アーキテクチャと思考の場所

柄沢祐輔

今日の建築を巡る問題とは何か。そして社会の問題にその問題系は接続しえるのか。2009年1月28日に開かれた巨大なシンポジウム「アーキテクチャと思考の場所」は、そのような問いを共有した1,000人もの聴衆がその答えを求めるべく、6名の白熱したパネラーの議論を4時間もの長きに渡り追い続けた一夜だった。

モデレーターは東浩紀、パネラーは磯崎新、浅田彰、宮台真司、宇野常寛、濱野智史。建築のみならず社会学から経済学、文芸批評、情報社会論まで、今日の各分野を代表する識者が集い、今日の建築と批評を巡る問題系について議論を展開するというかつてないセッティングが行なわれた。そこで議論されていたテーマの可能性についてここで振り返ってみたい。


アーキテクチャの生態系
タイトルの「アーキテクチャと思考の場所」に関連して。アメリカの法学者L・レッシグらが語るアーキテクチャ型権力といういわば匿名の権力が物理環境と情報環境に埋蔵され、全面化した今日の状況において、建築と批評は果たして何をなし得るのか。そもそも情報化社会において果たして建築は必要なのか、そして匿名のアーキテクチャ型権力が一般化した状況において固有名を対象としてきた批評は何をなし得るのか。そのような問題系が東浩紀により提起された。その後、濱野智史による基調プレゼンテーションが開始された。

濱野智史は氏が近年上梓した『アーキテクチャの生態系──情報環境はいかに設計されてきたか』(NTT出版、2008)の内容を高速でプレビューし、今日ではJ・ジットレインの語る「生成力」がレイヤー化された情報環境で発露しており、そこでさまざまな情報アーキテクチャが生成と淘汰を繰り広げている様はさながら人工的な自然=生態系であると述べた。ついで氏は、このような情報アーキテクチャの振る舞いを建築の世界にひきつけて考えるうえで磯崎新の「プロセス・プランニング論」が極めて有益であると語り、いわば生成と消滅という流動的なプロセスを視野に入れて設計を行ない、切断を行なうという趣旨の磯崎新の論考が、今日の流動的な情報アーキテクチャのあり方を考えるうえで極めて示唆に富む視点を提供していること。そして最終的には物理的な切断によって現実にリアライズされる建築と、そのような契機を経ないで更新し続けることのできる情報アーキテクチャの特性が対比され、建築のような物理的な切断の契機が存在しないこと。それが情報アーキテクチャの最大の特徴であると述べた。


建築における「生成力」
東氏と濱野氏によって今日の情報環境と物理的な建築を巡る議論にそのような見取り図が示された後、議論は各論者の間で繰り広げられたのであるが、そこでは残念ながら各々の論者が個別に主張を激しく行なうだけで、統一した見解には達することがなかった。議論の応酬としては、東・濱野の提起する問題系に対して「それはもうすべて過去に議論されている」という主張を繰り広げる浅田彰、ハイエクの自生的秩序のもたらす帰結を考えて設計を行なえと主張する宮台真司、ゼロ年代の批評の袋小道について述べる宇野常寛、過去の設計の体験談を議論に交差させる磯崎新、と各々が個別の議論を展開するだけでありアーキテクチャ型権力が前面化したなかでの建築家の役割や批評のあり方について本質的な話題が展開するところまで議論は展開を迎えなかったといってよい。

しかしそのなかで冒頭に触れた「切断」の有無、どのようにして生成や消滅のプロセスを設計に内包するかという視点は、有効な視座であったと思えた。というのも、これは深めていくのならば情報と建築の差異と統合の可能性の射程を明らかにするからである。ただ、この議論は翻って考えると「インターネットのような生成のあり方を受け入れる建築が良い」という視点に短絡される恐れがあるだろう。そして現実に、流動的なプロセスを取り込んでいるかのように見える建築が望ましいという発言がさまざまな所で散見される。確かにインターネットのような「生成力」を内包している建築が生み出されるのであれば、それは一見素晴らしいことに見える。しかし、その生成力がもたらす帰結は、私たちが既に経済システムの振る舞いの帰結において見ていることなのではないだろうか。かつて1970年代以降各国の政府が主導したハイエクの新自由主義に基づく経済政策は、まさしく自生的秩序という思考と市場主義のユートピアを構想したが、その政策の挙句に昨今の金融恐慌と世界大不況という自生的秩序の帰結を私たちは目撃してしまっている。それゆえに生成的であることや自己組織化の振る舞いを称揚すること、あるいはどのようにしてインターネットのように群集知を集めるかという議論をすることは今日ではナイーヴな議論だと言わざるを得ない。


