リビング・ヘリテージとしての東京駅──建築保存における「インテグリティ」の指標をめぐって

田所辰之助(日本大学准教授)

東京駅に集う無数の人々。丸の内駅舎のファサードや南北ドームに向けられた視線と頭上にかざされたカメラや携帯。夜になってもこの様子は変わらない。ライトアップで照らし出された新東京駅の姿に人々は嘆息しているかのようだ。日本の国家的、歴史的建造物にこれほどまでに人々が参集し、その完成を愛でている姿は見たことがない。こうした光景がかつてあったとしたら、いつ以来のことになるのだろうか。
基本設計から数えて9年、免震レトロフィットなどの高度な現代技術が投入され、また数々の分野の職人たちがその持てる技を競った。東京駅に眼差しを送る人々はたぶん、このことを知識としてでなく実見のなかから嗅ぎ取っているのではないだろうか。
古びた感じはむしろしない。光を反射させ輝く銅板葺きのドーム、外装のレンガは新しく初々しい。印象はあくまでも軽やかだ。建築のことをさほど知らない人々であっても、設計や工事に携わった人々の誠実なる仕事ぶりやその精度について、なんらかの想いを受け取りながら無意識のうちにもそれを見極めているのではないだろうか。

復原の精度

こうした「精度」の感覚はどのような設計、工事のプロセスを通じてもたらされたものなのか。たとえば外装をいろどるレンガタイルは、もともと均一なものではなく色むらがあった。それは、1914年の創建時、大量のレンガを複数の窯で焼かざるを得ず、原料の土や焼成温度がそれぞれの窯で異なってしまうからだった。現代ではもちろん、すべてのレンガを均質なものに仕上げることが可能だ。だが今回の工事では、少量ずつ条件を変えて焼成させ、あえて色むらをつくり出すための試行錯誤がなされた。また銅板葺きの屋根では、寺社建築の屋根工事に長く携わってきた熟練技術者を招聘し、板金加工の実物モデルを作成して職人たちが現場で複製する、という方法が取られたという。三次元曲面の立体的な加工に、施工図を介した従来の工法では限界があったらしい★1
また、レンガの赤色と対照をなして白いサッシュが外観に優美さを醸し出す窓のデザインも、今回の工事で原設計に近いものに復原された。オリジナルは木製建具だったが、空襲で焼失し戦後はスチール製サッシュとなり割付も元とは異なるものだった。それを今回、アルミサッシュに換え当初の割付に復原した[写真1]
いずれの部位においても、共通しているのは、原設計に対する敬意と誠実さのようなものだろう。また、それを実現するにはオリジナルの材料や遺された設計史料等のドキュメントに対する徹底した調査が不可欠だ。このような設計のあり方を示す指標に「インテグリティ(Integrity)」という言葉がある。正直さ、清廉、規範などの意味をもち、また一方で、完全、統合、ひとつにまとまっていること、などの含意がある。原設計に対し正直に復原され、そのプロセスが規範に則っていて、その結果オリジナルの価値がひとつの建造物のなかに一体的なものとして継承されている状態、を示しているのだろう。ユネスコの諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)でも謳われ、建築の保存を考える際の価値指標として用いられるようになった。

