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201106
特集:追悼:多木浩二
歴史空間の航海者
1970年頃の写真雑誌の論文著者「多木浩二」の肩書きに「写真家」とあったことを新鮮に感じた。多木氏は『provoke』の同人として、中平卓馬氏らとともに写真というジャンルにおける先鋭な表現・批評活動を展開していたのだから、殊更驚く要素は微塵もない。だが、彼がある時期に写真家であったという事実は、そこから離脱するにあたって働いた反撥力の向かう方向を決定づけていたように思われる(そのとき、中平氏という存在との緊張関係に思い及ばざるをえないが、その点についての詮索はここでは控えておこう)。
『 provoke』2号に掲載された多木浩二氏の写真(『déjà-vu』No14より)
1970~80年代の多木氏の関心は、さまざまな「もの」をめぐる集合的な経験を対象とした「視線のアルケオロジー」にあって、写真はその一部をなすテーマでしかなかった。この頃には、写真家という主体の表現論にとどまる写真論には何ら関心がもてないという発言もなされている。
例えば多木氏は、ロラン・バルトの『明るい部屋』に対する反撥を語り、「プンクトゥム」という「狂気」を選択したバルトに対して、自分は明らかに「分別」(「ストゥディウム」)を選んでいる、と書いている。それは、結局のところ母の写真の個別性に帰着し、実際にはむしろそこから出発しているバルトの議論とは対照的に、意識されない次元で人々を関係づけ「視線」を生み出している、無数の写真の働きにこそ注目することである。ただし、この立場における分別と狂気との関係は実はきわめて錯綜していた。多木氏は次のように言う。
「ところがこの「分別」にはおさまり切らないリテラル[ありえないような「現実(レエル)」としての「字義通りの」イメージ──引用者]をどこに位置づけるか、また「分別」が欲望を発見させ、この欲望が死と生をもういちど発見させるなら、「分別」こそ「狂気」にいたる道だと考えるからである。というのも、私にはバルトを理解できないではないが、唯一の存在を感じさせるほどの写真の体験はないからである。」
(「いまなぜ写真について書くか」、『写真装置』12号、1986年所収)
このようなアプローチはもとより写真論に限られたものではない。この時期の代表的な著作である『眼の隠喩』(青土社、1982)について内田隆三氏が書いているように、多木氏の徹底して明晰な分析的文体にもかかわらず、その明晰さは歴史や文化が解体してしまう底なし沼のような闇に投錨している──「それは世界が妄想かもしれないという不安を生きることによって成立する理性だ」(『眼の隠喩』ちくま学芸文庫版解説)。
多木氏が言う「歴史の無意識」の空間を探査し、その構造を分析する手わざのこうした緻密さが、大室幹雄氏によって「日本にはめずらしくカルテジアンの風格をそなえている」と評される所以だろう(『生きられた家』岩波現代文庫版解説)。篠原一男氏の建築における「幾何学的想像力」に多木氏が強く触発されたことや、晩年における17世紀イタリアの建築家・数学者・哲学者グアリーノ・グアリーニへの関心もまた、いわば歴史空間の測量士あるいは幾何学者とでも呼ぶべき、多木氏の資質に発しているように思われる。
それは変貌を可能にした。ひとつの転機は『死の鏡』(青土社、2004、初版タイトルは『写真の誘惑』)一冊がその分析に捧げられている、HIVによる死間近のロバート・メープルソープのセルフ・ポートレートとの出会いであろう。多木氏自身がそれを「トローマティックなある経験」と呼んでいる。初版のあとがきで著者は「途中で、これまでの私のアルケオロジーも、政治学も成り立たなくなるような気がした」と率直に告白もしている。バルトにおける母の写真とはもとより位相が異なるものの、メープルソープの写真との遭遇は多木氏にとって、「唯一の存在を感じさせるほどの写真の体験」ではなかっただろうか。
