シンポジウム『20XXの建築原理へ』をめぐって

伊東豊雄×藤本壮介×平田晃久×佐藤淳 司会:北川啓介

21世紀建築が見えてきた

伊東豊雄──僕はこの『20XXの建築原理へ』は大きな本ではないけれど、すごい本だと思っています。自画自賛ですが(笑)。20XXが2020年なのか2050年なのか分かりませんが、僕らがいま見慣れている建築とは違う建築へ向かおうとするマニフェストがはっきりと言葉になっています。この3人が、僕の想像をはるかに超えて頑張ってくださったことで、21世紀のあるべき建築の姿がかなりはっきり見えてきました。
われわれは東京の都心に架空のプロジェクトを構想しました。ともにプロジェクトを考えることには独特の面白さがあります。藤本さんと平田さんは1971年生まれで、1971年は僕がオフィスをつくった年です。同い年の彼らは、仲が良さそうですが、実はものすごく競い合っているんです。佐藤さんもまだ30代で、最も先鋭な構造家です。僕は迷わずこの3人にお願いをして、1年をかけて議論を続けた成果が、今回ご覧いただいた展覧会のモデルやこの書籍になりました。
サイトを説明しておきます。渋谷駅から宮益坂を上がってくると青山学院大学があります。向かいに《こどもの城》という東京都の建物があって、脇の細い道を入ると、私のオフィスがあります。その向かいの広い土地に、東京都立の青山病院という病院がありましたが、これが去年から今年にかけて壊された。18,000平米くらいの土地が今ではまったくの空地になっています。最初の研究会で壊されかけている風景を前にして、ここを使って、思いっきり夢を描いてみようじゃないか、ということになりました。
20世紀の建築原理のひとつに、建築を高層化することによって下に空地を生み出す、そこを緑化して快適な環境をつくり出す、ということがありました。ル・コルビュジエの「300万人の現代都市」などに代表される考え方です。しかし実際には、あるエリアだけ高層化しても、その周辺は相変わらず低層の住宅や商業ビルやオフィスビルが隣り合っているわけです。その隣接する場所にさまざまな摩擦が生じる。その問題を解決する方法はないだろうか、というところから話は始まりました。
佐藤淳氏、伊東豊雄氏

複雑さをどうデザインするのか

伊東──平田さんと藤本さんに共通するのは、建築が樹木や山のような自然物に近づいていくとどうなるのかというテーマです。20世紀のいわゆる近代主義と呼ばれた建築は、抽象化して、できるだけ表面積を小さくする、そのことによって経済性を得、性能を上げるような機械のイメージを持っていました。さまざまな環境のなかから、いくつかの限定された要素を切り取って目的を設定し、それに向かって、効率や性能を高めていくようなやり方です。例えば新幹線は在来線とはまったく別のシステムを持っていて、二つの駅のあいだを最速で移動するという単純な目的を設定し、その目的のためにすべてがオーガナイズされています。大雑把に言ってしまえば、20世紀の建築もそれと同じような発想でデザインされている。だから機能性や性能がつねに要請されるし、みなさんの大学の課題でもそういう解が求められる。
しかしそこで湧き上がる疑問は、それではさまざまな環境との関わりが切り落とされてしまうのではないかということです。新幹線の駅から少し外れたところへ行こうとすると、ものすごく面倒なことになる。同様に、機能的な建築が人間にとって本当に快適で最適なのかというと、実際はそんなことはないわけです。人間はルーズに、さまざまな環境との関係のなかで物事を複雑に組み合わせて生活をしているのですから。
また、現代都市も複雑です。機能という言葉で単純に切り分けられない。そこに一体どんな建築を提案できるのか。青山周辺の高層ビルを見ていると、個々の高層ビルのなかでは最適解は成立しているかもしれないけれど、周囲も含めて考えたら、最適解とは到底言えない環境をつくってしまっている。
伊東豊雄コンセプトスケッチ

