南相馬市プロジェクト「塔と壁画のある仮設集会所」について

村越怜(東北大学五十嵐太郎研究室)

塔の住民説明会

10月2日、南相馬の仮設住宅地において塔を建てる計画の説明会が行なわれた。自治会が発足する前で、集会所の鍵は現在役所が所有しているため、住民は内部に入るのはこれがはじめてとなる。集会所の内部には日本赤十字社の寄付によるエアコン、冷蔵庫、液晶テレビ、折りたたみの長机、座布団、スチール棚、コーヒーセットなどの調度品が運び込まれていた。32畳の大きな集会室に長机を出しお茶を供しながら、集まってくれた20名ほどの住民を相手に塔を建てる計画を伝えた[fig.1]

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fig.1

東北大学の五十嵐研究室、はりゅうウッドスタジオ、彦坂尚嘉の三者は、共同作業を行ないながら、南相馬のある仮設住宅地に集会所をつくり、今度は塔を建てる計画を進めている。すでに完成している、彦坂によって大きな壁画が描かれた集会所に面した広場が敷地である。明らかにほかの集会所とは異質な、絵が描かれた集会所に住民は若干とまどいながらも、この集会所を見に遠くから来てくれる人がいることを嬉しがっていた。これまでに何人かの建築関係者が集会所の見学に訪れている。住民への壁画についての説明も、この日が初めてで、絵の意味について説明するパネルのようなものが欲しいとのことである。塔は和歌山からの寄附材の檜を積み上げてつくる。住民から反対意見はでなかった。むしろ、塔が実現するためには何をしたらよいか、とまで言ってくれる人もいた。皆でその計画についてガヤガヤと話し合う様はある種の楽しさを含んでいて、「与えられたもの」では得られない「共同で何かを計画することの楽しさ」という建築が本来持つ力の大きさを実感することになった。特別な仮設住宅地となる、ということよりも、震災以降失われていたであろう皆で何かをするという祭りのような高揚感が、なによりも嬉しいのではないかと思った。その日、外では自転車で走りまわる子どもや、散歩する老人、退院したばかりの赤ん坊を家族にお披露目するといった姿が見られた。

最初の敷地調査

プロジェクトの始まりはこうだった。5月19日、会津と郡山にある設計事務所、はりゅうウッドスタジオの芳賀沼整氏から話を受けたことで、南相馬市につくられた応急仮設住宅の集会所の基本設計を東北大学五十嵐研究室で担当することになった。指定されたのは、福島県の応急仮設住宅の第一次募集4千戸のうちの500戸を日本ログハウス協会とはりゅうウッドスタジオが引き受け、そのうちの78戸の区画のための集会所である。居住者はもともと南相馬に住んでいた人となる。

6月1日にはじめて敷地を訪れた。そのときは仮設住宅が建てられる予定の場所は雑草に覆われ、土は足がしずんでしまうほどやわらかかった[fig.2]

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fig.2

ここが2カ月ほどで家を失った人々が生活する場所になるとは想像するのが難しかった。敷地周辺を見てまわると、畑の風景の中なかに昔から居を構えていた農家が点在し、川を挟んで近年になって開発された分譲販売の住宅団地がある。さらにわれわれの担当区域の周辺でも、仮設住宅のための整地や建設が行なわれており、この区画一帯に仮設住宅村というべき6業者による多くの仮設住宅がつくられる計画であることを知った。先行して着工されたプレハブの住宅地はほぼ完成しつつあった。3番目の集団として急にこれだけの人数が暮らすことになるのに、別々の業者が区画のなかでそれぞれがつくる(まるで仮設住宅の見本市のよう)という、なんの連携もないことに違和感を感じた。78戸のための集会所だが、われわれの計画がこの区画だけのものではなく、ほかの仮設住宅地にとっても効果を発することが好ましいと思えた。

