カタストロフに寄り添う映像──震災ドキュメンタリーをめぐって

門林岳史(関西大学文学部総合人文学科映像文化専修准教授)
私事から論を起こして恐縮だが、私は大阪に生まれ育ち、中学高校の6年間、神戸の学校に通った後、1993年4月に大学入学とともに東京で暮らしはじめた。私は1994年1月17日の阪神淡路大震災を経験しなかった。その後、研究者としての修行期間の大半を東京で過ごした後、2009年4月に大阪の大学に着任し、現在にいたっている。私は2011年3月11日の東日本震災以降の東京での狂騒を経験していない。
ほんの1、2年ほどの時間のかけちがいで経験していたかもしれなかったことを経験しなかった、というこの経験は、災害について思いをめぐらそうとする際に、私になにがしか独特の負荷を強いているように思う。けれども、それは同時代の災害を経験しなかったあらゆる人に多かれ少なかれ当てはまる条件を範例的に示しているにすぎない。《私はそこにいたかもしれない/私はそこにいなかった》。同時代の災害を映像として眼にするとき、その映像は、偶然に支配された私たちの運命ゆえに、よりいっそう痛ましいものに感じられる。泥と瓦礫に埋もれた家屋や長期にわたる避難所生活を強いられている人々の映像には、それが自分の身に降りかかったかもしれない可能性がとり憑いている。
スーザン・ソンタグは『他者の苦痛へのまなざし』において、恐怖をあおる写真は結果として観者を麻痺させて冷淡な態度を生むという『写真論』における自説を翻して、「残虐な映像をわれわれにつきまとわせよう(let the atrocious image haunt us)」と説いた★1。一見真逆にも思えるこの態度変更は、しかしながら、実際にテクストを読んだ印象としてはむしろ首尾一貫しているようにすら感じられる。それは単に、映像やメディアにおける道徳的問題にソンタグ自身の身体感覚をともなって真摯に向きあっているから、ということかもしれない。けれども、もう少し抽象的な次元でソンタグの思考の背後に一貫するロジックを探ってみると、現実と観者を媒介する映像固有の条件が浮かび上がってくるように思われる。粗雑ながら検証なしにその条件を定式化するならば、その公理は以下のかたちで与えられるはずである。

映像の可視性は、根源的な不可視性によって条件づけられている。

カタストロフの映像のあまりに過剰な可視性は、時にその背後にある不可視の領域を覆い隠してしまう。そのことが観者の冷淡な態度を生み出す。それに対して、残虐な映像を私たちに「つきまとわせる/とり憑かせる(haunt)」ことが倫理的に必要とされているとソンタグが説くとき、ひるがえってその映像は、みずからにとり憑いている不可視の次元をさらけ出すようなものであることが求められているのではないか。
東日本大震災を映像の問題として捉え返すとき、私たちが眼にした映像群は、まさに可視性と不可視性の両極端に引き裂かれていたことに思いいたる。一方では過剰に可視的な津波と瓦礫の映像。他方では不可視の恐怖として降りかかってきた放射能。そして、震災以降制作された数多くのドキュメンタリー映画も、それぞれのかたちで映像の不/可視性に向けた思索になっていた。山形国際ドキュメンタリー映画祭2011の特別プログラム「ともにある Cinema with Us」などで上映されたそれらの作品すべてをくまなく観たわけではないが、私が観た作品のいくつかにおいてそうした問題がどのように立ち現われていたかを以下に書き留めておきたい。

