りあげられたFABラボなどに代表される、FABとかメイカーズとか呼ばれる運動については、一部好事家の活動からいまや一般ビジネス誌でも採りあげられる程度の知名度には達してきたようだ。かつてパソコンブームを担ったホビイストたちが、敷居の高くなりすぎたコンピュータの世界(ハードもソフトも、1980年代のように自作で企業製品とタメを張るものを作れる状況ではもはやない)から、もっと小規模なコントローラで物を動かす楽しさを追求し始めた。一方で物作りのほうも、手作業や職人芸の世界がCNCや3Dプリンタ小型化に伴い、ますますコンピュータ化されつつある。この両者が出会う茫漠とした領域に、いまなんだかわからない怪しい可能性を秘めた世界が広がりつつあるのだ。

そして、こうした理念や趣旨説明の段階はだんだん終わり、そろそろそれをどのように広め、普及させて新しい可能性を探るか、という段階がやってきた。当初は、3Dプリンタが広まればパソコンのように、一家に一台広まるようなイメージもあった。しかし実際にやってみると、次元の壁は大きい。紙に文字を書くのはガキの頃からみんなやってきたことだし、もちろん仕事でも日常生活でも、だれでもやる。絵を描くのは少しハードルが高いが、グラフや写真ならなんとかなる。二次元の文書作成やDTPもどきなら、家庭レベルでも可能だった。

が......三次元モデルとなると、とたんにハードルは高くなる。多くの人は小学校の粘土細工以来、三次元の工作物を作ったこともない。三次元CADのモデリングに要求される知識や技能は3Dスキャナがあっても並大抵のものではない。さらにモノのほうに関する知識──材質、加工方法など──も要求されるとなると、そうそう簡単にだれでも3Dモデルが使えますということにはならない。そうしたハードルを越えさせる仕掛けが必要だ。設備とともにそうした技能を提供し、一方でそもそもこの新しい動きで何が可能かについての可能性を探る支援ができる場所──それが本書の中心となる、FABラボとなる。こうした場所の成否が、この新しい動きの将来を左右することになりそうだ。

ということで、本書は日本にもすでに数カ所設立されている、各種のファブラボについて、その成立過程と現状の活動をまとめたものだ。鎌倉にできた第一号、その高校教育との融合事例、イスラエル等海外での展開事例の紹介など、その範囲はさまざま。いま挙げた各種設備と、それを利用する技能を持つ人が配置されたこの施設は、何ができるかわからないことがその存在意義でもあり、一方で多くの人から見ればそれが不安要因でもある。それ故に、そうしたところで実際に何が行われ、どんな活動がすでに生じているのか、どんなモノが作られているのか、というのがいまきちんとまとめられるのは実に有意義。地元のモノ作りとの接点、教育との関連性等、いまのところまったく予想外のとんでもない成果が出てきた、という感じではないけれど、ちょっとしたアイデアに基づくそこそこおもしろい利用例が出てきていることもわかる。

そして、それを実践している人々の考え方や意気込みも、そこそこ面白い。一部は単なる思いつきで、循環社会だとか無農薬とかいうヒッピーお題目には、個人的な嗜好のせいもあり具体性と迫力に欠けるように感じたが、一方でそうした理想論がこのような新しい動きの一つの原動力となったの、コンピュータでもインターネットでも歴史が物語る通り。

こうした実践を通じ、自分も少し各地のファブラボを訪れて、ちょっといじってみようかといった人がふえればすばらしいし、またそれ以上に、自分でもこうしたファブラボのような施設を設置してみようと思う人が出てきたらなおさら結構。本書を読むと、このFAB/メイカーズの動きが、お題目やホビイストの手すさびから、だんだん地に足のついた現実の動きになってきていることが如実に感じられる。読者も、単に読むだけでなく、そこから自分もまた参加してみることを検討されてはいかがだろうか。

やまがた・ひろお
1964年生まれ。批評家。翻訳家。著書に『新教養主義宣言』、『要するに』、訳書にウィリアム・S・バロウズ『ソフトマシーン』、フィリップ・ K・ディック『死の迷路』、ポール・クルッグマン『クルーグマン教授の経済入門』、ビョルン・ロンボルグ『環境危機をあおってはいけない』など。


