世界建築レポート[7]
The Old and New: Mosaic City, Moscow──モザイクとして彩られた都市モスクワ

鈴木佑也

「建築コンセプトの不在」──モスクワ建築事情をある建築家はこのように発言している★1。この発言はモスクワという都市が、建築物の核となるタイポロジー非在であり、一貫性のない都市像であるが故に、モザイクとしての様相を呈した景観であるということを暗に示している。 社会主義政権崩壊から約15年が経ち、ロシアの首都モスクワは生活様式や経済システムにおいて急激な変化を蒙ってきたわけだが、ことモスクワっ子の趣向は極めて回顧的である。例えば書籍の発行部数において新刊本よりも古典文学作品の再発刊もしくは復刻版が上回っている。生活様式が新しくなり、その進展が早まれば早まるほど過去を懐かしむ度合いが増す──これがどうやらモスクワっ子の心情らしい。このことはおそらく建築という分野にも当てはまりそうだ。2008年から施行される「zakon o privatsizatsii pamyatn'kov arkhitektury(建築記念碑の私有化に関する法案)」は、国家が所有する建築遺産の個人売却を可能にする法案であるが、この法案を巡って建築遺産保存の動きが住民のあいだでにわかに湧き立っている★2。個人に売却された場合、その建築遺産は撤去され、それとはまったく趣の異なる商業施設が建立されるという。また、2007年はモスクワ建都860年の節目にあたり、このことに関連したモスクワの歴史を辿る書物、特に地区の由来、歴史的建造物を称える内容の書物が数多く出版されている。大型書店では特設コーナーが設けられ、その関心の高さが窺える。 とはいえ、建築遺産をどう扱うかというのは、なにもモスクワ住民のノスタルジーだけでなくモスクワという景観を考慮し、新たな建築プランを策定するうえで建築家にとっても懸念の的となっている。政治の中枢であり、都市の中心部に鎮座するクレムリンは中世の城砦様式によって彩られ、その周縁部には19世紀に建立された擬古典様式、1920年代のアヴァンギャルド様式、1930年代から50年代にかけて高層建築物を中心に確立されたスターリン建築様式といった多様な建築様式がモスクワ中心部に混在している。これが「モザイク都市」たる所以である。そのため歴史的遺産を考慮した都市景観にかかわらない大規模な建築物は郊外に、歴史建造物の修復を兼ねたプロジェクトもしくはなんらかのかたちで歴史的遺産と呼応した建造物は中心部に集中しているというのが現状である。こうした現象は中心部の急激な地価上昇による土地投機ブームと郊外への住宅地区集中化(ベッドタウン化)が密接に関わり、それに応じるかたちで建築プロジェクトの「棲み分け」がなされている。現行の建築プロジェクトは不動産の投機対象、もしくは都市計画の一端として認識されやすく、建築家個人もしくはグループの作品として認識されることはあまりない。後に紹介するような住居コンプレックスは、住宅販売会社のWebサイトで不動産物件として紹介されている。こうしたことから、行政主導の都市区画再建とそれにともなうコンペ、都市拡張に付随した建築プロジェクトによって、この都市の建築事情を語り得ると言えそうだ。

歴史への呼応──タイポロジー確立に向けて
行政主導の都市再編プランはゲンプラン(=GENeralinyi PLAN Moskvy[モスクワ市計画])と呼ばれ、現行のそれは2020年までを目処とし緩やかではあるが、建築潮流をある程度規定している。そのなかで2008年以降は文化施設ならびに複合住宅施設の増設を図り、歴史的建造物の保存に即した再編を促している★3。この流れに沿って、ここ2-3年で過去の建築物とうまく呼応した建築プランがいくつか策定され、建立されている。A・R・アサードフによる《Souz apchitektorov Rossii(ロシア建築家協会本部)》[図1]はその明快な模範例である。19世紀に建立された二階建ての建造物の上に新たなスペースを付与したものである。以前からあるキューブ状の建造物にカーブ状のファサード兼屋根が組み合わされているわけだが、形態の歪さはそれほど感じられない。というのも、ファサードの色彩(黄土色、エメラルドグリーン)が周囲の建造物ならびにモスクワの典型的な建造物の色彩と調和しており、建造物自体もカーブ状ファサードの色彩がほどよくキューブ状ファサードの色彩に浸透している。地区再編の一環として再建されたS・エストリによる《Sinagoga na Bolishoi Vronnoy(大ブロンヌィ通りのシナゴーグ)》[図2]も、かつてあったシナゴーグにガラスのファサードとダヴィデの星を称える塔状のモニュメント、壁状のファサードを被せ、周囲の景観と調和が図られている。また、アーティスト集団「Kamen'」による建築家コンスタンチン・メーリニコフの美術館《Muzei Konstantina Merinikova》は、彼の生家の横にあるビルディングの側面にガラスによって新たな空間を造り出し、そこに展示空間を設けようとするものである[図3]。また中心部からやや離れたノーヴィイ・チェレムーシュキン通りにそびえるマンション《Avangard(アヴァンギャルド)》は1960年代に建てられたマンションを改修し、その名の通り1920年代のロシア・アヴァンギャルドというよりもデ・スティルやブルーノ・タウトのジートルンクを髣髴とさせる色鮮やかなファサードを施したものである[図4]。A・L・バーヴィキンによる《モジャイスク環状線のオフィスビル》[図5]は調和という枠を超えて、建築史家V・セドフの言葉を借りれば、古代ローマの《ポンテ・ロット》まで遡ることができる★4。だがソ連建築史の文脈で勘案するとモニュメント性を備える一方で「紙上の建築」として潰えてしまった《空の鐙(Neboskpevy dlya Moskvy(モスクワのためのスカイスクレーパー)》[図6]を復活させるかのようである。これらの建築物は「歴史都市モスクワ」という非在のタイポロジーを補強しながらも、そこから立ち上がる新たな都市像を創り出そうとしている。

