生々しい知性との出会い──石山修武『生きのびるための建築』書評

坂口恭平(建築冒険家)
石山修武
『生きのびるための建築』
(NTT出版、2010)

〈私塾〉のはじまり

石山修武という存在を初めて知ったのは1995年、高校二年生の時である。小学生のときに、秘密基地をつくり続ける僕に向かって親父が「ならば建築家になれ」という言葉を放った。その言葉を真に受けて、そのまま大学は建築学科へ行こうと、図書館に通っては建築関連の雑誌、書物を漁っていた。そんなときに、石山修武の処女作である《幻庵》と出会ったのだ。その衝撃のままに、僕は彼の著作を探しては読み続けた。図書館閉架書庫にあった『バラック浄土』という彼の処女著作を見つけ、建築家になるという思いが決定的になった。そこには、海からの漂流物だけでつくられた伴野一六邸、石ころだけで自力建設されたシュヴァルの理想宮、鉄筋だけでつくられたガウディもびっくりのサイモン・ロディアのワッツ・タワーなどの建築が紹介されていた。ル・コルビュジエもライトもミースも知らないまま、僕はそんなブリコラージュの天才たちに心を動かされてしまったのだ。さらに、それらを自分の言葉で語った建築家というよりもむしろ編集者である石山修武の存在に衝撃を受けてしまった。僕は当然のごとく、志望校を彼が教授をしている早稲田大学建築学科だけに絞り、絶対無理だと担任に言われていたのだが、なぜか奇跡的に指定校推薦があることが判明し、しかも誰も応募しないので、受験もせずに合格してしまった。阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件という二つの大きな出来事が起き、社会が激変していた。そして、石山修武自身も《リアスアーク美術館》《ドラキュラの家》などを設計し、非常に充実しているときであった。そんななか、1997年に僕は大学へ行くというよりも、石山修武がやっている〈私塾〉に入るために熊本から上京した。
上京した僕は頭を剃り、毎日同じ作務衣を着て、背中には裸でギターを背負い、アフリカ製のタイヤサンダルを履いて、石山修武の3年生の講義を一番前で聴いたりしていた。いま思うと本当に馬鹿だねえと思うのだが、その当時は当然のごとく本気であった。その格好は、ヘンリー・D・ソローの『森の生活』と、ビート・ジェネレーションのジャック・ケルアック、ボブ・ディラン、鴨長明をリミックスしているんだと言っていた。音楽から60年代カルチャーに入れ込んでいた僕は、それと自分が求めている建築との接点を見つけようとしていた。そのときに、石山修武が書いていたソローや、『ホール・アース・カタログ』、フラーの思考と出会い、僕はこれしかないと思っていたのだ。周りからは完全に浮いていたのであるが、石山修武はそんな僕に「お前は馬鹿か」と声をかけてくれた。それに対し「石山先生のところで学ぶために上京してきました」と伝えたが、もちろん無視された。そんなかたちで、こちらの勝手な勘違いの〈私塾〉はスタートした。

