建築・都市への「インテリア」的眼差し──「建築家 坂倉準三」展を通して

青井哲人(建築史/明治大学准教授)
汐留会場の濃密な展示空間を巡った方ならば、出口直前の壁面に印象的な映像が流されていたのを覚えておいでだろう。タイトルは「La ligne de vie」(制作監督:大槻一雅、製作:カッテンカビネット)。《竹籠座小椅子》(1947-49頃)、《中座椅子》(1957頃)、《はまぐり型テーブル》(1948頃)、《東京日仏学院》(1951)の階段室、《西田幾多郎博士記念歌碑》(1951)、そして《新宿駅西口広場》(1966)の斜路。それらを特徴づける「曲線」を次々にカメラでなぞるようにとらえた映像作品だ。坂倉準三という建築家は自ら鉛筆をもってスケッチをおこすことはほとんどなかった。かわりに所員たちの図面を徹底的に吟味し、議論し、朱筆を加え、修正を重ねさせることで設計を進めていたという。その厳しい眼は何にフォーカスを合わせていたのだろうか。所員たちの回想などからは、それがプランの整合性と、ファサードのプロポーションと、そして各部の曲線であったらしいことが浮かび上がる。そのうちの「曲線」をカメラは追う。カメラの移動につれて曲線は微妙にうねり、一瞬ゆがむかと思わせるが破綻せずに流れてゆく。そうして、坂倉の曲線が決して曲率の一様でない、意外に複雑な線であったことがわかり、ついでその線を決めたであろう生々しい眼と手の動きが透けて見えて来るような感覚に囚われる。
《東京日仏学院》(1951) 筆者撮影

デザイン領域の広さ

坂倉展ポスター
上:鎌倉展、下:汐留展
「建築家 坂倉準三展」は、神奈川県立近代美術館・鎌倉館(「モダニズムを生きる──人間、都市、空間」5月30日〜9月6日)、パナソニック電工汐留ミュージアム(「モダニズムを住む──住宅・家具・デザイン」7月4日〜9月27日)の二部構成で開催され、延べ3万8千人の入場者を得て、盛況のうちに幕を閉じた。汐留ではおもに家具から住宅まで、鎌倉では住宅以外の建築から都市計画までが扱われた。貴重な資料が集められ、新たに多数の模型も制作された。それぞれの会場別に作成された図録も増刷されている(関係者間では、表紙の色からそれぞれ緑本、赤本と通称されている)。また、7月12日に国際文化会館で開かれた記念シンポジウムをはじめいくつかの関連イベントが催されたほか、『大きな声──建築家坂倉準三の生涯』(鹿島出版会、2009)の再刊や『住宅建築』の坂倉特集(2009年7月号)といった動向もある。"緑本"(鎌倉図録)と『住宅建築』同号に分載された磯崎新の論考「坂倉準三の居場所」も話題を呼んだのではなかろうか。
坂倉準三(あるいは坂倉建築研究所)の仕事を回顧・再考する試みはこれまでにもいくつかの書籍や雑誌特集、展覧会によってなされてはきた。しかし、坂倉の全貌を描き出す試みとしては今回の展覧会が画期的なものになったことは大方が認めるところであろう。坂倉の仕事といえば《パリ万国博覧会日本館》(1937)と《神奈川県立近代美術館》(1951)だけが突出して重視されてきたが、この視野の狭さと偏りを相対化し、分厚く豊穣な坂倉の世界を開いてみせたことは、今回の坂倉展の大きな成果と言わねばならない。坂倉準三は、都市計画から家具デザインまでの広い領域をデザインの対象とした。そのことはキャリアの初期から晩年までまったく変わっていない。そうした仕事の拡がりを二部に截然と分けることには無理があろうが、展覧会の効果としては成功であったと思う。というのは、この展示構成は必然的に、鎌倉における「都市」の極と、汐留における「家具」の極への注目をうながしたと思われ、それにより坂倉準三という建築家の厚みが立体的に描き直されたように思われるからである。
《新宿駅西口広場》(1966)