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1──A.L.Asadov, Reconstruktsiya Souza Architektopov Rossii, Moscow, Russia. Competition 2002, 1st prize.
©Architekturnaya masterskaya A.Asadova
2──S.Estrin, Sinagoga na Bolishoi Vronnoy, Moscow, Russia, 2005.
©Architekturnaya masterskaya Sergey Estrina
3──Art-gruppa "Kamen'", Proekt Muzeya Konstantina Melinikova, Moscow, Russia, 2007.
©Stujiya Art-gruppa "Kamen'"

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4──S.Kisselev, Ziloi dom Avangard, Moscow, Russia, 2004-2006.
©Sergey Kisselev & Partners ltd.
5──A.L.Bavykin, Proekt Ofisnovo zdaniya, Moscow, Russia, 2006.
©Masterskaya architektora Bavykina
6──E.Lissitzky, Wolkenbu¨gel (Seriya Neboskpevov dlya Moskvy), Moscow, Russia, 1924-1925.

しかしながら、歴史に呼応しようとする新興建築群はモスクワ中心部の環状沿いにそびえるソヴィエト式高層建築(《ロシア連邦外務省》[図7]、《ホテル「ウクライナ」》[図8]など)の巨大さ、威圧感に圧倒されている観は否めない。歴史建造物が新建築物に対して重厚に圧し掛かり、平伏させるというヒエラルキーを象徴するかのようである。それはこの都市の建築事情をアレゴリックに表象している。建築史家ヴラジーミル・パペルヌィが30年代のソヴィエト建築事情で論じた、「『ソヴィエト建築家』という名に回収された作家性の不在」は個々の建築物がモスクワという都市に回収されつつあるという状況に転用できるかもしれない★5。この言質は建築物の匿名性というよりも、モスクワの中心部で展開される建築プランの大半が行政主導であり、その統制下に組み込まれた建造物でしかないというイリーナ・コロヴィナの主張が正鵠を射ている★6。彼女によれば、「新しい建築プランによっていかなる潮流を創り出そうとするのか。この点がいまだ見えてこない。当面は歴史建造物と新しい建築プランが衝突する様をモスクワは呈することになる」★7

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7──V.G.Gel'freiv, M.A.Minks, Zdanie ministerstva innastrannych del i vneshney torgobli, Moscow, Russia, 1949-1952,
8──A.G.Mordvinov, V.K.Oltarzhevsky, P.A.Krasilnikov(enineer), Gostinitsa "Ukraina", Moscow, Russia, 1949-1956.

