線の思考──寸断とネットワーク──原武史『震災と鉄道』

桂英史
◉原武史『震災と鉄道』(朝日新書、2011)
「線の思考」は近代の最も革命的なコミュニケーションのひとつである。国境は線で地図上の国民国家を峻別し、天気図では気圧の差が線で描かれ天候の変化を表す根拠となっている。さらに一般的に言って、線上という表現は境界に立つ緊張感を表わすこともある。
その線の思考にとってもっとも代表的なのは交通、とりわけ鉄道である。もともと近代を代表する蒸気機関は船と鉄道に利用され、典型的な社会基盤として線の思考を体現してきた。そのせいもあり、その線が遮断すると、暴力的なまでに社会そのものを考えざるをえなくなる。本書『震災と鉄道』は東日本大震災が引き起こした線の遮断をきっかけとして、今日までそして明日からの鉄道という線の行方について述べられている。近年鉄分の高さを思う存分発揮しながら著述を重ねてきた著者であるだけに、寸断された東北地方の鉄道網への想いを中心に論が進んでいく。
三陸鉄道の再開への心意気を高く評価すると同時に、震災当日のJR各社の対応を批判的に検証しながら、鉄道とその付帯設備、たとえば駅などの公共性の重要性を説く。確かに震災当日のJRは異様とも言えるような対応で、帰宅難民を守るどころか排除の精神すら働いていたことは確かだ。公共交通機関として人や貨物を安全勝かつ迅速に運ぶことが使命であることは言うまでもない。しかしながら社会における未曾有の危機に直面した時に、最も責任を問われない方法を選択したJRの対応に不審の念を抱いた人は少なくなかったはずである。公共交通機関とは何かを突きつけられた事態であった。
さらにその著者のJRへの不審は地方の鉄道を「赤字路線」と烙印を押して、経済合理性でないがしろにしてきたことへの関心が及んでいく。確かに著者が述べるように、地方へ行って在来線に乗ると、電化が進んでいない路線に多くの学生や車を利用しない人たちの日常が凝縮されていることに気づく。逆に言えば、鉄道の路線がなければロードサイドは大都市近郊の国道と大差のない風景が中途半端に広がるだけである。著者の論に沿って考えていくと、確かに地方の衰退と「赤字路線」は明らかな相関があるような気がしてくる。鉄道がもっている公共性をないがしろにしてきたツケが回ってきたとも考えられ、鉄道というネットワークは公共性を考えるうえで最も身近で切実な問題であることを実感する。地方都市の中心市街地に並ぶシャッター商店街が問題になって久しいが、それも交通という重要な社会基盤をあまりにも「早い」「便利」だけで考えて来た結果、地方都市に負の遺産を背負わせている。マルクスが述べていたように、やはり20世紀は交通の時代であったのだ。
震災直後の節電ダイヤや電化してきた過去のプロセスなど、当然ながら著者は電気と鉄道網の関係に触れている。それほど深く論じているわけではないが、鉄道の電化、つまり汽車が電車へと変わっていったこと、あるいは都市圏にだけ電車が集中して走っていることを考えても、電気と鉄道との関係は市場原理主義で地域の公共性や地域間の結びつきをことごとく破壊している原因にもなっている。この市場原理主義が「原子力ムラ」といった利権を呼び込む遠因となっているとも考えられ、鉄道は「てっちゃん」の問題だけではないことを今さらながら思い知ることになる。
最終的に本書は新幹線至上主義で見落としてきた公共性を批判的に検証するとともに、リニア建設にも警鐘を鳴らしている。もちろん大都市圏の集中や地方の衰退、そしてさらなる公共性の喪失が起こることを懸念してのことである。
最終的には地方の在来線にあるような「会話」がなくなっていることを指摘しながら、震災時でも隣の人と会話をせず、ひたすらつながりにくくなった携帯から情報を得ようとしている大都市圏の電車に乗っている乗客の様子を、もはや公共性のかけらもなくなっている状況の典型と批判している。ただ、このことはもちろんその通りなのであるが、いささか強引なまとめになっている感は否めない。鉄道網は「線の思考」であるとともに、ネットワークという連帯組織を前提とする社会基盤である。その技術と運用のノウハウが洗練されればされるほど「普及」が進む。でも何か事があって寸断されるとすべての人々の言動が白紙となる。むしろそうなるようでなければ経済合理性はなく、公共交通機関とはなりえない。洗練された連帯意識であればあるほど匿名化し、私生活における時間や速度が資本化され、その規範や約束事が身体化される。鉄道の普及による標準時の導入が労働や生産にもたらした影響を考えてみると、そのことは明らかである。社会規範が身体化されても、個人間のコミュニケーションは日常的にブラックボックス化されていないと、それは技術としての精度と信頼性を欠く要因となる。
このことは交通や通信という連帯組織がつながることを目的として約束事(プロトコル)で構成されている以上、つねに抱えるパラドキシカルな公共性である。そのことに敷衍しているように読み取れる箇所はいくつかあったものの、ネットワークそのものがもっている近代的なパラドックスに言及した箇所はほとんどなく、もう少し紙数が欲しかったところだ。
ただ終盤に著者が挙げている列車内での「会話」の例が単なるおしゃべりであっても、政治的な言論空間を作り上げるようなおしゃべりが言論機関以上に政治的になりうるということを指摘しているのはさすがの慧眼である。しかもそれが速度に応じた座席の配列に関係していると指摘しているとあっては、その鉄分には脱帽するしかない。
実は僕はJR新宿駅南口付近で2011年3月11日午後2時46分を迎えた。電車を降り、改札へ向かう途中だった。地震の揺れも尋常ではなかったが、それ以上に怖かったのは駅から溢れてくる人々だった。翌日は新幹線で仙台に行ってシンポジウムに出席する予定だった。まさに公共交通機関のなかで地震に遭遇した僕は次の日には、東京電力福島第一原子力発電所の事故をテレビ放送やインターネットというネットワークを通じて知ることになった。
このことは自分の生活も資本化されたネットワークのなかで抑圧されていることを実感するのみならず、「線の思考」がこれからも信頼に足るようなコミュニケーションかどうかについて懐疑的にならざるをえなくなった。それまでの「問い」がすべて無効になってしまったような無力感すら覚えた。現在はその「問い」を根本的に再建しなければならないという切実さに直面している。その点で本書はこれからの再建計画を具体的な事例で後方支援してくれたように思う。

201206

特集 書物のなかの震災と復興


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