大宮浩一監督『無常素描』予告編

大宮浩一監督の『無常素描』は、他の震災ドキュメンタリーに先駆けて2011年6月に公開され、話題を呼んだ作品である。75分の映像は、被災地に援助に向かう医師に随行した監督とカメラマンが見たものと出会った人々の記録である。そこに時折アンカーのようにして、福島在住の作家・僧侶である玄侑宗久のインタヴュー映像がはさまれる。とはいえ、日付や地名などの基本情報が本編中字幕などで提示されることは一切なく、玄侑氏にしても最後のクレジットでようやくその名前が示されるのみである。監督たちはいつ頃どのような経緯で、またどのような取材意図をもって被災地に向かったのか、どこから現地に入ってどこへ向かっているのか、端的に言って、いまスクリーンに映し出されている映像はなんなのか、それはどういう資格で作品内に組み入れられているのかが観客たちに知らされることはなく、そのカオスにかろうじて玄侑氏のインタヴューがリズムとストラクチャーを与えている。
映し出されている映像自体は、震災後しばらくの間私たちがさんざんテレビ画面で眼にし続けたものと比べて、特別に際立った質を持っているわけではない。けれども、そのことでかえって、私たちはいままでいったいなにを見てきたのかという気分にさせられる。テロップに覆われたテレビ画面、瓦礫の前で状況を説明したり感慨を述べたりするレポーターやタレントたち、そして、スタジオに送り返されて求められる識者のコメント。そのように言語的に構造化されてはじめて可視的になる映像の次元があり、そして、そのことで不可視になる次元がある。
監督自身の言葉によると、東北地方の太平洋沿岸を無差別に呑みこんだ津波は、土地を隔ててきた地名という観念も、人間が刻んできた日付という観念もすっかり洗い流してしまった★2。いつ、どこで撮った映像なのか。映像をドキュメンタリーたらしめるために最低限必要と私たちが信じている情報をあえて取り払うことで、『無常素描』は、映像を可視的にする根源的な条件をスクリーン上に開示している。

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コマプレス『東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15-3.20』
引用出典=http://kobe-eiga.net/program/2011/12/3311.php

在日問題の取材を中心に大阪で活動しているコマプレスによる『東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15-3.20』は、より直截な意味で不可視の対象を可視化する試みである。被災地にいる在日朝鮮人の状況がマスメディアではまったく報道されないなか、コマプレスの2人は安否の確認と救援のため仙台にある東北朝鮮学校に向かう。この作品はいわば、そのついでにカメラを回した記録であるが、そこに映し出されるのは報道においても行政においても不可視の存在となってしまった人たちが奮闘する驚くべき姿である。
高台にある学校は津波の難を逃れたものの、校舎は地震で大きく破損しており、授業を再開できる状況ではない。宿舎には生徒や教職員だけでなく、地域の住民も身を寄せているが、正式な避難所に指定されていないため、行政による支援を受けられない。自分たちの生活の存続もままならないなか、付近の避難所に気前よくおにぎりを差し入れしてまわる教職員たち。4月からの授業再開のため、校長は県庁に赴き、プレハブ校舎の建設を要請するが、行政区分上の「一条校」に該当しないため、やんわりと断られてしまう。その一方では全国の朝鮮人同胞より続々届く救援物資。けれどもその食料はすぐさま、地域の中学校校庭で行なわれたキムチチゲの炊き出しに姿を変える。
朝鮮人同胞の絆ゆえであろう、カメラと被写体の距離は近い。これはほとんどコマプレスにしか撮りえなかった映像である。作品であるよりも記録であろうとする姿勢が観るものに感動を与える。

森達也、綿井健陽、松林要樹、安岡卓治『311』予告編

被災地でなににカメラを向けるべきか。さまざまな解答がありうる。森達也、綿井健陽、松林要樹、安岡卓治の共同監督による『311』は、ひとつの極端な解答である。震災から2週間後、なにを撮るべきかも定まらないままともかく被災地入りする監督たち。現地の宿でビールを飲みながら妙な躁状態になり、ガイガーカウンターの数値におびえてあわてて装備を買い込み、遺体にカメラを向けて通行人になじられる。『311』は、そんな自分たちの愚かしい姿をそのままさらけ出す。きわめて露悪趣味の作品ではあるが、それと同時にとても正直な作品である。普段はカメラの背後に隠れた自分たちをカメラに捉え、映像は透明な媒体ではないことを暴露する。これも映像における不可視の次元を可視化するひとつの試みである(ちなみに監督のひとり、松林要樹はその後、原発20キロ圏内の南相馬市に再び向かい、避難住民たちとともに生活して力強い作品『相馬看花 奪われた土地の記憶』を撮りあげている)。

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松林要樹『相馬看花 奪われた土地の記憶』 
引用出典=http://kobe-eiga.net/program/2011/12/3311.php

