見知らぬ場所へのアプローチ──グラウンディングのまなざし

石川初+田中浩也

2006年1月8日に行なわれた「東京グランディング」の様子。詳細は『10+1』No.42(3月下旬刊行予定)において紹介します。

空間体験と仮想風景のあいだで
都市に向かうとき、私たちは二重の風景を見ている。ひとつは、私たちが実際にそこで体験する空間であり、もうひとつは都市を俯瞰する「仮想の風景」である。
私たちのなかで都市の印象を形作っているのは、実際に目にする街の光景や物音、匂いや温度や足に感じる舗装の固さなど、さまざまに具体的な物事の連なりである。「都市の風景」として私たちが思い浮かべるのは、通常、このような空間体験の記憶である。
一方で、私たちはしばしば、自分が「どこ」にいるのかということを意識する。街を移動しながら、私たちは頭の中に、実際にはそのような視点から(少なくとも肉眼では)見たこともない都市の全体像、道路や市街地の地理的な分布を思い描いている。思い描く図像は必ずしも緻密なイメージとは限らないが、例えば山手線に乗って移動するとき、私たちの頭の中には、池袋を上にした丸い(緑色の)路線の形が、車窓の風景とは別な次元で浮かんでいて、私たちはそれほど強く意識もせずに、現在の自分をその中に位置づけている。
この「仮想の風景」を共有可能な形で可視化したものが「地図」である。むろん、地図は地表の状態をそのまま表現したものではなく、あくまでも私たち(の社会)が捉えた地表の事情を記号化し、平面座標上に表現したものである。しかし地図の「真実味」は強力であって、私たちはしばしば、地図がもたらす像によって自分の「位置」を確かめ、場所のリアリティを得ている。
そして私たちは地形図を見ることで、都心の辟易するような坂の連続が、単なる凹凸でなく「地形」であることを了解する。台地の表面は小河川の浸食跡にびっしりと覆われ、末端にはいくつもの谷が深く切れ込んでいる。地形図で見た東京の地面は、じつに多様で豊かな表情を見せている。さらに、沖積層の基底等深線が記された地盤図などを眺めると、都市の表層を覆う人工物が薄い地層の一部のようにも見えてくる。

「東京グランディング」(2006年1月8日)の行路と地形図

地図と地表との往還運動
しかし、こうした脈絡は、都市の地面に身を置いたときの実体験からは懸け離れている。むしろ、街で目撃するのは、それぞれの敷地が目一杯「平坦面」を確保しようとし、擁壁や建物によって斜面を改変している様子であったりする。地形図が描いていた「複雑な秩序」はそこにはなく、目前には脈絡を欠いたとりとめのない(一見)人工的な光景が続いている。この、地図の視座と地表の実体験の乖離は、都市を観察し、読むという行為においてだけではなく、都市に働きかける行為においても、広域計画と空間デザインの乖離、というような問題として現われる。これはこれまでも多くの「フ ィールドワーカー」の、方法論的な課題であり続けている。
この乖離を充分に自覚したうえで、あえてその中に飛び込み、それらをいくつもの細い回路で繋ごうとするさまざまな実践を、仮に「グラウンディング」と呼ぶことにした。「グラウンディング」は、地表の実体験をもって地図の視座から逃れることではないし、地図の視座にのみ留まって都市を把握した気になるものでもない。私たちは、それらの二重のまなざしを行き来するための、冴えた方法を作り出すことを目論んでいる。
さしあたって、大きな方向性は二つある。ひとつは、さまざまな「地図」を駆使しつつ、地図的な視座が拾うことのない土地の潜在性を読み取るような、いわば「地図のリテラシー」を磨くことである。オンラインの地図や衛星写真へのアクセスが容易になり、急速に普及し共有されるようになりつつある現在、特にこうした「スキル」は重要である、と私たちは考える。もうひとつは、地表の実体験の感度を上げることである。私たちは、時に電子デバイスで「拡張」した私たちの身体をして、都市の地表を探査するセンサーにしようと思う。それは、いずれ私たちが描くかもしれない「新しい地図」への準備運動でもある。このようにして、私たちは「地図」と「地表」の絶え間ない往復運動と循環のなかから、都市の(一見)人工的な層の下に隠れて眠っているものを見出す、いわば新しい都市観/自然観を作り出したいと考えている。

