海の見える美術館

暮沢剛巳

上空から見た葉山館 ©ANZAI

「風光明媚」の一言だった。品川から京浜急行の急行に乗り込み、新逗子駅で乗り継いだローカルバスに揺られること20分弱、眼前には、多くのヨットが停泊する一色海岸と三ヶ岡山の美しい眺望が開けてくる。海開きして間もない7月中旬のこの日、海岸線では多くの若いアベックが戯れており(それはまさしく、サザンオールスターズやTUBEの歌に出てきそうな光景だった)、また聞けば、この海岸線の少し奥まったところには御用邸が所在しているともいう......。これはなにもシーサイドリゾートの紹介文ではない。書いている自分でも意外に思うのだが、これはこの秋の開館を控えた神奈川県立近代美術館・葉山館を初めて訪れたときの第一印象である。「海の見える美術館」とでも呼べばいいのだろうか、正式開館前の内覧会を訪れた私は、美術館の施設を見る以前に、その立地条件に心奪われてしまったのだ。

それにしても、「海の見える美術館」とは珍しい。私個人の経験でも、海沿いの美術館など茨城県の「天心記念五浦美術館」と「千葉県立美術館」くらいしか訪れた記憶がないし、国際的に著名なものも、デンマークのフムレベックにある「ルイジアナ美術館」くらいしか思い浮かばない。美術館といえば観光地とは相性のいい建物のはずで、事実、山や高原地帯に建つ美術館が枚挙に暇がないのに対し、海沿いの美術館が圧倒的に少ないのは、やはり津波などの水害に対する防災上の都合と、他のレジャーとの関連の乏しさ(例えば、ハイカーがデイバッグを背負って入館するのには何の問題もないが、海水浴客が水着のまま入館するのは不可能な場合が多い)によるものなのだろう。それだけに敢えてこのような立地を選択した神奈川県の判断には、この新館建設を地域の活性化に役立てようという思惑がうかがわれる。

よく知られているように、神奈川県立近代美術館は国内で最も長い伝統を誇る格式の高いモダン・アート・ミュージアムである。1951年開館というその歴史は国立美術館4館よりも古く、鶴岡八幡宮の境内に位置する美術館施設は、多くのオーソドックスな展覧会ともども「カマキン」の愛称で親しまれてきた。ただ年々増えるコレクションと大型化する展覧会企画には対応しきれなかったようで、既に1984年には北鎌倉に別館を開館し、スペースの不足を補ってきた。今回葉山に新館を建設したのは、過去50年の歴史の集大成であると同時に、今後もさらにコレクションや展覧会企画を拡充していこうとする強い意欲の現われと考えることができる。「県立美術館再編整備基本構想・基本計画検討委員会」が設置されたのは94年8月のことだそうだから、この新館建設には実に9年を費やした計算になるわけだ。

外観

 

 

中庭

さて、少し館内の様子についても書き留めておこう。この新館の設計者は97年、指名プロポーザル方式によって決定された。指名を受けたのは佐藤総合計画、《飛鳥山3つの博物館》や《京都芸術センター》など、機能的でフレキシブルな作風によって知られる建築事務所である。残念ながら、美術館側の用意した広報資料やホームページでは指名の詳細な経緯については触れられていないのだが、それでも他の箇所の説明を読み、また実際に館内を歩き回ることによって、美術館側がどのような空間を欲していたのか、設計者に何を求めていたのかを実感することができる。

まず外観だが、基本的には一階に4つの展示室が設けられている本棟と、多目的ホール、レストラン、ミュージアムショップが入っている別棟の2つからなり、この2つのL字型の建物が中庭を正方形に取り囲むように建っている。海沿いということもあり、花崗岩の外壁には塩害対策が施され、また中庭の出入り口にはガラス屋根のキャノピーが設けられている(余った建材が転用されたのだろうか、美術館前のバス停留所の屋根に用いられているガラスと鉄骨は美術館と同じものだ)。正面入り口前の駐車場は比較的ゆったりとしており、また美術館の背後は海岸の砂浜に向かってなだらかに傾斜した緑地帯となっていて、休憩用の東屋と五漁船を象った西雅秋の彫刻作品《大地の雌型から》が設置されている。水平線が強く意識された構成、どこもかしこもスクウェアに切り取られた断面、モノトーンの色調など、全体としてとにかくシンプルという印象を受ける。

展示室

※撮影:矢萩喜従郎(上から2-5枚目)

