世界建築レポート[4] SWISS MADE──新たなるインテリアスケープへ

平瀬有人

スイス北西端に位置するスイス第二の都市・バーゼルは19万人の人口をもつコンパクトな都市に見えるが、実際はドイツ・フランス・スイスの三国の国境をまたぐ大規模なメトロポリス圏の中心として位置している。事実、現在バーゼルでは各国の建築家による数多くのプロジェクトが進行中である。大手製薬会社ノバルティス社ではSANAA、安藤忠雄、谷口吉生、フランク・O・ゲーリー、ディーナー&ディーナー、ラファエル・モネオ、ピーター・メルクリ、アドルフ・クリシャニッツといった建築家のプロジェクトや、ヘルツォーク&ド・ムーロンによるバーゼル市内の《Messezentrum Basel 2012》[図1]、《St. Jakob Tower》[図2]、《Roche Basel》[図3]や近郊のドイツWeil am Rheinにあるヴィトラ社の《Vitrahaus》[図4]など多くのプロジェクトが進行中である。近年、産業主体が工業から金融へ移行するとともにかつて郊外に多くあった化学系工場が閉鎖され、いままで開発の手が伸びていなかった新しいエリアでのプロジェクトも数多く進行している。
市内にはプロジェクトの概要を伝えるパンフレットが置いてあったり、市内中心部の建築博物館では季節毎に建築作品展も行なわれている。さまざまなメディアを通して、そうした大型のプロジェクトの動向を市民は至るところで窺うことができるようだ。まさに建築が市民に開かれており、市民社会の中で建築家の職能が期待されているという印象を持つ(10スイスフラン紙幣にはル・コルビュジエの肖像が描かれている)。

Messezentrum Basel 2012 St. Jakob Tower Roche Basel
1[左]── Herzog & de Meuron《Messezentrum Basel 2012》(Basel, Switzerland, 2004-2012)
©Herzog & de Meuron
2[中]──Herzog & de Meuron《St. Jakob Tower》(Basel, Switzerland, 2003-2008)
©Herzog & de Meuron
3[右]──Herzog & de Meuron《Roche Basel, Building 1》(Basel, Switzerland, 2006-2011)
©Herzog & de Meuron

Vitrahaus
4──Herzog & de Meuron《Vitrahaus》(Weil am Rhein, Germany, 2006-2009)
©Herzog & de Meuron

「都市の建築」とコンテクストへの眼差し
スイスは、九州とほぼ同じ約41,300平方キロメートルの国土面積をもつ、人口750万人の小さな国にもかかわらず、年間200ほどの建築コンペティションが行なわれているという。話題となったコンペやプロジェクトは新聞でも取り上げられ、建設の是非をめぐって市民インタヴューが載るなど一般の人びとのあいだでも日常的に話題となる。つい数カ月前も2004年にコンペで当選となったザハ・ハディドによる《Neuen Stadt-Casino Basel》[図5]が国民投票によって建設中止になるという記事を眼にしたほどである(世界でも珍しい直接民主制をとっており、民意は国民投票を通じて反映される)。

Neues Stadt-Casino, Basel
5──Zaha Hadid《Neues Stadt-Casino》(Basel, Switzerland, Competition 2004, 1st prize)
©Zaha Hadid Architects

『hochparterre. wettbewerbe』という建築コンペティション情報誌を眺めると、話題となる建築がコンペによって生まれていることがよくわかる。招待コンペでないかぎり民間公共を問わず数多くのプロジェクトへの門戸が平等に開かれているのはまさに直接民主制の国らしく、スイスの建築文化においてはコンペが重要な基盤となっているのである。
スイスの建築家は膨大な労力をかけてコンペへ参画することが多いように見えるが、ひとつのコンペ作品とそれにともなう議論こそが、彼らの建築デザインの思想を深めるよい機会と捉えているのだろう。また、提出図面にはリアルなレンダリングを用いた空間表現やマテリアルレヴェルまで詳細に検討した立断面詳細図を描くことも多く、建築の皮膜への深い関心が窺える。そうした自らの建築へのスタンスを明確にし、作品にテーマを与えて展開していく姿勢は、脈々と流れるスイスの建築教育が大きく影響しているものと思われる。
とりわけスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH-Z)を卒業した多くの建築家は、深くその建築教育の影響を受けている。スイスの建築教育に特徴的なのは、構法や施工といったテクニカルな実践にベースを置く一方で、歴史的・地理的コンテクストへの精緻な問題定義とそのうえでの具体的な解決に基盤を置いた教育方針だろう。そうしたコンテクストへの深い眼差しが生まれた背景には、1972年にETH-Zに客員教授として招聘されたアルド・ロッシの存在が決定的に大きいのだろう。アルド・ロッシは、自著『都市の建築』(大龍堂書店、1991、原著=1966)のなかで「建築は都市という全体像の中の一部である」というスタンスによるタイポロジー論を展開した。40年前の論述とはいえ、都市建築では機能は変わっても建築のタイポロジーは変わらず、都市の建築が機能ではなく形態においてどのように生き延びるべきなのか、という命題は現代の日本においてもいまだなお重要なテキストとして示唆を与えつづけているのではないだろうか。
ただ、こうした教育を受けた昨今のスイスの建築家は、長らく建築への関心は建築外形を覆う皮膜のテクスチャーとその構成に集中していき、「box-like forms」とやや揶揄して言われるかのように箱形建築をつくりつづけてきた。その結果建築の総体的な空間そのものは蔑ろにされ、なかなか豊かなインテリアスケープは生まれてこなかったと言える。