スケルトンとしての「空間表象」
しかし同時に複雑多様化する社会でその多様性と流動性を受け止めつつ、建築や都市を構想するためには新しい手法が必要になることも確かであろう。それゆえに予算や規模の見えない過剰な流動性の元におかれた設計状況で磯崎新が著した「プロセス・プランニング論」は今日でも確かな有効性をもっており、その点に着目した濱野智史の議論は慧眼に値するといってよい。しかし議論はより深められなければならなかったのではないだろうか。そもそも「プロセス・プランニング論」においては、物理的な「切断」の前に、流動的かつ多様極る状況や条件を包括的に捉える「スケルトン」という概念が提示されており、このことは極めて重要な意味を持っている。いわば多様な生成力を担保する「構造=パターン=スケルトン」を提示したうえで、それを最終的に物理的に切断するべきであると磯崎は述べている。そしてそのスケルトンは生物学に倣って創発(=エマージェント)を促すものであること、そして成長(=生成)を方向付けるものであること、などの特性を持つことを指摘している★1。つまりは「切断」に先立って必ず生成の方向性を規定する「スケルトン」の定義が必要になるのである。これは実に今日の情報アーキテクチャをどのように設計するかという方向性と、建築が情報アーキテクチャのような振る舞いをどのように内包しえるかという議論にともに適用できるものである。しかしながら、両者の世界ではまだ議論が及ばない領域なのではないだろうか。

このように多様な可能性を持つ「スケルトン」に近い概念を、ここで伝統的な空間論に引き寄せて考えるならば、私たちは空間哲学者アンリ・ルフェーブルによる「空間の表象」という概念がきわめて近い概念として想起できるだろう。かつてルフェーブルは科学者・建築家・計画家による空間の概念を「空間の表象」と呼び、対してユーザーの身体的な経験に基づく空間の概念を「表象の空間」と呼び慣わし、両者の相互作用によって現実の空間が生産されると述べた★2。ここで「空間の表象」とは、建築家の思考に胚胎するイメージを指しており、同時にそれはタイポロジー★3や幾何学的な表象を伴うことになる★4。(これは情報アーキテクチャにおいてはさながら「初期値の設定」となるだろう★5)今日、私たちは単純な「生成力」を超えてこの「空間の表象」を再び問題にするべき時なのではないか。いわば多様な生成を方向付けるスケルトンとしての新しい「空間の表象」をどのように生み出すか。情報と建築を巡る議論はその一点において有意味に交差することが可能であり、さらには「空間の表象」が私たちの思考を時代的に拘束するのなら、それは同時に批評や哲学の問題とも無縁ではないのである★6


[註]
★1──「プロセス・プランニング論」(磯崎新『空間へ』(鹿島出版会)pp.84〜87)
★2──アンリ・ルフェーブル『空間の生産』(斎藤日出治訳、青木書店、2000)
★3──MVRDVはモノグラフ『MVRDV works and project 1991-2006』(Skira、2006)においてタイポロジーを主に6つのパターンに分類して説明している。
★4──このような幾何学的な表象の実践として筆者の「非ユークリッド幾何学CAD」が挙げられる。詳細は『1995年以後──次世代建築家の語る現代の都市と建築』(エクスナレッジ、2009)を参照のこと。
★5──正確にはアルゴリズムの設定と初期パラメータの入力となるが、複雑系シミュレーションにおいても同様の議論が展開される。いわばシミュレーションは初期値を設定しなくては展開せず、初期値自体はシミュレーション装置自体が定義することはできない。すなわちシミュレーション技術やアーキテクチャがどれだけ進化を遂げても、初期値自体は必ず人間が設定しなくてはならない。
★6──ミシェル・フーコーの晩年の思考において展開された生政治とエピステーメーの関係を想起せよ。


[からさわ ゆうすけ・建築家]
1976年生まれ。慶応義塾大学大学院建築・都市デザインコース修了。
文化庁派遣芸術家在外研修制度派遣員としてMVRDV(蘭)に在籍を経て、2006年柄沢祐輔建築設計事務所設立。
http://yuusukekarasawa.com/


200902


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