藤本壮介/建築のような都市、都市のような山、山のような建築
撮影:北村光隆

平田晃久/Tree-ness City

環境へのアプローチの再構築

伊東──いま、地球環境を守ることがこの社会の最大のテーマになっていますが、20世紀のような建築をつくっていたら、平田さんが引用したシュレーディンガーが言ったように、われわれは死に向かうだけだと思います。ひたすら均質化していくことでエントロピーを限界まで高めて死滅してしまうのではないか。それではどうやったらわれわれは生き延びていけるのか。そういう問題に向けて平田さんも藤本さんも提案をしているわけです。
皆の関心で共通していたのは、フラクタルであること。表面が入り組んでいることでした。デコボコした平田さんや藤本さんの建築を見ていると、地面に建築という人工物が建ち上がってきたのではなくて、地面が盛り上がっていったようなものであったり、地球の表面が膨れあがって、そこに新たな土地が増えたような建築です。建築をつくることでそれだけ地表面が増えたという考え方はできないだろうか。緑が屋上にあればいいというようなレベルを超えて、もっと根本から、建築はどうあるべきかを考えてきたわけです。
また、1本の樹木は周囲の環境の影響を受け、相対的に自分を規定しているため、あれほど複雑なかたちになっています。隣の木との関係、太陽との関係、風との関係、地面の水との関係、さまざまな要素を取り込みながら、相対的につくられている。その発想は21世紀の建築には絶対不可欠だと僕は思います。
それを実現するために、どういう複雑な構造のシステムが必要なのかということを今回佐藤さんが提案してくれました。構造の解析の仕方も10年前とものすごく変わってきています。そのことによって藤本さんや平田さんのような提案が実現可能になる日が近づいてきている。佐藤さんには後ほど、何が変わってきたかということを、お話しいただきたいと思います。

建築の体験とロジックの狭間

北川啓介──平田さんと藤本さんの提案には、確かに同じ興味の方向性を感じますが、最終的な提案は随分違います。お二人がお互いのプロジェクトをどうご覧になっているかをお話しいただけますでしょうか。

平田晃久──本を読んでいただくと分かりますが、藤本さんの興味は途中で樹木から山に変わっていきました。藤本さんの最終案は山と樹木の中間のようなものですよね。僕が考えていたのも、どこか1カ所から建物に入るようなものではなく、面的に地形が巻き上がっていって、表面からもさまざまなアクセスが可能な状態がつくれないかということでした。でもそれをどうやって一体化するのかが難しい。僕は20世紀の建築は「床本位制」で、床が積み重なっているだけだからそれを打ち崩さないといけないと考えていますが、藤本さんの計画では、その床面はキープされている。ただキープしつつも今までの床の建物と違う働きをするような、発酵させたような状態になっていて、そこはおもしろいと思います。
地下の空間については、僕は本当にあれでいいのかどうか未だによく分からない。ただ、ああいう見たこともないスペースに向かっていく感じはいいなと思います。また藤本さんは先ほどのプレゼンテーションで気候の話をされていましたけれど、そこをもう少し聞きたいなと思います。

藤本壮介──先日、COP15が開催されていたコペンハーゲンで気候と建築について話してきました。僕は均質で快適な環境にコントロールするのではなく、環境を人間に選択させる建築に向かうべきではないかと考えています。今まではとにかく適正で均一な温度を目指していたわけですが、これからは、さまざまなバリエーションをまずは提供し、そのなかで人が動いていくことを許容する。そちらのほうがより豊かだというふうに価値観をシフトできないか、ということです。
僕らが1年をかけて考えていたことは、「これまでの均質志向の建築からどうやって逃れるか」ということでした。そのなかで平田さんのアプローチはとても知的でした。一方僕は、意味は分からないけどまずはイメージを持ってきて、後から考え始める体育会系だった。平田さんはいくつかのキーワードとそれに付随するロジックをカードで持ってきて、それを見ながら研究会の場で「僕が考えていたのはこういうことなのかな」とそれぞれの繋がりを見出していく。僕はそんな平田さんのアプローチを見ながら、よく言えば相補的、悪く言えば寄生虫的に(笑)案を進めていきました。僕と平田さんの付き合いはけっこう古くて基本的な価値観を共有しています。「どうやったら不均質で自然で多様な状態が湧き上がってくるようにつくれるか」ということを互い模索しているわけです。
樹木には大きな幹もあれば小さな枝もあり、それがお互いに同じ生成の原理のなかで生まれてくる。茂みのように囲まれた場所もあるし、開かれた場所もある。そういう色んな場所がシンプルな原理のなかから、自然に生成してくる。僕もそのイメージはすごく面白いなと思って、途中までは樹状を意識していました。ただその建築の体験を想像すると、木を登るというには今回の敷地のスケールは少し大きすぎると感じるようになりました。木登りのように都市を体験できたら夢のようだけれど、スケールが大きくなったときに違和感が出てくる。むしろ足と手、四つん這いになって這い上がっていけるような、岩山みたいなものがいいのかなと考えた。それで最後の現われとして、このような形になりました。
平田さんの提案は樹木をイメージしていますが、この建築空間を体験することと木登りをして得られる体験とは随分違いますよね。そのギャップを埋めたいのか、むしろ割り切って、木というロジックから出てくるものの怪物性みたいなものに可能性を感じているのか。僕は平田さんにロジックと体験の狭間について聞いてみたいです。

