連鎖の勧め(中谷礼仁『セヴェラルネス──事物連鎖と人間』書評)

石川初
中谷礼仁『セヴェラルネス──事物連鎖と人間』
中谷礼仁『セヴェラルネス──事物連鎖と人間』
2005年12月刊行
鹿島出版会
定価:2,520円(税込)
ISBN:4306044602
280頁

冒頭、きわめて印象的な一節が、本文から引用されて掲げられている。

──いついかなるときにも、私たちは何かに触れている。これは実に驚くべきことではないだろうか。

これに、ちょっとどきっとする人なら、この本を最後まで、スリリングに読めることは請け合いである。「いついかなるときにも、私たちは何かに触れている」とは、まあ「あたりまえ」のことである。しかし、何かの拍子に私たちは、自分自身が「つねに触れている何か・内存在」であることにあたらめて気づいて、びっくりすることがある。
著者の中谷氏が、別なテキストのなかで、あるいはそれが「事物との邂逅」だったのかもしれない経験について書かれている。

──空から見る古墳と、脇を通る視点からとの印象の違いは大きい。それは樹木やツタが繁茂し、光は吸いこまれ、丘陵というにはいかにも不自然な名状しがたいシルエットなのであった。その存在が計画道路を不自然に曲げていた。古墳は過去にあったのではなく、今、そこにいた。そんな単純なことに気がつかなかったのは、それが自明なことだと思い込んでいたからである。それを「知っていると思っている」ことと、それが「いることを理解する」こととは、全く違う。「都市は連鎖する」(『10+1』No.30、2003)

私は、自分が小学生だった時のある日のことを思い出した(いきなり私事で恐縮だが)。その日たまたま一緒に街を歩いていた母が、道路の向こうに見える小学校の校庭の周囲にずらっと生えている桜の大木を指して、あれは自分が卒業するときに記念樹として植えたものだ、と教えてくれた。その瞬間の衝撃は忘れられない。桜はどれも黒々と巨大で、ずっと昔からそこにあったように見えていた。それが、自分に最も身近な人間がその手で「植えた」という話を聞かされた途端、苗木から巨木に成長するまで、そこに桜が生育する環境が維持され続けていたこと、そこに費やされた時間と人々の手の感触のようなものが、妙なリアリティをもって感じられ、さらにはその周囲に見えている街の風景のすべてのもの──自分とはまったく関係なく存在していたはずの道路や建物や街路樹や電柱、と自分とが、いわば「地続き」である、というような実感が湧いて、目眩がするような驚きをおぼえた。むろん、当時はこんなふうに言葉にしていたわけではないが(いや、いま書いていて思ったが、これも『セヴェラルネス』を読んで想い起こしたものであって、事後的/遡及的に再発見した自分自身の「内なる詩」の一節かもしれないが)。

本のタイトルにも用いられている、キモとなるコンセプトの定義と解説はじつに、丁寧に厳密であって、爽快ですらある。普段、こうした枠組みで世界を眺める習慣がないため、ピントを合わせるのにいささか時間がかかる。と同時に、自分がいつも、迂闊にも「建築」や「都市」や「自然」というような言葉を、無造作に自明な物事として使っているかということに気がつかされもする(本書にはそうした物言いに対する警句も所々に出てくる)。

──ここで扱いはじめようとしているのは、事物(=thing)とよばれる、複数の知覚を通じて存在を感じることのできる何かと私たち自身とのことである。両者間をめぐる性格の検討には主に建造物を用いる。それは建造物が事物の総合性を考えるには都合がいいからである。

「セヴェラルネス」とは、そうした「事物」が、私たちに意味のある関係を結ぶ本来的な「ありかた」である。事物が転用されるとき、その可能性はいくつもある。それが事物の可能性に、ある幅を与えている。でも逆に言えば、可能性は「いくつか」しかない。つまり、事物の可能性は限られている。しかし、限られてあることこそが、事物にある「輪郭」を与え、それを認知可能にしている。そして、時として、そのセヴェラルさの湯加減が絶妙だったとき(たとえば風雨に長く耐える程度には強く、しかし思わぬ使い回し方ができる程度には弱いものだったりしたときとか)、事物は「変わりうる永遠」となって、私たちをして深く感動させる輝きを帯びることがある。

様々な(いくつかの)ケースを考察しながら、著者は事物がセヴェラルなパスでリンクされて「連鎖」する仕組みを、くりかえし説き明かしてくれる。桂離宮の「更新された過去」を指していた延べ段。若い「インディアン」たちの読み替えで、つかの間「聖地」として出現したアルカトラズ。「弱い技術」の実践者であったウィトルウィウス。現実の都市の生成のように銅版に加刻したピラネージ。「都市」を捏ねて「建築」を引っぱり出そうとしたロッシ。「寓意ツール」としてのパタン・ランゲージ。注意深く、丹念に書かれた文章ながら、なんかこう、新鮮で生き生きとして見えるのは、おそらく著者自身の「驚き」を伴っているからだろう。また、本書全体に通底している、著者の「連鎖する事物」への、「あった」を「いる」に言い換えさせる畏敬の念には心を打たれる。自覚的に何かを作ることを志しているつもりの、私たちの多くに欠落しているのは、すでにある事物へのこうした態度なのだった。

以下は「連鎖のススメ」。

私が主に関わっている分野、造園/ランドスケープ系のプロや学生もぜひ読んで欲しい。たしかに、建築や建築史に関するある程度の素養がないと、意味不明の箇所が続出して難しいだろうが、それでもなお、たくさんの(いくつかの)刺激的で有用な「使える」知見や概念を得られるだろうと思う。事物は必ず「すでにある」という感覚は、造園の実践者にはぴんと来るはずである。単純なツリーが重合してセミラティスを生成する、というイメージは、「利己的な遺伝子」が説明する生態系の複雑さみたいであるし、都市を作っているのはいったい誰か、というような設問は、いまだにしばしば議論の俎上に乗る「パブリック」と「プライベート」の関係とか、計画とデザインの乖離、といった問題にも、冴えた筋道を照らしてくれるだろう。「地形」や「植生」への関わりを、「先行形態」や「転用」や「連鎖」というキーワードで見直してみるのも非常に面白そうだ。

なお、本書の元になったテキストは、2004年から2005年にかけて、『10+1』に連載されたものである。同じ時期、この連載に重なるようにして、著者らによるセヴェラルネス理論の実践編とでも言うべきプロジェクト、連鎖都市研究会(中谷礼仁+清水重敦+矢本宏+中島陽+登尾聡)によるフィールドワーク「都市は連鎖する」(『10+1』No.30、2003)や、先行デザイン会議(中谷礼仁+宮本佳明+清水重敦他)によるワークショップ「先行デザイン宣言──都市のかたち/生成の手法」(『10+1』No.37、2004)が誌上に紹介されていた。さらなる「応用」への手がかりを掴むために、こちらも合わせて読まれることをお勧めしたい。

[いしかわ はじめ:ランドスケープアーキテクトhttp://fieldsmith.net/


200606


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