東京で一番住みたい街、吉祥寺──街の魅力とジェントリフィケーションをめぐって

新雅史(社会学者)×笠置秀紀(建築家、都市研究)

「猥雑さ」が計画ができないなかで

新──吉祥寺は、家賃の高さや不動産取得の難しさを除けば、安全安心、騒音、交通、環境、教育面、どれもそれなりに良いというのは間違いありません。「住みたい街」をイメージではなく指標化したとしても、どれも得点が高くなりそうです。実際に吉祥寺に住んでいる人自身も住みにくいとは思っていないでしょう。それを批判することが果たして可能なのか、という問題があります。

笠置──僕も色々と調べていった結果、結構いい街じゃないかと思ったりして。今日のように一日街の中を歩くと、批判しようとしていたことが惑わされます。だとしても街のはずれの社宅が高級マンションに建て変わっている姿を見ると、多様な人びとにとっての住みやすい街ではなくなってきていると思います。

新──それは誰にとっての街なのかという話につながりますね。「住みやすい街ランキング」というのは、マジョリティにとっての住みやすい街であって、中より上の人たち向けでもあります。吉祥寺はそういった人たちを相手にしていて、それ以下の人にとっては段々と関わりを持ちにくくなっていると思います。かつて、闇市や猥雑な空間が吉祥寺の魅力をつくってきました。だからといって、ふたたび、貧しい人たちが商売できる空間をつくるのかというと、それは無理です。あるいは猥雑な空間といっても多くの人が安全安心を求めたいのは仕方がありません。

笠置──今の街を形づくってきた「敷居の低さ」はなぜ出てきたかというと、中島飛行機や横河電機など、工場労働者の人たちを許容してきたこと、また国鉄、新日鉄の社宅などもあり、高給な役人や大きな邸宅に住んでいる人たちも同時にいて、それらをすべて許容していた場所でした。いろんな人が入っていたから多様な文化が入ってきたわけです。

新──おっしゃっていることはわかりますが、その多様性を計画的につくり出すことはなかなか難しいです。都市を考える人たち、アーキテクトにとって難しいところは、最初から猥雑さを組み込むことが不可能だということです。猥雑さが生まれやすい空間をつくることはできても、それが生まれるとは限らないですし、大手資本の息がかかった計画のもとでは、短期的な収益性を求めざるを得ないところも厳しいところです。では、何が重要なのか。その街が単に愛されているというだけでなく、その街でリスクをとろうとするだけの愛情をもつ人がいるかどうか、つまり苦しいことがあったとしても事業を起こして、それを継続しようとする人がどれだけいるかということだと思います。そうした主体の生成は、収益性だけで生成されるわけではありません。それは必要条件ではあるが、十分条件ではない。それでは他に何が必要なのか。それは、自分がそこで事業をおこなう「物語」がその街にあるかどうか、ということだと思います。自分が事業をおこなう「物語」を他の事業者と共有し、かつそれをその街に集う人々と共有できているか。わたしは、シャロン・ズーキンのいう「オーセンティシティ」とはそういったものだと考えています。

笠置──実は吉祥寺のあり方は計画的なものを柔軟に受け入れながらコロコロ変わっています。最初は新田開発でできた村でした。その後、渋沢栄一が公園をつくって田園都市として計画され、成蹊大学、藤村女子中学校・高等学校、東京女子大学などによる学園都市構想もありました。戦前は、中島飛行機と横河電機による軍需産業の街であり、本土で一番最初に爆撃されたのは中島飛行機です。その後は高山英華の都市計画のモデル都市になります。高山英華は成蹊大学出身ですね。また、中央線文化としての、ジャズ文化があり、アニメカルチャーがあり、今はナチュラル系の街になっています。実は激しく変遷していて、何でもありです。更にこの先はどうなっていくのかは気になります。

新──将来の需要はわかりません。POSシステムの問題を思い起こしました。つまり、消費者が何に注目したかをデータ分析し、一番売れそうな商品をできるだけ仕入れて、注文の少ないものはメニューから外すというものです。そうすれば確かに利益率は上げることができます。在庫が劣化することなく効率的に回りますし、置くスペースも要りません。また、1990年代に、マーケット側が消費者を位置づける時に「F1層、M1層」などとセグメント化されましたが、それが広がっていくと、消費者自身もそれを認識して、自らその消費スタイルをなぞるようになりました。雑誌の記事やテレビドラマのつくられ方がその例です。吉祥寺も1990年代以降、そういった変化の波に晒され、収益性が求められたのだと思います。ただ、消費者に需要を聞き続ける限り、新しいイノベーションを生むことは不可能です。消費者自身が五年後、何を欲しがるかをわかっていません。これは生産者が提示しないとダメです。資本主義にとってのキーは、やはり起業家精神で、自らのリスクを投げ打ち、損失を覚悟しながらも、これが新しい需要なのだと提案する人間がいることです。吉祥寺がもしそういう将来を提言できないのであれば、大手資本のPOSシステム的な考え方で、今の消費者や販売履歴を分析し、それを提供する街になります。新しいものが生み出される街は、普通の人が信じられないような提案がされたり、多くの人が失敗できるような街であることが必要です。かつてのジャズ喫茶は、生産者が消費者に指示しているような店ですよね。お客さんが話をする場所ではなく、「この曲を聞け」と。今はそういう時代ではありません。

笠置──「アップル」などはマーケティングによってものをつくる企業ではないですね。

新──一部の企業はそうですね。「BOSE」も商品開発の時に他者の類似商品の値段を参考に値付けすることを禁止しているようです。


201307

特集 都市的なものの変容──場所・街区・ジェントリフィケーション


東京で一番住みたい街、吉祥寺──街の魅力とジェントリフィケーションをめぐって
北米都市におけるジェントリフィケーションの展開──バンクーバー ダウンタウン・イーストサイド地区の現在
想像力という理路──「黄金町バザール」と都市再開発をめぐって
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