平田──樹木のように空中に浮かび上がっているかたちの力は僕にとって重要でした。植物だってこれから先もどんどん進化していくわけだし、周りの環境に対する合理性に沿っていかないと生き残れないわけですから、建築も人の活動がそこにまとわりつくということに対してなんらか応えないといけないという要請がある。それで僕の場合はムクムクさせて、樹木というより、入道雲に近いような状態になりました。なかには樹状のヴォイドが入り込んでいます。
それから、樹木の特性にも学ぶことがありました。樹木は自分自身の生成原理をはっきりと持っていること、またさまざまな生物に宿り代を提供していることなど。だからある抽象化をして取り出したときに、樹木には豊かなヒントがある。ですから樹木のかたちと特性という両面を保持しながら案を考えていきました。

北川──次に佐藤さんにお話を伺いたいと思います。今日のシンポジウムで話題にされている新しい建築は、まだ明確な言葉を持っていません。明確に定義されたうえで方程式を解いていくのではなくて、複雑なものを複雑なままで解いていくという現状だと思います。この10年にどういう変化があったのか、エンジニアの立場からお話いただけますか。

佐藤淳──私ははじめ、木村俊彦構造設計事務所に4年半勤めて、その後独立して9年くらいになります。その間の解析技術や施工技術の進歩はすさまじいものでした。コンピューターもひとつの要素ではありますが、それに伴い、建築家もわれわれエンジニアも、自然に学ぶような発想をそのまま実現しようとするような試みが出てきました。
今回のプロジェクトのような巨大な建築を考えるときも、小さなヴォリュームが積層していたり樹状に集合しているような複雑な形態を実現したいという案が挙がりました。1年間ディスカッションした後、本が出版される直前にプレゼンテーションをしたのですが、そこで伊東さんが、「価値観というものは理論的に説明する必要はない」とおっしゃった。それが僕には大変印象的でした。例えば巨大なマンションに住みたいとは思わないけれど、雑多な下町のようなところに住みたいと思う、その気持ちが重要だとおっしゃった。そういった数量化するのが難しい心地よさが求められてきているのではないかと思います。そしてそれを実現できる解析技術も施工技術も発達してきている。
私は藤本さんと多くのプロジェクトをやっていますが、宇都宮の《House before house》ではキューブの積層した住宅を、《東京アパートメント》では切り妻状のものをランダムに積層した集合住宅をやっています。そういったやや複雑なものは、表面積が大きく、工費や熱効率の問題からなかなか実現できない。価値観が追いついていないような状況です。けれど、いくつか幸運な条件が揃うと実現できる時代になってきている。だからわれわれエンジニアも、少し手間をかけることを考えることで、そういう価値観の実現に近づいていくべきだと思います。
平田晃久氏、藤本壮介氏

自然と建築──人を活き活きとさせるもの

北川──この『20XXの建築原理へ』の20XXは2020年が念頭にあったと伺っています。これまでの10年にどういうことを考えられていて、これからの10年どういうことをしていきたいかというお話を伺えたらと思います。

