出版活動が状況をリードする余地

大島哲蔵

von Gerkan, Marg und Partner, Birkhauser, 2000.

Thomas Herzog: Architecture+Technology, Prestel, 2001.

Young German Architects2, Birkhauser, 2000.

ELcroquis: Dominique Perrault

ドイツの最近の建築書出版について書き留めておきたい。といっても長くて深い伝統を誇るドイツ建築と手を携えて歩んできた同国の出版全体を問題にできるはずはなく、同時代の建築イメージの展開にインパクトをもつ図版中心のタイトルの出版事情をレポートしてみたい。

もともとモダニズムの興隆以降、ドイツは一貫して建築動向のイニシャティブを握ってきた。地味な工学技術書の刊行に邁進してきたことも、そのベースを支えることに役立ったことだろう。規模は小さいが堅実な専門書出版を手掛けてきた書店主(近代的な出版社はまだこのジャンルには登場していなかった)の尽力がその裏に見られた。前世紀末にそうした小出版社のいくつかが創立100周年を迎えたが、この時期は同時に経営上の転機でもあった。年間の出版点数が10-20タイトルという規模では、若干のロングセラーとベストセラーを組み合わせねばならず、ポストモダンの流行作家を生み出せなかったドイツ建築界にあってそれは困難だった。こうして新興会社に吸収合併されたり(Hatje社)、技法書以外の出版を差し止めたりするケース(Ernst &Sohn社)が相次いだ。もちろんこうした事情の裏には、「デザインの風化」という深刻な問題があったわけだが、これについてはここでは深入りしないことにする。

少し動きが見られたのは、やはりIBA(ベルリン国際建築展)に関連してだった。この「ベルリンのメトロポリス化」という国家プロジェクトに際して、膨大なプログラムやマニフェスト、カタログ類が出版され、多くの海外作家も起用される中で久しぶりにドイツ発の建築情報が世界の耳目を集めることとなった。現在はその最後の仕上げにさしかかっているわけだが、構想段階より盛り上がっているとは言い難い。強力なプロデューサー(ヒットラーに替る?)の不在がこうした結果を導き、若手の抜擢についても慎重すぎたように思う。この若手建築家の動向については『Young GermanArchitects 1&2』(Birkhauser,1998, 2000,¥8,000)で参照できるが、まだ実作に結びついていないとしてもヴァーチャル時代の新しい切り口の模索という点でかなりの成果を見せている(とくにvol.2)。

それにしても、バウハウス勢や表現主義左派が国外脱出して以降のドイツ建築界はずいぶん淋しい状況が続いた。ウンガースやベーニッシュ一『Behnisch und PartnerFunfzig Jahre Architektur 』(Ernst & Sohn,1997, ¥12,280)が台頭するまではHPPという正統派モダニズム組織事務所一『HPP Hentrich-Petschnigg & Partner KG』(Rizzoli,1997,¥10800)一や構造家のフライ・オットーが目立っている程度だった。そして前の二者にしても国際的な人気を博しているわけではない。90年代に入ってかなりポピュラーになったのは組織事務所と個人事務所の中間的性格をもち膨大な数の仕事をこなしているゲルカン・マルグ事務所だった一『von Gerkan, Marg und Partner Architecture 1997-1999』(Birkhauser, 2000, ¥13,690)または『TheArchitecture of von Gerkan, Marg+Partners』(Prestel,1999, ¥6,470)。彼らの作品集は情報量が豊富なわりに安価で、これは半ば政策的に設定されたものだが、大手設計事務所の所員には大受けしている。