201311

特集 ブックレビュー2013


群像の貴重な証言集めた労作。私たちはその声をどう聞くか──豊川斎赫『丹下健三とKENZO TANGE』
人間学としての都市・建築論──槇文彦『漂うモダニズム』
モノ作りムーヴメント:その現状と新たな可能性 ──田中浩也編著『FABに何が可能か「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考』
建築計画とコミュニティデザイン──小野田泰明『プレ・デザインの思想』
古代ギリシャからの視線──森一郎『死を超えるもの──3・11以後の哲学の可能性』
戦争をめぐる発見の旅──古市憲寿『誰も戦争を教えてくれなかった』
放射性廃棄物はどこに隠されているのか? ──『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』
「コモン化」なる社会的実践から空間について考える──デビッド・ハーヴェイ『反乱する都市──資本のアーバナイゼーションと都市の再創造』
このエントリーをはてなブックマークに追加
INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引

PROJECT

  • パブリック・トイレのゆくえ
  • TOKYOインテリアツアー
  • 建築系ラジオ r4
  • Shelter Studies
  • 再訪『日本の民家』 瀝青会
  • TRAVEL-BOOK: GREECE
  • 4 DUTCH CITIES
  • [pics]──語りかける素材
  • 東京グラウンド
  • 地下設計製図資料集成
  • リノベーションフォーラム
『10+1』DATABASE

INFORMATIONRSS

「ある編集者のユートピア──小野二郎:ウィリアム・モリス、晶文社、高山建築学校」(世田谷区・4/27-6/23)

編集者にしてウィリアム・モリス研究家の小野二郎(1929-1982)が生涯を通して追い求めたテーマ...

連続講義「建築とアーカイブズを巡る論点」(武蔵野市・5/11-)

近年、開催される大規模な建築展も多く、建築や建築に関する資料への関心が高まっているように感じられま...

シンポジウム「日本の近代建築を支えた構造家たち」(新宿区・5/18)

我が国の近現代建築の発展を技術的側面から支えた構造設計手法や施工法などに関する構造資料は、これまで...

「ル・コルビュジエ 絵と家具と」(渋谷区・3/29-5/18)

20世紀に最も影響を与えた建築家、ル・コルビュジエ。建築と都市計画においてのパイオニアであり紛れな...

「わたしはどこにいる? 道標(サイン)をめぐるアートとデザイン」(富山県・3/9-5/19)

「サイン」とは、人を目的地に導く目印のこと。普段意識することは少なくても、駅や空港、商業施設、美術...

「宮本隆司 いまだ見えざるところ」(目黒区・5/14-7/15)

東京都写真美術館では、現在も国内外の美術展などで発表を続ける宮本隆司の個展を開催します。宮本隆司は...

豊田市美術館リニューアル記念イベント「谷口吉生──美術館を語る」(6/15・愛知県)

豊田市美術館のリニューアルを記念して、同美術館を設計した谷口吉生のトークイベントが開催されます。 ...

日本橋高島屋と村野藤吾(中央区・3/5-5/26)

高島屋史料館TOKYOは、1970年に創設した高島屋史料館(大阪)の分館として、重要文化財である日...

NPO建築とアートの道場 2019春レクチャーシリーズ「これからの建築を考える──表現者と建築家による対話実験」(文京区・4/27-)

これからの建築を考えてみたいと思います 確固たるビジョンがあるわけではありません ただ葛藤や矛盾は...

シンポジウム「感性×知性=建築の新たなる可能性を求めて」 (港区・5/7)

21世紀も2020年代が近づき、AI、生命科学、宇宙といった新たなイノベーションが進行し人類のサス...

建築学生ワークショップ出雲2019開催説明会、講演会(東京・5/9、京都・5/16)

2019年夏、古代より現代に受け継がれてきた、わが国を代表する神聖な場所、出雲大社周辺区域にて、小...

杉戸洋「cut and restrain」(港区・3/16-4/13)

杉戸洋による展覧会が「cut and restrain」4月16日まで小山登美夫ギャラリーで開催し...

鏡と天秤─ミクスト・マテリアル・インスタレーション─(中央区・3/12-5/11)

私たちは非日常(ハレ)と日常(ケ)の境界が曖昧な社会におり、個々が非日常(ハレ)と日常(ケ)のバラ...

- Green, Green and Tropical - 木質時代の東南アジア建築展(品川区・2/6-5/6)

建築倉庫ミュージアムでは、2月6日より「- Green, Green and Tropical -...
建築インフォメーション
Twitter Feed
ページTOPヘ戻る