伊東──これからの10年は、建築が自然との関係をどうやってもう一度取り戻せるか、ということに尽きます。いまCO2削減がこれほど叫ばれているわけですが、建築そのものをどう変えるかという話はほとんどされず、テクノロジー頼みです。環境産業としてテクノロジーを開発し、エネルギーやCO2を削減しようとしている。しかし僕はそれだけでは駄目だと思います。どうしたら人間が、もっと動物のように活き活きと活動できる場をつくれるか、ということが重要なテーマだと思っています。今のCO2削減はむしろ均質化を促進するような方向に行こうとしていて、それは人間の活き活きとした活動を阻んでしまいかねない。
この会場はとても寒いですが、30年昔にはそんなこと当たり前だった。寒いときは寒いもんだと(笑)、われわれは鍛えられてきた。それがどんな場所に行ってもいつも同じ温度で過ごせると思った途端、人間は本当に弱くなってしまう。自然のなかで、自然とともに生きていくときに人間には躍動感が生まれ、生命力を持って生きられる。この10年で人間がそのことに気付くかどうかにかかっていると思います。テクノロジーによる環境産業だけで人間の新しい生活を提案できるとは思えない。もちろんテクノロジーの開発はすごく大事ですが、それ以上に建築そのものの思想を変えることが、これからの最大の課題だと思っています。

動物的な都市/人間的な建築

藤本──とにかく一所懸命やってきて、なんとか今に至ったという10年でしたが、いま振り返ってみると、自分の身体的な感覚と建築の可能性を模索していたように思います。幸いにここ数年で《モクバン》と《House before house》のプロジェクトが竣工しました。これを自分で実体験することができ、思っていた以上に喜びに溢れているという気がしました。訪れてくれた方々も楽しんでくれた。建築ってこういう喜びをつくり出せるんだと、小さな自信を得ることができました。
10年前にはひとりで事務所をやっていて、1軒の小さな住宅すらできるかどうかも分からなかった。それでも夢のような空想の住宅の模型をつくっていた。それから10年経って、いま巨大な都市のプロジェクトをまた夢見ながらやってもいいのではないか、それが何かに繋がっていくはずだというリアルな興奮があります。

平田──2000年には、僕は伊東さんのオフィスで働いていました。その時に「アーキテクチャー2000」という、GAギャラリーのアルミだけの建築の展覧会を担当していました。それはさまざまなプロトタイプを提出するという考え方でした。伊東さんとも根本的な話ができて楽しかった。中山英之さんともその時にチームでやっていました。藤本さんはSDレビューでスラブの家を発表しているころでした。何かが変わっていくという感じがしていました。
2002年には、構造のパターンが切り絵のような模様になっているブルージュのアルミのパビリオンを担当しました。必然性と恣意性が背中合わせになったような新しい自由さを提示したようなところがありました。あれをやったときに、あ、こういう感じでも建築はいいんだと、非常に開放された気がしました。そこで感じた自由をどうやってかたちにできるかをこの10年間頑張ってきた、楽しんできたんだと思います。
これから何をしていきたいかというと、ひとつの建築に留まらない広がりに対して、生きているものの秩序をどういうふうに波及させていけるのか、ということです。単純に単体の建物だけを考えるのではなくて、その集合を考えていきたい。そうしないと建築がもったいないことになる。実現できるできないは別にしても、そこのところに積極的に働きかける10年にしていきたい。そのときに人間の生物としての側面、動物性のようなものが都市的に共有可能なものを見つける鍵になってくるだろうと思います。
しかし他方で建築の課題として、そうは言っても人間は人間でもあるということを考えざるを得ない。例えば藤本さんのプロジェクトでいうと家型を積んだようなプロジェクトがありますが、あれはなんで家型なんだろうということに引っかかっています。家型は今まで人間が建築で積み上げてきた意味性を持っている。人間が人間であるということをもう一回見つめ直さなければいけない地点が来るような気がします。都市に対して働きかけていくときにはひたすら動物的に行こうと思いますが、単体の建築においてもう少しそこを探りたい。まだうまく言葉になりませんが。

メタボリズムを進化させる

北川──会場から質問を受けたいと思います。

質問者A──名古屋大学の学生です。平田さんに質問です。20世紀の建築が床本位の建築であったのに対して、それを打ち崩して表面積の大きい建築をつくっていきたいというお話はとてもおもしろかったです。ただそれを具体的なかたちにしていくのがすごく難しいと思います。展覧会の模型でも、沢山の素材を使って検討されていました。模型の素材を替えることで設計の自由度が増すのでしょうか。またそういう多様な模型で構想していたことを図面に落とすのは大変なことではないのでしょうか。