現今の最大のホープはハンス・コルホフである一『Kollhoff Architects Examples』(Birkhauser,1998, ¥11,550)。日本では未だほとんどノーマークの作家だが、ドイツ流の堅固なプロポーション感覚を隅々まで徹底している成長株(と言っても、年代的にはもうベテランに属する)には違いない。ただその方向性がウンガースと同様、右派的なイメージを引きずっているのが惜しまれる。ウンガースがグリッド操作から逸脱しない決意を固めることで保守的と見なされるのに対して、コルホフは古典的プロポーションを墨守しようとする限りにおいて改革的とは受け取られない。これが戦前のドイツだったら、出版企画を通じて作家の作風にも影響を及ぼす程のエディター(一種のパトロン)が現れて路線が修正されたかも知れないが、今はそんなリアリティーはどこを捜しても見当たらない。ちなみに度々登場しているBirkhauserという出版社はバーゼルに本拠を置くスイスの意欲的な会社で、彼らがドイツの出版需要をカバーしているところからも現在のドイツ建築書出版の抱えた問題点が垣間見られる。コルホフよりも解りやすい建築家で世界化する寸前なのがトーマス・ヘルツォーグである。テクノロジカルな木造建築をよくする彼は、近年サステナブルな工法を大規模に適用することに進出している。本年末から来年にかけてドイツ建築博物館(フランクフルト)で彼のまとまった展示会が予定されており、それに合わせてカタログ/単行本が編集されている一『Thomas Herzog Architecture+Technology』(Prestel, 2001Nov., ¥8,130)。素材感覚にすぐれ柔らかな構成感を巧みに操るヘルツォーグは、今後ともエネルギー効率を向上させた空間性能を追究すると思われ、この路線は世界の趨勢とも一致している。

以上を別の角度から検討するために、ドイツ美術界の動向と美術書の出版事情を概観してみよう。まず最初に気がつくのは、そしてこれは我が国とは決定的に状況が異なるのだが、主要都市にポリシーの異なる出版社が活動していることだ。ケルンにデュモン社、ミュンヘンにプレステル社という具合に互いに出版傾向を競い合い、特定の作家の本を系統的に出版するギャラリーもいくつか存在する一例えばホルスト・ヤンセンの画集を出し続けているハンブルグのVerlag St.Gertrudeなど。また現代作家としてゲルハルト・リヒター、アンゼルム・キーファー、シグマール・ポルケが輩出することでマーケットが成立している。前記Hatje社を吸収したCanz社なども美術書出版で業務拡大に成功した。注目しておくべきは、いま第一線で活躍する画家の幾人かが旧東独出身者で占められている事実で、建築ではこのようなことは起るべくもなかった。また世界の写真界に新風を送り込んだべッヒャー夫妻の仕事に連動して写真系の出版社(例えばSchirmer/Mosel社など)が好調なのも目立っている一『Andreas Gursky Photographs』(1998, ¥10,620)が薦められる。

こうしてみると美術界で奏効した状況の構築が、建築ジャンルでは噛み合わなかったことが明白である。ある意味でIBAなどは国家分裂をアーバニズムや空間構築で止揚(表現)するチャンスだったが、急な展開だっただけに絵画や写真による逐次的レスポンスに比して、建築的なプログラムは当面の間に合わせに止まったようだ。最後にコミック本の書店経営から急成長した「ヴェンチャー系の」出版社、ケルンのタッシェン社に言及しておかなくてはならない。同社のレパートリーは絵画、写真、エロチカなど多岐にわたるが、近年では建築書が重要な柱の一つとなっている。とくに昨年出版された『Richard Neutra Complete Works』は盛り沢山な割りにクオリティが高く、いつもの安値も手伝って短期間の内に売り切れになってしまった。今のところマスセールスを前提にしているから、私が本欄で述べたようなドイツ建築界の活性化に寄与する余地は限られるが、こうした戦略的マーケティングが積み重なってこそ新しい局面が生み出される。今年もケーススタディハウス関連の画期的なタイトルが出るようで、その詳細が知りたい向きはwww.taschen.comで確認されたい。ドイツと関係ないではないかという人がいると思うが、ノイトラもシンドラー(彼の作品集もタッシェン社から出ている)もオーストリア生まれでウィーンで勉強した後にアメリカに渡り、ロサンゼルスに落ち着きケーススタディハウスにも影響を与えた独墺系である。あるいはミースの影響がノイトラ/シンドラーの流れと融合したものと捉えられているのかも知れない。

レビューの1で紹介したエレクタ版のドミニク・ペローに続いて、エル・クロッキーのNo.104(¥6,000)として最近の彼の動静を伝えた特集が出た。編集の傾向が違うのとダブりを意識的に避けたようでかなり内容は異なるが、一般的にはやはりこちらの方が薦められる。

[おおしま てつぞう・建築家]


200109

連載 海外出版書評|大島哲蔵

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