ASAE09 : Communicating Architecture レポート

松原慈
下記は、筆者が参加したAnnual Symposium for Architecture and Education 2009(ASAE09)のレポートである。
ASAEは、スウェーデン・ルンド大学建築学科にて、2003年より、毎年9月の新年度開始に合わせて開催されている2日間の建築と教育についての国際セミナーである。欧州内にとどまらず、米国やその他諸外国の建築学校との交流をとくに重要視しながら、教育に期待される「創造性」をキーワードに、学生/教育者/建築家/ジャーナリストといった立場および世代をまたぎ、純粋な国際的意見交換の場として設けられた継続的な建築のアカデミック・イヴェントとして、特有の位置づけをもつ。招待者による講演とシンポジウムで構成される。
今年は、"Communicating Architecture"というテーマで、9月4日と5日の2日間にわたって開催された。レクチャラー/パネリストは講演の順に、ピータークック卿(Sir Peter Cook/CRABstudiok/イギリス)松原慈(Megumi Matsubara/assistant/日本)オディール・デック(Odile Decq/ODBC/フランス)ダニエル・ゴーリン(Daniel Golling/forum AID/スウェーデン)ドゥルーラ・パリッシュ(Drura Parrish/Parrish | Rash/アメリカ)デイヴィッド・ガルシア(David Garcia/David Garcia Studio/デンマーク)ジェフ・マノー(Geoff Manaugh/BLDGBLOG/アメリカ)フロレンシア・ピタ(Florencia Pita/FPmod/アメリカ)ヘルナン・ディアズ・アロンソ(Hernan Diaz Alonso/Xefirotarch/アメリカ)トム・メイン(Thom Mayne/Morphosis/アメリカ)の10名。主催はルンド大学のアベラルド・ゴンザレズ教授(Prof. Abelardo Gonzalez)★1とピーター・クック卿。
左から、ドゥルーラ・パリッシュ、ヘルナン・ディアズ・アロンソ、フロレンシア・ピタ、ジェフ・マノー、ダニエル・ゴーリン、松原慈、アベラルド・ゴンザレズ
撮影=Caroline Dieden

──あれは72年のことなんだから (トム・メイン)

44人の最終学年の建築学生が、まもなく手に入るはずの、社会で通用する学位を放棄して、学校をつくる。「本当にその話を聞きたいの? もう二度とあんな事件は起こらないよ」とトムが笑う、「あれは72年のことなんだから」★2。変化は臨界点に達したとき、突然変異のように、目の前に突如立ちはだかる。踏み続けていた影が、急に質量をもち、迂回をうながす。遅かれ早かれ、その変化は創造的であったと人は気づく。対極分子は、生存をかけて戦っているわけではない。対立のなかに生きている。
「スカンジナビアで自分たちの学校をつくりたかったら、ノン・スカンジナビアン・マニーが必要だろうね」と、ピーター・クックは学生たちに真剣に示唆する。でもいまは、ある学校が気に入らなければ、ほかの学校を探せばいい、21世紀のヨーロッパはそれが自由なのだから、変化は次々と起こるようにできている、と言い添える。いまはローカルであることなど不可能で、ローカルな翻訳は可能であっても重要ではなく、パネリストの顔ぶれからも、新しいタイプの正真正銘の国際性が育っていることが明らかだとピーターは言う。加速度をつけた分子は遠くへ放たれ、運動が消えたところに澱みが残る。ヨーロッパ各都市の建築学校は、結果、明確に差が開き、孤立化と国際化の二分化の状況にある。
学校の性質は、リーダーが変われば大きく変わる。トムはSci-Arc、UCLA、The Bartlett、Columbia、AAなどを世界でもっとも創造的な学校として例に挙げながらも、そのうちいくつかは、学科長交代などの政治事情で、一時的に以前より存在感を欠くようになっているとも意見する。よい学校の条件は「high-level global discourse(ハイレベルな国際的対話)」に尽きると言う。「まったく自分勝手な理由だよ。特別面白い人間との対話に囲まれていたいんだ。そのために、学校に出入りするし、世界中の新旧面白い人間を集めるよ」。
《Wayne L. Morse US Courthouse》
トム・メインのレクチャーより

