「今、音楽に何ができるか」という修辞に答える──震災時代の芸術作品

増田聡(大阪市立大学大学院文学研究科・文学部准教授)
◉大友良英
『クロニクルFIKUSHIMA』
(青土社、2011)
◉磯部涼
『プロジェクトFUKUSHIMA!
2011/3.11-8.15
いま文化に何ができるか』
(K&Bパブリッシャーズ、2011)
◉『アルテス Vol.1』
(アルテスパブリッシング、
2011)
◉ジャック・アタリ
『ノイズ──音楽/貨幣/雑音』
(みすず書房、2012)
◉『プロテスト・ソング・
クロニクル──
反原発から反差別まで』
(ミュージックマガジン、2011)
◉筒井信介
『ゴジラ音楽と緊急地震速報──
あの警報チャイムに込められた
福祉工学のメッセージ』
(ヤマハミュージックメディア、
2011)
改めて確認するまでもなく、音楽はカタストロフにおいて直接には何の役にも立たない。また、多くの人々が「震災直後は音楽を聴く気分にまったくなれなかった」と証言するように、個人の衝撃を「癒す」役割も限定されたものでしかなく、しばしば逆効果すらもたらす。マスメディアにおける歌舞音曲自粛はこの社会心理が生み出すものだろう(阪神大震災時のマスメディアにおける音楽状況との比較は興味深い。シンポジウム「被災地に流れた音楽」の記録★1を参照)。
他方、数日間の非常時を過ぎると、一転して音楽は震災復興のための「動員」に用いられる。「今、音楽に何ができるか」という疑問文は、音楽がチャリティーなどの目的を掲げ経済的な動員に供される事態をオブラートに包む修辞にすぎないのだが、「絆」「がんばろう日本」その他の定型的な語りとともに、「今こそ音楽の力を」といった空疎なスローガンが頻繁に用いられた。それは「動員と癒し」という目標があらかじめ設定された「力」であった。
このような震災後の日本のポピュラー音楽の状況については、宮入恭平「3.11が日本のポピュラー音楽シーンに与えた影響」★2が的確に概括している。震災直後はCD発売やライブ公演の延期・中止が相次ぎ、また「不謹慎」との非難を恐れて音楽産業やミュージシャンの活動も控えられた。震災関連倒産として最初に報じられたケースが音楽イヴェント企業であった事実を宮入は指摘しているが、このことは、平常時の状況に比して非常事態においてとりわけ不要となる文化ジャンルが音楽であるかもしれないことを示唆する。つまり「今、音楽に何ができるか」という修辞は、単に美学的・倫理的な問いに留まるものではなく、音楽産業が3.11以後にも生き延びるにはどうすればよいかという不安を反映したものでもあった、と考えたほうがよい(すなわち「今、マンガに何ができるか」「今、映画に何ができるか」はなぜさほど問われなかったのか、それを考えたほうがよい)。その取り急ぎの答えが「動員」と「癒し」であったわけだが、未曾有の災害の元で音楽が担った役割はそれに留まるものではない。

