【第3回】[インタヴュー解題]ヨーロッパのアーバンデザインの歩み

阿部大輔(龍谷大学准教授)

都市のレコンキスタ

「橋とは何か?」との問いに、アルゼンチン人の作家フリオ・コルタサルが「橋を渡っている人だ」と答えたというエピソードを引きながら、バルセロナに拠点を置く都市プランナーJordi Borjaは同様に「都市とは、街路に集う人そのものだ」と言う。大学院生の頃、ストレートな物言いのこのフレーズに出会い、なるほど、これが都市かと得心した覚えがある。つまり、橋、あるいは街路や広場といった構造物、ひいてはそれらで構成される都市は、あくまで物理的な存在にすぎず、その用途を満たしてこそ、改めて存在として認識されうる、ということだ。
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『La Reconquesta d'Europa』
欧州諸都市の「都市再生」は、その中心的議題となっていた広場や街路などの空間やそこに至るまでの交通手段、水辺等の都市の所与の資産のそれぞれに対して、「公共性」を高める方向で動いてきた。市街地の歴史的な連続性、歩行者中心のヒューマンスケールの都市空間、住宅を含む適度な用途の混在、多様な交流機会、コミュニティへの帰属意識、シビックプライドといったヴォキャブラリーは、欧州都市再生の方程式の変数でもあった。 バルセロナ現代文化センター(CCCB)が1999年に企画展示ならびに出版した「ヨーロッパのレコンキスタ──都市の公共空間1980-1999」(La Reconquesta d'Europa. Espai Públic Urbà 1980-1999)は、単機能ゾーニングを本質的思想とする近代都市計画と自動車中心のフォーディズム的政策がいかに都市から人間性を奪ったかを指摘し、欧州諸都市の都市再生のプロセスにおける公共空間の役割の重要性を説く。企画の表題でもある「レコンキスタ」とはやや直截的な表現ではあるけれど、モータリゼーションによって蝕まれた近代都市を人間中心の空間に変換していくという「回復運動」であったことには違いない。前掲書は、具体的な事例として延べ29事例を取り上げているが、トランビアの整備を軸に中心地の再生を図ったストラスブール、ライン側沿いの幹線道路を地下化することで川沿い空間を拡幅したデュッセルドルフ、負の近代化遺産を現代的な空間としてコンバージョンしたラ・ヴィレット公園のパリ等の事例は、まさに「回復運動」的である。EUレベルで都市環境の再生が大きな政策課題となり、具体的な対応策としてURBANやUPPといった補助金スキームが整備されたのは、まさに1990年代後半であった。現在ではわが国でも先進事例として広く知られているこれらの事例は、ヨーロッパのアーバンデザインが人間中心主義を謳った第1期を象徴している。