──君は君のファ×ク・ユー・モーメントを待つだけさ (ヘルナン・ディアズ・アロンソ)

トム・メインがAIA(American Institute of Architects)で十年おきに三度講義した経験を振り返る。35歳頃、morphosisをスタートしてしばらくしたトムは、AIAに呼ばれ、薄給で初めての講義を行ない、誰もがトムをペイパー・アーキテクトと呼んだ。十年して再び訪れたら、今度は、あいつは所詮小さな住宅だかカフェだか建てただけで、まともな建築家とはいえないよ、と言われた。再度十年が経過して、三度目の講義に現われたトムは、冒頭で聴衆に告げる。「今日の講義では、エレベーター付きのビルを見せよう、すっげえでっかいやつだぜ、ファ×ク・ユー」。ヘルナン・ディアズ・アロンソ★3の言葉を借りれば、「それはこの男が建築のありとあらゆる賞を獲得する前の話、ついこのあいだのことなんだ。社会が君に追いつくのに時間がかかるだけで、その逆はない。君は君のファxク・ユー・モーメントを待つだけさ」。61歳でプリツカー賞を受賞し、衰えを恐れ守備を固めるどころか、早口で無防備に挑戦的な言葉を吐き続けるトムは、これからの建築は、完全に創造的な行為としてのみとらえるべきだと断言する。建築を組み立てる方法を学校で学んだところで、そんな職は十年後に存在しない。ビルの技術的組み立ては中国やインドに完全に切り離され、クリエイティヴィティ以外の建築を教える建築学校など、先進国では無価値になると。
ピーターは言う。馴染みのドライクリーニング屋でレム・コールハースと出くわし、二人で暇つぶしにリストアップしたAAスクール出身者の35名、彼らの当時の仲間で記憶に残る面々は、全員ペイパー・アーキテクトだった、と。世間ではアーティな気狂いと無視していれば都合がよかった顔ぶれが、結局建物を建てるに至るのは、けっして皮肉ではない。アーキグラムのプロジェクトには、手すりも35.5度に傾いたエスカレーターも、ウィットたっぷりに描かれていた。ペイパーとリアルのあいだに境界など、もともと存在しないのだから。あなたの頭が、地球温暖化前の南極の氷でない限り、このことは理解できるはずだ。
「だいたいアカデミアで、1日18時間かけて建築法に沿った建物を描くなんてばかげてるよ」と、若い教師でもあるデイヴィッド・ガルシア★4は学生たちの足かせに頭を悩ませる。私たちパネリスト全員が、一致して考えていたこと。建築は建物のことではない。「根本的なことだけど」と前置きをして、ヘルナンが発言する。「そもそも、建築家は建物を建てる人間のことではない。建築家は、ひとそろいの資料をもって、建築のアイディアをコミュニケーションするだけだ」と。アイディアと技術と生産の境目が混じり合い、消滅しようとしている最高の時代に生きるいまの建築学生たちにとって、もはやどんな制約もありえない。
《Pavillion Seroussi》
ヘルナン・ディアズ・アロンソのレクチャーより

──そうして君は勝利する。相手に手錠をかけて、ベッドへ横たわらせるのさ (ドゥルーラ・パリッシュ)

