〈建築理論研究会〉主意──建築にとって理論とは何か

南泰裕(建築家、国士舘大学教授)
ひとつの前提として、仮に「建築における理論」なるものがある、としてみたい。そのときに、私たちがそこから受け取る気配の全体を先に述べるならば、まずもって、理論というものへの違和感と不可解さである、と言うことができるだろう。
モノとしての建築は、もとより理論を必要とせず、むしろ余剰のようなものであって、言葉は建築の存在様態を不必要に粉飾する不純物である。言葉は建築を濁す。沈黙は金であり、明澄な建築の輪郭は、言葉が付与されればされるほど、霞がかかって遠のいてゆく。だから理論というものは、本来、建築の外延から取り払うべきものである故、「建築における理論」はいつもどこか怪しく、曖昧でわかりにくい。それは、建築をごく自然に知覚体験する私たちに、絶えず違和の感覚をもたらすものである、というわけである。
3次元の物質の合成物としての、あるいは空間体験の母胎としての建築に、本来、言葉は必要なく、むしろ害悪ですらあり、ル・コルビュジエがかつて語っていたように、光と沈黙のもとで戯れる建築の純粋な立体の現れを感知し、体験することが重要なのであって、どのようにしても理論はその存在を濁す余剰でしかない。そうした認識は、今も昔も、建築をめぐる様々な磁場を広く曖昧に覆い続けている。
建築にとって、理論は不要であるだろうか。
建築における理論というものは、建築という存在の形を歪ませるにすぎないものだろうか。あるいは、その輪郭を澄み渡らせ、新しい知見をもたらすものだろうか。

「建築における理論」というものへの、違和の感覚。しかし、そこにはまず、遡行的に突き詰めておくべき基底点が存在している。それは、そもそも「建築における理論」というものが存在するのかどうか、という基底的問題である。
例えば私たちは、通常、ウィトルウィウス(ca., B.C.80/70-15)やアルベルティ(1404-72)やパラディオ(1508-80)の建築書を、西欧における正当な、制作の原理としての建築理論、として了解している。あるいはロージェ神父(1713-69)やゴットフリート・ゼンパー(1803-79)やヴィオレ・ル・デュク(1814-79)の言説を、古典的な建築像から離脱しつつある、近代を予告する新しい思考の建築理論として歴史的に認識している。さらにはジークフリード・ギーディオン(1888-1968)による時空間的な建築の把捉や、機械時代を視野に含んだ、レイナー・バンハム(1922-88)のユニークな近代建築論を、批評を超えた創造的な理論的作業として繰り返し参照しつづけている。
これらに限らず、古今東西を眺め渡せば、私たちがさしあたって建築理論と受けとめている成果が、確かに散見されるばかりか、むしろ数えきれないまでに無数に分厚く、各時代と地域において積み重ねられており、今も続いているように見える。
しかしその一方で、ひとたび「建築理論とは何か」と問われると、それをうまく定義づけることは困難となる。それらは、建築家にとっては自らの制作にかかわる方法論であり、建築批評家にとっては多くの建築と言説をもとに組み上げられる批評であると捉えられるが、しかしそれらの多くは、「建築理論」という言葉が本来もたらすべきはずの、思考の確からしさ、または世界への足がかりのようなものを、どうしても送り届けてくれないままにある、という不全感が残り続けるのである。
「建築における理論」というものの、気配の全体がもたらす違和の感覚は、まずそこからやってくる。
その違和の感覚を細かく紐解けば、建築理論の総体がややもすれば厳密さに欠き、ときに過剰に叙述的であり、しばしば自己宣伝の代替物で終始しているか、あるいは対象化される建築への了解不足が起因している場合もあるだろう。メタフォリカルな思考が大幅に欠落している場合もあるだろう。しかしそうした不十分さを別としても、やはり「建築における理論」への違和があるのだとしたら、それはおそらく、そこにもっと原理的なアポリアが突き刺さっているからではないだろうか。
その先で、私たちが何気なく「理論的」と考えたり、「理論派建築家」と受け止めていたりする人たちも、その何をもってそのように認識しているのかは、きわめて曖昧である。反証不可能なのだ。例えば、「感覚派と理論派」というステレオタイプの分別に沿って定義するとしたら、ル・コルビュジエは理論派建築家なのだろうか。あるいは、アルド・ロッシやピーター・アイゼンマンは、理論派建築家の最右翼のように語られることが多いが、それは本当にそのような了解で済むのだろうか。建築形態を自由奔放に操るフランク・ゲーリーは、感覚派の代表のようであるが、実のところ彼こそはもっとも理論的である、と言えなくもない。さらに言えば、必要以上に言葉を発することを欲しなかったミース・ファン・デル・ローエやアルヴァ・アアルトに、理論はなかったと言えるだろうか。建築の作風や様式、意匠や技法という概念を超えて、なおそれにおさまらない「建築理論」というものがあるとしたら、それはどのように措定すればよいのだろうか。