敷地を実見してから検討したことは、「記憶に残る風景」だった。いずれ仮設住宅地を出て新しい街で暮らすことになっても、ここで生活していた風景が記憶に残ること。町を失った人々のための仮設がただの通過点であってはいけない。具体的には、もともとウッドペインティングのシリーズを展開していたアーティストの彦坂尚嘉に壁画を描いてもらい、併せて設けられる広場には塔をつくることを提案した。ログハウス協会とはりゅうウッドスタジオはログ組で仮設住宅をつくることを試みており、集会所もログでつくることが決まっていた。それゆえ、ほかの仮設住宅に比べ大きなログ材の壁面が現われる。そこをキャンバスにして壁画が立ち上がる。また、もともと平坦な風景のなかに、1層で面的につくられるため水平に展開する仮設住宅地において、垂直の要素としての塔が欲しいと考えた。これらは「かつて万博と隣接する、均質な空間の千里ニュータウンの住民にとって、遠くに見える太陽の塔は、はからずも心の拠り所になった」という逸話(五十嵐とヤノベケンジ氏の対話)を鑑みてのことだ。

集会所の設計と施工

ところで、仮設住宅の集会所には標準仕様書がある。規模に応じて違うのだが、担当区画の100m2タイプには事務室、集会室、和室、給湯室が設置されることになっている。この時点では住む人は決まっていないから、使い方は決まっていないが、大きさとスペックだけが決まっている。加えて、施工の速さが求められる。その結果、へんにプランをいじることはせず、約10m×10mという正方形のシンプルな外形となり、絵のキャンバスとなることを意識して、3面の壁を垂直になるべく高く立ち上げた。つまり、機能性を充足したうえで、シンボル的な操作に集中したのである。内部は、和室と集会室のあいだに間仕切りは入れず、すべて畳敷きの大きな集会室として南東に配し、必要に応じてフレキシブルに使用できるようにした。集会室のなかに田の字にカーテンを入れ、給湯室と一体化した部屋ができたり、8畳の個室ができたりする。カーテンをすべて閉じると3つの個室+玄関ホールに変わり、そのときすべての個室にはそれぞれ大きさが異なる開口がつく[fig.3, 4]。ちなみに、集会室をすべて畳敷きにしたことは好評である。

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fig.3

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fig.4

8月1日、集会所の施工が始まる。すでに仮設住宅は内装の段階に入っていた。集会所の外壁はみるみるうちに組みあがり、6時間程で1m以上の高さまで達した[fig.5]。そして外壁から内装まで延べ3週間という通常では考えられないスピードでできあがる。通常とは異なる時間を生きる建物であること。これは仮設の大きな特徴のひとつであり、それに対して提案が求められている。

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fig.5

はりゅうウッドスタジオと仮設住宅地の配置計画を担当した日本大学の浦部研究室は、解体したログ材の再利用や、改造による仮設から本設への変化、原発問題の解決の段階に応じたに地域居住のプログラムなどを提案している。記憶に残る建築は、時間に対する応答にもなっている。仮設住宅地での生活はいつかそこを離れて暮らすことになったときでも、記憶に残る心象風景となる。低質な生活環境が嘆かれる仮設住宅地において、合理性とは異なる視点から少しでも彩りを与えることが狙いだ。

3日には外壁がすべて立ち上がり[fig.6]、5日から屋根の取り付け、内装工事と併行して彦坂によるペイントが始まる。

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fig.6

ペイントは4日間かけて行なわれ[fig.7, 8]、約4m×10m×4面という壮大な「建築絵画」が完成した[fig.9, 10]

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fig.7

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fig.8

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fig.9

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fig.10

絵は組み部の張り出しを横断し、ログならではの躍動感をもつ。青空を描いた原発の建屋の楽天的な絵とは異なり、集会所に描かれた壁画はある種の凄みが感じられる[fig.11]

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fig.11

そこには漢字で「復活」と「南相馬」、ローマ字で「FUKUSHIMA」と「RIBIRTH」と記されており、これらの文字が展開して絵になっている。関東大震災の後に登場した今和次郎によるバラック装飾社を意識しつつ、被災からの復活と上昇を志向する思いが託されている。壁画の完成後、エントランスとデッキにそれぞれ庇とルーバーが取り付けられた。これらは雨や直射光を避けるだけでなく、正面性がほとんどない外観のなかに表情を与えてくれた。また建築(ログ材)─絵画─建築(庇、ルーバー)という多層のレイヤーとなり、建築と絵画の不思議な邂逅が生まれた。

