「都市美」というものに関心をもたない読者にこそ(中島直人『都市美運動──シヴィックアートの都市計画史』書評)

八束はじめ(建築家)
中島直人『都市美運動
──シヴィックアートの
都市計画史』
東京大学出版会、2009
出版社の帯風に言うと、500ページに及ぶ渾身の力を込めた大著。筆者の中島直人さんは、東大の都市工学科の助教を務める気鋭の研究者で、この本は本来彼の博士論文(の一部)である。私は『10+1』本誌を含めて最近いろいろとこの後輩とご一緒する機会も多いのだが、そこでやはりご一緒で丹下研究室に関する博士論文をものした豊川斎赫さんも含めて、この世代の近代建築・都市計画史研究者の充実ぶりは目覚ましい。中島さんはこのすぐ後に、本書でも重要な位置を占める都市計画家・石川栄耀(ひであき)をめぐるモノグラフを、同世代の他の研究者との共著で出している。浩瀚な博士論文を二方面に分割したということらしいが、これも、中島さんの担当以外の章も含めて、すこぶる読み応えがあり、ぜひ一読をお勧めしたい。ずっと世代が上の私も、デザインと批評と歴史の三股かけた仕事をやってきたが、彼らの本格的な歴史研究には新世代台頭の感を強くしている。私が歴史をやっているのは、議論の対象としての現代の建築が、細いとか薄いとか表面ばかりを競っていてつまらないから、というはなはだ消極的な理由でしかないので、本格的に歴史家的である彼らに敵し得ないのは道理で頼もしいことではある。率直にいって、本を読まないいまの世代に多く売れるとは思えないが、それを立派な本にした出版社──大学の出版局だからというのもあるだろうが──にも敬意を評したい。ついでにいえば、仲間内の宣伝ばかりつづけるようで心苦しいけれども、豊川さんの博士論文もまったく画期的な内容なので、ぜひ何処かから出してほしいものだ。

日本における二つの都市計画の潮流

さて、本書の内容だが、タイトルがそれを要約しているように、法的、財政的な権利調整を含めて都市機能の改善をもって旨としてきた我が国の都市計画のなかに、「都市美」という異質な要素が如何なる経緯で導入されてきたかの研究、運動史である。サブタイトルに「シヴィックアート」とあるように、これは西欧起源で、この起源についても周到な記述が及んでいて間然とするところがない。この運動を体現した社団法人都市美協会は、1926年に立ち上げられ、56年にわたり存続したが、1981年に「わずか五分で終了した」理事会で幕を閉じたほぼ昭和の運動である。「都市美」とは、たとえばマンションの建設問題とか(まことちゃんハウス問題というのもあった)で現代まで尾を引いている問題でもあり、中島さんはそのようなケースにも関わっているやに聞いている。いわゆる都市の景観問題であり、彼が属している東大の西村研究室の主要テーマでもあろう。
ところで「10+1 web site」をご覧の読者(というのか?)は都市の景観問題などに関心がおありなのだろうか? じつは、困ったことに私にはあまりないのだ。現在あちこちの都市で開いている有識者の景観委員会のようなものは、押し並べて市民へのアリバイづくりというか、行政的なジェスチャーでしかないと思っている。景観のようなものは、一律の基準をつくろうとすれば必ず保守的な調和論に傾く。しかし文化も環境も一律であった過去はともかく、現代のような多種多様な決定要因が存在する都市でこのような基準をつくること自体に意味があるのかといえば、すこぶる懐疑的たらざるを得ない。私は何事にもつけ「調和論」には気をそそられない。たとえば、本書で都市美運動のごく初期の代表例として取り上げられている警視庁の新庁舎の望楼(要するにペントハウス)の都市美的な観点からする撤廃問題なども、私などは別にいいんじゃない、あっても、とか思ってしまう。
日本の戦後都市計画を推進してきた高山英華(いうまでもなく東大都市工学科をつくったのは彼とその下にいた丹下健三である)は、かつて磯崎新との対談で、日本の都市計画には二つの潮流があると語っている。ひとつは1924年のアムステルダムの都市・住宅会議に出席した前記石川も含むテクノクラート中心の計画家たちで、もうひとつはCIAMの系統を汲む流れ、つまり建築的な発想から都市にアプローチした人々である。都市美運動は前者のなかから出ているが、戦争直後に、高山は先輩である石川と微妙な距離感を示した発言をしている。それはこの都市美問題の根幹にあると思われる都市の規模の問題で、石川は過剰都市批判的な分散論だったが、高山は都市を三次元でとりあげる必要性(これは空間造形ということでもある)を強調しながら都市の密度を要請している。要するに集中の利を説いた訳だが、これは丹下以下の日本のアーバンデザインにつながる(「アーバンデザイン」はもっと後にアメリカから槇文彦などによってもたらされた概念だが、その主唱者であるハーヴァードのディーン、ホセ・ルイ・セルトがCIAMの主要メンバーであったことはいうまでもない)。