「つくらない創作」の実践

彼の初めての講義のテーマは「あなたがいままで暮らしてきた家について述べよ」というものであった。一番始めに、設計ではなく、文章を書けと言ってきたのである。それはいまでも意味のあることだったと思い返す。僕は、その課題で自分が育ってきた空間について書こうとしたのだが、かといってなにも特別な体験がないことに気付いた。生まれたときから、親父の会社の社宅暮らしだったので、特に変わった空間体験がないのである。しかし、仕方がないので、その家でどのように5人家族が空間を使っているかを克明に書くことにした。寝るときの布団の敷き方、両親が喧嘩したときの子どもたちの配置図、母親が親父に投げつける物の放物線まで描いた。どう考えても駄目だろうと思って提出したのだが、それを読んだ石山修武は高い点数をつけてくれた。そして「今和次郎を研究しろ。お前が考えていることはもうすでに先人がいる。建築家というものはなにも設計すればいいというものではない。ちゃんと文章でそれが伝えられれば建てる必要もないのだ」と言った。完全にヒッピーだった僕は、そこでまたまったく違う視点である考現学というものを知った。それは同時に、僕が勝手に抱いていた石山修武像が崩れた瞬間でもあった。多面的な思考をするんだということを教わったのである。こうして、僕は設計する建築家ではなく、もっと違うやり方を模索するようになっていった。
3年生の時に、石山修武が与えた課題は「都市の再生」というものであった。新しい建築をつくるのではなく、既存の土地、建築を具体的に調査し、そこから答えを導きだせというのだ。僕は勝手に、これは自分のために出された課題であると認識した。設計しろと言わない課題は初めてだったからだ。そのとき、僕の念頭にあったのは、毛綱モン太が雑誌『都市住宅』上で発表した70年代のプロジェクト《給水塔の家》であった。彼は、既存の給水塔の中に住宅を設計した。彼のように、再生をテーマにした建築は当時存在していなかった。しかも、それを知ったのは石山修武の著作のなかであった。そのやり方にも僕は驚いた。人のプロジェクトが素晴らしいということを、自分の著作で伝えていたのである。むしろ、僕には毛綱モン太よりも石山修武のほうが、このプロジェクトの可能性を感じていたのではないかといまでも思っている。このように、なにかをつくるのではなく、なにが素晴らしいのかを評価するということこそが「創作」なのであると石山修武は直観していた。そこで、僕もそれを見習って実践に移すことにしたのだ。
そこで提出したものは、設計図でも、模型でもなく、一本のビデオテープだった。僕はとにかく街を歩き回って、渋谷区の外苑西通り沿いにある廃墟になっている公団を見つけた。そこに無断で忍び込み、屋上に上がり、金物屋で買ってきた金鋸を使って貯水タンクの蓋の南京錠を開け、中に1週間棲んだのである。それを「電波少年」よろしく、自分でビデオを撮影し、それを編集して作品にしたのである。課題の規定はまったく守っていなかったにもかかわらず、石山修武はまたもや高く評価してくれた。「この作品は10年先にいっている」とまで言ってくれた。そして「お前は、二度とコルビュジエなんか勉強するな、そんなことすると飢え死にするぞ。このまま突き進め、そしたら10年後には飯が食えるようになる」と断言したのだ。アーキグラムのことを話題に出し、アーキグラム、毛綱モン太の精神を持ちながら、それを実践に移すという行為は非常に重要なことであると言った。妄想の〈私塾〉のなかではあるが、僕は少しずつ成長していることを実感することができた。
そんなことを経ながら、僕は石山修武の研究室に入る。その当時、彼は《幻庵》などのコルゲートパイプ建築や、バラック浄土などの思想からまたさらに進歩して「開放系技術」という新しい段階に入っていた。それはレヴィ=ストロースのブリコラージュという考え方をもとにした、原始的でありながら、未来的でもある建築の思想であった。そんななかで、この本のなかでも一番始めに出てくるアポロ13号の話が出てくる。これからは「修繕」ということが大きなテーマになってくる。そして、それは専門家が行なうような高い技術によるものではなく、アポロ13号がガムテープで修繕しながら地球に帰還したような非専門的な技術によって行なわれる創作のあり方だ。さらに、それは当時設計が進められていた自邸《世田谷村》へと繋がっていく。そのような知的に充実していく石山修武と同じ空気を吸う体験は、恐ろしいものでありながら、やはり希望に満ちたものであった。その過程で、僕は自分自身の歩むべき道を探していた。非専門的技術によってつくられながらも、新しい建築の概念をつくり出しているもの。それは一体なんなのか。そんなときに、僕はひとつの建築と隅田川で出会うことになる。
それはいわゆる、ホームレスの家であった。しかし、屋根にはソーラーパネルが設置されていた。住人はソーラーパネルで自家発電し、12ボルトのバッテリーに蓄電し、あらゆる電化製品を稼働させていたのである。さらに、家は都市に転がる余剰物であるゴミを転用し、当然ながら自力建設されている。僕は、石山修武の思想と、僕の求める内的必然性と、隅田川のソーラーパネルハウスが一本の線になったのを実感した。ある日のゼミでその写真を見せると、それまで路上生活者の家など調べても意味がないと言っていた彼の顔が一変したのである。そして、それは卒業論文としてかたちになった。

危機感に包まれた希望

その後、卒業が決まり、大学院に行こうとも思ったのだが、金はないから行けないし、独立しようという思いも強かったので、就職活動なんて一度もやらないまま、一旗揚げようと無職のまま意気込んでいたのだが、大学院入試の当日、家で寝ていた僕は一本の電話で目を覚ました。電話の主は、石山修武であった。すぐに研究室に呼び出され、お前はこれからどうするのかと言われ、独立して活動しますと言うと、怒られ、明日から《世田谷村》へ来いと言われた。今度もまた、ひょんなことから〈私塾〉が延長されることになった。
それから1年間、毎日朝9時から終電まで無給で《世田谷村》で働くことになった。そんなことだからまったく金もなく、家賃もつねに3カ月滞納するという絶望的な状態であったが、そこで体験した、〈私塾〉は僕にさらに大きな影響を与えた。《世田谷村》は設計事務所でありながら、僕は設計というものを一切やらされなかったが、物事の考え方、独自の視点を持ち批評するという表現方法、どのように自分の思想を伝えていくかというアウトプットの技術を教わった。さらにつねに刷新する彼の思想そのものに、同じ時間を共有しながら、直に触れるという体験もした。

いま、この本を読むと、僕が受けてきた生の教育で飛び出てきた言葉が全部書かれてあるのである。なんだよ、それはずるいと僕は思った。それは人間がどうにかこうにか難関を乗り越え、やっと出会うことのできる知の集合体なのである。それを本で読めるようになったこの時代を、僕は手放しでは喜ぶことはできない。それはいまの、教育の限界を伝えてもいるのではないか。しかし、石山修武は、そうやってでも、なにかを伝えていかねばならないと危機感を感じているのだろう。危機感で包まった希望は、生々しい知性である。それをお金で買えるのは素晴らしい。しかし、そこでなにかを感じたら、体を動かせよ、すぐに会いたい人間には会いに行けよ、そして、自分の思っているものすべてをぶつけて、砕け散れよ、ドン底に落ちろ、そこでようやく自らの内的必然性と出会えるはずだ、と僕はいまでもそう思う。

さかぐち・きょうへい
1978年生まれ。建築探検家。著書=『0円ハウス』『隅田川のエジソン』『TOKYO 0円ハウス0円生活』『TOKYO一坪遺産』。『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』を2010年8月に刊行予定。


201005

特集 建築・教育 2.0


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