1──東京駅丸の内駅舎、外観

リビング・ヘリテージとしての文化遺産

インテグリティという指標が必要とされた背景には、建築の保存を考えるとき、あくまでも建物を使い続けながらその歴史的価値を継承していきたい、という問いかけがあったはずだ。本来であれば、ひとつの時代のメルクマールとなるような重要な建築の場合、その建築史的価値を考えれば凍結して保存する、というのが理想だろう。だが、時間の流れとともに当初の機能は失われ、時代に即した新機能への変更が望まれることも多い。環境制御、耐震性、安全性など現代的な建物性能を満たすことも要求される。建設当初の材料がすでに入手できなくなっていて、その代替が必要になることもある。リビング・ヘリテージ(生きた遺産)として文化遺産を活用していくためには、当初の姿のままであることを前提とするオーセンティシティ(真正さ、本物の価値)だけを唱えていても対応できない事例が見られるようになってきたのである。ユネスコの世界遺産条約(1972年)では、意匠、材料、技法、場所の4つの項目について、そのオーセンティシティを遵守することが定められた。だが、現実はより多様で複雑さを増してきていて、柔軟な対応が求められている。
筆者も司会・主旨説明の立場で参加した、今夏の日本建築学会大会(名古屋大学)でのパネルディスカッション「モダニズム建築の評価−保存のコミュニケーションをめぐって」でも、このインテグリティについてさまざまに議論が交わされた。このとき話題になったのが、イコモス20世紀遺産国際専門委員会によるマドリッド・ドキュメント(2011年6月)である★2。これは、建物に対しなんらかの手を加え保存を図る場合の基本理念を明文化したもので、今後のリビング・ヘリテージのあり方を考えていく際の指針となる内容をもつ。このなかでは「適切な方法論に基づく保存計画」が謳われ、「変更度合いの許容範囲の設定と確立」も求められている。だが、実際にその範囲は、と考えると難しい。原設計に対し、どこまで手を加えていいのか。その範囲を一般化することなど、はたしてできるのか。

「インテグリティ」を保障するもの

このパネルディスカッションでは、東京駅の設計・監理に中心的な役割を担った田原幸夫氏(ジェイアール東日本設計事務所)もパネリストとして参加され、この問題について見解を示した★3。「ミニマム・インターベンション(minimum intervention/最小限の手の加え方)」の考え方や、デザインは変えずに建物性能をグレードアップさせること、新たに付加した部分は原設計と判別可能なデザインとすること、保存部分以外を使って建物性能を確保する、などの考え方が紹介された。東京駅も基本的には、こうした手法にしたがって設計されていることがわかる。復原壁と新設壁とは目地の扱いが異なり、その違いが判別できる。南北ドーム内部の柱より下の部分は、当初の設計を採り入れながらも新たなデザインが加えられている。そのため、柱頭や柱をつなぐ飾り梁には「2012年」の文字が刻印された[写真2]
また、マドリッド・ドキュメントでは、保存活動のための責任者の明確化や専門家グループの役割が重要視されている。東京駅では、早い段階で学識経験者を含む保存・復原に関する専門委員会が立ち上げられ、このインテグリティの問題についても徹底的に論議されたという★4。こうした組織的なバックアップも、建築保存の設計・工事を支え、それを成功に導く重要なファクターである。戦災による焼失という経緯をもち、また国を代表する歴史的建造物だが、その保存・復原の設計手法とプロセスは、今後インテグリティの観点から他のケースにおいても先例として参照されていくことになるだろう。

2──東京駅丸の内駅舎、南ドーム内部

事例の積み重ねが可能性を開く

さて、じつは東京駅でもうひとつ、着目したい空間がある。4階中央部分に設けられたゲストラウンジだ[写真3]。ステーションホテルは細長い形状の駅舎のなか330mにおよぶ長さをもつ。宿泊客の移動距離もかなりなものになる。朝食をどこで供すればよいか。2、3階には既存レンガ壁があって撤去することができず、大空間をつくることができない。そこでかつての屋根裏を改変して、屋根勾配をそのまま現して天井の高さを確保し、朝食会場としても利用できるゲストラウンジが設計された。4面ある天井のうち3面は格間の仕上げで、駅に面する東側はガラスが天井全面にはめ込まれている。ゆったりとした、とはかならずしもいかなさそうだが、3基のシャンデリアが吊り下げられ、落ち着いた雰囲気の、だが明るいラウンジとなっている。