リアリスティックな建築実践

鎌倉会場の「都市」の極から話をはじめてみよう。今回の展覧会では、坂倉のアーバニズムが、50年代までのル・コルビュジエ=CIAM的な機能主義とも、またそれを批判して登場する60年代の構造主義とも異なるものであったことが明らかになった。これは難波・渋谷・新宿などの鉄道ターミナルのプロジェクトによく現われているのだが、坂倉はアドホックに都市の形態エレメントを繋ぎ合わせ、都市的な空間と景観をつくり出した。実際に設計された建物の多くは百貨店や映画劇場などの商業・娯楽施設の複合体であり、つまりは大衆が交わり消費する戦後日本的広場であった。これは、丹下とその門下生たちに代表される60年代のアーバニズムが、壮大なユートピアを提示しながら、その実現の場所をほとんどオリンピック、万博、そしてニュータウンといったいわばタブラ・ラサの新都市(実験場)にしか見いだせなかったのとは対照的である。坂倉準三は、商業資本とのコネクションを構築しながら、戦前には盛んに描いたル・コルビュジエ風のユートピアを封じ、きわめてリアリスティックな柔らかい態度によって混乱する都市の真ん中に建築的実践を埋め込んでゆくことができた。内藤廣は、記念シンポジウムで、そのような建築家は坂倉以外にはいなかったのではないかと指摘した。
百貨店や映画劇場コンプレクスでの坂倉のデザインを見ると、その主眼は、法規と経済が決定するボックスをほかの同様のボックスとつなぎあわせながら、その内部に、膨大な人々が流れてゆく途切れることのない空間の連なりを生み出すことにあったのではないかと思われる。しかもそこには、機能主義的な空間ヴォリュームの明瞭な分節というよりも、むしろ自由でアドホックな連接関係とともに、ときおり表現主義を思わせる曲面の連続体をつくり出してゆくような傾向すら見られる。難波の《ニューブロードフロアー》(1950)などはその典型であり、《東京日仏学院》はその直接的な後継であろう。そして《パリ万博日本館》《神奈川県立近代美術館》、あるいは官庁建築にすら、空間の連続体とそこに流れる線や面が随所に埋め込まれている。住宅作品についてもとくに階段廻りに注目してほしい。アール・ヌーヴォー的な線の運動さえ見いだされる。
《難波高島屋ニューブロードフロアー》(1950)
引用出典=『国際建築』1951年6月号

インテリア的視線

展覧会が閉幕した今、この非分節的な空間の連続体をつくり出すデザインのあり方こそ、前川國男はじめ同時代の建築家にはない、坂倉準三独自の一貫した行き方ではなかったかと思えてくる。あるいは、アーバニズムから住宅までの坂倉の仕事に、"流れ連なるインテリア"への眼差しが大きな場所を占めていたのではないかと筆者は考えはじめている。
インテリアとして連続する空間の線・面を、繰り返しなぞるようにデザインした坂倉の眼が、汐留会場の主役のひとつであった一連の「家具」のデザインにあってはさらに研ぎすまされていたとしても不思議ではない。家具の場合、制作した実物に触れ、腰掛けるといったより直接的な身体のチェックにより修正を繰り返せる。世田谷美術館で開催中の「オルセー美術館展──パリのアール・ヌーヴォー」で、筆者はE・ギマールによる長椅子の原寸立面図に心を奪われた。あの生命観あふれる自由な曲線は、木炭を手にしたギマールの身体の動きとつながっていたのである。坂倉の椅子の系譜にみられる柔らかく流れては循環するような独特の曲面も、そうした身体と視線のありようをどこかで継承しているのではないかと思われた。
もちろん、家具デザインの厳しい追求プロセスは、生産の現場を欠いてはありえない。今回の展覧会では、坂倉がシャルロット・ペリアンとともに工芸・民芸の世界に濃密に触れていたこと、事務所内に工房を持っていたこと、戦後には三保建築工芸を設立して戦前の流れを継承していたこと、さらには天童木工との共同関係によって独自の曲線・曲面が洗練されていくことなどが、相当の厚みをもって明らかにされた。今後、より実証的かつ包括的な評価が行なわれてしかるべきであろう。

坂倉は1969年に亡くなっている。ちょうどこの頃が日本の都市計画の変節に重なっていることに注意したい。以後の都市再開発は整備された法律の下で官僚とディベロッパーが主導することになり、建築家の役割は急激に小さくなる。一方、建築家が当然のように家具をデザインする時代が終わったのも同じ時期かもしれない。建築の世界は小さくなり、痩せてしまったのである。
21世紀に入った今、建築家たちは再び「インテリア」的視線を建築の側へと手繰り寄せはじめているように見える。都市もまた、彼らはインテリアと同様の手付きで扱うのかもしれない。都市・建築・家具の境界はいまや揺らぎ、ときに消滅さえする。これは何かの徴候だろうか。いずれにせよ、19世紀末から今日にいたるインテリア的視線の系譜のなかに、坂倉準三を位置づけてみたい誘惑にかられる。

あおい・あきひと
1970年生まれ。建築史・都市史。明治大学准教授。著書=『彰化一九〇六年──市区改正が都市を動かす』『植民地神社と帝国日本』ほか。
http://d.hatena.ne.jp/a_aoi/


200910

特集 インテリアデザイン史を遡る


強靱かつ官能的に生きた建築家──『シャルロット・ペリアン自伝』レヴュー
建築・都市への「インテリア」的眼差し──「建築家 坂倉準三」展を通して
家具、この動くもの──ペリアン/ル・コルビュジエ《住宅のインテリア設備》(1928-29)
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