まちづくり、人材育成、復興へむけて

斉藤理(建築史)

まちを歩いて、まちを創る

近年、とりわけ20代後半から30代前半の女性層や、いわゆる団塊の世代の夫婦などを中心に、「建築を観て愉しむ」という層が増えつつある。なかでも「洋館」の見学を中心とした歴史的建築物への関心は倍加の勢いで増しているのではなかろうか。地方都市においても、こうした建築物を案内するボランティアガイドが活躍し、文化観光、都市観光という言葉も一般にかなり浸透してきているようだ。
こうした層の特徴はおおむねこうだ。専門家による視察・見学の方法とは異なり、建築物の詳細を専門的に習得するということに目的があるのではないが、さりとていわゆる観光名所としての建築物を訪れるだけでは満足しない。彼らは街を散策しながら、自らの興味関心に応じて建築物の鑑賞を試みるという新しいスタイルを創り出しつつある。しかも、単に「趣味のため」というよりも、「自己開拓の機会」ととらえている場合が多く、その興味関心の度合いは深いといえるだろう。このように建築物を見学対象とする層が拡がりを見せてくると、交流人口(ある地域に訪れる人)に占める割合も大きくなり、とくに歴史的建築物の存在が都市のイメージそのものを創り出すというケースが、これまでにも増して見受けられるようになるのではなかろうか。
限られた専門家が集まって行なう従来の「サーヴェイ型」の建築めぐりから、参加対象者を広く一般に開き「建築物を文化観光資源として観る」という方向へ、明らかに状況は展開してきているのだ。そうした状況を踏まえ、私は建築史を研究する立場から、こうした建築見学をともなう文化観光・都市観光の問題を具体的なニーズに対応するかたちでとらえ直してみる必要があるだろうと感じている。
筆者自身、「建築物の文化観光資源化」の方法を模索しつつ、8年前より一般の参加者を迎え入れながら実践的に建築めぐりイベントを主催してきた。「東京あるきテクト」と称するプログラム(平成16年度文化庁文化ボランティア推進モデル事業)で、月に一回、建築プロパーでない方を対象とした(インターネットを通じて申込/定員は20名ほど)、都内の建築物を歩いて回るツアーであり、威風堂々とした古典主義建築から趣のある和風建築まで、あるいは著名な建築家による建物から名もなき作り手による市井の商店まで、あくまでも一般の方が興味を持ち、理解できる内容であることを重視しながら企画・運営してきた。
参加者の多くは、「街に対する見方が大きく変わった」という知的満足感をともなう感想を残していかれる。私自身もこの活動を通じ、日本の街にはまだまだ知られざる魅力があることを毎回思い知らされるとともに、一般の方が街並みを観て素朴に発する「素晴らしい」というポジティヴな評価を拾い上げ、まちづくりに繋げていけないだろうかと模索する好機を得ることができたと感じている。
いまのところ、建築物の文化観光資源化というテーマで先駆的なのは、欧米の諸都市であろう。かの地では、専門家や建築を学ぶ学生が解説・誘導する建築ツアーが数多く提供され、シカゴなど、これらが都市観光プログラムの目玉になっている地域もあるほどだ。ウィーン建築センター主催のプログラムもユニークで、じつに4,000万円かけて改造したという超デラックスバスにスチュワーデスを同乗させてツアーを行なうという企画まであり、建築ツアーの充実ぶりをうかがわせる。
加えて特徴的なのは、これらの事業を観光関連業者のみが関与する領域とは考えず、建築・都市プロパーからの積極的なアプローチが見られることで、「文化観光を通して都市をブランディングしていく」あるいは「都市観光をデザインする」といった認識のもとに、建築−観光領域を連携させ、まちづくりへと展開させることに対し積極的である。こうした感覚は、筆者が建築物を観て歩くツアーを始めるにあたって大きなヒントになったし、今後、日本の建築関係者が共有してよい姿勢ではないかと思っている。

「銀座歩いて 建築めぐり」(主催:東京あるきテクト、2009年2月)

セグウェイを利用したベルリンの都心ツアー(2009年9月)

