世界建築レポート[1] 建築実験のニューヨーク

長友大輔

世界貿易センターの衝撃的な崩壊からはや5年半が経とうとしている。一時は、低迷したニューヨーク経済だが、Ground Zero(爆心地)の復興とともに、建設ブームを迎えている。その背景に、金利の低下、経済の回復、税金の引き下げ、ゾーニングの改正などが挙げられる。2007年、総工事費用見積もりは、21億ドル(およそ、2,300億円)にのぼると言われている。そのなかでも、特に注目されているプロジェクトを住宅、商業、教育、美術、公共建築の順に紹介したい。

個性的で強いデザイン性
現在、今回紹介するプロジェクトのなかでも今、最も加熱しているのが高級コンドミニアムを含む住宅プロジェクトである。アメリカの国勢調査によると、10年前に許可された住宅数に対し2006年の許可数は3倍以上にものぼる。特に注目を集めているのが有名建築家とデベロッパーの協働開発による住宅設計である。昔のレンガ造りの町並みのSOHOの一角にガラスの箱をデザインしたジャン・ヌーベルの《40 Mercer Street[図01]、マンハッタンのローワーイーストサイドにもうすぐ完成する青色のガラスのモザイクパターンで建物自体を覆ったバーナード・チュミの《Blue[図02]、ヘルツォーク&ド・ムーロンの《40 Bond Street[図03]等の建築家を宣伝広告として起用し、通常以上の価格で販売しようとする新手の開発である。

アメリカ国外で活躍する建築家にとっては、ニューヨーク、または、アメリカにおいての初めてのプロジェクトであることが多く、より強いデザインが施されている。ヘルツォーク&ド・ムーロンのファサードフレームを緑のガラスで覆って開口部との一体化を図ったファサードのディテールは圧巻である[図04]。またこのプロジェクトの門には、アール・ヌーヴォーを思わせる有機的なパターンが使われており、それをコンピューター操作により削りだすという、最新の造型技術が使われている。今、ニューヨークで最も完成が待ち望まれているプロジェクトのひとつである。

ジャン・ヌーベル《40 Mercer Street》 バーナード・チュミ《Blue》 ヘルツォーク&ド・ムーロン《40 Bond Street》 同、ファサードのディテール
1[左]──ジャン・ヌーベル《40 Mercer Street》
2[中左]──バーナード・チュミ《Blue》.
3[中右]──ヘルツォーク&ド・ムーロン《40 Bond Street》
4[右]──同、ファサードのディテール

また、この建設ブームは、若手の建築家達にとってもニューヨークのCity Wallに名を刻む絶好の機会になっている。その代表例として、すべてのデザイン工程において、コンピュータを駆使してデザインされたShoP Architectsの《The Porter House[図05]、古い倉庫を角度のついたガラスファサードで覆うことで、新旧の調和をコンセプトにした。Archi-tectonics/Winka Dubbeldamの《Greenwich St. Project[図06]、狭い敷地内で電気のスイッチのような角度をつけた窓枠で内部からの景観を各部屋ごとに変化させているnArchitectsの《SwitchBuilding》などがある。どのプロジェクトも、ニューヨークの窮屈なゾーニング法と向き合い、おのおのの個性をさまざまな方法で表現している。

ShoP Architects《The Porter House》 Archi-tectonics/Winka Dubbeldam《Greenwich St. Project》
5[左]──ShoP Architects《The Porter House》
6[右]──Archi-tectonics/Winka Dubbeldam《Greenwich St. Project》

最先端技術との連係
不動産の専門家によると、この建設ブームは、この先オフィスビル、インフラストラクチャー当の公共事業に移行していくだろうと見られている。そのうちいくつか注目すべきプロジェクトとして、レンゾ・ピアノの《Times Building》[図07]フランク・ゲーリーの《InterActiveCorp Headquarters》[図08]ノーマン・フォスターの《Hearst Headquarters》[図09]SOMの《Freedom Tower》などがある。これらのプロジェクトに見られる特徴として、最先端のビルディング・テクノロジーを駆使して設計されていることが挙げられる。

52階建ての《Times Building》には、快適な仕事環境を生み出すために、エネルギーの効率アップ、デイライトの導入等をコントロールするセラミックの筒をルーバーとして使用している[図10]。このルーバーにより、《Times Building》は、日中太陽の光を反射し、ファサードをさまざまな色に変えながら、完璧な室内環境を作り出す事ができるようになっている。

ノーマン・フォスターによる46階建ての《Hearst Headquarters》は、ニューヨーク市最初となるLEED(アメリカのグリーンビルディング評価制度。敷地選定、給水方法、エネルギーの効率化、材料、室内環境に基づいて建築を評価する) Goldを獲得している。特有のダイア・グリッド構造は、20%以上のスティールを削減するために使われた。このプロジェクトのもうひとつの特徴として、 現存 していたWilliam Randolphによって 1928 年にデザインされたアール・ デコの建物を残しているところにもある。ニューヨーク市には、都市景観保護団体が存在しており、幾つもの、ランドマークなる建物が存在している。それらの建築をいかに保護し、さらに活用していくかというのもニューヨーク再開発の焦点となってくるであろう。

