議論が拓く世界──「LIVE ROUND ABOUT JOURNAL」評釈(前篇)

倉方俊輔

2008年1月19日と26日の2回にわたって、東京・京橋のINAXギャラリーで「LIVE ROUND ABOUT JOURNAL」(以下「LRAJ」)と題したイヴェントが開かれた。レクチャラーは1970〜80年代生まれの総勢19名(組)の建築家。それぞれ15分間のレクチャーと5分間の質疑応答を行ない、その語りを直ちに文字起こし。編集、レイアウト、印刷まで済ませ、最後のディスカッションが終わる頃には冊子として観客に持ち帰ってもらおうという催しである。一連の作業は、同じ会場の観客席の後ろで進められていて、話も「LIVE」、編集も「LIVE」であることを実感させられる。それが相互に緊張感を与えて、実りはA4版12ページのフリーペーパー(×2回)に凝縮される。前代未聞の試みである。
もちろん、何もないところから、これほどのことはできないだろう。母体は、今まで4号が発行されたフリーペーパー『ROUND ABOUT JOURNAL』だ(第4号は『建築雑誌』2008年1月号の一部として制作された)。編集同人は藤村龍至、山崎泰寛ら、1975年生まれから1981年生まれまでの7名である。今回のLRAJの冊子は、その第5号と第6号にあたる。
第6号のあとがきで藤村は「私たちは......ブログの日常性と専門誌の一般性を繋ぐ、新しい『議論の場』を設計しようとしています」と記している。LRAJのきちっとした時間配分や編集の巧さ。これはプロの仕事である。そして、そこにはある意図がある。単なる興業ではない、精神のプロフェッショナルの試みだ。LRAJに対しては、通りいっぺんの礼賛ではなく、その意図に真摯に反応するのが礼儀だろう。
そんなわけで、この批評では、LRAJの意義が主催者の思いだけに回収されるものではないことを知りながらも、このイヴェントの意図を示す2つの言葉に的を絞ることにした。ひとつはイヴェントのテーマである「愛と力の関係」、もうひとつは藤村らが唱える「批判的工学主義」である。2回のLRAJのうち、第1回(19日)を私は聴講していないので、『ROUND ABOUT JOURNAL』Vol.4に掲載されていない発言については基本的に参照していない。第2回(26日)については会場の雰囲気やディスカッションの内容も判断材料にした。

会場風景
会場での編集風景


「愛と力」──建築をとりまくアクチュアルな問題
「愛と力の関係」というタイトルを最初に聴いたとき、これは秀逸だと唸った。今の建築・都市が直面している問題を鮮やかに切り取ったコピーだと感じたからだ。しかし、LRAJで主催者は特にこれを深く解説するでも、各レクチャラーを整理するツールにするでもなく、言葉は宙ぶらりんのままで終わっていた。実は、そのことへの疑問が、この批評を書くきっかけになったのだが。
「愛と力の関係」については、LRAJのチラシに次のように書かれている。

──ラブソングとメッセージソングに代表されるように「愛」と「力」は人々の表現の根源的なモチーフであり続けてきました。ところが「情報化」と「郊外化」が同時進行する現代社会においては、力なき愛(島宇宙)と愛なき力(工学)の二層構造化が進み、「愛」と「力」が引き離されてしまっています。私たちは何に価値を見出し、何を目指すのか。ここでは、建築や都市における「愛」と「力」の関係を考えることを通じて、現代社会におけるリサーチとデザイン、表層と深層、空間と設計プロセスの関係を考えます。

ここで問題視されているのは「愛」と「力」の「二層構造」である。その乖離と関連するものとして、最後の文章で3対のタームが挙げられている。そのうちの「表層」と「深層」は『ROUND ABOUT JOURNAL』創刊時から登場するキーワードである。例えば第1号では藤村が社会学者・宮台真司による『私たちが住みたい都市』(山本理顕編、平凡社、2006)の言葉を借りて、現代における建築家の問題のありかを「表層=自由で多様な戯れ=アイコン、建築」と「深層=インフラを支える不可視のアーキテクチャー=物流、ゴミ処理、汚水処理」のように分類している。このようなことからすれば、「愛」という言葉が、美しいが主観的で脆弱なものといったニュアンスを、「力」が、客観的だが非個人的で品のないものといった意味を帯びて読み取られてもやむを得ないだろう。
LRAJ第1回では、どの建築家が「愛」派で誰が「力」派といったことが論議になり、それがあまり生産的な結果には結びつかなかったと聞く。第2回のなかでは唯一、平田晃久氏がこのタームを自らの理論に引き寄せて展開させたが、質疑応答でも最後のディスカッションでも、それを本質的に引き取る者は現われなかった。「愛」と「力」は来場者の誰もが目にするテーマであるのに、それを掲げた意図が明確にされなかったことが、こうした不毛さにつながったのではないか。

「批判的工学主義」──情報化社会における乗り越え運動
「批判的工学主義」は、藤村龍至+柄沢祐輔+南後由和が2007年7月に提唱した造語だ。その意図は、3氏による『10+1』No.49の一連の論考などで解説されている。一番わかりやすいのは、LRAJ第2回のレクチャーで示された以下の図式だろう。