まちを歩いて、人材を育てる

上に指摘したように、昨今のまち歩き関心層のタイプは、「専門家向けの研修」ほどには専門性を追求しないが、しかし、いわゆる「マス観光=Mass Tourism」のような名所めぐりを目的とする訳でもないという新しい中間層に位置づけられると言える。これを観光の言葉で示せば、一般的な観光だけではなく、文化観光や体験を盛り込みつつ、テーマ性・趣味性の高い観光「SIT=Special Interest Tour」の一種ということになり、これは建築見学のみならず、観光全般において目下大きな潮流を形成しつつある。
さらにこれと並行した動きとして、街並み保存といったまちづくりの動きのなかでも、建築物を文化観光資源として開拓していく意識が年々高まりを見せている。それにしたがい、観光の視点を持ちながら建築物の文化的、歴史的背景を的確に評価・解説できる人材の育成が求められているといえるだろう。
具体的に私が提起したいのは、建築学を中心に、都市計画学、文化遺産学、観光学といった関連領域を横断する共通学習プログラムとして「まち・建築物のガイディング実習」を大学教育のなかにも積極的に取り入れていくことである。ちなみに、私自身も講義のなかに極力そうしたフィールドワークの要素を導入しようとしているが、学習者の8割以上が、そうした実習が学習意欲の向上に繋がったと回答している。
海外においては、いまだ大学のカリキュラムにまで導入している事例はめずらしいようだが、各都市の建築センターにおける活動などを通し、学生時代から積極的にまちや建物について一般の参加者を対象に解説する学習機会を得ている例が多い。
先日もコペンハーゲンでの事例を調査したが、同地では、学生や関心のある一般社会人が集まり、グループ内で地域の担当を決め、専門家の助言を受けながら地域調査を繰り返し、最終段階においては交互にガイド役を熟しながら解説内容を固めていく、という研修プログラムを実施している。慣れてくると、だいたい数カ月でひとつの見学コースをプログラム化し、一般向けのガイディングを始められるようになるそうだ。また、こうした実体験は、特に建築や都市を学ぶ学生らにとって、自らの学習にとって明らかにプラスに働いているという。
日本においても、こうした専門家を関与させた学びのプログラムを充実化させ、先に指摘したSIT層に対し専門的立場から建築物をどのように説明すれば適切なのかを習得していくことが望まれる。近年、観光の領域においては、観光関連施策を実施する人材として将来的に「観光創造士(仮称)」のような国家資格の導入を進めているが、「文化観光の促進が地域再生という建築学的課題と密接に関連している点」、また、「建築物は観光資源としては極めて専門性が高い見学対象である点」などを考慮するならば、観光−建築とを横断する教育カリキュラムの構築の必要性は益々高まるものと予想している。
参考までに、これは学生に限ったデータではないが、以前実施した都内での建築徒歩ツアーの参加者に対するアンケートでは、「今後、機会があればこうしたイベントに主体的に関わりたいか」との問いに対し、「ボランティアガイドとして案内したい」、あるいは「ガイドブックの作成等に関わりたい」といった、参加者から企画側にステップアップすることに積極的な意見はのべ7割強を占めた。

ガイディング実習の様子(山口県立大学生の事例、2011年5月)

まちを歩いて、まちを復興する

ロバート・D・パットナム
『孤独なボウリング──
米国コミュニティの崩壊と再生』
(柏書房、2006)

先日、先の津波で甚大な被害を受けた東北沿岸部のある都市を訪れた。総てが流された状況下において、いま、地域の方々は、「理想のまちとは何か」を真剣に模索しながら、まちの復興に尽力されている。その懸命な姿には心を打たれるものがあった。
私は、こうした復興期にこそ、まち歩きが実践されるべきではないかと考え、その旨、地域の方々へ提案させていただいた。街並みは、形としては失われてしまったが、記憶を頼りにまちを歩き、地域の方が発するまちへの素朴な想いを丁寧に繋ぎ合わせながら、そうした想いの総体として今後まちを築いていくことができないだろうか。あるいは、まちを歩きながら、地域の方や建築専門家が復興への想いを共有することはできないだろうか。物体としての建物の復興の前に、近年まさにR・パットナムらが指摘している「社会関係資本/Social capital」の復興をまち歩き企画を通して試みることができないだろうか。
まち歩きを、単に昔を懐かしんだり、歴史を振り返ったりするイベントとしてだけではなく、「まちづくり」を視野に入れながらとらえることにより、その展開可能性は大きく広がり、まちの過去−現在−未来という時間軸を繋ぎながら未来像を考える機会が得られるだけでなく、一般の方々をまちの「つくり手」へとうながすことができると考えている。

津波被害の大きかった東北沿岸部。瓦礫処理とともに、どのように都市の記憶を継承しつつ未来像を描いていくかが課題となっている(2011年9月)
以上、写真はすべて筆者撮影


さいとう・ただし
1972年生。建築史。博士(工学)。山口県立大学国際文化学部准教授、中央大学社会科学研究所研究員。 建築の魅力を一般に紹介する活動として、2004年より「東京あるきテクト」を企画、また2008年より日本初の建物一斉公開イベント「open! architecture」を企画・監修。2010年より東京都観光まちづくりアドバイザー。共著=『東京建築ガイドマップ──明治大正昭和』ほか。


201111

特集 方法としての〈まち歩き〉


まちづくり、人材育成、復興へむけて
都市空間のヘテロトポグラフィ
フランシス・アリスのリズム──空間の占有・更新・中断
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