【第5回】[インタヴュー後記]小都市の実験可能性

太田浩史
佐々木先生との対話で印象に残り、ひとつ腑に落ちたのは、フランスのジャック・ラングの名前を出したときの先生の嬉しそうな顔である。文中でも触れたとおり、彼は42歳でフランスの文化大臣となり、文化予算を倍増して「文化の民主化」を進めたのだが、その舞台となったのは地方の小都市だった。彼は従来のハイ・アートだけではなく、ポピュラー音楽、大道芸、人形劇などのサブカルチャーを奨励し、文化の中心地パリだけではなく、地方小都市の文化産業を育成しようとしたのである。その文化復興の動きに対し、政治的には地方分権化、そして空間的には90年代以降の都市再生の波が重なってくるというのが構図なのだが、フランスにおいては、歩行者専用道や広場の再整備などが、この文化の再活性策に大きく寄与することになった。フランスの街々に、大道芸やストリートミュージシャンが多いのはこうした背景があるからであり、スペクタクルのチャンピオンといえるロワイヤル・ド・リュクスが出てきたのも、30年以上にわたる総合的な取り組みがあったからなのである。文中ではソフトとハードと簡単に言ったのだけれど、前回の富山のグランドプラザの例のように、文化的な実験と空間再編を連動させるのは一朝一夕でできることではない。何よりも、人を育てるのに時間がかかる。

ロワイヤル・ド・リュクス『スルタンの象と少女』(2006)筆者撮影

さて、何が腑に落ちたかというと、「創造都市」はひとつの運動なのだ、ということである。今回の私の理解は、創造都市の目標は2つあり、ひとつは東京以外のさまざまな都市──地方都市、という言い方はここでは避けたい──の可能性を高めること、もうひとつは「都市はみなのものである」という都市民主主義の原理のような物言いを改めて掲げること、というものだった。前者については、金沢、鶴岡、ボローニャなど、佐々木先生の言葉の端々に現われているから解説は不要だろう。ただ、後者について念を押しておきたいのは、創造都市に期待されているのは実験性と、それを共有する社会包摂性であって、単に誰かが「創造的」「文化的」であればよいものではない、ということである。学生の演劇祭からナンシー国際演劇祭を育て上げ、寺山修司や山海塾を招待していたジャック・ラングにしても、軍事政権と戦った女優で後にギリシア文化大臣として「欧州文化首都」を提唱したメリナ・メルクーリにしても、創造都市の源流には、制度に異議を唱え、価値観を転覆しようとした時代の熱気が今も息づいている。日本の創造都市論でたまに物足りなく感じるのは、それが経済的価値を強調するあまり、そもそも文化的実験がなぜ必要なのか、という熱気を帯びた議論を欠いているからである。私の好きなイギリスの創造都市ニューカッスル、ゲーツヘッドでも、2009年の欧州文化首都のリンツでも、またはエッセン、ドルトムントなど2010年文化首都のルール地方でも、そこには現状の都市を逆立ちしてでも読み替えてやろうという気迫があって、文化やアートは、その読み替えの作業を都市全体で共有するための飛び道具のように見えたのである。創造都市論でパブリックスペースがしばしば話題になるのも、その共有の仕組みこそが最も重要であるということが認知されているからだろう。そんなところにも、私たちのできる仕事があるように思われる。

アトリエ・ワン《リンツ・スーパー・ブランチ》(リンツ、2009)アトリエ・ワン提供

アンソニー・ゴームリー《エンジェル・オブ・ザ・ノース》(ニューカッスル、1998)筆者撮影

つまるところ、私の興味は創造都市論をどのように日本の「まちデザイン」に接続していくのかなのだが、食べ物にしても、製造業にしても、もちろん伝統工芸やサブカルチャーにしても、そもそも日本社会は圧倒的に創造性に溢れていているので、その創造性が都市空間に向かうことを願うばかりである。繰り返しになるけれども、運動は開かれていて、むしろ小さな都市のほうが実験的になりうるから、この連載を通じて、そういう事例をもっと見ていきたいな、と思っている。

201210

連載 Think about New "Urban Design"

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