こうしたことを突き詰めていったときに、実は厳密には、「建築における理論」など存在していない、と根底的に捉えなおしてみることすら可能である。それはかつて存在しなかったのであり、今も存在しておらず、今後も存在しないであろうものとして定義されるとすれば、「建築における理論」とはつまりイデア(理念)的な存在であり、現実には存在しない、絶えず肉薄されるべき理想の表象として受け止められていることになる。透明な理念としての数学のような、虚の体系のようなものとして、それは、虚構の総体なのだ、と言うこともできる。
実際に、多くの建築書を前に、「きっとここにこそ、建築をめぐる真の思考が存在しているに違いない」という、ある期待をもって真剣に書物を紐解いてみても、そこから多くの失望を得るのみであったという経験は、誰しもが持っているに違いない。それは、世界と生の真実を確かめるべく、ある覚悟をもって哲学の大著を読み解いてみても、そこから大切な何かを得たという感触のかけらもなしに終わってしまう、という当惑と不全の感覚と、幾分か似ている。
私たちが確実な手応えでもって望んでいる、「建築における理論」というものは、果たして本当に存在するのだろうか。
それを考えるために、ここでさらに突き詰めて、「理論」という概念自体に焦点を当ててみる。

文芸批評家であり、思想家であったポール・ド・マンは、1986年に遺作のような形で、『理論への抵抗』という書物を書き残している。時代的にはポストモダンと呼ばれる動きが世界を席巻するさなかに、ド・マンはこの書物の中で、文学についての理論を定義しようとして、理論そのものが不可避的に生み出してしまう抵抗とは何なのか、ということを明らかにしようとしている。というよりも、ド・マンは図らずも、そのような形でしか「理論とは何か」を記述することができなかったのだ。
ここでド・マンが挙げている文学理論とは、例えば記号論や修辞学の理論であったり、テクスト論であったりと様々である。しかしド・マンはそうした個別の理論自体のディテールよりもむしろ、ここで「理論」という概念がもたらす違和感自体を問題化している。つまり、理論という概念自体が自明のものとして議論され、様々に併置されている事態に対する違和の感覚である。「理論への抵抗」という語り方はだから、「ある理論Aへの、別の理論Bによる抵抗/闘争」というのではなく、{理論(n)}という集合概念があらかじめ成立していること自体への、思考上の抵抗(不確からしさの表明)であると言える。
ポール・ド・マンが、思想としてのデコンストラクションにおいて、中心的な役割を果たした思想家であることは、建築を思考する上で非常に示唆的な歴史をなしている。がしかし、私がド・マンのこの書物を眺め渡したときにまず第一に想起したのは、そうした歴史の符号ではなくて、小林秀雄の処女批評である「様々なる意匠」(1929)だった。小林がここで述べている「意匠」とは、簡単に言えばド・マンが批判的に見取っている(意匠としての)「理論」に他ならず、それらが硬直的に百花繚乱となって林立していることの異様さ/ヘゲモニーの不可思議さを指摘していたのだった。
理論というものが、理論それ自体の基盤の不確かさを忘却して、至るところに立ち上がっている。そしてその差異の戯れを競い合っている。そのことに、非常な違和を感じ取っている。そこにおいて、ド・マンと小林の思考が、私の中で交差したのである。