3──東京駅丸の内駅舎、カフェ
提供=新建築社

この空間は原設計にはなく、ミニマム・インターベンションの原則からは逸脱している。歴史的建造物の保存という観点からは歓迎されるものではないかもしれない。だが、朝食会場はホテルの現代的機能や利便を考えたとき不可欠なもののひとつだ。ここには、東京駅の復原工事がたんなる歴史的建造物の保存事例であることを超えて、創造力、そしてデザイン力が求められるまさに設計という営為にほかならなかったことが如実に示されている。
こうした空間の存在は、東京駅をさらなる議論に開いていくことになるのではないか。たとえば、海外の事例だが、ドイツ、ベルリンに建つライヒスターク(ドイツ連邦議会議事堂、旧帝国議会議事堂)の建物は、イギリス人建築家ノーマン・フォスターの手によってガラスのドームなどが1999年に新たに付け加えられ再生された[写真4]。19世紀末にパウル・ヴァロトの設計によりネオ・バロック様式で建設されたこの建築のドームは、1933年にヒトラーが政権を取った直後不審火で焼失した。これを契機にヒトラーへの全権委任法が成立するなど、ドイツ近現代史の記憶の場所でもある。東西ドイツの統一がはたされた後、ドイツの人々はこの建物を復原する道を選ばず、フォスターのデザインによる、二重螺旋のスロープをもつ現代的なガラスのドームが新たにつくられた[写真5]。スロープを上がり切るとそこには展望スペースがあって、ベルリン市街のスカイラインを望むことができる。このドームの下には議会のためのスペースがあり、見下ろすことも可能だ。一般に開放されているこのドームの見学者の行列は絶えることなく、ベルリンの壁崩壊後の新生ドイツの象徴的存在となっている。

4──ライヒスターク(ドイツ、ベルリン)

5──ライヒスタークのガラスドーム内部
すべて筆者撮影

このライヒスタークの例は、歴史的建造物の保存という枠組みをもはや越えているものかもしれない。だが、このような事例も選択肢のひとつとしてあり得るのではないか。歴史を凍結させたたんなる史料としての建築ではなく、あくまでも使われ続けながら、都市のなかに歴史的多様性を育み、新たな都市空間の可能性を開示する。東京駅も、ライヒスタークに比べれば控え目なものかもしれないが、そこに投入された創意を思い図ると、歴史的資産の新たな活用方法への道が示唆されているように感じられる。ゲストラウンジの空間を、建築の保存ということとは混同すべきではないかもしれない。だが、さまざまな手法を採用し、その事例を積み上げていくことで、社会的資源としての建築の魅力や意義もまた再認識されていくにちがいない。東京駅に集う人々の姿に、それは証明されている。保存のルールを教条的に考えるのではなく、事例の積み重ねが可能性を切り開いていく。そして、そうした事例の検証を通じて、また新たな規範や理念が生まれていくのだろう。

★1──「名所誕生東京駅、集客増の立役者たち」(『日経アーキテクチュア』No.988、2012年11月25日号、46-49頁)。
★2──山名善之「ICOMOS二十世紀委員会からの報告──マドリッド・ドキュメントについて」(『モダニズム建築の評価──保存のコミュニケーションをめぐって』日本建築学会[編]、2012年9月、21-32頁[翻訳協力=大西伸一郎])。
★3──田原幸夫「歴史的価値と現代的性能を繋ぐもの──保存・再生デザインの現在」(同上、3-12頁)。
★4──岡田恒夫、鈴木博之、有山伸司、田原幸夫「使いながら保存する駅のあり方」(『新建築』Vol.87、No.17、2012年11月、60-63頁)。


たどころ・しんのすけ
1962年生。建築史・デザイン論。日本大学准教授。博士(工学)。共著=『近代工芸運動とデザイン史』『材料・生産の近代』『マトリクスで読む20世紀の空間デザイン』『ヘルマン・ムテジウスとドイツ工作連盟:ドイツ近代デザインの諸相』ほか。


201212

特集 東京駅・新考


東京駅──再生と復元の美学
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