欧州都市の1960年代──都市の価値を巡る二項的対比

欧州のアーバンデザインは、20世紀初頭に見られたように、都市を「芸術行為」の対象として審美的な秩序を付与することをその伝統とする。第二次世界大戦後の混乱期を乗り越え、1960年代に入ると、交通や不動産投機の問題への解決策としてCBD(例えばボローニャのフィエラ地区)の整備が進められ、結果、歴史的市街地の空洞化・老朽化を招いた。また、アド・ホックな郊外部の開発も問題となる。その対応策として採られたのがアメリカのurban renewalの流れを汲む衰退地区の大規模な改変だった。
一方、同時期に、urban renewalの流れと並行しながら、欧州都市のアイデンティティとしての旧市街を保全しようとする動きも生まれる(1960年のグッビオ会議など)。都市改造の過程で明らかとなった歴史的建造物やコミュニティの破壊は、やがて近代建築運動批判のかたちを伴って欧州各都市で反対運動を惹起した。多くの場合、住民の追い出しを前提としており、1960年代後半にはフランス、イギリス、ベルギー、オランダ、デンマーク、スペインなどで暴力的な都市計画への対抗として「都市運動」が席巻する。この時期には、内発的な住民運動に専門家が理論的・技術的支援を行なうかたちでひとつの都市への動力が生まれた(例えばマドリードの住民運動におけるマヌエル・カステルの理論的省察)。
1990年代から今日にかけて都市再生の現場となる中心市街地においては、保存的観点の強い手法が模索され、整備されていく。代表的なのが、マルロー法に基づいて1962年に導入されたフランスの保全地区制度である。他方、地方部の小規模都市においても既存の都市環境は悪化の一途をたどっており、適切な介入方法を必要としていた。CIAMの流れを汲むジャンカルロ・デ・カルロによるウルビーノ活性化計画(1965)のように、大胆な建築的介入を通した歴史都市の再生の取り組みが出現するのも、同時期である。
都市を保全的に再生していく政策の源流は、おそらく1970年代初期のボローニャに求めることができるだろう。ボローニャでは、古い建造物の類型を丹念に調査し、保存もしくは再利用を決定する方法が確立された。わが国では陣内秀信の紹介により広く知られることになったティポロジアだ。ボローニャの経験は、既存の建造環境における街路─広場系の空間的連続性の継承のみならず、その界隈を特徴づけている人口構成や職業構成といった「社会組織」(social tissue)の継承の重要性を示唆する。「都市の読み取り」を「物理的な形態」と「用いられ方の実態」の両側面から進めていくアプローチが一般化していく。
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A・ロッシ『都市の建築』
1960─70年代は、機能主義批判に関する言説が圧倒的な質量で展開された時期である。J・ジェイコブスの『アメリカ大都市の死と生』(1961)、R・ヴェンチューリの『建築の多様性と対立性』(1966)、A・ロッシの『都市の建築』(1966)、コーネル派のコンテクスチュアリズムらの論考は、広く都市と建築の近代性を問うことになった。欧州都市では、同時期、ボローニャに代表されるように、歴史的市街地の保全と機能別ゾーニングの見直しが進んだ。また、1960年代以降、都市を単なる物的な存在と考えるのではなく、都市を知覚の対象、すなわち人々に「経験されたもの」として読み取り、記述するアプローチがアーバンデザインの概念を拡大していく。「場所性」の概念も、この文脈上に登場する。都市の体験は、けっして点的な空間に収まらない。フィリップ・シールのノーテーションの方法論は、空間を時間の介在で捉えるシークエンスの概念を根付かせた。コペンハーゲンのストロイエ再生の立役者であるヤン・ゲールは、1971年の著書『Life Between Buildings』において、外部空間における人間の活動の展開可能性を説いた。

人間中心主義のアーバンデザインへ

ここに、空間が連続的に経験されることによる、人間の生活の再生の場としての公共空間が再定義された。街路から広場へ、広場から街路へという連続性のなかで、人が交歓するという都市の活動の場が形成され、認識される。1980年代以降の都市再生運動は、地価が下がり、都市活動の密度も低下した中心市街地に「人の流れ」を呼び戻すことをその主眼としており、この流れは現在に至るまで健在だ。人の流れが新たな回遊を生み、回遊に耐えうる都市空間はそこに多様性の魅力を産み落とす。都市における多様性や回遊性の追求は、旧来の都市計画思想や手法への批判を意味する。産業構造の転換を背景とした世界の都市再生運動の第一期は、居住空間の改善ならびに社会的統合を念頭に置いた広場空間の再生であり、都市内の広場的空間をつなぐ街路空間の再生を中心に展開された。
ヨーロッパにおける公共空間再生の運動の源泉は、1990年に世に出されたECの都市環境緑書(Green Paper on the Urban Environment)から読み取ることができる。持続可能な都市を実現するには、「環境」「経済」「社会」の三相をバランスよく統合した政策を展開することが求められる。そしてそのことを深く理解し、政策として押し進めたのがバルセロナ市長を長らく務めたパスカル・マラガイに代表される当時の中道左派的な各都市の行政であった。

