建築のエモーショナルな感受性へ

平瀬有人(建築家)
鈴木了二さんの著書のなかでこの『建築映画 マテリアル・サスペンス』は異質だ。この書物を手にとったとき、まずはじめにそう感じた。『建築零年』(筑摩書房、2001)や『非建築的考察』(筑摩書房、1988)はフォーマルな、正しい装いをしている。それに対して、この『建築映画 マテリアル・サスペンス』の外観からは蠢く気配を感じる、のだ。書物は単なる情報の束なのではなく、手にとったときの物質感や重量感などがレイアウトされた多感覚的なメディア、つまり奥行きや深さを伴う建築的オブジェだとかねてから僕は考えているが、この書物はまさにそれなのである。装丁はもちろんのこと、何より紙質の選定が秀逸で、見た目の重厚さと裏腹にアドニスラフという紙質のもつ独特の軽さとやわらかい手触りが、立て続けにさまざまな映画がレファレンスとして引用される疾走感溢れる内容と相まって気軽に読むことを促してくれる。あるいは頁を捲るにしたがって、ほんわりとアドニスラフの原料である松の香りが五感を刺激するのである。いまから8年ほど前に、ある誌面★1で鈴木さんをお招きして対談を企画したことがあるが、そのなかで「出版物をつくる今までとは違うもう一つの理由が欲しい」と発言されたことを憶えており、まさにこの書物がそれを体現している。

さて、一見この書物は映画評論のようだが、僕には映画を通じて語ってはいるが、歴然とした建築論の書物であるように思える。しかも日本の現代建築に対する強烈な批評書だと受け止めている。本稿ではその内容の全てを網羅することはできないが、僕の関心に引き寄せて幾ばくかの視点を挙げたい。
しかしその前にこの書物に通底する「建築映画」とはなにか、ということを共有しておかなくてはならないだろう。鈴木さんは「物語にも意味にも関係なく映画に建築が映っていると少しでも思ったら即座にそれを建築映画とみなす」と述べ、さらに、「建築映画になるかどうかは、建物がどのように撮られているかであり、そこに建築のまぎれもない建築性がはっきりと映っているかどうかにかかる」と続ける。この「まぎれもない建築性」とはどういうことだろうか。鈴木さんはそれをコーリン・ロウの建築における「透明性」の定義を紐解いて説明する。簡単に言うと、建築映画には二つの条件がある。「実(リテラル)」の透明性(建物の具体的な側面を即物的に伝える/唯物的)と「虚(フェノメナル)」の透明性(建物のなかに潜む建築の存在感を押さえる/現象学的)を備えていることである。より具体的には、前者を歴史的記憶/人間的記憶(物語や意味)、後者を物質的記憶/身体的記憶(事物や建物の気配)と定義し、さらに後者はフェノメナルというよりもエモーショナルな感受性と言ったほうが適切ではないかと述べている。 そのような建築映画の一つの例として鈴木さんは、黒沢清氏の映画『トウキョウソナタ』のなかで特に強いストーリーが無いのに不吉な気配が漂っているある開口部のショットを挙げる。分かりやすい物語によるサスペンスよりも気配のサスペンスのほうがより深刻に恐ろしいのである。そのように「物語」や「意味」を漂白した状態の映画を語ることができるなら、建築も同様にできるはずだ、と映画と建築をパラレルに鈴木さんは続ける。建築の視点から見れば、「社会性」や「共同体」や「プログラム」といった「意味」を漂白したあとの建築のありようを問われているのだ。そしてここからは僕の推察であるが、鈴木さんはこうした視点を通じて日本の現代建築はあまりにリテラルな議論ばかりでフェノメナルな視点があまりに無さすぎると憂いているのではと勝手に受け止めている。そのことは「もちろん社会に関心がないというわけではまったくない」と前置きした上での以下の行からも伝わってくる。

社会性という言葉自体にあたかも価値があるかのような言説に問題があると思うのだ。それも、せいぜいが「窓を大きく開けて社会に開く」とか「間仕切りをなくして共同性を高める」とか「アトリウムを広げてプログラムを多様化する」といった程度の、建築の言説の外から見たらほとんど根拠の怪しい陳腐なスローガンが、もっともらしい顔で笑いもせずに語られているのである。(本書 p.76)

