英語建築書の底力

大島哲蔵

James Stirling and Michael Wilford Buildings and Projects 1975-1992, Thames & Hudson, 1994.

John Pawson Works, Phaidon

Richard Rogers Complete Works Vol.2, Phaidon

Flying Furniture, Buchhandlung Walter Konig

AS in DS an Eye on the Road, Lars Muller

イギリスの建築書はほんの15年前まではバラエティに富んでいた。地味な工学系出版社が何とか活動を続けていたし、政府系刊行物の版元が都市の調査書や福祉関連などを出してくれていた。しかし部数の伸びないそうした出版物は、草稿や報告書のコピーで流通させた方が手っ取り早いわけで、次第に動きが鈍くなっていったのは仕方のない成行きだった。考えてみれば、これはどこの国でもこの時期に起こった事柄で、一度分析してみる価値がある問題だと思われる。言えることは、このジャンルで今も命脈を保っているのは教科書系だけで、それも実際には、学術書の独占的組織(例えばJohn Wiley & Sonsのような)の後ろ楯を得てそうなっている。

こうした傾向が明らかになり始めたころ、成熟した建築を世に問うていたのがジェームス・スターリングである。彼とピーター・クックやセドリック・プライスなどアーキグラムの活動、それにレイナー・バンハムの批評がなかったら、近代建築期以降のイギリス建築界の低迷は払拭できなかっただろう。そのスターリングの作品集は前期と後期に分かれてThames & Hudsonという美術/一般書を幅広く手がける大出版社から出ている(『James Stirling Buildings and Projects 1950-74』¥10,600;『James Stirling and Michael Wilford Buildings and Projects 1975-1992』¥12,720)。要するに、現今の美術/建築界の興味深い動きは、一般的にはこの会社がカバーしているわけで、毎年20タイトル前後のそれなりにユニークな新刊建築書をリリースしている。この出版社も世界に傘下の会社(と言っても基本的には配給を担当)を張り巡らしていて、その中にはアメリカの主要な出版社、Harry N. AbramsやThe Museum of Modern Art, N.Y.が含まれている。したがって本年随一の注目書である『Mies van der Rohe in Berlin』(MoMA, ¥11,920)や『Mies in America』(Abrams, ¥13,500)もここを通じて世界で発売される。ちなみにアーキグラムの本(こないだ後ればせながら邦訳も出た)をその当時手がけたStudio Vistaという出版社はいつの間にか消滅している。そしてア−キグラム系の出版物はAAスクールの出版局が引き継ぐことになるが、それについては後で述べる。

この活力に溢れた出版社に唯一匹敵できるのがPhaidon社である。Thames & Hudsonが保守党だとするとPhaidonは労働党といったところか。こちらの方はもともと純粋に美術書系の出版社で、背表紙に特徴のあるΦのマークが印されているので、どこかの書店の棚で見かけた人も多いことだろう。レンゾ・ピアノの全4巻の作品集やグリムショーの全2巻、ロジャースの全1巻(いずれも現在のところ)なども、ここが版元である。ジョーン・ポーソンのコンパクトな作品集も昨年ここから出版された(『John Pawson Works』¥10,400)。お勧めは『イマジネーション』という光や映像を駆使して、今日的デザイン──テートモダンのイリュミネーション計画も彼らの仕事である──を展開している会社(ロンドン、ホンコン、N.Y.に500人近いスタッフがいるという)の作品集である(『Imagination』¥10,400)。なお今年の秋の注目される新刊として、『Richard Rogers Complete Works Vol.2』(¥15,600)がアナウンスされている。しかし出版点数とバラエティの観点から建築書に限って言うと、やはり圧倒的にThames & Hudson社がリードしている。いま出たところの『XS』(¥4,300)も小ぶりでささやかだが、発展性のある建築的アイテムが収録されていて推薦できる。

これらの出版社があつかうアイテムは基本的にメジャーな情報に限られる。それでは、まだこれからの才能はどのように情報化されているのだろうか。実はこれがわかりにくいが、恐らく放置されているのではないか。時々、スペインの出版社がイギリスの若手を紹介しているほどで、英国の出版界が保守化しているというより、有望な新進であってもマーケティングが硬直化して扱えないわけだろう。長らく健闘していたAcademyという出版社(雑誌の『Architectural Design』誌と関係が深かった)も前記のWiley社に吸収された。ある程度採算がとれれば、出版企画は途絶えるはずはないのだが、建築書のフィールドから中小出版社が軒並み撤退してしまい、そのことは、儲かりはしないが損もしないというラインが事実上消滅したことを意味する。

こうして古手の出版社がたまに(古めかしい視点から)歴史関連書を出したりする以外は、大学の出版局がこれもごく散発的に、ゆかりの教官の著書を出すくらいになってしまった。これはロンドンを中心とするハイテック建築の層の厚さや注目を集めているロンドン・ミニマルを想起すると意外なほどの停滞だが、またそれを跳ね返して次のリーダーが生まれてくる反発係数を作家の側も持っているのかもしれない。大学に付属する出版局として他と全く違うポリシーを打ち出しているのがAAスクールの出版局である。ボヤルスキーの時代に拡充され、同校関連以外の本も必要とあれば出すなど、筋の通った方針が採用されている。戦略的なタイトル(AA出身者を世界に売り出す)、学校企画の展示会カタログ、新進作家の発掘など、いくつかの筋に沿って出版傾向が組み立てられている。造本もことのほか凝っていて、今時そんな非採算的なことはしないだろうという線をわざわざやっている。わが国の大学系出版局には望むべくもないイギリス流のクリエイティヴィティといえるだろう。ただ残念ながら今年の前半に出版されたタイトルの中には日本のマーケットにアピールできそうなものは見当らなかった。

ここで言及しておくべきは、ピーター・スミッソンの仕事である。建築の仕事は彼の活動のほんの一部で、現に彼が自費出版のような形で出した出版物は独特の味わいに満ちている。この気骨のある仕事がもし集大成されるとすれば、彼の死後になってからになるだろうが、その概要はアメリカのMonacelli Pressから『The Charged Void: Architecture』(¥13,500)として近刊される予定である。しかし本当はポツポツ出ているマイナーな出版の中に彼の仕事の真骨頂があることは言うまでもない(『Flying Furniture』[Buchhandlung Walter Konig, ¥4,600]── ただしこれは彼以外の作品も含まれ、彼の編集を通じて彼のエスプリを感受すべき刊行物である;『AS in DS an Eye on the Road』[Lars Muller rep.ed, ¥5,300]── 若いころのスミッソン夫妻がシトロエンDSを駆って行なったドライヴ日誌、その地域の観察)。

かの国の建築書の最近の動向はそんなわけで、具体的なタイトルや出版社名を挙げるまでには至らない。ところが、少し事情に明るい人なら同意することだろうが、表現一般(とくにファッションや音楽、アート)について現代イギリスは最先端を行っていると思われ、混迷を深める時代の予感のようなものが作品(になる一歩手前のイメージ)に定着されて、豊富にまた多層に保守的な壁を突き抜けて吹き荒れている。それと比べると建築関連は少し遅れている感じが否めないが、それでも他の国との比較で言えば、あなどりがたいポテンシャルを今なお留保している。要は本になる前の不定形な領域に破壊力があり、そのうちの一部が(わが国とは違って)確実にメジャーに育ってくるのだ。

[おおしま てつぞう・建築批評家]


200110

連載 海外出版書評|大島哲蔵

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