筆者作成の《パランプセスト/A邸プロジェクトのための99のドローイン グと27の模型》
図1

ここで「批判的工学主義」は、建築における「モダニズム」になぞらえられている。過去にモダニズムが成立した社会的基盤と、いま「批判的工学主義」が求められる状況とは、同じ構造で異なる内容だと指摘する。
私の理解によれば「批判的工学主義」の中心となる主張は以下のようになる。
19世紀後半の「工業化」(第二次産業革命)は、科学と技術の融合によって生産の効率を上げ、そのために求められる建築として「機能主義」が出現した(3氏は典型的なビルディング・タイプとして「学校」「工場」「病院」を挙げる)。この一般的な対応に対して、工業化のもたらす負の側面に光をあてて起こった動きが「ウィリアム・モリス」らのアーツ・アンド・クラフツ運動や「民藝運動」である。しかし、そうした抵抗運動は、基本的には工業化社会以前の姿を美学的に理想化した懐古的なものであって、迫り来る工業化の深層を捉えるものでなかったがゆえに、社会の大勢にほとんど影響を及ぼさなかった。他方で「モダニズム」と呼ばれる建築運動は、工業化社会の美学と生産力を新たに形式化しようとした乗り越えの運動であり、だからこそ、ある時期までは創造的な機能を持ち得た。
これに対して、1970年代に顕著となる「情報化」(情報革命)は、単純な工業化を越えて、人間の身体/内面を巻き込んで消費の効率を上げる。そのために求められる建築として「工学主義」が出現した。それは即物的に欲望する個々人の身体/内面を受け止め、安全・安心と自由意志の感覚を提供するようなものとなる(3氏は典型的なビルディング・タイプとして「コンビニ」「スーパー」「マンション」を挙げる)。この一般的な対応に対して、情報化のもたらす負の側面を重視して起こった動きが「反グローバリズム」であり、多くの建築家も──少なくとも言論上は──こちらを支持する。目の前で展開されている「工学主義」の現われとしての建物が、議論の俎上に上ることはほとんどない。しかし、以前の「工業化」社会の成り行きを参照すれば、こうした「反グローバリズム」もある種の懐古的な抵抗運動とみなすことができる。現代の社会状況の前で建築家は無力であるという社会学者や哲学者の批判も、これに関連する。「批判的工学主義」は、これに対して、「情報化」社会の規制力を再形式化することで、単なる「工学主義」を乗り越えようというものである。「モダニズム」が「機能主義」を無視せず、参照しながら乗り越えたように、「批判的工学主義」も建築家が目を背けがちな「情報化」社会に対峙し、「工学主義」の建物のありようからも学ぶことで、社会への建築の介入を目指す。
以上、多少の解釈も含めて「批判的工学主義」の趣旨をまとめた。「モダニズム」と「批判的工学主義」との相似は、その成立期にあるはずなので、図式にある1970年という境を、モダニズムの成立期の19世紀末〜20世紀初頭と20世紀末〜21世紀初頭にずらして解釈した──数字遊びを試みるとすれば前者が1875〜1925年、後者が1975〜2025年あたりか? 主張は変えていないつもりだが、詳しくは3氏の論考にあたってほしい。「モダニズム」との重ねあわせには、「批判的工学主義」を、社会の変化を受け止めたうえで、それを乗り越える建築家の主体的な実践でありたいという意志が強く読み取れる。

求められる理想モデル
「批判的工学主義」の趣旨は明快である。決して人を煙に巻くための新語ではない。多少荒削りだがよくできた道具のように、シンプルで、深くまでものを掘り下げられる。他人がそこから言葉を継いでいける明快さを何よりも賞賛したい。LRAJにおいて「批判的工学主義」のレクチャーは、第2回の後半に置かれていた。藤村ら個々人の発表とは別に、通常の2倍の時間を割いて行なわれた。「批判的工学主義」というタームにかける主催者の意気込みが伺えるが、それは空回りに終わることなく、LRAJ全体に考察すべき中心を与えていたと思う。
ただし、「批判的工学主義」の提唱の仕方に誤解を生みやすい点がないとはいえないだろう。LRAJの発表を聞く限り、誤解の種になりそうなポイントは大きく2つある。
ひとつは、既往の建築論との違いに重きを置くあまり、単なる「工学主義」と混同されてしまいそうな点。「工学に対してむやみにアンチテーゼを唱えるのではなく、批判的に工学を活用していく必要があるのではないか」といった発言は、「批判的」というところに留意しないと、単なる「工学主義」の援用に取れてしまいそうだ。既存の建築界へ向けたマニフェストという「建築運動」がつねに帯びる性格からして、仕方のない面もあるだろうが。
もうひとつは、どこまでが「批判的工学主義」の理念で、どこからがそれを達成する手法であるかが、混同されやすい点である。「批判的工学主義」を仮に《目的》の位置に置くと、それを達成するための具体的な《手段》はさまざまである。おそらくは設計過程を可視化する藤村の「超線形設計プロセス論」、アルゴリズムで再構成された柄沢の新たな幾何学、建築の深層を捉えようとする南後の言説的アプローチが、それにあたるのだと思う。ただ、必ずしも理念と手法が明快に分けて語られないので、時に不明瞭になることがある。「建築運動」が個人の集合体である以上、これも歴史上何度も繰り返された光景には違いない。
さらに考えてみると、二つの誤解の種は、より大きな明瞭にされていない点に由来していることに気づく。つまり「批判的工学主義」は「主義」である限り、何らかの理想を抱いているのだろうが、それが何であるかがほとんど明示されないという点である。藤村は「『批判的工学主義』のミッションとは何ですか?1 定義・マニフェスト編」(『10+1』No.49)を次のように結んでいる。

──ただ、目の前で展開されている社会的現実に私たちは対峙しなければならないし、その格闘の先に新たなる場所性を獲得しなければならないというミッションだけは明らかなのである。

ここでいう「新たなる場所性」とは何か? 「批判的工学主義」を《手段》としたときの《目的》とは何か? 衒いを捨てて、次に論じなければならないようだ。[後篇へ続く]

会場風景
ディスカッション風景


[くらかた しゅんすけ・建築史]
http://kntkyk.blog24.fc2.com/


200806


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