海外動向の注入
モスクワ以外の大都市では企業主導のコンペが開催され、外国人建築家の参加が増えてきている。例えば、2007年度にロシア国内で最も話題をさらったガスプロム本部の公開コンペ(於サンクト・ペテルブルク)にジャン・ヌーヴェル、ダニエル・リベスキンド、マッシミリアーノ・フクサスといった世界的に有名な建築家が参加している(一等案はイギリスのRMJMが獲得[図9])。こうした状況と異なり、モスクワ中心部の建築プランは外国からの招待コンペもしくは外国人建築家による招聘発注は少ない。この点を鑑みると、「モスクワは外国建築家に対して閉鎖的である」とも言えそうだが、シチューセフ記念建築美術館(Muzei architektury ot imeni Shchuseva)現代建築センター(Tsentr sovremennogo iskusstva)といった建築関係機関が中心となり外国人建築家ならびに世界の建築動向もしくは歴史的アプローチからやや引いた動向をモスクワに注入しようと努めている。例えば、2007年の12月に建築美術館で開催された「オスカー・ニーマイヤー展」などは建築物から景観を立ち上げ、歴史的文脈とはほど遠い地平に立ち、モスクワ建築事情の窮溢さを非難するかのようである。同時期に現代建築センターはサンクト・ペテルブルグのペトロパヴロフスク要塞内の展示ホールで巡回展「新モスクワ4」を開催した。ソ連末期のペレストロイカが爛熟した1987年から今日までにモスクワで建立された建造物のマッピングがこの展覧会の趣旨であった。このマッピングはソ連時代まで続いた擬古典様式の流れをいったん遮断し、ペレストロイカ期から勃興するガラスや鉄筋コンクリートのファサードや幾何学形態を多用したモダニズム建築様式として特徴付けられる建造物を取り上げることに注力していた。この展覧会は社会主義もしくはイデオロギーを土台とした社会から脱却し、資本主義経済によって現実に生成されつつあるモスクワの都市空間を方向付けるものであった。また2007年の4-5月にかけて行なわれた「ノーマン・フォスター展」もその範疇として括ることができ、例外的ではあるが中心部に竣工予定のビジネスセンターコンプレックスのプランが策定された[図10]★8。こうしたことから新しい流れとは、歴史的アプローチや都市景観からやや離れて、建築物が自立して認識される「Zodchestovo(ゾードチェストヴォ:ロシア語で建築の雅語を意味する)」の覚醒と言えるかもしれない。

Vitrahaus Vitrahaus 9──RMJM London Ltd., Model of the tower set into the panorama of the Neva, St.Petersberg, Russia, 2007.
©RMJM London Ltd.
10──N.Foster, Russia Tower, Moscow, Russia, 2006.
©Foster + Partners

皮膚の拡張
これにともない、モスクワ中心部でも《ベラルーシ中央駅広場プラン》[図11]、《地下鉄トゥーリスク駅コンプレックス》[図12]といった交通機関の建造物を中心に都市景観の中に楔を打ち込むような建築プランが登場してきている。《ベラルーシ中央駅広場プラン》は扇形の駅前広場を基軸に建造物が整然と配置されているが、通りの軸から明らかにずれた屋根が図面左に見受けられ、中心の広場から遠ざかるにつれてその建造物の高さが徐々に増すといった、緩やかな稜線を加えているのが面白い。トゥーリスク駅のプランでは幾何学形態を軸にしながらも、くすんだ色彩を基調としたモスクワの都市空間を切り裂くような赤い色彩と丸みを帯びたファサードを備えている。上から見た場合、この建造物は稲妻形を取っており、緊張感を与え、歴史的文脈にとらわれる傾向にあるモスクワのシステマチックな建築事情を融解させようとするかのようだ。

Vitrahaus
11──Mosproekt 4, Administrativno-planirovochnoe i obemno-prostrannoe peshenie ploshchadi Belorusskovo vokzala, Moscow, Russia, 2002.
©The State Unitary Enterprise Moscow Research and Design Institute for Culture, Leisure, Sports and Health Care Buildings "Mosproject-4"
Vitrahaus 12──Mosproekt 4, Mnogofunkchional'nyi kompleks na Bol'shoi Tul'skoi ulitse, Moscow, Russia, 2004, competition "Zodchestvo 2004" golden prize.
©The State Unitary Enterprise Moscow Research and Design Institute for Culture, Leisure, Sports and Health Care Buildings "Mosproject-4"