文化的魅力の付与を通した「アーバニティ」の再生

インタヴューで、服部圭郎氏から幾度となく「アーバニティ」という言葉が出た。「都市的魅力」とでも訳せようか。1990年代後半以降の展開をヨーロッパの都市再生の第2期と捉えるならば、人間中心の空間のリテラシーづくりに留まらない、まさに「アーバニティ」の回復こそが中心的命題であった。欧州大陸都市の伝統を踏まえた都市性の回復、サバービアの住宅地にはない都市空間の魅力の再生こそが欧州の都市政策の原点にあるという認識が定着するなか、都市に文化的魅力を増強していくことが主要な政策アプローチとなった。文化イヴェントを通して都市の活力を都市戻そうとする動きは、1985年から開始された欧州文化首都からも明らかだ。
都心、郊外ともに再編成が必要となった1990年代、旧市街の改善事業では、歴史的コンテクストの継承、コミュニティの継承を目的に、公共空間の漸進的な修復改善が主流となる。歴史的町並みに即した修景整備が原則的に展開されるなか、スター建築家による文化施設の設計に象徴されるように、都市内外にアピール可能な文化的アイコンをもつ都市が増えつつある。新しい建築は、その敷地が物語る都市の近代性を超克したコンセプトを掲げ(操車場跡地に建設されたビルバオのグッゲンハイム美術館)、コンバージョン建築は、その建造物自体が現在に伝える都市の近代の歴史を活かしつつ、いずれも都市再生の「ホットスポット」となっていく。
美術館の周辺に生まれた新たな(あるいは古くからの)公共空間に人々が集い、カフェでひとときを過ごす、というイメージは、比較的どの都市においても援用しやすく、また現実的に求められている再生像と言えそうだ。つまり、「都市再生」時代を代表する景観は、文化的・創造的活動の展開を可能とする建築ならびに公共空間という、成功の視覚的なシンボルを必然的に備えるようになっている。近年のこうした都市再生の文脈から見ると、疲弊した市街地を「再生」することは、文化や創造性をキー・コンセプトに界隈を活性化させていくことと、その内実において、かなりの部分で重なり合っている。