『死の鏡』もまた基本的には、視線のアルケオロジーの方法による分析を基調にしている。だが、メープルソープの写真が突きつけた「自分の死」という主題は、著者をこの方法で扱える領域の極限まで連れ去り、「眼の世界という密室の外部」に直面させてしまう。あの「底なし沼」の闇が口を開く。多木氏はそのときこう吐露する──「それ[眼の世界の外部]を見つけることは私が視覚的世界を渉猟してきながら、ひそかに望んでいたことだった」。禁欲的な理性の隠された欲望が告白される。「眼の世界」、視線が織りなす歴史の空間に亀裂が走る。それゆえ、この書物は次のように結ばれる──「メープルソープの写真は、それ自体が未完のテクストであると同時に、世界を未完のテクストの状態で発見することを促すのである」。
多木氏はキーファーの作品の経験を通して、「われわれは比喩によって思考することを忘れてきたのではないか」と自問する。それは無意識のうちにわれわれが抑圧している思考であり、キーファーの作品はこの抑圧からの解放をもたらすと同時に、われわれを自分自身の無気味さに向き合わせ、不安にさせる。「比喩としての世界」とは80年代に出版された論文集の書名でもあるが、ここでは「比喩」としての造形表現の位相が、アルケオロジーや政治学の範疇を抜け出て、歴史哲学の観点から論じられている。そのとき、歴史認識の要は芸術的感受性に求められることになった。
『死の鏡』で多木氏は、マックス・ベックマンからキーファーにいたる、暴力とエロティシズムと神話を潜在させた20世紀の芸術に対する自分の強い関心の由来を、これらの作品にメープルソープと共通する「隠喩としての死」が潜み、それが物質化されている点、そして、そうした死の経験に一切の感傷をもっていない点に認めている。「20世紀ほど人間が深い傷を受けた時代はなかった」という言葉をエピグラフに掲げた『シジフォスの笑い』は、この世紀における「深い傷」としての夥しい無残な死の物質化された表現をキーファーの作品に探り、その末尾で次のような認識に達する──「彼[キーファー]は寓意と呼んできたものが破綻した世界の内奥で解き放たれるエネルギーであることを理解していたのである。そのとき美的なカテゴリー、芸術が世界を思考する方法になった」。『眼の隠喩』には闇への不安による翳りがあったが、ここではその闇の底に、むしろ積極的に、寓意のエネルギーが見出されているのである。
このような寓意への着目のみならず、歴史哲学への多木氏の接近が、ヴァルター・ベンヤミンの思想の影のもとにあることは言うまでもない。そもそも『パサージュ論』の系統的な「雑学性」は、多木氏の「視線のアルケオロジー」に対し、きわめて近い関係にあったはずだ(ベンヤミンの玩物喪志めいた事物偏愛のほうは多木氏には無縁だったとしても)。だが、キーファー論ではさらに、ベンヤミンの言語論や寓意論、そして「歴史の概念について」といったテクストが、20世紀という時代の傷を照射する光源となる。ある種のリリシズムさえ帯びる瞬間のある『シジフォスの笑い』の文体は、多木氏としては異例だが、この文体そのものが著者自身にとって、比喩による思考によってもたらされた、ひとつの解放だったのかもしれぬ。
ここからさらに多木氏は、ヨーロッパ人とその外部との接触という歴史的出来事をめぐって、キャプテン・クックの航海をたどる三巻の著作をものすることになる。底知れぬ闇に沈み込む危険に接しながら、つねにあらたな領域と方法の開拓を続けた多木氏の自在さは、まさに航海者的な性格と言えるだろうか(そこで描かれたのは、「歴史の無意識」の海図だ)。多木氏の数多い著作群は、だから、本質的に未完のテクストなのであり、世界を未完のテクストとして発見させる。「視線」というそれ自体は不可視なものが織りなした歴史という空間の輪郭をたどろうと、虚空に差し延ばされたその手の運動──「雑学者」の精緻な手わざばかりではなく、「もの」に即した峻厳な倫理が、そこには宿っていたように思われる。その手の動きに「ことばのない思考」を見る。不可視の風景を精確に記録しようとする「写真家」の身ぶりが、残像と化して記憶にとどまり続けるのである。
たなか・じゅん
1960年生。表象文化論、思想史。東京大学大学院総合文化研究科教授。著書に『都市表象分析Ⅰ』、『アビ・ヴァールブルク記憶の迷宮』(サントリー学芸賞)、『都市の詩学──場所の記憶と徴候』(芸術選奨新人賞)、『死者たちの都市』『政治の美学』(毎日出版文化賞)ほか。
201106 【特集】追悼:多木浩二
多木浩二さん追悼再論:建築論を通して
歴史空間の航海者
多木浩二先生を悼む──零の淵源
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