新しい空間への萌芽、インテリアスケープへ
ヘルツォーク&ド・ムーロンの活躍振りはいまさら言うまでもないが、成熟したコンペ文化のもと、近年若手建築家が数々のコンペにおいて優勝しはじめている。多くの作品があるわけではないので一概に言い切れないが、彼らの作品からは「box-like forms」から脱却しようとする、インテリアスケープへの強い意志を感じる。
2002年、Christ & Gantenbein(エマニュエル・クリスト[1970- ]+クリストフ・ガンテンバイン[1971- ])はスイスの国家的プロジェクトであるチューリッヒのスイス国立美術館増改築プロジェクト《Swiss National Museum Extension》[図6]のコンペで優勝した。いままでのスイススタンダードからすると、立地環境に目立たぬようひっそりとボックスをオリジナルの建物に沿わせるように増築するのが常であろうが、二つの歴史的な博物館をチューブのような外形を持つ連続する展示空間によって接続している。彼らは注意深い都市構造分析の上に成り立った複雑な造形を周囲の公園と博物館中庭への視線を強調する軸によって提案している。都市に建つ姿も楽しみではあるが、視線を次々と誘導するであろう連鎖的内部空間も期待できそうである。2012年にすべてのフェーズが竣工予定である。2002年竣工のアーレスハイムに建つ住宅プロジェクト《Bildstöckliweg house extension and renovation》は波形に打設されたコンクリートによるシンプルな外形を持つが、内部は一転して装飾的な壁紙に囲まれた空間を持つ。壁紙に描かれたスケールの大きな植物のテクスチャーは開口部ごしに見える現実の自然に呼応して流動感のある豊かな空間が生まれている[図7]

Swiss National Museum Extension
6── Christ & Gantenbein《Swiss National Museum Extension,》 (Zurich, Switzerland, Competition 2002, 1st prize, 2002-2012)
©Christ & Gantenbein
ShoP Architects《The Porter House》
Archi-tectonics/Winka Dubbeldam《Greenwich St. Project》
7──Christ & Gantenbein《Bildstöckliweg House》(Arlesheim, Switzerland, 2000-2002)
左=©Roman Keller
右=©Roger Frei

HHF architekten(ティロ・ヘルラッハ[1972- ]+シモン・ハートマン[1974- ]+シモン・フロムヴィラ[1972- ])も2007年、マッシミリアーノ・フクサスなどの巨匠を抑え、ドイツ・ベルリンに建つショールーム《Fashion Center Labels II》[図8]のコンペで優勝した。決定的に特徴的な、しかし単純な構成ながらも近隣の古い建物の持つタイポロジーを変形させ、連続させながら新しい空間をつくり出している。環境への深い洞察のうえで、環境に消え入るのではなく、かといって突飛なオブジェクトを与えるのではなく、発見された造形要素をさまざまな方法で変形・加工することで、力強いイコンとしての建築を立ち上がらせている。2009年竣工予定である。 内モンゴルに建つ別荘プロジェクト《Dune House》[図9]は、上層にあるボックス状の個室群を煉瓦によるスキンで覆った外観を持つ。低層部は周囲の砂で覆われた斜面の勾配をそのまま建築内部に連続させたランドスケープと一体となったインテリア空間を形成している。また、近くに強いコンテクストのない風景に建つニューヨークの別荘《House Tsai》[図10]においては、4つのキューブをシンプルに並べたような外形を持つが、内部はキューブごとに分節されていない立体的な空間構成となっており、ボックス状の外形のイメージからはほど遠い印象を持つ。