プランニングにプランニングを重ねる

1980年代以降のヨーロッパにおけるアーバンデザインは、近代都市が結果的に産み落としたさまざまな「ひずみ」をいかに現代的な文脈で解消し、現代都市としての新たな「アーバニティ」を埋め込んでいくかに腐心してきた。「ひずみ」とは、例えば道路整備優先の空間政策の結果失われてしまった水辺空間であり、自動車優先の都市計画道路が実行されてしまう危険性に直面した歴史的市街地であり、単機能ゾーニングによってもたらされた単調な都市空間であり、駐車場化した広場空間であり、疲弊した郊外の住宅団地であり、産業の斜陽ならびに構造の変化によって出現した大規模工場跡地であった。
市街地再生にあたり、逆転の発想で「ひずみ」すらもかつての都市化や都市計画の遺産・資産と捉え、現代都市のプランニングに活かしていく戦略的な動きが出てきている。つまり、近代が志向した空間づくりからの脱却とプランニングの読み替えである。ここでは、道路体系の整備という近代都市計画の長年の懸案事項と、人間中心の空間の復権という都市再生運動の中心命題をいかにして統合していくかについて見てみよう。
わが国だけでなく、欧州都市においても、既存の市街地とその上に引かれた都市計画道路の関係はつねに大きな問題である。近代都市計画は、街路体系に明確なヒエラルキーを要求する。自動車道路の優先度が高いため、計画道路はいきおい既存の建造環境に破壊的に適用されることになる。また、敷地ごとに生み出されうる公開空地は戦略的、有機的に配置されるわけではない。都市空間は、けっして最新の計画によって作り上げられていくわけではない。伝統都市の都市構造というレイヤーがあり、近代都市の近代都市計画による計画意図というレイヤーがあり、文化や多様性、都市における創造性をキーワードとする現代都市が要請する空間づくりのレイヤーがある。都市計画道路と既存市街地の維持をめぐる相克は、こうしたレイヤー間の不整合でもある。それらの重ねの合わせのなかから、現代的に計画意図を読み解き、空間の実践がなされたとき、連続的な空間体験が生まれる。
バルセロナの旧市街や中心部に隣接するグラシア地区は、都市計画道路というかつてのプランニングを現代的に読み替え、新たな空間形成として実現した好例だ。同幅員の直線的な道路を破壊的に市街地に適用するのではなく、道路に広場的性格をもたせつつ、凝り固まってしまった界隈に空隙を入れ多孔質にすることで、空間の公共性を取り戻し、界隈間に連続性を生み出した。Urban renewalのように、取り壊した後に住宅やオフィスビルを建てるわけではないから、市街地のスクラップ&ビルドならぬスクラップ&ノット・ビルドともいえる。広場的街路を生み出しているので、道路体系の整備という当初の市街地改変の目的にも沿っている。こうした地区を歩くと、広場的街路あるいは街路的広場により界隈が分節化され、けれど分節化されたがゆえにむしろ独特の連続性が生まれ、それがプランニングの段階では想定していなかった、あるいはプランニングでは決して生み出されえなかった独特の魅力を生み出している。こうした空間は、都市がしぶとくもっている「使用価値」を、改めて認識させる。

ヨーロッパ都市が直面する現代的課題

もちろん、よいところ尽くめではない。都市空間の主役は自動車から人間の手へと渡りはしたが、それに付随して新たな問題が顕在化しつつある。都市再生の成功により、ジェントリフィケーションの問題が顕在化しつつある。シャロン・ズーキンが『The Cultures of Cities』(Cambridge: Blackwell, 1995)において警鐘を鳴らすように、公共空間の私有化プロセスも進行しつつある。また、今後のヨーロッパのアーバンデザインについて考えるとき、避けては通れないのが移民に代表される社会的弱者の存在だ。これまでの都市再生政策においてそうであったように、一定の整備水準に達した後の地区マネジメントのあり方においても、「界隈の多様性」は重要な概念であり続けるだろう。ベルリンのクロイツベルク地区、アムステルダムのイスラム街、バルセロナ・ラバル地区のマグレブ系コミュニティ、マドリードのラバピエス地区、ビルバオのサン・フランシスコ地区、トリノのポルタ・パラッツォ地区といった界隈においては、移民街として孤立してしまわないように、周辺コミュニティとの社会的包摂の可能性が模索されている。そうした状況下、社会的統合へ向けて、これまで以上に意義や役割を問われているのが公共空間である 人道主義的、中道左派的な政策を推し進めてきた欧州都市も、長引く不況やEUそのものの基盤の揺らぎを受けて、ここ1年ほどでその政治的文脈を大きく変えつつある。むしろ、これまでのヨーロッパが挑戦してきた多様性に満ちた空間づくりは、その動力を後退させる方向に舵を切るかもしれない。しかし、社会的統合を進めることで都市の多様性が担保され、多文化を混淆させることで新たな都市の価値──アーバニティ──が再更新され、持続可能な都市として再生するガバナンスを模索する動きは、留まりはしないだろう。

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左上から右下へ:ベルリンのクロイツベルク地区、アムステルダムのイスラム街、バルセロナ・ラバル地区のマグレブ系コミュニティ、マドリードのラバピエス地区、トリノのポルタ・パラッツォ地区
(すべて筆者撮影)



◉ 阿部大輔 あべ・だいすけ/都市計画、龍谷大学准教授


※「新しい『まちデザイン』を考える」は隔月で連載を行ないます。


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