この流れが顕著となっているのはモスクワ郊外の新興住宅地である。ゲンプランの住宅地増設計画に取り込まれているとはいえ、敷地面積の広大さと新たな景観開拓といった点で実験的な建築物が生まれる可能性を秘めている。《Ledovyi dvorets sporta na Chodinskom pole(ハディンスク平原の氷上スポーツコンプレックス)》[図13]や《Ziloi komplekcs "Gulliber"(複合住宅群"ガリバー")》[図14]、《Kotezhnyi pocelok "Barvicha-club"(コテージ型ニュータウン"バルヴィハ・クラブ")》[図15]、モスクワ郊外バルヴィハの森に竣工予定のザハ・ハディッドによる《個人邸宅》[図16]、《ヒムキ地区貯水池付近複合コンプレックス》[図17]などはモスクワ限らずロシアという極めて広大な地での景観建築を考えるうえでの試金石となりそうだ。限られた敷地面積と制限された高さによって窒息しかねない、モスクワ中心部のモダニズム建築群へ回路を接続する役目をこれらは担っている。歴史建造物と距離を置きながらも、中心部から郊外へと放射状に配置されることで、モスクワ中心部の歴史建造物と国土の多くを占める森林地を線的に結び付けるかのようである。そのためモスクワ郊外での実験的な建造物が、都市モスクワを拡張させる一方で、歴史的な建造物との共存に捕囚された中心部の建築景観を塗り替える可能性を秘めているのである。こうした目を惹く建築物は、徐々にではあるが確実に増えつつある。こうした新しい皮膚が、モスクワの体質を覆うものかどうか。それとも異物として中心部から更に離れていくのかどうか。建築関係者は口を揃えて、検討がつかないと言う。

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13──Mosproekt 4, Ledovyi dvorets sporta na Chodynskom pole, Moscow, Russia, 2006.
©The State Unitary Enterprise Moscow Research and Design Institute for Culture, Leisure, Sports and Health Care Buildings "Mosproject-4"
14──A.L.Asadov, Ziloi komplekcs "Gulliber", Moscow, Russia, 2004-2007.
©Architekturnaya masterskaya A.Asadova

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15──A.L.Asadov, Kottezhnyi pocelok "Barvicha-club", Moscow, Russia, 2004-2005.
©Architekturnaya masterskaya A.Asadova
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16──Zaha Hadid, Private house near Moscow, Moscow, Russia, 2006.
©Zaha Hadid Architects
17──Kurortproekt, Mnogofunkchional'nyi kompleks po adresu: proezd Dosflota 10, Moscow, Russia,2004, competition "Zodchestvo 2004" pronze prize.
©Kurortproekt

こうしたことから、モスクワの建築事情は元来ある「歴史的な」都市景観を軸とした歴史的建造物との共存というタイポロジーとその塗り替えという「権力闘争の場」が展開されていると言っても過言ではなかろう。「固有資本の保持者とそれを持たざるもの」が入れ替わる、めくるめく闘争──モスクワ建築の文脈で「固有資本」とは紛れもなく「歴史性」である──がこの都市を建築景観のモザイクとして彩り続けているのだ★9

[註]
記事執筆にあたって、資料提供と作品写真提供並びにインタヴューに応じていただいた、現代建築センターのI・コロヴィナ女史、建築家A・L・アサードフ氏、建築美術館キュレーターのI・セドヴァ女史、ロシア建築家協会B・A・ヴァレンチナヴナ女史にはお忙しいなか、多大なるご協力を賜った。ここに記して、感謝申し上げる。
★1──Proekt Rossii No.43, 2007/1, pp.14-16.
★2──Argumenty i fakty No.48, 2007, p.73.
★3──2007年5月8日、モスクワ建築委員会議長アレクサンドル・クジミンの『Argumenty i fakty』紙上記者会見での発言による。
★4──Proekt Klassika No.20, 2006, pp.78-83.
★5──Vladimir Papernyi. Kul'tur II, Moskva, Novoe literaturnoe obozrenie, 2006, 245.
★6──Proekt Rossii No.43, 2007, p.79.
★7──記者とのインタヴュー(2007年12月28日、於現代建築センター)による。
★8──彼はモスクワの《プーシキン記念西欧近代美術館》の改修プランを策定したが、モスクワ当局はこのプランを受け入れられないとしている。この顛末の詳細は以下のサイトを参照。http://archi.ru/events/news/news_present_press.html?nid=4698&fl=1&sl=1&tid_1=%25&tid_2=%25&tid_3=%25
★9──ピエール・ブルデュー『芸術の規則I』(石井洋二郎訳、藤原書店、1995、204頁).

[すずき ゆうや/ロシア・ソヴィエト美術史・空間造形史]
1980年生まれ。東京外国語大学大学院地域文化研究課博士後期過程在籍。
2007年10月より大学間交換留学生としてロシア国立人文大学に在籍し、モスクワ在住。
論文=「《空の鐙》に関する一考察──「絵画から建築への乗換駅」の提示過程」(『東京外国語大学大学院スラヴ文化研究紀要』vol.5)、「〈映画と写真展〉、《ロシア、ソヴィエト第4展示室》における写真の展示方法と《フォトピシ》の相関性を巡って」(『スラヴィアーナ』第22号)など。http://ericdolphy1964.blogspot.com/


200801


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