Fashion Center Labels II Fashion Center Labels II
Fashion Center Labels II
8──HHF architekten《Fashion Center Labels II, 》(Berlin, Germany, Competition 2007 1st prize, 2007-2009)
©HHF architekten
House Tsai, Taghkanic, New York House Tsai, Taghkanic, New York
9──HHF architekten《Dune House》(Ordos, Inner Mongolia China, 2007- )
©HHF architekten

Dune House Dune House
10──HHF architekten《House Tsai》 (Taghkanic, New York, USA, 2005-)in collaboration with Ai Weiwei
©HHF architekten

Buchner & Bründler Architecten(ダニエル・ブフナー[1967- ]+アンドレアス・ブリュンドラー[1967- ])は2007年、2010年上海万博・スイスパビリオン《Swiss Pavilion Expo 2010》[図11]のコンペにおいて優勝した。スイスの国を想起させる複雑な平面形状を持ち、外皮の半透明の素材には内部空間が照射される。他のコンペ案がいわゆる"建築然"としていたのに比べて、輪郭を持たないポエティックな空間をつくり出している。2004年に竣工した住宅《Single family housing》ではやはり外皮をドットの開けられた鉄板によって覆うことで内と外の間空間が生まれ、内部には半透明な皮膜を通した柔らかな光が注がれる[図12]

Swiss Pavilion Expo 2010, Shanghai Single family housing, Aesch
11[左]──Buchner Bründler《Swiss Pavilion Expo 2010》(Shanghai, China, Competition 2007, 1st prize, 2007-2010) ©Buchner Bründler AG Architekten
12[右]──Buchner Bründler《Single family housing》(Aesch, Baselland, Switzerland, 2004) ©Buchner Bründler AG Architekten

以上はバーゼルを拠点に活躍する若手建築家であるが、チューリッヒに拠点とするEM2N(マティアス・ミューラー[1966- ]+ダニエル・ニグリ[1970- ]+)の活躍もめざましい。2005年にはトゥーンに建つ文化会議センター《Kultur- und Kongresszentrum Thun》[図13]のコンペで優勝した。既存のホールに寄生させたヴォリュームは立体的なヴォイドによる抜けを持つことで多方向へ視線を拡散させ、平べったい空間特有の閉塞感をなくしている。竣工は2010年の予定である。2007年に竣工したチューリッヒ近郊駅改修《Bahnhof Hardbrüke》[図14]はスイス国鉄SBBのロゴサインを引き延ばし、都市のなかで突出したサインとして構築することで駅としての視認性を高めている。同じく2007年竣工のバーゼル−ラント準州・公文書館《Public records office Canton Basel-Landschaft》[図15])は箱形の外形を持ち、内部は機能の要請上資料室のような空間が連なるが、それらを螺旋階段のある空間により立体的に接続している。既存の建物への増築計画とは思えないインテリアが生まれている。
そのほかにもpool ArchitektenUNDEND ArchitekturSabarchitektenPedrocchi Meier ArchitektenBerrel Kräutler Architektenなどスイスでは1960-70年代生まれの数多くの若手建築家が活躍をはじめている。
紹介した彼らの作品からはアルド・ロッシの思想が変形されつつも伝統として残りつつも、さらにはそれに加えて豊かなインテリアスケープを持つ新しい空間への萌芽を感じる。アルド・ロッシがETH-Zにやってきた頃に生まれた、極めて若い世代の新しい建築の誕生を楽しみにしたい。

Kultur- und Kongresszentrum Thun
13──EM2N《Kultur- und Kongresszentrum Thun》(Thun, Switzerland, Competition 2005, 1st prize, 2005-2008)
©EM2N

14──EM2N《Bahnhof Hardbrüke》(Zurich West, Switzerland, Competition 2004, 1st prize, 2004-2007)
©Hannes Henz

Public records office Canton Basel-Landschaft Public records office Canton Basel-Landschaft
15──EM2N《Public records office Canton Basel-Landschaft》(Liestal, Switzerland, Competition 2000, 1st prize, 2000-2007)
©Hannes Henz
Client: Department for Construction and Environmental Protection, Canton Basel-Landschaft Represented by the Office for Building Construction

[ひらせ ゆうじん・建築家・一級建築士・文化庁新進芸術家海外留学制度研修員]
1976年生まれ。1999年早稲田大学理工学部建築学科卒業後、同大学院博士後期課程単位満了。
早稲田大学理工学部建築学科助手・非常勤講師を経て、平瀬アトリエ代表。
主な作品に《ebi》《ao》《hh》。主な論文に「山岳地建築の空間構成に関する研究」(日本建築学会)、
「山岳建築研究序論」(SD 2005/鹿島出版会)。
2007年より文化庁新進芸術家海外留学制度研修員としてスイス在住。http://www.yha.jp


200710


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