Sci-Arcで学び、現在は各国教育機関で教鞭も執るドゥルーラ・パリッシュが始めたParrish | Rash★5は、建築からキャンディまで、スケールを問わずややこしい仕事を実現する、アート・デザインに特化した制作企業。つくるものは毎回プロトタイプと言っても差し支えない。つくるすべては過去例の皆無な特殊デザインだからだ。彼らは、新しい美意識に基づいて生まれるモノがしばしば置かれる、コストも納期もミッション・インポッシブルな現実をひっくり返し、アヴァンギャルドなデザインを経済的に離陸させる最初の一歩に立ち会う。そのモノの置かれる文化的文脈は一切意に介さず、どんなミッションもレンダリングの通りに再現する。ザハ・ハディドがThe Kartal Pendik Masterplanのプロトタイプ的インスタレーションとして、角のないグリッド状の突起物をギャラリーの壁天井一面に展示するといって依頼してきたとき、彼らに与えられた制作の猶予は3週間。「足りないよね。けど関係ないよ、僕たちは、ただやるだけ」。
ドゥルーラは、Sci-Arc時代、隣の席で設計するヘルナンやフロレンシア・ピタ★6が、流線的で極端に複雑なフォルムをつくれる技術者を探しては破産を繰り返すのを横目で見ながら、同時に、レンダリング通りにつくれる機械の登場を興味深く観察していた。ヴィジョンをどう世の中に伝えるか、そのコントロールで勝敗が変わる。気の狂れたようなデザインでも、仮に一部つくって見せてしまえば、実現性がぐっと上がる。デザインの50%は情報のコントロールだとドゥルーラは言う。「そうして君は勝利する。相手に手錠をかけて、ベッドへ横たわらせるのさ」。
Sci-Arcで教えるフロレンシアは、教養・技術・視覚芸術・材料研究・応用研究といった専門分野が混合する動きが教育方法をも問い直し始めたことで、教育の現場から、ミクスド・メディアを理解する新しい種類の専門家が登場するようになり、そのことが実践の現場にもフィードバックされていると強調する。「そうした環境で育つデザイナーは、同じように育った融通の効く特殊な専門家とともに歩めばいい。思い描いた通りのヴィジョンを実現させる現実は、目の前にあるの」。
《CC Candy》
ドゥルーラ・パリッシュのレクチャーより

──気になるのは、建築の「チョコレート・レイン」はなにかってこと (ジェフ・マノー)

建築は誰のもの? ジェフ・マノーのBLDGBLOG★7に、疑問符があふれる。「ル・コルビュジエの図面を眺めてうっとりすることが僕の建築や空間への興味ではないんだ。建築は、映画や小説やSFやゲーム、ありとあらゆるところから僕らを刺激しているんだよ」とジェフは語り始める。ジェフのブログは、示唆とオプティミズムに満ち、創造的で批評的に、堂々と、建築の見方を拡張する。「culture at large(広い意味での文化)」への視線を、建築家にも人々にも問いかける。YouTubeで4,200万人が鑑賞した「チョコレート・レイン」というクリップを引き合いに出しながら、YouTubeでもっとも視聴数の高いヴィデオが、きわめてばかげた映像であることがあるのと同じように、建築にもそうした瞬間があると批評する。「気になるのは、建築の『チョコレート・レイン』はなにかってこと」。
50年間続くスウェーデンの建築雑誌『Forum AID』編集長ダニエル・ゴーリンも、建築家主体に進む建築評論を批判する。『Forum』最新号で写真特集されているのは、大使館。エーロ・サーリネン設計、オスロのアメリカ大使館など、北欧各都市に置かれたアメリカ大使館と、ワシントンにある北欧各国大使館を写真比較している。見開きの左ページに写るのは、在北欧アメリカ大使館。銃を構えた守衛が建物に近づくことを許さず、写真家がかろうじて撮影した、遠景のブレた写真。一方、右ページには、ワシントンで撮影された北欧大使館の親密な近景が載る。写真写りの差について、ダニエルが説明する。在米北欧所有地では、撮影許可を求めるとクルーは歓迎されコーヒーを振る舞われた。また、ミッドサマーには在米北欧人が敷地内で輪になって踊るという。対して、アメリカ大使館には一定距離以上近づくことが許されていない(北欧で公共の場で写真を撮ることは違法ではないが)。誰も望まない性格を与えられた建物は、ポッシュなエリアに留まることができなくなり「その結果、アメリカ大使館は街の中心地から外へと追いやられていっているよ」。
写真家の撮影にこだわらず、Google Mapのストリートビューで最新の建築を見ればいいとジェフが言うのは、冗談ではない。建物内での人々の振る舞いを観察するために、監視カメラを設置したのはフォスター事務所だ。トムの新しいクーパー・ユニオン・キャンパス横の路上には「Aliens! Please park space craft elsewhere!(宇宙人よ!宇宙船はよそに置いて!)」とさっそく落書きがされた。設計者トムにほどなく発見され、小気味よいスナップが撮られた。人々は建築に十分に反応している。その声は、建築評論のための建築評論が建築評論ではないのだ、と聴こえる。評論の内部からすら、突き上げるように。
ジェフ・マノーのレクチャーより
以上レクチャーの写真=筆者撮影