都市計画史に「生き生きとした」感情を

さて、こうやって図式的に位置づけてしまうと、なぜ建築家である私が本書を推奨しようというのかわからないと言われそうだが、そこのところに歴史、あるいは歴史記述の機微があるのだ。必ずしも共感を感じない対象であっても、歴史的な蓄積は歴史の一端として耳を傾けるべきだ。そうでなかったら歴史研究は、古色蒼然の形容だが、ホイッグ史観にしかならない。「敵」からも学ぶべきものはあるのだし、まともに歴史を考えようとするならそれは当然の態度である。それに、「都市美」の主唱者たちにもさまざまなニュアンスの違いがあることを筆者は抜かりなく指摘している。もちろん、著者である中島さんには、論述対象である「都市美」の概念なり運動なりに、私などより共感なり思い入れはずっと強いに違いない。掉尾のほうにある運動の終息の記述の、淡々としてはいるが微妙な感情の込められた筆致をはじめとして、本書の紙面に至る所にそれは感じられる。でなかったら500ページの大著を10年もかけて書くことはないだろうし、読者の方も通読には耐えられないだろう。そこを論述と読書の機微と言いたいわけだ。こうした500ページを費やした誠実な記述の重みにこそ──けっして知識や情報に(だけ)でなく──学ぶべきものを見出さなければ読書などする資格はない。中島さんはあとがきで、制度史に傾きがちな都市計画史に「生き生きとした」感情を持ち込むことを旨としたと記述しているが、私は仕事の際の会話の端々に感じられる彼の個人的な感性に信頼を置いている。多分われわれの立場はまったく同じではないが、彼は語るに足る、つまり語るべき内容と語るための技術を備えた相手であり、それは本書の読者にも十分感じられるであろうことに疑いをもっていない。
都市は結局、社会と歴史の共同作品である。さまざまな時に相反するベクトルの集積がそれを構成する。アーバンデザインも「都市美」も、日本では似たような時期に事実上消滅の憂き目に遭うのだが、だからといって都市になんの刻印も残さなかったということではない。これらのベクトルのひとつなのだ。「都市美」を一律な調和・均衡としてのみ考える人には、あるいはましてや統一的な造形としてのアーバンデザインこそが施されるべきだと考える人には、いまの日本の都市景観はその「理想」からほど遠いものと見えるかもしれない。しかしいまの都市景観はおおむね良いのではないか、あるいはもっと「混乱」が支配的であっても良いとすら考える私などは、それをlaissez-faireの結果としてではなく、それらの集積と見られるからこそ肯定するのだ。そこに現代的な問題として歴史を学ぶことの醍醐味がある。そうした意味で、私のように「都市美」に関心がない読者にこそ、本書の一読をお勧めしたいのだ。
なお、中島さんにはすでに我が国のアーバンデザインの定着過程を辿る仕事があり、現在、上記高山の研究をされている。上に私が多分にいい加減に書いた位置づけは、こうした研究のなかで遥かに精緻な論証をされてくるのではないか、今後はそれを楽しみに期待したい。

やつか・はじめ
1948年生まれ。建築家。芝浦工業大学建築工学科教授、UPM主宰。作品=《文教大学体育館》《文教大学センターハウス》《白石市情報センター》《砥用町文化交流センター「ひびき」》など。著書=『メタボリズム』『ロシア・アヴァンギャルド建築』『ミースという神話』『思想としての日本近代建築』など。


200905

特集 都市計画とアートプロジェクト


都市計画としての劇場
アートによるまちづくり──十和田と横浜の場合
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