シンプルなのはなにも外観ばかりではない。一階にある4つの展示室は、天井の高さを微妙に変えていたり、部屋によって自然照明と人工照明を使い分けていたり、サテライト展用の独立した部屋を設けたりなどの工夫が凝らされているものの、矩形のシンプルな空間という点ではみな同一である。周囲の景観に配慮してか、美術館の高さは最大10mに抑えられているにもかかわらず内部空間のヴォリュームは豊かであるし、また展示室同士のサーキュレーションもごくスムーズである。作品収蔵や情報検索には当然ハイテクが導入されているし、作品搬入用のエレベーターはバーネット・ニューマンの大作《アンナの光》も積載可能だという。さらには、室内を外気よりも高圧に保つ独自の気圧対策、関東大震災級の津波を想定した防水対策、高齢者・障害者向けのバリアフリー対策も施しているというから万事ぬかりないではないか★1。強いて言うならレストランの狭さが気にならなくはないが、これも推定入場者数に基づいて適正な規模を割り出した結果なのだろう。なお個人的には、この美術館の外観が《法隆寺宝物館》を、内部空間が《豊田市美術館》を髣髴させるなど、谷口吉生の作品に大いに類似した印象を受けたことも記しておきたい。

まだ展覧会も開催されていない現状で、この新しい美術館について述べられることといえばせいぜいこの程度である。以後は柿落としとして予定されている「もうひとつの現代」展をはじめとする展覧会企画を通じて、この美術館との付き合いを深めていくことにしたい。ミース流の「ユニヴァーサル・スペース」と呼ぶに相応しい控え目な展示室は、実際に作品が設置されることによって初めて空間のアフォーダンスが実感されることだろう。都心から1時間以上(拙宅からのドア・トゥ・ドアだと2時間以上)要する道のりはお世辞にも交通至便とは言えないが、それでも良質の展覧会企画が実現されれば、風光明媚な葉山の四季の魅力と相俟って多くの来館者を呼び寄せるに違いない。「カマキン」といえば学芸員が展覧会企画に専従し、ワークショップや教育普及活動などを原則として行わない独自の運営形態によっても知られていた美術館であるが、日本の美術館としては初めてPFI方式★2による運営を取り入れたという葉山館では、今後是非ともこちらの方面でも新しいヴィジョンを示して欲しいものである。

その一方で、大いに気がかりなこともある。北鎌倉の別館開館以後、「カマキン」は長らく「本館」「別館」と呼び習わされてきたのだが、広報資料によると、この7月を以って「鎌倉館」「鎌倉別館」「葉山館」の三館体制に移行し、従来鎌倉館にあった本部機能も葉山館へと移転されたのだという。もちろん、それはそれで結構なのだが、ただこれらの告知では、今から13年後の8月に失効する鶴岡八幡宮との借地契約が切れた後の鎌倉館の処遇については何も触れられていなかったのだ。これはまた、記者発表の席上でも複数の記者から質問があったにもかかわらず、残念ながら県や美術館の方から明快な回答のない点でもあった。言うまでもなく、鎌倉館はモダニズム建築家・坂倉準三の代表作の1つであり、隣接する平家池にせり出した、ル・コルビュジエの「無限発展の美術館」に準拠したロの字型の佇まいは、近代建築の保存運動・DOCOMOMOによって日本の近代建築20選の1つに指定されるほど高い評価を受けている。美術館で働くスタッフの大半はこの建物に強い愛着を感じていると聞くし、また葉山館のディテールにも、鎌倉館へのリスペクトを感じさせる部分が少なくない。何より「カマキン」の高いステータスが、鎌倉館なしには決して形成され得なかったことを忘れるべきではない。新しい特徴を備えた美術館の開館は喜ばしい限りだが、かといってそれが長い歴史と伝統をもつ美術館の取り壊しと引き換えなのであれば、その単純なスクラップ・アンド・ビルドの発想は手放しで誉められたものではないだろう。更地での返還を望んでいるとされる八幡宮側との交渉や予算の確保など、難しい問題が山積しているのは理解できるが、保存でも移築でもいい、県と美術館の英断を是非とも望みたいところである。

★1----展示室をはじめ、中庭、レストラン、ショップ、多目的スペースなど、来館者向けの主要施設が全て1階に配置された葉山館は、いわゆるハートビル法の適合施設に相当する。

★2----民間活力を公共事業に活用するイギリス生まれの行政手法で、正式名称はPrivate Finance Initiative。葉山館の場合は、(株)モマ神奈川パートナーズと30年契約を締結し、「新館建設業務」「維持管理業務」「美術館支援業務」「備品等整備業務」の4部門を業務委託している。

[くれさわ たけみ・美術批評/文化批評]


200308

特集 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2003


手塚貴晴+由比《 松之山ステージ「越後松之山『森の学校』キョロロ」》
MVRDV《 松代ステージ「農舞台まつだい雪国農耕文化村センター」》
原広司《十日町ステージ「越後妻有交流館・キナーレ」》
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