評論の謎は、自分がその外部にいる場合、書かれた文章の一定の質を理解することができたとしても、その内容自体が理解できなくなるということにある。ピーターは、ハーバート・ミュシャンのNYタイムズの評論が必要以上にバーナード・チュミに与えた打撃や、米建築家がジェフリー・キプニスをあがめる事実を回想しながら、創造的評論という存在の実態を掴もうと試みる。評論にせよ、設計にせよ、建築をめぐるコミュニケーションにおいて創造的であるというのは、一種の手品である。光の向きによって、ときには姿を隠す影に、質量を与える手助けをし、恩恵を受けるのは誰か。手品師が、種と仕掛けを隠し通し、信じる手を最高にクールに披露する。それでも賢い観客が、頭をひねって手がかりを探る。建築の創造的解釈は、その余白にだけ残されている。
Sydsvenskan(『スウェーデン新聞』), 5th September 2009.
写真は初日の講評会の様子。左からピーター・クック、トム・メイン、モルテン・ルンド(デンマーク王立芸術アカデミー教授)。


★1──ルンド大学建築学科のゴンザレズ教授は、過去7〜8年間の間に、ASAEだけでなく、若手建築家によるワークショップなどさまざまな創造的な教育プログラムを実践してきた。
★2──トム・メインはMorphosis主宰であるとともに、Sci-Arc(Southern California Institute of Architecture)の創設メンバーである。Sci-Arcの設立は、1972年に遡り、若い建築家と建築学生が当時の建築教育機関への不満から、独立した機関として設立したのが始まり。
★3──ヘルナン・ディアズ・アロンソは、1969年アルゼンチン生まれ、LAで活躍する建築家。Xefirotarch主宰。グロテスクとも形容できる美意識を職人芸的表現まで高める。2005年、MoMA/PS1コンペで勝利。
★4──実践と教育の現場を行き来する若手建築家デイヴィッド・ガルシアは、自身のスタジオから建築的アイディアをまとめた『MAP』という定期刊行物を出版し始めた。第1号の特集は南極建築の可能性。

Manual of Architectural Possibilities(MAP) 001, 2009

★5──Parrish|Rashのホームページには、こうある。"Parrish|Rash is an art and design production corporation. We offer fabrication and production services to artists and designers. We can handle all scales, quantities, and types of projects. Seriously."
★6──フロレンシア・ピタは、現在LAを拠点に自身の創作活動を行なう傍ら、コロンビア大学での同窓であったヘルナンとともにSci-Arc, Pratt Instituteなどで教鞭も執る。
★7──ジェフ・マノーが5年前に立ち上げた自身の建築ブログBLDGBLOGは、建築を巡る議論を一般的な建造物の写真掲載以外のさまざまな語り口から展開し、建築専門家の枠を超えて愛されている。2009年、同名の書籍を出版したばかり。

The BLDGBLOG Book, Chronicle Books, 2009

まつばら・めぐみ
1977年生まれ。建築家。2004年ロンドン大学バートレット建築学校MA修了。assistant共同主宰。
表現活動の幅は、静的な建築から、つかの間の状況まで多岐にわたり、空間造形、彫刻、音楽、文章、建築、都市研究などの分野で複合的に観察できる。
http://www.withassistant.net


200909

特集 きたるべき秩序とはなにか──システム、パターン、アルゴリズム


自己組織化は設計可能か──スティグマジーの可能性
自生的秩序の形成のための《メディア》デザイン──パターン・ランゲージは何をどのように支援するのか?
アルゴリズム的思考と新しい空間の表象
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