白い箱に大小様々な開口部を開けるのが現代建築デザインでは大流行である。窓があると周りのひとたちとの関係も深まり、「社会性」も増大し、見えるビスタもいろいろ変化して楽しいな、嬉しいな、というわけである。開き直ったナイーヴさも、図々しくなければ許してもよい。しかし少なくともそこに、黒沢清の見つけた亡霊としての開口部を受け入れてくれる場所はない。(本書 p.285)

個人的な話ではあるが、かつて僕は修士設計で「視差建築研究」と題し、ピクチャレスク建築に代表されるような一つの視点でコントロールされた近代建築を超えるべく、複数の視点を同時に設定し、様々な方向に消失点を設定した狭窄的なパースペクティヴを持つ場を多数設けることで、「現象」をより強固に作動させる装置としての建築を提案した。アンドレア・パラディオの設計した劇場テアトロ・オリンピコを立体的に組み合わせたような構成であった。言い換えるとそれは、トロンプ・ルイユのような「多視点」的な構成を持ち、消失点を注視するという人間の視覚の特性を意図的に強め、散在させることで、視線を誘引する「気配」や「現象」をつくりだすための造形操作であった。今思えば手法や造形に無理があるものの、これはまさに近代建築を乗り越えるための「エモーショナルな感受性」をどのようにつくれるだろうか、ということを試行したのだな、とこの書物を読んでやっと納得したような気がする。そしてまた、この命題は未だなお有効であることを改めて実感する機会であった。

それにしても鈴木了二さんの命名力というか造語力にはいつも脱帽する。あたかもそういうジャンルが以前から存在するかのように表現をするのだ。別の言い方をすれば、単純にカッコいいのである。そもそもタイトルの「建築映画」にしてもそうだが、物質映画・小屋映画・階段映画・開口部映画・トンネル映画・映画のトンネル性・狭窄遠近法・踊り場目線......挙げていくとキリがない。「建築映画とは物質のメロドラマであるとも言えるだろうか」などは本当に名言だと思う。鈴木さんは「終わったあと」(これも通常の本なら「あとがき」なのだが)で、「文字からもっとも遠く離れるつもりで建築方面に向かった記憶がはっきりとあるので、人生いったいなにが起こるか分からない」と書くが、数々の魅惑的な言葉の連続はいつも建築の慣習的な言語に凝り固まっている僕の頭を覚醒させてくれる。

失礼を承知で申し上げると、まるでサブカル本のコーナーにあってもおかしくなさそうな装丁や紙質で、『建築零年』や『非建築的考察』などに比べると、圧倒的に軽快なので襟を正して読むというよりは鞄にヒョイと入れて移動中に読む感じなのだが、内容は実に重い。字数が尽きてしまったので紹介にとどめるが、例えば「物質的記憶」などと言われてしまうと建築家アルド・ロッシを想起せざるを得ないし、本書の青山真治論からマーク・ロスコ論への広がりは本当にワクワクする重要な建築論である。何度も読み返してみて、何気なく読み進めやすい"しつらえ"こそがこの書物の最大の「マテリアル・サスペンス」なのではないか、と思う。鈴木了二さんとはじめてお会いしてから既に15年近く経つが、相変わらずその活動に魅了され続けているのである。



★1──『早稲田建築2005』(稲門建築会、2005)


平瀬有人(ひらせ・ゆうじん)
建築家、佐賀大学大学院准教授、yHa architects。1976年、東京生まれ。2001年、早稲田大学大学院修士課程修了後、2004年、同大学院博士後期課程単位満了。早稲田大学古谷誠章研究室、ナスカ、早稲田大学理工学部建築学科助手、同非常勤講師を経て、yHa architects共同主宰。2007-08年、文化庁新進芸術家海外留学制度研修員(在スイス)。2008年より佐賀大学准教授。2010年、佐賀大学大学院准教授。


201304

特集 鈴木了二『建築映画 マテリアルサスペンス』刊行特集


建築─ガレキ─映画
「Playback」と「建築映画」
鈴木了二氏への手紙
「建築の証拠」からグルーヴするその論の行方
光学としての建築映画
建築のエモーショナルな感受性へ
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