[いしかわ はじめ:ランドスケープアーキテクト、http://fieldsmith.net/

[たなか ひろや:慶応義塾大学環境情報学部専任講師、http://htanaka.sfc.keio.ac.jp/


200601


このエントリーをはてなブックマークに追加
INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引

PROJECT

  • パブリック・トイレのゆくえ
  • TOKYOインテリアツアー
  • 建築系ラジオ r4
  • Shelter Studies
  • 再訪『日本の民家』 瀝青会
  • TRAVEL-BOOK: GREECE
  • 4 DUTCH CITIES
  • [pics]──語りかける素材
  • 東京グラウンド
  • 地下設計製図資料集成
  • リノベーションフォーラム
『10+1』DATABASE

INFORMATIONRSS

地域社会圏」と「現代総有」─個人・社会・空間をつなぐ新しい考え方─(千代田区・9/1)

人口減少と少子高齢化、東京への一極集中に代表される都市部と地方の格差拡大、グローバル化が進む中で...

「建築」への眼差し -現代写真と建築の位相-(品川区・8/4-10/8)

ニセフォール・ニエプスによって撮影された歴史上初の写真が作業場の窓から見える納屋と鳩小屋の映像であ...

UNBUILT: Lost or Suspended(品川区・8/4-10/8)

建築の歴史はある意味で「敗者の歴史」である。計画取り止めやコンペ敗北の時点から"過去"になることで...

川田知志「Open Room」(大阪府・9/2-10/13)

「壁画」を主軸とするインスタレーション制作によって、視覚芸術と都市空間との関わりを提示する美術家・...

Urban study Vol.1ファシリテーターとワークショップの役割(杉並区・8/25)

高円寺・阿佐ヶ谷で杉並区役所に登録して若手建築家主導でまちづくり団体を作ります。まちづくり+建築...

クリエイティブ・アイランド・ラボ 中之島「世界の都市の中の"島"」(大阪府・8/25)

アートエリアB1は、開館10周年を機に新たなプロジェクト「クリエイティブ・アイランド・ラボ 中之島...

カルティエ現代美術財団「自由な建築」展・出品プロジェクトを語る 石上純也レクチャー+サイン会(渋谷区・8/25)

2018年3月30日より、世界的にも評価の高い気鋭の建築家・石上純也氏の大規模個展「JUNYA ...

WIKITOPIA INTERNATIONAL COMPETITION(公募・-9/24)

Wikitopiaプロジェクトは、先進的な情報通信技術を活用することで、オンライン百科事典Wiki...

日仏建築文化交流展2018 Communication Beyond Words(千代田区・8/4-22)

日本とフランスの友好160周年を記念し、建築を通した文化交流プログラムを開催します。両国から3組ず...

ユニヴァーサル・プリンシプルズ:環境的課題をリセットするオーストラリア建築の試み(港区・7/7-8/26)

オーストラリアは気候や地質学などの観点から見て、両極端の要素が共存する広大な大陸です。 現代オース...

秋野不矩美術館開館20周年記念特別展「藤森照信展」(静岡県・8/4-9/17)

秋野不矩美術館開館20周年を記念し、当館を始め多数の建築設計を手掛けている建築家・建築史家、藤森...

海を渡ったニッポンの家具-豪華絢爛仰天手仕事-(大阪府・6/8-8/21)

1873年のウィーン万博で一躍人気を博した日本の工芸品。浮世絵をきっかけに巻き起こった欧州のジャポ...
建築インフォメーション
Twitter Feed
ページTOPヘ戻る