建築家は数ある職業の1つでしかない──『建築学生のハローワーク』書評

暮沢剛巳
『建築学生のハローワーク』
五十嵐太郎編『建築学生のハローワーク』
彰国社、2008.12

大学の専攻と卒業後の職種にはどのような相関関係があるのだろうか。例えば、医学部や歯学部を卒業した者は医者や歯医者になるのが当然だし、逆に文学部や法学部を卒業した者のうち、作家や法曹になるものはほんの一握りである。この落差には、学校教育の内容はもとより、国家資格や制度の違いなどが大きく関与しているのだろう。
この相関関係を念頭に置いた場合、一般に建築科は前者に属するものと考えられているようだ。これはやはり、各学校の建築科が明らかに建築家や建築士の養成を前提とした専門性の高いカリキュラムを組んでいること、また一級建築士や登録建築家などの資格や制度がその延長線上に位置していること、逆に安藤忠雄などのごく少数の例外がないわけではないが、建築科を卒業せずに建築家になるのはひどく難しいことなどがその原因と考えられる。かくいう私も、建築科の出身者が就く職業といえば真っ先に建築家を連想してしまい、ほかの職業はなかなか思い浮かばないのが実情だった。
ところが、実際は大いに違っており、建築科を卒業した人間の進路は、門外漢の私が想像するよりもずっと多岐に渡っているらしい。言われてみれば、毎年何千人という数の人間が各大学の建築科を卒業している現実と比べて、各種のメディアで注目されている建築家の数は非常に少ない。美大や芸大を出たからといってアーティストになれるわけではないのと同様に、建築科を出たからといって建築家になれるわけではないのだ。では、建築科の卒業生には、建築家になる以外にいかなる進路があるというのだろうか。建築科の出身者が携わっている多彩な職業を紹介し、編者の五十嵐太郎が「建築家は数ある職業の1つでしかない」とまで断言する本書は、まさにそうした疑問に答えてくれる書物である。
五十嵐によれば、建築科の出身者がつくことのできる職種は軽く100を超えているそうだが、本書にはそのうち50の職種が5つの系統別に紹介されている。その内訳は以下の通り。

設計に自信がある
──01建築士 02建築家 03構造設計者 04設備設計者 05ファサードエンジニア 06工場設計者 07ランドスケープアーキテクト 08土木デザイナー 09照明デザイナー 10音響設計コンサルタント 11店舗設計開発者 12インテリアデザイナー 13家具デザイナー 14キッチンデザイナー 15保存修復建築家 16映画美術監督

01と02は誰もが連想する職種なので説明不要だろう。01は、特に一級の資格を取得するのはただでさえ難関なのに、数年前に起こった耐震強度偽装事件に伴う法改正が、現場にどのような影響をもたらしているのかも気になる。05は初めて聞く興味深い職種。その他のデザイン関係も比較的イメージしやすく、特に09は展覧会などでも重要な役割を果たす★1。16はこういう仕事もあったのかと驚く半面、渡辺武信のように映画評論に触手を伸ばすのもありではないかとも思ってしまった。

企画運用は大切だ
──17都市計画者 18ディベロッパー 19建築プロデューサー 20建築計画者 21不動産投資運用者 22ファシリティマネージャー 23イベント・空間プロデューサー 24福祉住環境コーディネーター 25リフォームアドバイザー 26政治家

この系列にも、建築科出身者が携わる職業としては比較的イメージしやすいものが並んでいる。ただし、21は建築士よりも不動産鑑定士の、22や24は社会福祉士の資格が役に立ちそうな気もする。26は、まさか政治家になりたくて建築科に進学する者がいるとは思えないが、17や18の延長線上に位置すると考えればわからなくはない。

ものづくりの現場で働く
──27建築現場監督 28大工 29左官職人 30庭師 31家具職人 32コストプランナー 33地質・地盤調査員 34CADオペレーター 35CG制作者 36ソフトウェア開発者 37建築模型設計者 38秘書 39確認検査員 40意匠審査官

前半は学校での教育より現場での経験がものをいいそうな職種ばかり。28、29は、大ヒットを記録した少女マンガ『ハチミツとクローバー』で、美大の建築科を卒業した主人公が最終回で宮大工になる場面を思い出した。34~36はコンピュータが普及した現在ならではの職種。40は美術系の職種のイメージがあったのでやや意外。

研究・教育・文化を盛り上げる
──41大学の研究者 42研究員(行政関連の建築技術研究所) 43研究員(民間の建築技術研究所) 44高等学校教諭 45学芸員 46建築写真家 47建築評論家 48新聞記者 49建築ライター 50編集者

この系列は、建築科出身者の進路としてはマイナーなのだろうが、私自身の職種とも接点があるだけにどこか身近に感じる。44はなかなか具体的なイメージがわかない。45~50の状況は、美術とほとんど同じと実感する。

それぞれの職種は見開きごとに簡潔に説明されているほか、就職するための方法や必要とされる資質や資格などのアドヴァイスも盛り込まれている。そのほかにも、建築科出身者24人のインタヴューが掲載されていて、紛争解決請負人、スピリチュアリスト、ホストなど、およそ建築科出身者とは思えない職業に携わっている人の事例なども紹介されていて大いに興味深かった。
世間は不況の真っ只中で、派遣切りだの反貧困だの景気の悪い議論が喧しい。建築科の学生の多くも、卒業後の就職先を見つけるのに苦労することは間違いない。本書の出版は、その意味でも実に時宜にかなっている。「ハローワーク」と題されているからといって、即効性のガイドというわけではないが、多くのことを考えるきっかけにはなるだろう。進路に悩む学生に手にとって欲しい一冊である。

★1──たとえば「日本経済新聞」2月23日付夕刊の終面を参照のこと。

[くれさわ たけみ・美術批評]
1966年生。著書=『美術館の政治学』『「風景」という虚構』『美術館はどこへ?』など。
編著=『現代美術を知る』など。


200902


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