平田──床本位を突き崩すというのは本当に難しいです。たぶん一生かけてできるかどうかみたいな話です。でもそう考えてやっていると楽しいからやっているんです。素材に関して言うと、素材の持っている魅力を引き出したスタディ模型というのは、単純に最初にかたちや構想があってそのままつくった模型とは全然違う、できあがって見たときにさらに発見があるような魅力がある。藤本さんも今回葉っぱで模型をつくっていて、ちょっと笑ってしまったんですが、生の葉っぱに接着剤を付けているあの感じは非常に良かった。素材そのものが持っている喚起力は、すごく大事にしています。

質問者B──自然に近づく建築という提案にメタボリズムに近いイメージを感じました。メタボリズムの試みについてはどのようにお考えでしょうか。

藤本──僕らもこういう大きな規模のプロジェクトで、樹木や自然のものを引き合いに出してきたときに、じゃあメタボリズムとどういう違いがあってどういう共通点があるのかを考えました。メタボリズムは、植物を機械のように見ていたと思います。真ん中に軸があってそこにパーツがくっついていて、それは取り替え可能だというように。大通りを通して小さい建物を配置していくような近代的な都市計画の方法とも似ている。だからメタボリズムが見ていなかったところをわれわれが再解釈したいと思っていました。自然の植物はどうなっているんだろうとか、自然の地形はどうなっているんだろうとか、単体の木だけではなくて、森という群になったときに生態系としてどう振る舞うんだろうとか、メタボリズムが持っていなかった視点を広げました。

平田──僕も藤本さんと同意見です。メタボリズムの考え方でおもしろいところは、建築を扱うときに複数の時間の振幅を同時に見ている点だと思います。その時間には色んな絡み合いがあり、そこに階層構造がある。ヒエラルキーがあって秩序ができている。その感じは示唆的です。建築も長い時間存在している部分と、そうでない部分があるわけですよね。近代的な見方だとその変わらない部分が空間で、中身はどんどん変わっていくというふうにスタティックに捉えるんだけれども、僕は絡み合う秩序、生命の秩序のようなもので捉え直したいと考えていました。それができれば、新しいヴィジョンに繋がっていくと思います。僕らがメタボリズムの持っていた本質的な部分を、さらに先に進めていきたいと思っています。
展覧会会場

子どものように考える

伊東──僕は60年代の後半にメタボリストのひとり、菊竹さんのところで働いていました。だから毎日のスタディのなかでその状況をつぶさに見ていました。一番面白かったのは、あんなに都市の問題を論じた、あるいはプロジェクトをつくった時代はなかったということです。丹下健三氏とメタボリストたちが都市のプロジェクトに夢を描いていた時代です。70年代以降、そういうことは日本ではなくなりました。レム・コールハースが、なぜ日本では60年代にみんなが都市のプロジェクトを描いたのに、それがまったく実現せずについえ去ってしまったのかに興味を持って、ここ2年くらいメタボリズム関係者にインタヴューをしています。僕もインタヴューを受けたのですが、これはおもしろい本になりそうです。これを読むといろいろと見えてくると思います。来年の刊行になるそうです。
今日は言いたいことは沢山あるんですが、集まってくださったみなさんはほとんどが学生さんかごくごく若い人たちですから、建築に関してこうでなくてはならないといった既成概念をあまり持たないでほしいなということを最後に伝えたいと思います。
今日の話を聞いていただいてお分かりになると思いますが、藤本さんも平田さんも、これって建築だろうか、という位大胆なことをやっています。平田さんは、床が水平であるということを疑うと言う。それは建築でないものが建築になりうるのか、という問題ですよ。一人前の建築家がそんなこと考えて商売になるのか、ということを始終考えている。藤本さんも、こんなことやっちゃって大丈夫かな、と心配になるようなことを平気でやるんですよ(笑)。でもできてみると、意外に人々は平気で住んでしまう。ああ、こういう快適さがあったんだな、とそこで初めて気付く。
今回のプロジェクトにしても、子どものように都市の問題を考え、建築の問題を考え、そうすることによってできました。子どもは何が一番気持ちいいかを本能的に考えていますから。そういうことをみなさんにもぜひチャレンジしていただきたいというのが、若干歳を取った私からのメッセージです。


2009年12月23日、名古屋工業大学講堂にて

201002

特集 『20XXの建築原理へ』をめぐって


シンポジウム『20XXの建築原理へ』をめぐって
20XXの建築家に向けて──伊東豊雄+藤本壮介+平田晃久+佐藤淳『20XXの建築原理へ』書評
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