完成とこれから

集会所が完成した頃、すでに周辺一帯には仮設住宅村ができあがっていた[fig.12]

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fig.12

すべての仮設集会所にグリーン・カーテンをつけるなどの工夫はされているものの、やはりプレハブの単位が反復し、並行に配置されると均質な風景になってしまう[fig.13]

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fig.13

集会所も仮設住宅と同じ色彩や高さであり、しばしば両者の見分けもつかない。そうした状況においてわれわれの集会所は風景のなかの特異点として存在する。仮設住宅で何か異なる提案をしようとすると、場所によっては県や市が嫌がって、許可が下りないことがあるという。つまり、特別な仮設住宅地ができると、それを周辺の人々が羨むので「みな同じぐらいのクオリティで足並みを揃えましょう」という考えだ。しかし、そんなことではいつまでたっても同じものしかできないし、住民がそのような平等感を共有することで喜ぶとは思えない。

南相馬市では、しばしば仮設住宅の議論であがる住み心地や計画学的なコミュニティ論とは異なる観点を提示した。仮設住宅が「それらしく」あることだけに抑制されず、これがさまざまな提案が生まれる契機になってほしい。それぞれの仮設住宅地で、できれば住民を巻き込みながら、個性的な試みがなされることを想像すると、均質な仮設住宅地とは異なる楽しげな風景が浮かぶ。横浜トリエンナーレの関連プログラム、新港村で9月に開催された「震災とクリエイティビティ」展(9月23日[金]〜10月11日[火])では、周辺環境との関係を表現するため、パネルと併せて仮設村全体を細長く切り取った6.3mの長さの模型を展示した。水平の風景における塔、グレー系の色彩が続くなかでのログハウスの集会所は存在感が発揮される。

11月下旬には住民を交えたワークショップを行なう予定である。ワークショップでは塔の建設と、塔と同様の寄附材を使ったベンチやその他の家具製作を行なう予定だ。ワークショップは周辺の住宅地の住民まで巻き込んで、本当に祭りのようになれば、異なる住宅地間での交流も期待できる。ベンチは住民が好きに持ち運ぶことができるもので、仮設住宅のあいだの街路や川沿いで語らいの場がうまれるようになればいい[fig.14]

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fig.14


補遺

11月27日から28日にかけて五十嵐研究室、日本大学浦部研究室、彦坂尚嘉、栃原比比奈による現地でのワークショップが行なわれた。集会所の広場には三角形に組まれた塔の部材とベンチ製作のための檜が運び込まれている。塔は三角形の部材を平面上で角度を変えながら積むもので今回は構造となるポールを立てるまでの作業となる。ベンチは2種類、端が斜めにカットされさまざまなつなげ方ができる持ち運び可能なユニット型のものと、「南相馬市民のうた」の楽譜を座面にしたものがつくられた。大工の手を借りながら午前中から檜のカットが行なわれベンチの製作が始まった。それと並行して彦坂氏と学生の手伝いによる塔の着彩が進められた[fig.15,16]

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fig.15

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fig.16

製作中には住民がたくさん見に来てくれ、塔の建設も含めて前向きな言葉をかけていただいた。日が暮れたら作業を中断する。着彩は1日目で終えることができ、その日は集会所に泊まらせてもらった。集会所の使用記録をみるとカラオケ大会や原発関係の話し合いに使われているようだ。2日目の午後にベンチは完成し[fig.17]、住民からおにぎりと漬物の差し入れをいただいた。住民とのコミュニケーションも含めてよいワークショップになった。塔の部材は現在広場に置いてあり、12月中には建設できる見通しとなっている。

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fig.17

201112

特集 建築と震災復興──アーキエイドの現在


牡鹿半島再生──建築家のプラットホーム、アーキエイドの挑戦
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