「セカンド・ネイチャー」の軌跡

暮沢剛巳

数年前、ひょんなきっかけで、ある教養番組を収録したDVDを見たことがある。そのDVDでは1時間程度の映像を通じて約30点のモダン・デザインが紹介されていたのだけど、多くの名品のなかでも特に強く印象に残ったのが、透明なアクリルとアルミ製のフレームを組み合わせたミニマルでシャープな質感の照明器具であった。私が吉岡徳仁という自分とほぼ同世代のデザイナーのことを意識するようになったのは、《ToFU》と題されたこの繊細な照明器具の作者が彼であることを知ったこのときの偶然がきっかけである。
その吉岡が、今度21_21DESIGN SIGHTの展覧会をディレクションするという。この夏、非常勤講師として出講している桑沢デザイン研究所でその噂を耳にし、また構内でそのための準備が行なわれている様子を目撃した私は、その展覧会がいかなるものなのか気になっていた。それから数ヶ月、ようやく足を運んだ展覧会場のメインの展示室で天井から無数のファイバーが降り注いでいるのを見た瞬間、私は猛暑の時期に多くの学生がネットに紐を結わえるような作業に勤しんでいたのはこのためだったのかと一人で合点したのである。

吉岡徳仁《CLOUDS─インスタレーション》 制作風景
左:吉岡徳仁《CLOUDS─インスタレーション》 Photo by Masaya Yoshimura
右:同制作風景

デザインの未来──「現象」「生命」「光」「変容」
本展のタイトルは「セカンド・ネイチャー」、本来は体が経験や訓練の結果後天的にごく自然な動きを獲得することを意味する言葉であるが、本展の開催に当たって、ディレクターである吉岡はこの言葉を「ひとりひとりの記憶の奥に存在する『自然』から湧き出るように生まれる想像力と、テクノロジーや生命力とが融合されることによって生み出されるデザインの未来」という展望へと翻案した。確かに、吉岡自身を含む計8組のクリエーターの人選は、この意図にうまく即していたように思う。
では、吉岡の待望する「デザインの未来」とはいかなるものであったのか? 本展の会場は「現象」「生命」「光」「変容」という4つのキーワードをもとに構成されている。ここでは、それぞれのキーワードに対応する作品を1つずつ抜き出し、ごく手短なコメントを加えることでその解説に代えることにしよう。

まず「変容」に相当するのが、籐のなかに木の枝を編みこんだカンパナ・ブラザーズの作品である。《クリスタリーナ》という作品名は彼らの出身国であるブラジルの著名な水晶の産地のことだそうで、履き古した靴のような造形とクリスタルという名のミスマッチもさることながら、職人たちとのコミュニケーションを通じて作品のイメージを大きく変化させたという制作手法もまた強く印象に残った。 次いで「光」に相当するのが、中川幸夫が人間の右手を象ったその名も《迫る光》という名のガラス作品である。本来が生け花作家である中川にとっては、ガラスという素材もまた透き通った花に見たてられているのだろう。透明なガラスの冴えた輝きが何とも美しかった。 「生命」に対応している作品のなかでは、ロス・ラブグローブの《CELULAR AUTOMATION Origin of Species2》のインパクトが強烈だった。樹脂を組み合わせて作られた多孔質で一見グロテスクな模型は、じつは骨の細胞組織を精確にトレースしたものであり、また、生命のエネルギーを造形に生かそうとした着眼点にはオーガニックデザインにも通じる面があるようだ。
そして最後に、「現象」に対応しているのが吉岡自身のインスタレーション作品である。メインの展示室に設置された《ヴィーナス──結晶の椅子》《運命》《月光》《記憶の女神》と題された4つの作品は、いずれもフラットな質感のヴィーナス像や椅子の形をした原形に、付着した結晶が成長し堆積することによって絶えず変容していくユニークな性格を持ったもので、さまざまな研究と実験を重ねながら、しかし作品の造形の多くを人間の力が及ばない偶然に委ねている点で、まさに今回のテーマである「セカンド・ネイチャー」の在り方を深く考えさせるものであった。壁に貼られていた多くの参考写真も、作品の制作プロセスを知る上で興味深いものだった。

ブラザースカンパナ・ブラザーズ《クリスタリーナ》 中川幸夫《迫る光》 ロス・ラブグローブ《CELLULAR AUTOMATION Origin of Species2》
左:ブラザースカンパナ・ブラザーズ《クリスタリーナ》
中:中川幸夫《迫る光》
右:ロス・ラブグローブ《CELLULAR AUTOMATION Origin of Species2》
Photo by Masaya Yoshimura

吉岡徳仁《ヴィーナス──結晶の椅子》
吉岡徳仁《ヴィーナス──結晶の椅子》
Photo by Masaya Yoshimura


冒頭で挙げた《ToFU》や現在ポンピドゥー文化センターの常設コレクションとなっている《PANE Chair(パンの椅子)》などが典型的だが、吉岡のデザインは従来ミニマルという形容のもとに語られることが多かった。確かにそのデザインには、ジョン・ポーソンらが提唱するデザインのミニマリズムの一翼を担っている部分もあるだろう。だが近年、《LEXUS》や《MOROSO》などの大掛かりなインスタレーションを制作し、デザインとアートの垣根を越境するかのような活動を展開する吉岡は、その一言には収まりきらないダイナミックな、こういってよければ生命的な一面を広げつつあるようにも思う。現時点での集大成とも言える本展で示された「セカンド・ネイチャー」という新たな視点が、今後いかなる軌跡を描いていくのかにも注目したい。

[くれさわ たけみ・美術批評]
1966年生。著書=『美術館の政治学』『「風景」という虚構』『美術館はどこへ?』など。
編著=『現代美術を知る』など。


200812


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