Ground Zero再開発の目玉プロジェクトとして注目されている《Freedom Tower》は、もともとのダニエル・リベスキンドのデザインから、著作権の問題や、警備強化の問題などで幾度というデザイン変更を経て、現在実施設計段階に入っており、2010年完成予定である。このプロジェクトの総指揮を取っているSOMは、Autodesk社のRevit Building System(Autodesk社のBuilding Information Technologyソフト。製図から構造計算まで建設設計のあらゆる面を三次元にて計算する。BITのほかの例として、フランクゲーリーが導入しているDassault System社のCATIAなどがある) を導入しており、すべての実施図面を3Dで書いている。アメリカの企業は、ソフト開発にも積極的に参加しており、Autodesk社、Bentley社などとともに、いかなる複雑な建築でも、早く的確に建設できるかを探求している。

レンゾ・ピアノ《Times Building》 フランク・ゲーリー《InterActiveCorp Headquarters》 ノーマン・フォスター《Hearst Headquarters》 《Times Building》、セラミックのルーバー
7[左]──レンゾ・ピアノ《Times Building》
8[中左]──フランク・ゲーリー《InterActiveCorp Headquarters》
9[中右]──ノーマン・フォスター《Hearst Headquarters》
10[右]──《Times Building》、セラミックのルーバー

教育機関、美術館、公共空間の再定義
ニューヨークの教育機関、美術館等のプロジェクトも活発に開発されている。レンゾ・ピアノによる《コロンビア大学拡張計画》と《モーガン図書館》[図11]Morphosis/トム・メインによる《Cooper Union新校舎》、スティーブン・ホールによる《Pratt Institute建築棟改築》[図12]などがある。Pratt Institute建築学部は、もともと三つの校舎で運営していたが、1996年の不慮の火事により中央の校舎を失ない、その当時、若手として頭角を現わしていたスティーブンに設計を頼んだという。10年の歳月をかけようやく去年完成した白く光り輝くガラスの箱は、築100年のレンガ造りの建物に新鮮な息吹を吹き込み、Pratt Instituteを新たな活気ある学校へと導いている。美術館、劇場等については、2004年に谷口吉生設計にて再びオープンした《ニューヨーク近代美術館》に続き、妹島和世+西沢立衛/SANAAによる《New Museum》[図13]、レンゾ・ピアノによる《ウイットニー美術館増築》、ディラー・スコフィディオ+レンフロによる《リンカーンセンター再開発》などが続々と予定されている。

レンゾ・ピアノ《モーガン図書館》 スティーブン・ホール《Pratt Institute建築棟改築》 妹島和世+西沢立衛/SANAA《New Museum》
11[左]──レンゾ・ピアノ《モーガン図書館》
12[中]──スティーブン・ホール《Pratt Institute建築棟改築》(上:昼/下:夜).
13[右]──妹島和世+西沢立衛/SANAA《New Museum》

数多くの大規模プロジェクトが目立つなかで、小規模ながらとてもニューヨークらしい建築も存在する。去年、突如オープンした《アップルコンピュータ社の5番街店》[図14]などそのうちのひとつであろう。ニューヨーク市には、ミースの《シーグラムビルの広場》、《リンカーンセンター》など、数多くの広場が存在する。これらは、私有地であるが、公共の一部として活用されている。アップルのガラスの箱は、その広場の使用価値を再定義するかのごとく、広場の空間を一変し、新たな名所を作り出した。

そのほかにも、毎年夏に、PS1(ニューヨーク近代美術館分館)の中庭に造られる、若手建築家によるパヴィリオンなどがある。もともと、PS1は、若手の芸術家達に機会を与えるために、近代美術館が、クイーンズにある市立高校を改修して作った美術館で、このパヴィリオンは、毎年コンペによって選ばれ、低予算で建設され、夏が過ぎると取り壊されるという面白いイベントである。去年は、OBRA Architectの提案が選ばれ、建設された[図15]。今年も、現在勝者を選んでいるところである。

《アップルコンピュータ社の5番街店》 PS1のパビリオン。OBRA Architect案
14[左]──《アップルコンピュータ社の5番街店》
15[右]──PS1のパビリオン。OBRA Architect案

新たな実験のはじまり
以上紹介した以外にも、現在ニューヨーク市にてさまざまなプロジェクトが山のように計画されている。ノーマン・フォスター、リチャード・ロジャース、槇文彦らによる《世界貿易センター群》、サンティアゴ・カラトラバによる《Path(ニューヨーク州とニュージャージー州を結ぶ地下鉄)世界貿易センター駅》、ニコラス・グリムショウによる《MTA Fulton Street Transit Center》、フランク・ゲーリーによる《ブルックリン再開発》など、これから十数年というタイムラインで計画されている。レム・コールハースが彼の著書、『錯乱のニューヨーク』の序章で「1890年から1940年にかけての新しい文化の波のなかで、マンハッタンは実験所としての役割を担った」と述べているが、今まさに、数多くの新たな建築の実験がここニューヨークで始まっているのではないだろうか。

[ながとも だいすけ・建築家]
1977年生。2001年明治大学卒業。2004年コロンビア大学大学院卒業。
現在、TEN-Arquitectos所属。http://www.misosoupdesign.com/


200703


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