震災後、音楽家の遠藤ミチロウと大友良英、詩人の和合亮一らは「プロジェクトFUKUSHIMA!」を開始する。8月15日に福島市で行なわれた大規模な音楽フェスティバル「フェスティバルFUKUSHIMA!」および関連プロジェクトの記録は、大友良英『クロニクルFUKUSHIMA』★3、磯部涼『プロジェクトFUKUSHIMA! 2011/3.11-8.15 いま文化に何ができるか』★4で読むことができる。福島で育った大友らは巨大震災と原発災害にたじろぎ「今、音楽/文化に何ができるか」を自問するが、彼らの答えは「動員」や「癒し」とは異なる方向へと向かう。「『福島』をポジティヴな名前に変換する」と彼らは宣言し、放射線量が低いとはいえない場所で音楽を奏でることからくる諸問題と格闘する(放射線問題に悩む大友は、企画過程で「フェスはやるけど、みんななるべく来ないで欲しい」という矛盾した感慨すら漏らしている)。セシウムの拡散を防ぐべく会場に巨大な風呂敷を広げて行なわれたこのフェスティバルの本質的な意義は、おそらくは「福島の人々を元気づける」こと、すなわち「癒し」に留まらないところに存するように感じられる。
新進の音楽系書籍出版社アルテスパブリッシングは、季刊の音楽言論誌『アルテス』を2011年11月に創刊した。創刊号の特集「3.11と音楽」は、震災と音楽の関係を根源的に捉える充実した論考が並ぶ。とりわけ岡田暁生・吉岡洋・三輪眞弘による論考とそれを踏まえたシンポジウム記録「3.11 芸術の運命」★5は、「動員」と「癒し」ではないところに向かう「音楽の力」を考えるうえで示唆的だ。数万年の半減期を持つ放射性物質には、もはや人間的な時間のスケールでの想像力が及ばない(2万年後の音楽を想像できないのと同様に)にもかかわらず、近代の音楽や文化の時間的スケールは縮減へと向かう一方である。「いまここ」へと過剰に照準する社会のなかで音楽や文化が持つ意義は(続く太田純貴の論考★6が的確に指摘するように)その効果を性急に求めることへの「ためらい」を示すことであり、「いまここにはない」他の世界や(死者や未来の人々を含む)他の人々への架橋を試みることではないか。
それを、J・アタリ★7に倣って「供犠」と呼び変えてもよいかもしれない。「(供犠としての)音楽は、諸個人の想像力を発揚しつつ、暴力と想像力の方向づけ、普遍的暴力を代替する殺人の儀礼化、社会が可能であることの確認を象徴的に意味する」★8。大友らの奮闘は今生きる人々を動員したり励ましたりするためにのみあるものではない(たとえそのような効用が実際に多大であったとしても)。放射線に阻まれ聴く人が皆無であってもそこで響くべき音楽がある、という確信と衝動が、大友らを無意識裏に駆動しているようにも思えるのだ。カタストロフの後に切実に奏でられる音楽は「供犠」へと回帰する瞬間を見せる(こともある)。
また、産業的な関心がうながす「動員」と「癒し」にまつろわぬ音楽は他方で「警告」を担うだろう。反原発デモの盛り上がりを受けて編まれた『プロテスト・ソング・クロニクル』★9もまた、音楽が持つ別の「力」への関心の高まりを反映したものである。筒井信介『ゴジラ音楽と緊急地震速報』★10は震災直後、われわれが最も傾聴した「音楽」だったNHKの緊急地震速報のチャイム音の制作の背景を追うが、伊福部昭の甥である福祉工学者・伊福部達がC7(#9)-C#7(#9)の和音(これはゴジラのテーマ曲から採られたものではなく、書題はやや正確とは言い難いが)に込めたものとは、「今、音楽に何ができるか」という修辞から遠く離れた「音楽の力」のありようへの真摯な思考だったといえよう。
震災後の音楽をめぐる思潮の動向は次のようにまとめられる。音楽を体制維持のために用いようとするあらゆる努力は「今、音楽に何ができるか」という修辞的な問いにおいて極まる。この問いは、あらかじめ先取りされた「動員」と「癒し」という答えをつきつける。この修辞に対してわれわれは、「供犠」と「警告」という別の「力」をもって答えるのだ。




★1──シンポジウム「被災地に流れた音楽」(『ポピュラー音楽研究』Vol.1、日本ポピュラー音楽学会、1997、60―64頁)。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaspmpms1997/1/0/1_0_60/_pdf
★2──宮入恭平「3.11が日本のポピュラー音楽シーンに与えた影響」(『研究紀要』46、国立音楽大学、2011、115-126頁)
★3──大友良英『クロニクルFUKUSHIMA』(青土社、2011)
★4──磯部涼『プロジェクトFUKUSHIMA! 2011/3.11-8.15 いま文化に何ができるか』(K&Bパブリッシャーズ、2011)
★5──「3.11 芸術の運命」(『アルテス』Vol.1、アルテスパブリッシング、2011、52―75頁)
★6──太田純貴「それでもなお、ためらうこと"hesitation"と/の芸術」(『アルテス』Vol.1、76-88頁)
★7──ジャック・アタリ『ノイズ(新装版)』(みすず書房、2012)
★8──同、46頁
★9──MUSIC MAGAZINE増刊『プロテスト・ソング・クロニクル──反原発から反差別まで』(ミュージックマガジン、2011)
★10──筒井信介著、伊福部達監修『ゴジラ音楽と緊急地震速報──あの警報チャイムに込められた福祉工学のメッセージ』(ヤマハミュージックメディア、2012)

201206

特集 書物のなかの震災と復興


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