体験的実験住宅論──「実験」から実験へ

福田啓作

実験の爆発期/国家的・社会的命題に支えられた「実験」
「ビートルズ/アーキグラム←→汎システム論。僕らの時代には、汎システム論が流行った」。大野勝彦氏は、僕にそう教えて下さった。建築の工業化とは何であったのか。セキスイハイムM1を積水化学工業との協働で作り上げた際の時代の気分はどのようなものであったのか。その時代に行なわれた、無数の敗北した試みを現代において読み替えるとすれば......。そう、僕にとっての「実験住宅」とは、大野勝彦氏や氏、池辺陽氏や広瀬鎌二氏、川合健二氏や石山修武氏、バックミンスター・フラーやジャン・プルーヴェ、べミスやワックスマンといった、建築史や建築計画の講義であまり取り挙げられることのない、しかし同時にエッジが利いていて、ドキドキして、かっこよくて、時に伝説として語り継がれ、安易に近づくと何か自分の人生までも狂わされてしまいそうな、そんな建築家や彼らの描いた夢に出会うプロセスであった。そして、彼らの多くは、19世紀末から20世紀の激動の時代を駆け抜け、新しい建築、新しい建築家の職能像、新しい建築生産の仕組み、新しいものの考え方、ひいてはそこに生まれうるであろう新しい生活を予言しながら、自らその検証現場に立ち会うことなく逝ってしまった。僕らは、彼らの多くにもう会うことができない。しかし、2005年 。僕には彼らとの再会のチャンスが与えられた。『10+1』No.41(特集=実験住宅)誌上で「実験住宅カタログ」を作ることになったのである。「実験」、「住宅」、そして「カタログ」。僕をドキドキさせた、それらのさまざまな試み、予言の数々をカタログ化せよ。
古生物学者のスティーブン・ジェイ・グールドの言葉を引用すれば、生物の系統進化のプロセスにおいて、その爆発期と洗練期があるとして、彼らの多くが生きた1920-30年代や1960-70年代は、「実験住宅」の爆発期であったと僕は考えている。この時代の「実験住宅」は、例えば戦後帰還兵の大量帰国による急激な住宅需要の増加、その後の経済回復と高度成長、建築省等の行政主導による住宅生産部門の積極的な奨励、建設5カ年計画の閣議決定等、国家レヴェルでの政治、経済、社会的情勢とほぼ 期を一にしながら、そこで唱えられる「住宅生産の工業化」等のテーマといかに関わるか、あるいはどのような距離を取るか、という軸によって「実験」のマッピングと分類が可能であり、そうであるが故に、建築の構造や構法、設備や内外装、仕上げ等にさまざまなバリエーションが存在しつつも、それはある共通のテーマに対する関係性の中で捉えることが可能であった。この意味において、これらの時代を、共通のテーマを触媒として無数の「実験」が行なわれた、「実験」の爆発期と捉えることができるだろう。
さらに、極論を恐れずに言えば、この時代においては、田中さんや鈴木さんのための個別解を設計し、建築するという命題以上に、「我が国民の於かれている住宅事情を改善する」といったような国家的命題、あるいは社会改革的命題が存在し、「国家や権力の発注する公共建築の仕事を手掛ける存在としての建築家」という職能像に対するカウンターとして、国家的・社会的命題に支えられた「実験」、あるいは「住宅」への試みが噴出したと考えることができるのではないか。それと同時に、建築生産を取り巻く状況として、例えば軍事産業の平和転用・転換の必要性、大量需要を見込める新たな産業としての住宅産業の勃興、また建築基準法の未整備、建設資材の不足、工業化を唱えながらも決して自動車の生産システムのようなライン生産方式による大量生産には至らない状況等、依然として一品生産に頼らざるをえない状況だったからこそ、「プロトタイプ」や「モデル」等を目指して、さまざまな「実験住宅」が構想されたのではないか。これらの時代に頻繁に用いられた言葉として、冒頭にもあるように「システム」という言葉がある。「システム」という言葉に象徴される還元主義的思考、演繹的思考による一般化のベクトルは、「実験」という可逆的、あるいは 反復可能な科学的検証プロセスと、少なくとも字義的な意味において同一の母体から発生したものである。当時の住宅に、「雅」や「桐」ではなく、「SH」 や「No(ナンバー)」、「M1」等の名前が付けられたのも、時代の気分を象徴しているようで興味深い。

歴史的検証の対象として/そして新たな実験の触媒として
こうした背景を踏まえて、『10+1』No.41を開いてみよう。「実験住宅」特集ページの冒頭の写真を眺めると、そこには雪が深々と降り積もる現在の東京の景色がある。転んだのだろうか、雪の積もったバルコニーで遊ぶ子供の向こうには、電柱や電線、ビルやマンション、それに戸建てとおぼしき住宅群が建ち並んでいるのだが、あの時代の、ドキドキするような住宅は存在していないようだ。ページをめくっていくと、いた。川合健二も、プルーヴェも、フラーも。あの時代よりも少し静かな顔をして、そこに建っていた。同時に、広瀬鎌二氏のインタビュー、石山修武研究室の農村計画等、僕がドキドキした人たちが現在から過去を振り返って語り、また現在から未来へ向けて計画を発表している。さらに、藤森照信氏と中谷礼仁氏の対談では、住宅技術にまつわる実験と発明の二極を軸としながら、最終的には触覚を含めた五感による体験的実験住宅論に話は及んでいるし、横山太郎氏と町田敦氏の対談では、構造と設計、その境界条件、空間と架構の関係について言及しつつ、 「実験」と「住宅」の現状について語られている。そして、「実験住宅カタログ」では、僕が文字通りドキドキした、さまざまな「実験住宅」がコラージュ され、スクラップされて並んでいる。もう亡くなったスティーブン・ジェイ・ グールドが生きていたら、そしてこの特集を手にしたら何と口にするだろうか。住宅は、それも「実験住宅」は、現在爆発期にあるのだろうか、それとも......。
現在、ギャラリー間で行なわれている「日本の現代住宅1985-2005」の展示を見てもわかるように、タイトルこそ違えど、現在、「住宅」にまつわるさまざまな試みが、キュレーションと編集の、また歴史的検証の対象になりつつある。僕らはもう、あの時代のような国家的・社会的命題に支えられた「実験」のチャンスを持ち得ることは無いであろう。しかし一方で、住宅が無くならない限り、無数の小さな試み=実験は続けられていくだろう。あの時代の「工業化」のように、共通の系統・分類軸を持たないそれらの実験が行なわれる現在、そしていまだ見ぬ実験へ向けて、『10+1』No.41が新たな触媒となるように祈りつつ。

[ふくだ けいさく:東京大学大学院]


200602


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