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濱口竜介、酒井耕『なみのおと』
引用出典=http://kobe-eiga.net/program/2011/12/3311.php

被災地でなににカメラを向けるべきか。この問いにおそらくもっとも真正面から真摯に向きあい、きわめて洗練された手法で切り詰められた表現を生み出したのが、酒井耕と濱口竜介の『なみのおと』である。142分の全編ほとんどを支配するのはみずからの経験を語る被災者たちの姿であり、津波や瓦礫のようにわかりやすく震災を可視化する映像は一切画面に映されない。夫妻や姉妹、消防団の仲間たちなど気心の知れた仲同士が自分たちの経験を語りあう姿は、対話者の斜め後方から捉えられることもあるが、話者を正面から捉えたショットの切り返しがかなりの長い時間を占める。けれども、カメラをまっすぐ見つめる彼/彼女は、カメラに対峙して身構えることなく、親密な相手にしか見せるはずのない表情を顔に浮かべる。右斜めから捉えた顔と左斜めから捉えた顔の切り返しで2人の会話をつなぐ、劇映画におけるいわゆる180度ルールの逆をいく手法であるが、カメラが真正面にあるなら2人の会話は成立しないはずである。普通に考えればこのアングルからカメラが捉えるはずのない表情を、監督たちは驚くべき手法で映像として可視化した。その結果、映画館の観客は、画面のなかの対話に、まるで自分もその当事者になったかのように引き込まれていく。

松江哲明『トーキョードリフター』予告編


松江哲明『ライブテープ』予告編

なにを撮るべきかという問いにはもちろんひとつの正解はない。松江哲明の『トーキョードリフター』は、震災を主題としていないし、厳密に言えばドキュメンタリー映画でもないのだが、そのことによって画面には映されていないものへの強い喚起力を持つ作品になっている。2011年5月のある夜、ミュージシャン前野健太がギターを背にバイクで移動し、明け方まで東京のあちこちで弾き語りをする様子を記録した映画である。松江哲明は前作『ライブテープ』でも前野健太を起用し、前野が吉祥寺の街を歌いながら歩くさまをワンカット74分に収めている。夜の帳がおりてから明け方までの時間を72分に編集した『トーキョードリフター』は、『ライブテープ』ほどに一貫した手法で撮られた作品ではないが、そこに映された街の表情は強い距離の感覚を喚起する。それは被災地と東京の距離でもあり、演奏するミュージシャンと街を行き交う人々の無関心の距離でもある。けれども、長く住んだ東京を3年前に離れた私にとっては、それにもまして記憶のなかの風景とスクリーンに映し出された風景との距離であった。
最後に、東日本大震災からまだ1年も経たないうちにこれだけたくさんのドキュメンタリー映画が制作されたという状況そのものについて。多くの被災者が苦しみ続けているなか、映画を撮りに現地入りすることに違和感を感じる者は多いだろう。便乗商売ではないかという声も聞こえてきそうだ(それらの作品について文章をしたためている私自身もその非難を逃れえない)。もちろん、撮らないという選択肢もありえた。その選択をしたドキュメンタリストたちに最大限の敬意を払わなければならない。そのうえで断言するが、あえて撮るという選択のほうがより困難であり、そして、(不謹慎に響くことを承知で言うと)より興味深い。私は震災に寄り添う映像たちとともにありたい。



★1──スーザン・ソンタグ『他者の苦痛へのまなざし』(北條文緒訳、みすず書房、2003)115頁。スーザン・ソンタグ『写真論』(近藤耕人訳、晶文社、1979)も参照。なお、本論に先立って恵比寿映像祭に寄せたエッセイ「カタストロフの映像は今?」(http://www.yebizo.com/jp/forum/essay/kadobayashi/essay1.html)でも、ソンタグの同じ言葉に言及した。本論はその続編として書かれている。
★2──ユーロスペースで開催された「Image.Fukushima vol.2 in 東京」の9月18日上映後の監督トークでの発言を記憶にもとづいて再構成した。

201203

特集 3.11──復興への記憶と記録


対談:3.11──復興へのプロセスとアポリア
カタストロフに寄り添う映像──震災ドキュメンタリーをめぐって
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