理論なる概念を、私たちは、どのようにして受け捉えているだろうか。私たちはたいがい、理論それ自体について考えることはせず、ある特定の領域/分野を接頭させて、理論というものを補足的にイメージする。例えば文学理論や絵画理論、音楽理論や経済理論、ゲーム理論や相対性理論、複雑系理論といったように。あるいは、野球理論や華道理論など、様々な領域に「理論」という言葉を無限に付加することも不可能ではない。つまりそれは、ある領域が、体系的・理念的に把捉することができるものである、ということを証明する付加概念のようなものである。
通常は、理論的であるとは、「それが個別の恣意性に依らず、誰にとっても遂行可能な、普遍性を持った道筋の体系として、論理的に説明し得るもの」として考えられている。したがって理論という概念は、ルールと定義の体系として組み上げられる。「理論武装」という形容は、そうしたルールと定義の体系により、多くの事象がくまなく読解可能である、との信が背後に横たわっている。
しかし、私がここでまず考えておきたいと思うのは、そうした理論の精緻さの検証によって、理論の「精度」を高めようとすることではない。本当は、「理論的」であることの可能性は、そのような場所にあるのではない。また、理論的であるとは、言葉が多く費やされている総量の度合いを指すのでもない。「理論」の観念は、おそらくは、いつも誤解されている。それは、冒頭において示唆された、「建築における理論」への絶え間ない違和感と、深くかかわり合っている。それを遡及的に思考し続けることこそが、肝要なのではないか、と思える。

よく知られているように、理論/theoryの語源をなすテオリアは、ギリシア語の「テレイオン」から来ており、これは「観想する、通覧する」という意味をなし、必ずしも実践に対立している概念ではない。だから、「理論と実践」という対比は実は、二項対立としてあるのではない。理論とはだから、自己の/社会の/世界のあり方を先行的に(あるいは技法的に)定義づけるものではなく、何かしら事物を読解しようとする核心的な態度の観念である、と言ってさしつかえない。
私の直観的な了解では、一言で語れば、理論とは、いわば絶望的なものの裏側を指し示しているのだ、と思う。言い換えれば、宿命として起こり続ける現実への、諦念を先送りした抵抗の軌跡として、あり続けるのだと思う。
理論なる観念が、もともと「観想」としてあるのだとしたら、理論とは、何かに先行する仮説のように存在するのではなくて、むしろ事後的に「発見」され、経験の後方を振り返ることによって不意に見出され、見取られる塊として存立している。
つまりそれは、動かし得ない、不可逆で変更不可能な、宿命的なものの意識の中心、非物質的なものの核心を、高い解像度で読み抜こうとする思考の態度の全体を指し示している。
だから、突き詰められた理論には、いつも、「理論的であるとはどういうことか」という我々の曖昧な共同了解のようなものを、強く揺るがせ、打ち砕く力を持つ。20世紀初頭に展開された数学の基礎論のように、理論の徹底は、理論自体を内破させようとするのである。
そこで、「建築における理論」という問題構成に立ち戻ってみるならば、私たちはひとつの建築を目の前にしたときに、いわばそこに、建築家が彫琢した「理論の塊」を見出そうとしているのではないだろうか。それがおのれに共振する瞬間を、いつも待ち望んでいるのではないだろうか。
だとしたら私たちは、「建築における理論」の、百科全書的な閲覧の精度を追究することのみで終わってしまってはならない。
そうではなくて、「理論」と呼ばれるおのおのに通底する「理論の塊」の確からしさから、理論的であることの深みに舞い降りることが必要とされるのではないか。そしてそれを再び、具体的な世界へと突き合わせる試みを続けていくことに、建築を思考することの意味が、わずかだけ立ち上がってくるのではないか、と思われる。


〈建築理論研究会〉は、南泰裕、天内大樹、市川紘司を中心に2013年8月に発会。2カ月に一度、研究会の模様を公開します。第一回目は建築家・丸山洋志氏をお迎えし、レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(1978)における「理論」を再考。9月25日号掲載です。

201309

特集 丹下健三──建築と都市のヴィジョン


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